冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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16歳

434 忘れるわけがない

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 突然の訪問にもかかわらず、ジェフリーは文句も言わずに出迎えてくれた。

 やはり記憶の中のジェフリーよりも成長している。目線が近くなって変な感じ。思わず見つめていれば、ジェフリーが俯いてしまう。そのどことなく自信なさそうな振舞いが、実にジェフリーっぽい。

 ジェフリーはジェフリーで上手くやっているらしい。前に会った時の彼は、到底アーキア公爵家に馴染んでいるとは言えなかった。しかし、現在ではそれなりにやっているようだ。元気そうで安心した。

「……元気だった?」
「はい。ルイス様もお元気そうで」
「俺はいつも元気だよ」
「はい」

 よかったですと微笑を浮かべるジェフリーは、落ち着きなく視線を彷徨わせている。その定まらない視線が、先程からずっとティアンの周辺へと向けられている。そういえば、ジェフリーはティアンに会うのは今日が初めてだ。

 慌ててティアンを紹介すれば、ジェフリーがぎゅっと眉間に皺を寄せる。怒っているような、悲しんでいるような微妙な表情だ。

「ティアンさんって」
「うん?」

 消え入りそうな声で吐き出したジェフリーは「いえ」と素早く首を左右に振る。その後にひとりで頷くジェフリーは、「よかったですね」と取り繕うように笑った。

「ちゃんとルイス様のところに帰ってきてくれて。よかったです。僕、言ったじゃないですか。こんなに優しくてかっこいいルイス様のこと、忘れるなんてあり得ないって」

 飛び出た言葉に、目を瞬く。その言葉は、以前ジェフリーが俺に投げたものだ。ティアンが俺のことなんて忘れて、このまま帰ってこないのではないかとジェフリー相手にこぼしたことがある。それに対する彼の答えが、まさしく今の言葉だった。

 真っ直ぐにかっこいいと褒められれば照れてしまう。思わず首を触る俺は、ちらっとティアンを視界に入れる。なんというか、この会話をティアンに聞かれるのは照れ臭い気がした。

 俺と目が合うなり、不思議そうに首を傾げるティアンは状況がよくわかっていないらしい。説明するのも気恥ずかしいので笑って誤魔化しておく。

「僕も」

 真面目な空気を察して、ジェフリーに顔を向ける。少し俯いたままの姿勢で一度目を閉じるジェフリーは、ちょっぴり固い表情をしていた。

「僕も忘れたことはありません」

 顔を上げたジェフリーの瞳は、穏やかな色をしていた。

「ありがと。俺もジェフリーに会いたいなって思ってたよ」

 微妙に気まずい感じで別れてから、次はどうやって会えばいいのかずっと考えていた。結局は、考えることをやめて勢いでやってきてしまったが。後悔はしていない。こうやって再び会話できてよかったと思っている。

 嬉しくなって微笑んでいれば、不意にジェフリーが立ち上がった。ぎしっとソファーの軋む音が、やけに耳に残った。ローテーブルに左手をついたジェフリーが、身を乗り出している。こちらに伸ばされる右手。

 頬に優しく触れられて、俺は動きを止める。

 壁際のティアンが、少し動いたような気がした。

「僕も、ルイス様に会いたいとずっと思っていましたよ」

 くすっと笑うジェフリーに、俺はポカンと口を開ける。え、なにこの雰囲気。ジェフリーは、すぐに泣いちゃう子だった気がする。いや、泣くというか、泣きそうな顔をしていたというか。常に自信がなさそうで俯きがちで。すごく泣きそうな顔をしながらも自分の言いたいことは言ってしまう。弱々しい表情で、縋るように手を伸ばすジェフリーを見て、兄のデニスにそっくりだなと思ったこともあった。

 けれども、今のジェフリーには余裕があるように見える。以前は常に精一杯みたいな感じだったのに。

 俺の頬から手を離したジェフリーは、ソファーに戻る。何事もなかったかのように微笑むジェフリー。今、俺の頬に触れる必要あったか? 思い返せば、ジェフリーは一度俺にキスをしてきたことがある。ジェフリーは、俺の事が好きだったそうだから。

 たった今ジェフリーに触れられたところに手を添える。少しティアンのことが気になって確認すれば、彼は素知らぬ顔で突っ立っている。しかし、珍しく腕を組んでは俯いてを繰り返している。その荒っぽい動作は、苛立ちを含んでいるような気がする。

「えっと、ジェフリー」
「なんですか?」

 なにを言えばいいのだろうか。
 別に嫌なことをされたわけでもない。突然触られたのはびっくりだけど、それだけだ。ジェフリーは、俺にとっては可愛い弟分だ。不快だとは思わない。けれども、ティアンの微かに苛立ったような態度が気になる。

 考えた末に、俺は「なにして遊ぶ?」と言い直す。ジェフリーはまだ十四歳なので、俺が面倒見てやらないと。

「乗馬できるようになった?」
「はい。ルイス様に教えてもらったので。あれからこっちでも練習してたんです」

 どうやらアーキア公爵家は、彼のことを次男として扱っているらしい。あれからジェフリーにも家庭教師がついて、色々と教えてもらっているらしい。ジェフリーと会う時に、俺は毎回乗馬を教えていた。その時はアロンが一緒だった。

 懐かしいことを思い出して、頬が緩む。ジェフリーもつられたように、にこにこしていた。
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