457 / 656
15歳
428 わかってほしかった
しおりを挟む
「ちょっと」
「ん?」
綿毛ちゃんと遊ぶ俺に、声をかける者がいた。
猫は面倒くさがって一緒に遊んでくれない。ジャンは忙しなく働いていて、ティアンはどこかへ行ってしまった。仕方がないので、綿毛ちゃんとふたりで屋敷内をうろうろして時間を潰す。寒いので、外に出る気分ではなかったのだ。
階段を駆け上がる毛玉を見るのは楽しいので、綿毛ちゃんと共に階段を笑いながら上がっていたら、突然アロンが姿をみせた。
俺の肩に手を置いたアロンに「なに?」と笑顔を向けてから、そういえばこいつとは喧嘩中(?)であったことを思い出した。
喧嘩というか、なんというか。
アロンの普段目にすることのない一面を目撃してしまい、俺が一方的に気まずくて避けているだけなのだが。でも、俺を放置してへらへらしていたアロンも悪いと思う。その後、アロンが不機嫌になって、結局ろくに会話をすることなくここまできてしまった。
考えてみれば些細なことだったのかもしれないが、あの時の俺が不愉快な気分になったのは事実であって、俺はアロンにそのことを分かってほしかったのかもしれない。
綿毛ちゃんを抱っこして、なんとなく階段から離れる。あてもなく二階の廊下を歩く俺の後ろを、アロンがぴたりとついてくる。
「ルイス様」
「……なに」
無視するのも違う気がして、素っ気ない対応をしてしまう。顔を俯けたまま、目的地もないのに早足になる。
「ルイス様」
「だからなに」
俺の名前を呼ぶだけで、一向に用件を言わないアロンに、ちょっぴり苛々してくる。棘のある声が出てしまったが、今更言い直すのもなんか負けた気がするので、そのままにしておく。
「ルイス様」
それにも関わらず、いまだに俺の名前を呼び続けるアロンに、俺は我慢の限界がきて振り返った。
「なに!」
鋭く問えば、アロンも足を止める。じっと俺の瞳を凝視してくるアロンは、やがて口元を緩めた。
「やっとこっちを見てくれた」
ぼそっと呟かれた言葉に、ぎゅっと胸が締めつけられるような感覚になる。まるで俺が意地悪していたみたいな言い方をするんじゃない。
しかし、久しぶりにアロンの顔を見たような気もする。綿毛ちゃんとアロンを交互に見比べていれば、アロンが壁に寄りかかって腕を組む。なんだその偉そうな態度は。
呆れていると、アロンに手招きされた。隣に来いと言いたいらしい。綿毛ちゃんを抱えたまま、アロンの隣に並ぶ。ふたりで廊下の壁に背中を預けて、意味もなく空中に視線を彷徨わせた。
しんと静まり返った廊下。ちょっと息苦しいくらいの静けさだ。用があるなら、さっさと言ってくれればいいのに。アロンが口を開くのをひたすら待っていれば、ぎいっとドアの軋む音が聞こえてきて、反射的に顔を向ける。
「なに? なにしてんですか。こっわ」
オーガス兄様の部屋から出てきたニックが、無言で廊下に佇む俺たちを見て、大袈裟なくらいに肩を跳ねさせている。
「なんで廊下に? え、なんでなにも言わないんですか。ちょっと」
ひとりで大騒ぎするニックに、アロンが「うるさい」と言い放つ。綿毛ちゃんは、変な顔して黙り込んでいる。
気まずい時間をどうにかしようと、俺は壁から一歩離れて、ニックの袖を掴んだ。露骨に嫌そうな顔をするニックは、「なんですか」と振り払おうとしてくる。こいつは基本的に、セドリック以外の人間に冷たいのだ。
「ねえ。暇?」
「暇じゃないです。忙しいです」
本当かなぁ。疑いの目を向けていると、バタバタと慌ただしくドアが開いた。またオーガス兄様の部屋だ。みんなで注目していれば、オーガス兄様が飛び出してきた。
「ニック! 君またセドリックの所に行くつもりだろ!」
「団長の様子を見に行くだけですよ」
「行く必要ないだろ!」
珍しく声を荒らげる兄様は、俺とアロンの存在を認めて「びっくりしたぁ!」と再び大きな声を発する。
「ニック。仕事サボったらダメだよ。アロンじゃないんだから」
綿毛ちゃんにも「ねぇ?」と同意を求めれば、横のアロンが「は?」と眉間に皺を作る。俺のことをちょっと睨みつけてくるアロンに、なぜかオーガス兄様がオロオロし始める。
「それどういう意味ですか」
「どうって。いつも仕事サボってるじゃん」
「は? サボってませんけど」
ガシガシと頭を掻くアロン。オーガス兄様が「け、喧嘩しないで」と弱々しく手を彷徨わせている。オーガス兄様は関係ないんだから、俺たちのことなんて放っておけばいいのに。そうしない兄様は、心配そうに眉尻を下げている。やがて、助けを求めるかのように、兄様が俺に頷きを繰り返してくる。
ブルース兄様は、なにかあれば積極的に手を貸してくれる。一方のオーガス兄様は、気弱なのであまり積極的にはならないが、どうにかしようと悩んでくれる。
なんだかオーガス兄様まで巻き込んでしまって申し訳ない。別にここで立ち止まっていたことに意味なんてなかった。なんとなくアロンが足を止めた場所が、オーガス兄様の部屋の前だったというだけである。
「あー」
不機嫌そうにしていたアロンが、突然天を仰ぐ。
「いやその。言い争いがしたかったわけじゃなくて」
「……うん」
「すみません」
小声の謝罪に、俺は「うん」と小さな頷きを返す。その小さな動作で、張り詰めていた空気が柔らかくなった。
「ん?」
綿毛ちゃんと遊ぶ俺に、声をかける者がいた。
猫は面倒くさがって一緒に遊んでくれない。ジャンは忙しなく働いていて、ティアンはどこかへ行ってしまった。仕方がないので、綿毛ちゃんとふたりで屋敷内をうろうろして時間を潰す。寒いので、外に出る気分ではなかったのだ。
階段を駆け上がる毛玉を見るのは楽しいので、綿毛ちゃんと共に階段を笑いながら上がっていたら、突然アロンが姿をみせた。
俺の肩に手を置いたアロンに「なに?」と笑顔を向けてから、そういえばこいつとは喧嘩中(?)であったことを思い出した。
喧嘩というか、なんというか。
アロンの普段目にすることのない一面を目撃してしまい、俺が一方的に気まずくて避けているだけなのだが。でも、俺を放置してへらへらしていたアロンも悪いと思う。その後、アロンが不機嫌になって、結局ろくに会話をすることなくここまできてしまった。
考えてみれば些細なことだったのかもしれないが、あの時の俺が不愉快な気分になったのは事実であって、俺はアロンにそのことを分かってほしかったのかもしれない。
綿毛ちゃんを抱っこして、なんとなく階段から離れる。あてもなく二階の廊下を歩く俺の後ろを、アロンがぴたりとついてくる。
「ルイス様」
「……なに」
無視するのも違う気がして、素っ気ない対応をしてしまう。顔を俯けたまま、目的地もないのに早足になる。
「ルイス様」
「だからなに」
俺の名前を呼ぶだけで、一向に用件を言わないアロンに、ちょっぴり苛々してくる。棘のある声が出てしまったが、今更言い直すのもなんか負けた気がするので、そのままにしておく。
「ルイス様」
それにも関わらず、いまだに俺の名前を呼び続けるアロンに、俺は我慢の限界がきて振り返った。
「なに!」
鋭く問えば、アロンも足を止める。じっと俺の瞳を凝視してくるアロンは、やがて口元を緩めた。
「やっとこっちを見てくれた」
ぼそっと呟かれた言葉に、ぎゅっと胸が締めつけられるような感覚になる。まるで俺が意地悪していたみたいな言い方をするんじゃない。
しかし、久しぶりにアロンの顔を見たような気もする。綿毛ちゃんとアロンを交互に見比べていれば、アロンが壁に寄りかかって腕を組む。なんだその偉そうな態度は。
呆れていると、アロンに手招きされた。隣に来いと言いたいらしい。綿毛ちゃんを抱えたまま、アロンの隣に並ぶ。ふたりで廊下の壁に背中を預けて、意味もなく空中に視線を彷徨わせた。
しんと静まり返った廊下。ちょっと息苦しいくらいの静けさだ。用があるなら、さっさと言ってくれればいいのに。アロンが口を開くのをひたすら待っていれば、ぎいっとドアの軋む音が聞こえてきて、反射的に顔を向ける。
「なに? なにしてんですか。こっわ」
オーガス兄様の部屋から出てきたニックが、無言で廊下に佇む俺たちを見て、大袈裟なくらいに肩を跳ねさせている。
「なんで廊下に? え、なんでなにも言わないんですか。ちょっと」
ひとりで大騒ぎするニックに、アロンが「うるさい」と言い放つ。綿毛ちゃんは、変な顔して黙り込んでいる。
気まずい時間をどうにかしようと、俺は壁から一歩離れて、ニックの袖を掴んだ。露骨に嫌そうな顔をするニックは、「なんですか」と振り払おうとしてくる。こいつは基本的に、セドリック以外の人間に冷たいのだ。
「ねえ。暇?」
「暇じゃないです。忙しいです」
本当かなぁ。疑いの目を向けていると、バタバタと慌ただしくドアが開いた。またオーガス兄様の部屋だ。みんなで注目していれば、オーガス兄様が飛び出してきた。
「ニック! 君またセドリックの所に行くつもりだろ!」
「団長の様子を見に行くだけですよ」
「行く必要ないだろ!」
珍しく声を荒らげる兄様は、俺とアロンの存在を認めて「びっくりしたぁ!」と再び大きな声を発する。
「ニック。仕事サボったらダメだよ。アロンじゃないんだから」
綿毛ちゃんにも「ねぇ?」と同意を求めれば、横のアロンが「は?」と眉間に皺を作る。俺のことをちょっと睨みつけてくるアロンに、なぜかオーガス兄様がオロオロし始める。
「それどういう意味ですか」
「どうって。いつも仕事サボってるじゃん」
「は? サボってませんけど」
ガシガシと頭を掻くアロン。オーガス兄様が「け、喧嘩しないで」と弱々しく手を彷徨わせている。オーガス兄様は関係ないんだから、俺たちのことなんて放っておけばいいのに。そうしない兄様は、心配そうに眉尻を下げている。やがて、助けを求めるかのように、兄様が俺に頷きを繰り返してくる。
ブルース兄様は、なにかあれば積極的に手を貸してくれる。一方のオーガス兄様は、気弱なのであまり積極的にはならないが、どうにかしようと悩んでくれる。
なんだかオーガス兄様まで巻き込んでしまって申し訳ない。別にここで立ち止まっていたことに意味なんてなかった。なんとなくアロンが足を止めた場所が、オーガス兄様の部屋の前だったというだけである。
「あー」
不機嫌そうにしていたアロンが、突然天を仰ぐ。
「いやその。言い争いがしたかったわけじゃなくて」
「……うん」
「すみません」
小声の謝罪に、俺は「うん」と小さな頷きを返す。その小さな動作で、張り詰めていた空気が柔らかくなった。
1,237
お気に入りに追加
3,165
あなたにおすすめの小説
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
なり代わり貴妃は皇弟の溺愛から逃げられません
めがねあざらし
BL
貴妃・蘇璃月が後宮から忽然と姿を消した。
家門の名誉を守るため、璃月の双子の弟・煌星は、彼女の身代わりとして後宮へ送り込まれる。
しかし、偽りの貴妃として過ごすにはあまりにも危険が多すぎた。
調香師としての鋭い嗅覚を武器に、後宮に渦巻く陰謀を暴き、皇帝・景耀を狙う者を探り出せ――。
だが、皇帝の影に潜む男・景翊の真意は未だ知れず。
煌星は龍の寝所で生き延びることができるのか、それとも――!?
///////////////////////////////
※以前に掲載していた「成り代わり貴妃は龍を守る香」を加筆修正したものです。
///////////////////////////////
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

神獣様の森にて。
しゅ
BL
どこ、ここ.......?
俺は橋本 俊。
残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。
そう。そのはずである。
いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。
7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?

祝福という名の厄介なモノがあるんですけど
野犬 猫兄
BL
魔導研究員のディルカには悩みがあった。
愛し愛される二人の証しとして、同じ場所に同じアザが発現するという『花祝紋』が独り身のディルカの身体にいつの間にか現れていたのだ。
それは女神の祝福とまでいわれるアザで、そんな大層なもの誰にも見せられるわけがない。
ディルカは、そんなアザがあるものだから、誰とも恋愛できずにいた。
イチャイチャ……イチャイチャしたいんですけど?!
□■
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
完結しました。
応援していただきありがとうございます!
□■
第11回BL大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございましたm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる