465 / 656
16歳
434 忘れるわけがない
しおりを挟む
突然の訪問にもかかわらず、ジェフリーは文句も言わずに出迎えてくれた。
やはり記憶の中のジェフリーよりも成長している。目線が近くなって変な感じ。思わず見つめていれば、ジェフリーが俯いてしまう。そのどことなく自信なさそうな振舞いが、実にジェフリーっぽい。
ジェフリーはジェフリーで上手くやっているらしい。前に会った時の彼は、到底アーキア公爵家に馴染んでいるとは言えなかった。しかし、現在ではそれなりにやっているようだ。元気そうで安心した。
「……元気だった?」
「はい。ルイス様もお元気そうで」
「俺はいつも元気だよ」
「はい」
よかったですと微笑を浮かべるジェフリーは、落ち着きなく視線を彷徨わせている。その定まらない視線が、先程からずっとティアンの周辺へと向けられている。そういえば、ジェフリーはティアンに会うのは今日が初めてだ。
慌ててティアンを紹介すれば、ジェフリーがぎゅっと眉間に皺を寄せる。怒っているような、悲しんでいるような微妙な表情だ。
「ティアンさんって」
「うん?」
消え入りそうな声で吐き出したジェフリーは「いえ」と素早く首を左右に振る。その後にひとりで頷くジェフリーは、「よかったですね」と取り繕うように笑った。
「ちゃんとルイス様のところに帰ってきてくれて。よかったです。僕、言ったじゃないですか。こんなに優しくてかっこいいルイス様のこと、忘れるなんてあり得ないって」
飛び出た言葉に、目を瞬く。その言葉は、以前ジェフリーが俺に投げたものだ。ティアンが俺のことなんて忘れて、このまま帰ってこないのではないかとジェフリー相手にこぼしたことがある。それに対する彼の答えが、まさしく今の言葉だった。
真っ直ぐにかっこいいと褒められれば照れてしまう。思わず首を触る俺は、ちらっとティアンを視界に入れる。なんというか、この会話をティアンに聞かれるのは照れ臭い気がした。
俺と目が合うなり、不思議そうに首を傾げるティアンは状況がよくわかっていないらしい。説明するのも気恥ずかしいので笑って誤魔化しておく。
「僕も」
真面目な空気を察して、ジェフリーに顔を向ける。少し俯いたままの姿勢で一度目を閉じるジェフリーは、ちょっぴり固い表情をしていた。
「僕も忘れたことはありません」
顔を上げたジェフリーの瞳は、穏やかな色をしていた。
「ありがと。俺もジェフリーに会いたいなって思ってたよ」
微妙に気まずい感じで別れてから、次はどうやって会えばいいのかずっと考えていた。結局は、考えることをやめて勢いでやってきてしまったが。後悔はしていない。こうやって再び会話できてよかったと思っている。
嬉しくなって微笑んでいれば、不意にジェフリーが立ち上がった。ぎしっとソファーの軋む音が、やけに耳に残った。ローテーブルに左手をついたジェフリーが、身を乗り出している。こちらに伸ばされる右手。
頬に優しく触れられて、俺は動きを止める。
壁際のティアンが、少し動いたような気がした。
「僕も、ルイス様に会いたいとずっと思っていましたよ」
くすっと笑うジェフリーに、俺はポカンと口を開ける。え、なにこの雰囲気。ジェフリーは、すぐに泣いちゃう子だった気がする。いや、泣くというか、泣きそうな顔をしていたというか。常に自信がなさそうで俯きがちで。すごく泣きそうな顔をしながらも自分の言いたいことは言ってしまう。弱々しい表情で、縋るように手を伸ばすジェフリーを見て、兄のデニスにそっくりだなと思ったこともあった。
けれども、今のジェフリーには余裕があるように見える。以前は常に精一杯みたいな感じだったのに。
俺の頬から手を離したジェフリーは、ソファーに戻る。何事もなかったかのように微笑むジェフリー。今、俺の頬に触れる必要あったか? 思い返せば、ジェフリーは一度俺にキスをしてきたことがある。ジェフリーは、俺の事が好きだったそうだから。
たった今ジェフリーに触れられたところに手を添える。少しティアンのことが気になって確認すれば、彼は素知らぬ顔で突っ立っている。しかし、珍しく腕を組んでは俯いてを繰り返している。その荒っぽい動作は、苛立ちを含んでいるような気がする。
「えっと、ジェフリー」
「なんですか?」
なにを言えばいいのだろうか。
別に嫌なことをされたわけでもない。突然触られたのはびっくりだけど、それだけだ。ジェフリーは、俺にとっては可愛い弟分だ。不快だとは思わない。けれども、ティアンの微かに苛立ったような態度が気になる。
考えた末に、俺は「なにして遊ぶ?」と言い直す。ジェフリーはまだ十四歳なので、俺が面倒見てやらないと。
「乗馬できるようになった?」
「はい。ルイス様に教えてもらったので。あれからこっちでも練習してたんです」
どうやらアーキア公爵家は、彼のことを次男として扱っているらしい。あれからジェフリーにも家庭教師がついて、色々と教えてもらっているらしい。ジェフリーと会う時に、俺は毎回乗馬を教えていた。その時はアロンが一緒だった。
懐かしいことを思い出して、頬が緩む。ジェフリーもつられたように、にこにこしていた。
やはり記憶の中のジェフリーよりも成長している。目線が近くなって変な感じ。思わず見つめていれば、ジェフリーが俯いてしまう。そのどことなく自信なさそうな振舞いが、実にジェフリーっぽい。
ジェフリーはジェフリーで上手くやっているらしい。前に会った時の彼は、到底アーキア公爵家に馴染んでいるとは言えなかった。しかし、現在ではそれなりにやっているようだ。元気そうで安心した。
「……元気だった?」
「はい。ルイス様もお元気そうで」
「俺はいつも元気だよ」
「はい」
よかったですと微笑を浮かべるジェフリーは、落ち着きなく視線を彷徨わせている。その定まらない視線が、先程からずっとティアンの周辺へと向けられている。そういえば、ジェフリーはティアンに会うのは今日が初めてだ。
慌ててティアンを紹介すれば、ジェフリーがぎゅっと眉間に皺を寄せる。怒っているような、悲しんでいるような微妙な表情だ。
「ティアンさんって」
「うん?」
消え入りそうな声で吐き出したジェフリーは「いえ」と素早く首を左右に振る。その後にひとりで頷くジェフリーは、「よかったですね」と取り繕うように笑った。
「ちゃんとルイス様のところに帰ってきてくれて。よかったです。僕、言ったじゃないですか。こんなに優しくてかっこいいルイス様のこと、忘れるなんてあり得ないって」
飛び出た言葉に、目を瞬く。その言葉は、以前ジェフリーが俺に投げたものだ。ティアンが俺のことなんて忘れて、このまま帰ってこないのではないかとジェフリー相手にこぼしたことがある。それに対する彼の答えが、まさしく今の言葉だった。
真っ直ぐにかっこいいと褒められれば照れてしまう。思わず首を触る俺は、ちらっとティアンを視界に入れる。なんというか、この会話をティアンに聞かれるのは照れ臭い気がした。
俺と目が合うなり、不思議そうに首を傾げるティアンは状況がよくわかっていないらしい。説明するのも気恥ずかしいので笑って誤魔化しておく。
「僕も」
真面目な空気を察して、ジェフリーに顔を向ける。少し俯いたままの姿勢で一度目を閉じるジェフリーは、ちょっぴり固い表情をしていた。
「僕も忘れたことはありません」
顔を上げたジェフリーの瞳は、穏やかな色をしていた。
「ありがと。俺もジェフリーに会いたいなって思ってたよ」
微妙に気まずい感じで別れてから、次はどうやって会えばいいのかずっと考えていた。結局は、考えることをやめて勢いでやってきてしまったが。後悔はしていない。こうやって再び会話できてよかったと思っている。
嬉しくなって微笑んでいれば、不意にジェフリーが立ち上がった。ぎしっとソファーの軋む音が、やけに耳に残った。ローテーブルに左手をついたジェフリーが、身を乗り出している。こちらに伸ばされる右手。
頬に優しく触れられて、俺は動きを止める。
壁際のティアンが、少し動いたような気がした。
「僕も、ルイス様に会いたいとずっと思っていましたよ」
くすっと笑うジェフリーに、俺はポカンと口を開ける。え、なにこの雰囲気。ジェフリーは、すぐに泣いちゃう子だった気がする。いや、泣くというか、泣きそうな顔をしていたというか。常に自信がなさそうで俯きがちで。すごく泣きそうな顔をしながらも自分の言いたいことは言ってしまう。弱々しい表情で、縋るように手を伸ばすジェフリーを見て、兄のデニスにそっくりだなと思ったこともあった。
けれども、今のジェフリーには余裕があるように見える。以前は常に精一杯みたいな感じだったのに。
俺の頬から手を離したジェフリーは、ソファーに戻る。何事もなかったかのように微笑むジェフリー。今、俺の頬に触れる必要あったか? 思い返せば、ジェフリーは一度俺にキスをしてきたことがある。ジェフリーは、俺の事が好きだったそうだから。
たった今ジェフリーに触れられたところに手を添える。少しティアンのことが気になって確認すれば、彼は素知らぬ顔で突っ立っている。しかし、珍しく腕を組んでは俯いてを繰り返している。その荒っぽい動作は、苛立ちを含んでいるような気がする。
「えっと、ジェフリー」
「なんですか?」
なにを言えばいいのだろうか。
別に嫌なことをされたわけでもない。突然触られたのはびっくりだけど、それだけだ。ジェフリーは、俺にとっては可愛い弟分だ。不快だとは思わない。けれども、ティアンの微かに苛立ったような態度が気になる。
考えた末に、俺は「なにして遊ぶ?」と言い直す。ジェフリーはまだ十四歳なので、俺が面倒見てやらないと。
「乗馬できるようになった?」
「はい。ルイス様に教えてもらったので。あれからこっちでも練習してたんです」
どうやらアーキア公爵家は、彼のことを次男として扱っているらしい。あれからジェフリーにも家庭教師がついて、色々と教えてもらっているらしい。ジェフリーと会う時に、俺は毎回乗馬を教えていた。その時はアロンが一緒だった。
懐かしいことを思い出して、頬が緩む。ジェフリーもつられたように、にこにこしていた。
1,151
お気に入りに追加
3,164
あなたにおすすめの小説
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。

転生したら親指王子?小さな僕を助けてくれたのは可愛いものが好きな強面騎士様だった。
音無野ウサギ
BL
目覚めたら親指姫サイズになっていた僕。親切なチョウチョさんに助けられたけど童話の世界みたいな展開についていけない。
親切なチョウチョを食べたヒキガエルに攫われてこのままヒキガエルのもとでシンデレラのようにこき使われるの?と思ったらヒキガエルの飼い主である悪い魔法使いを倒した強面騎士様に拾われて人形用のお家に住まわせてもらうことになった。夜の間に元のサイズに戻れるんだけど騎士様に幽霊と思われて……
可愛いもの好きの強面騎士様と異世界転生して親指姫サイズになった僕のほのぼの日常BL

僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
なり代わり貴妃は皇弟の溺愛から逃げられません
めがねあざらし
BL
貴妃・蘇璃月が後宮から忽然と姿を消した。
家門の名誉を守るため、璃月の双子の弟・煌星は、彼女の身代わりとして後宮へ送り込まれる。
しかし、偽りの貴妃として過ごすにはあまりにも危険が多すぎた。
調香師としての鋭い嗅覚を武器に、後宮に渦巻く陰謀を暴き、皇帝・景耀を狙う者を探り出せ――。
だが、皇帝の影に潜む男・景翊の真意は未だ知れず。
煌星は龍の寝所で生き延びることができるのか、それとも――!?
///////////////////////////////
※以前に掲載していた「成り代わり貴妃は龍を守る香」を加筆修正したものです。
///////////////////////////////

お飾りは花だけにしとけ
イケのタコ
BL
王道学園で風紀委員長×生徒会長です
普通の性格なのに俺様と偽る会長に少しの出来事が起きる
平凡な性格で見た目もどこにでもいるような生徒の桃谷。
ある日、学園で一二を争うほどの人気である生徒会ほぼ全員が風紀委員会によって辞めさせられる事態に
次の生徒会は誰になるんだろうかと、生徒全員が考えている中、桃谷の元に理事長の部下と名乗る者が現れ『生徒会長になりませんか』と言われる
当然、桃谷は役者不足だと断るが……
生徒会長になった桃谷が様々な事に巻き込まれていくお話です

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

神獣様の森にて。
しゅ
BL
どこ、ここ.......?
俺は橋本 俊。
残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。
そう。そのはずである。
いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。
7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる