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15歳

綿毛ちゃんの日常12

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「綿毛ちゃん。ちょっとこっち来て」
『ん?』

 部屋でうとうとしていた時である。窓の外を眺めていたはずのルイス坊ちゃんが、突然目の前にやってきた。珍しく小声で呼びかけてくる。周囲を気にするように、しきりに視線を彷徨わせている坊ちゃんは「はやく」と、小声でオレを急かしてくる。

 どんな時でも元気な坊ちゃんにしては珍しい。坊ちゃんは、基本的に声が大きい。こんなふうに静かに行動するなんて、なにかあったのだろうか。

 坊ちゃんの小声につられて、そっと立ち上がる。真面目な顔の坊ちゃんは、オレのことを無言で手招きする。

 後を追いかけると、坊ちゃんは廊下に出る。
 ティアンさんは騎士団の訓練に参加していて不在。ジャンさんの姿も見えない。

 こそこそ行動する坊ちゃんは、足音を殺して廊下を進む。いつもであれば、なんの遠慮もなく駆けているだろうに。

 音を立てないよう静かに歩く坊ちゃんは、二階へと足を向ける。到着したのは、ブルースくんの部屋の前だ。

 さっとしゃがんで息を殺す坊ちゃんは、ドアにぴたりと耳を押し当てて中の様子を窺っているらしい。ブルースくんに用事だろうか。だったらノックをすればいいのに。一体なにがあるというのか。

『……えっと。これなに? どういう状況?』

 疑問を口にすれば「うるさい!」と頭を叩かれる。いや、坊ちゃんの大声の方がよっぽどうるさいよ?

 坊ちゃんも気がついたらしい。ハッと口を押さえている。

「……」
『……』

 なにこの時間。オレは一体なにをさせられているのだろうか。

 ちょっと不安が募り始めたその時、坊ちゃんがオレのことを持ちあげて、こそこそと耳打ちしてくる。

「ブルース兄様が怪しいことしてる」
『怪しいこと?』
「うん」

 すごく真剣な表情で頷いた坊ちゃんは、「ブルース兄様。きっと悪いことしてるんだよ」と心配そうに眉を寄せる。

 ブルースくんが悪いこと?
 まったく想像できない。

 ブルースくんは、双子のお兄ちゃんというだけあってしっかりしている。根が真面目で、悪いことをするようなイメージはない。というか、坊ちゃんの言う悪いことってなんだろう。ルイス坊ちゃんにかかれば、坊ちゃんに内緒でお菓子を食べることも悪いこととやらにカウントされそうだ。

 きっとたいしたことではないのだろうけど、暇を持て余した坊ちゃんは真剣だ。仕方がない。暇潰し程度に付き合ってあげよう。

「ブルース兄様ね、浮気してるんだよ」
『……え?』

 なんだって? 浮気?

 突然のことで言葉を失ってしまう。いやいや。ブルースくんに限ってそれはない。そもそもブルースくんは恋愛にあまり興味がない人だ。結婚にだって後向きだったブルースくんが、浮気なんてありえないけどな。

 おそらくルイス坊ちゃんの勘違いだとは思うのだが、浮気と聞かされて気にならないはずがない。早速オレもドアに耳をすませてみるが、特に物音は聞こえない。

 ルイス坊ちゃんいわく、自室の窓から外を眺めていた時に、どう見てもアリアさんではない女性と連れ立って歩くブルースくんの姿を目撃したらしい。しきりに周囲を気にかけるブルースくんは、早足で女性と一緒に屋敷内に入ってきたのだとか。きっと自室に連れ込んだに違いないというのが坊ちゃんの主張だ。

「アリアじゃなかった。なんか金髪のお姉さんだった」

 アリアさんの髪は赤みがかっている。決して金髪ではない。

 え? もしかして本当に浮気を?

 ふるふる震えていると、廊下の向こうからユリス坊ちゃんがやってきた。ポケットに手を突っ込んで怠そうに歩くユリス坊ちゃんは、ルイス坊ちゃんのことを探していたらしい。

「おい、ルイス。なんで部屋に居ない」
「静かにして」

 口の前で指を立てるルイス坊ちゃんに、ユリス坊ちゃんが怪訝な顔をする。

「なんだ」
「ブルース兄様が悪いことしてる」
「悪いこと?」
「たぶん浮気だと思う」

 浮気と聞いたユリス坊ちゃんが、わかりやすく口元を緩めた。実に楽しそうな表情だ。

「ブルースもやるな。で? いつ乗り込む?」

 やる気に満ちるユリス坊ちゃんは、ニヤニヤとルイス坊ちゃんの隣にしゃがみ込む。

 オレを囲んで作戦会議する双子は、どうやらブルースくんの浮気の瞬間をとらえたいらしい。好奇心旺盛だなぁ。

 必死に中の様子を探る双子だが、よくわからないらしい。そのうち痺れを切らしたユリス坊ちゃんが立ち上がった。どうやら勢いで突入するつもりらしい。

 ルイス坊ちゃんの制止も虚しく、ユリス坊ちゃんはものすごい勢いでドアを開け放った。

「おい、ブルース!」
「ノックをしろ! 馬鹿!」

 すかさず中からブルースくんの怒声が飛んでくる。どさくさに紛れて、オレとルイス坊ちゃんも室内に突入する。

 部屋の中には、ルイス坊ちゃんの言う通り金髪のお姉さんがいた。ひぇ、本当に浮気してるよ、と戦慄したオレであるが、坊ちゃんたちは狙いをブルースくんに定めている。

 ふたりでブルースくんを囲むなり、「見損なったぞ! 兄様!」と、ルイス坊ちゃんが指を突きつけた。それにブルースくんが眉を吊り上げる。これはあれだ。いつもの兄弟喧嘩の流れだ。

「ブルース兄様! 浮気するなんて最低だぞ! アリアが可哀想!」
「……は?」

 きょとんとするブルースくんは、さっとソファーに座る金髪お姉さんに目を向けた。どうやら坊ちゃんたちの言いたいことを理解したようだ。

「いや、これは」

 うんざりとした表情で額を押さえるブルースくん。なにか理由がありそうなその動作に、オレはじっと状況を見守ることにした。

 そんな中、金髪お姉さんがくすくす笑う。

「あの、浮気じゃないですよ」

 控えめに発せられた声は、聞き覚えのあるものだった。

「私ですよ、私」

 みんなの視線を集めた金髪お姉さんが頭に手をやるなり、金髪がずり落ちた。あ、カツラだと理解するのと同時に、よくよく顔を見てみればアリアさんである。

「アリアじゃん」

 拍子抜けしたルイス坊ちゃんは、途端に大人しくなる。

 どうやらアリアさんが変装して遊んでいたらしい。それを目敏く発見したブルースくんが、変な騒ぎになる前にと部屋に連れてきたそうだ。

「頼むから、おかしなことをしないでくれるか」
「はーい。次は見つからないようにします」
「そういう問題じゃない。やるなと言っている」

 へらっと笑うアリアさんに、双子が顔を見合わせている。思っていたような展開にならなくて、ちょっとがっかりしているらしい。

「ブルース兄様。浮気しないの?」

 それでも諦めがつかないルイス坊ちゃんが、とんでもない質問をしている。「するわけないだろ」と吐き捨てるブルースくん。そりゃそうだよね。

「私はブルース様が浮気しても気にしませんよ」
「おまえは黙っていてくれないか」

 他人事みたいに笑うアリアさんは呑気だ。アリアさんは、さすがアロンさんの妹という感じ。カラッとした性格で、ブルースくん同様に恋愛にもあまり興味がないらしい。

「浮気するなら僕に報告しろよ」

 ぼそっと呟かれたユリス坊ちゃんの意味不明な言葉に、またもやブルースくんが頭を抱えている。「浮気はしないし、おまえに報告もしない」と、苦い声だ。ユリス坊ちゃんはなんというか、揉め事が好きなんだと思う。なにか事件が起こると、いつもきらきらとした目で首を突っ込みにいく。そこにルイス坊ちゃんも便乗するのだ。

『ブルースくんも大変だねぇ。毎日お疲れさま』

 労うように声をかければ、なぜかルイス坊ちゃんが「俺も大変!」と飛び跳ねる。つられたように、ユリス坊ちゃんも「僕だって大変だが?」と張り合い始める。

 騒がしくなった室内にて、ブルースくんが深いため息を吐いた。
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