冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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15歳

428 わかってほしかった

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「ちょっと」
「ん?」

 綿毛ちゃんと遊ぶ俺に、声をかける者がいた。
 猫は面倒くさがって一緒に遊んでくれない。ジャンは忙しなく働いていて、ティアンはどこかへ行ってしまった。仕方がないので、綿毛ちゃんとふたりで屋敷内をうろうろして時間を潰す。寒いので、外に出る気分ではなかったのだ。

 階段を駆け上がる毛玉を見るのは楽しいので、綿毛ちゃんと共に階段を笑いながら上がっていたら、突然アロンが姿をみせた。

 俺の肩に手を置いたアロンに「なに?」と笑顔を向けてから、そういえばこいつとは喧嘩中(?)であったことを思い出した。

 喧嘩というか、なんというか。

 アロンの普段目にすることのない一面を目撃してしまい、俺が一方的に気まずくて避けているだけなのだが。でも、俺を放置してへらへらしていたアロンも悪いと思う。その後、アロンが不機嫌になって、結局ろくに会話をすることなくここまできてしまった。

 考えてみれば些細なことだったのかもしれないが、あの時の俺が不愉快な気分になったのは事実であって、俺はアロンにそのことを分かってほしかったのかもしれない。

 綿毛ちゃんを抱っこして、なんとなく階段から離れる。あてもなく二階の廊下を歩く俺の後ろを、アロンがぴたりとついてくる。

「ルイス様」
「……なに」

 無視するのも違う気がして、素っ気ない対応をしてしまう。顔を俯けたまま、目的地もないのに早足になる。

「ルイス様」
「だからなに」

 俺の名前を呼ぶだけで、一向に用件を言わないアロンに、ちょっぴり苛々してくる。棘のある声が出てしまったが、今更言い直すのもなんか負けた気がするので、そのままにしておく。

「ルイス様」

 それにも関わらず、いまだに俺の名前を呼び続けるアロンに、俺は我慢の限界がきて振り返った。

「なに!」

 鋭く問えば、アロンも足を止める。じっと俺の瞳を凝視してくるアロンは、やがて口元を緩めた。

「やっとこっちを見てくれた」

 ぼそっと呟かれた言葉に、ぎゅっと胸が締めつけられるような感覚になる。まるで俺が意地悪していたみたいな言い方をするんじゃない。

 しかし、久しぶりにアロンの顔を見たような気もする。綿毛ちゃんとアロンを交互に見比べていれば、アロンが壁に寄りかかって腕を組む。なんだその偉そうな態度は。

 呆れていると、アロンに手招きされた。隣に来いと言いたいらしい。綿毛ちゃんを抱えたまま、アロンの隣に並ぶ。ふたりで廊下の壁に背中を預けて、意味もなく空中に視線を彷徨わせた。

 しんと静まり返った廊下。ちょっと息苦しいくらいの静けさだ。用があるなら、さっさと言ってくれればいいのに。アロンが口を開くのをひたすら待っていれば、ぎいっとドアの軋む音が聞こえてきて、反射的に顔を向ける。

「なに? なにしてんですか。こっわ」

 オーガス兄様の部屋から出てきたニックが、無言で廊下に佇む俺たちを見て、大袈裟なくらいに肩を跳ねさせている。

「なんで廊下に? え、なんでなにも言わないんですか。ちょっと」

 ひとりで大騒ぎするニックに、アロンが「うるさい」と言い放つ。綿毛ちゃんは、変な顔して黙り込んでいる。

 気まずい時間をどうにかしようと、俺は壁から一歩離れて、ニックの袖を掴んだ。露骨に嫌そうな顔をするニックは、「なんですか」と振り払おうとしてくる。こいつは基本的に、セドリック以外の人間に冷たいのだ。

「ねえ。暇?」
「暇じゃないです。忙しいです」

 本当かなぁ。疑いの目を向けていると、バタバタと慌ただしくドアが開いた。またオーガス兄様の部屋だ。みんなで注目していれば、オーガス兄様が飛び出してきた。

「ニック! 君またセドリックの所に行くつもりだろ!」
「団長の様子を見に行くだけですよ」
「行く必要ないだろ!」

 珍しく声を荒らげる兄様は、俺とアロンの存在を認めて「びっくりしたぁ!」と再び大きな声を発する。

「ニック。仕事サボったらダメだよ。アロンじゃないんだから」

 綿毛ちゃんにも「ねぇ?」と同意を求めれば、横のアロンが「は?」と眉間に皺を作る。俺のことをちょっと睨みつけてくるアロンに、なぜかオーガス兄様がオロオロし始める。

「それどういう意味ですか」
「どうって。いつも仕事サボってるじゃん」
「は? サボってませんけど」

 ガシガシと頭を掻くアロン。オーガス兄様が「け、喧嘩しないで」と弱々しく手を彷徨わせている。オーガス兄様は関係ないんだから、俺たちのことなんて放っておけばいいのに。そうしない兄様は、心配そうに眉尻を下げている。やがて、助けを求めるかのように、兄様が俺に頷きを繰り返してくる。

 ブルース兄様は、なにかあれば積極的に手を貸してくれる。一方のオーガス兄様は、気弱なのであまり積極的にはならないが、どうにかしようと悩んでくれる。

 なんだかオーガス兄様まで巻き込んでしまって申し訳ない。別にここで立ち止まっていたことに意味なんてなかった。なんとなくアロンが足を止めた場所が、オーガス兄様の部屋の前だったというだけである。

「あー」

 不機嫌そうにしていたアロンが、突然天を仰ぐ。

「いやその。言い争いがしたかったわけじゃなくて」
「……うん」
「すみません」

 小声の謝罪に、俺は「うん」と小さな頷きを返す。その小さな動作で、張り詰めていた空気が柔らかくなった。
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