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15歳
424 怒らないの?
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「ユリス!」
「突然大声を出すんじゃない」
帰宅するなり、俺はユリスの部屋に飛び込んだ。アロンがなにか言いたそうに口を開いていたが、まるっと無視して駆け出してきた。俺の後ろを短い足で一生懸命に追いかけてくる綿毛ちゃんが入室するのを待ってから、ドアを閉める。
夕食前の時間である。テーブルで眠気と戦っていたらしいユリスは、ビクッと肩を揺らして顔を上げた。
「おかえりなさい。楽しかったですか?」
にこやかに出迎えてくれたタイラーに、俺はぴたりと口を閉ざす。無反応な俺に、タイラーとユリスが怪訝な目を向けてくる。
さっとしゃがんで、綿毛ちゃんを撫でる。今日は人間姿だった綿毛ちゃん。久しぶりに触るもふもふを思う存分堪能する。
「綿毛ちゃん。もふもふ」
『ありがとぉ』
えっへんと得意そうな顔をする毛玉は、尻尾を勢いよく振っている。それを追いかけるように右手をうろうろさせる俺の背中に、ユリスの視線が刺さっている。
「楽しくなかったのか?」
ぶっきらぼうに尋ねられて、迷った末に「うん」と控えめに肯定する。「楽しくなかったのか?」と、ユリスが驚いている。
ガシッと綿毛ちゃんの尻尾を掴めば『びっくりした』と不満そうな顔をする。
「なんか、えっと」
尻尾を握ったままタイラーに目を向ける。彼の前だと、ちょっと相談しにくい。だがユリスは空気を読まない。「なにがあった」と不機嫌そうに詰め寄ってくる。どうしてユリスが不機嫌になるのか。そこはちょっと意味がわからない。
あとでね、という意味を込めてユリスに目配せしてみると、すごく不満そうな表情でため息を吐かれてしまった。でもそれ以上突っ込んだ質問はしてこないから、俺の意図は伝わったらしい。
なんだかモヤモヤした一日だった。アロンのことが気になって、ユリスにお土産買ってくるのも忘れてしまった。ブルース兄様の分も忘れた。
「ブルース兄様のとこ行ってくるね」
帰ったとの報告がまだだった。アロンが言いに行ったかもしれないけど、俺も一応兄様の部屋に足を伸ばしてみる。当然のような顔でついてくる綿毛ちゃんは『オレは楽しかったよ。お出かけ』との感想を伝えてくる。
綿毛ちゃんが楽しかったのならいいんだけど。ティアンも楽しかったかな? と考えて、あんまり楽しんでいなかったかもしれないと思い直す。俺が不機嫌になったばかりに、周りに気を遣わせてしまった。せっかくのお出かけだったのにと今更後悔が込み上げてくる。
特にアリアには悪いことをした。彼女は、ずっと後ろで気まずそうにしていた。アロンのせいで俺が不機嫌になるから、妹であるアリアも責任を感じてしまったのかもしれない。あそこで、俺がアリアは気にしなくていいとの言葉をかけるべきだったかもしれない。
「……俺、自分のことしか考えてなかった。空気悪くしたよね。ごめんね」
自分の態度を反省すると、綿毛ちゃんが『いいよぉ。オレは気にしないよ』とへらへらする。
「綿毛ちゃんはなんで怒らないの?」
『ん? どういうこと?』
俺は、綿毛ちゃんのことを結構雑に扱っている。それなのに、綿毛ちゃんが本気で怒ることはない。たまに不機嫌にはなるけど。
『なんでって言われても。オレは心が広いから?』
自分でもよくわかんないと首を捻る綿毛ちゃん。ブルース兄様は割とすぐ怒る。でもいつまでも引きずったりはしない。逆にオーガス兄様はあんまり怒らないけど、意外と根に持つタイプだ。
「ブルース兄様。帰ったよ」
ノックもそこそこにドアを開け放てば、難しい顔で書類を睨むブルース兄様が居た。アロンの姿は見えない。顔を上げた兄様は、ちょっと文句を言いたそうな雰囲気だったので、先まわりして「ちゃんとノックしたよ」と主張しておく。
「楽しかったのか」
「綿毛ちゃんは楽しかったって言ってた」
『うん。楽しかった』
にこにこする綿毛ちゃんを「ほら見て! この顔!」とブルース兄様に突き出しておく。すごく楽しそうな顔をしている。綿毛ちゃんからさりげなく距離をとる兄様は「ルイスは」と書類を机に放り出す。
「うーん。普通かなぁ」
本当はあまり楽しくなかったけど。なんとなく躊躇われて、少し濁した返答をしておく。
「ルイス?」
どうかしたのかと立ちあがろうとする兄様を慌てて制止する。別にそんな心配するようなことではない。
「たくさん歩いて疲れただけ。お腹すいた」
「そうなのか?」
早口で誤魔化す俺だが、ブルース兄様は怪訝な顔になってしまう。早々に退出しようと綿毛ちゃんに声をかけた時である。ドアが開いて、アロンが入ってきた。「ノックくらいしろよ」と、ブルース兄様が眉間に皺を寄せている。
アロンと視線が合うなり、俺はさっと綿毛ちゃんを顔の前に持ち上げてそれを遮る。室内に重い沈黙がおりる。
「おい、アロン」
それを破ったのは、低い声を発するブルース兄様だった。半眼でアロンに「なにをした」と質問する兄様に、俺はハラハラしてしまう。
でも、なぜかブルース兄様を止めようという気にはなれない。むしろアロンに文句のひとつでも言ってやってほしいという変な思考になってしまう。
黙り込む俺に、アロンが小さく息を吐いたのがわかった。なんだか困っているような気配を感じる。いつものアロンだったら「俺がなにをしたって言うんですか!」とかなんとか。開き直る場面なのに。
そろそろと綿毛ちゃんをおろす。
意を決して視界に入れたアロンは、珍しく弱々しい顔をしていた。その泣き出してしまいそうな目に、俺は息を呑む。
「……アロン?」
どうしたのと駆け寄りたいが、思いとどまる。どうしたもなにも。俺がアロンに対して怒っているからに決まっている。俺がアロンを避けたからに決まっている。
どうしていいのかわからなくて、綿毛ちゃんを抱きしめた。
「突然大声を出すんじゃない」
帰宅するなり、俺はユリスの部屋に飛び込んだ。アロンがなにか言いたそうに口を開いていたが、まるっと無視して駆け出してきた。俺の後ろを短い足で一生懸命に追いかけてくる綿毛ちゃんが入室するのを待ってから、ドアを閉める。
夕食前の時間である。テーブルで眠気と戦っていたらしいユリスは、ビクッと肩を揺らして顔を上げた。
「おかえりなさい。楽しかったですか?」
にこやかに出迎えてくれたタイラーに、俺はぴたりと口を閉ざす。無反応な俺に、タイラーとユリスが怪訝な目を向けてくる。
さっとしゃがんで、綿毛ちゃんを撫でる。今日は人間姿だった綿毛ちゃん。久しぶりに触るもふもふを思う存分堪能する。
「綿毛ちゃん。もふもふ」
『ありがとぉ』
えっへんと得意そうな顔をする毛玉は、尻尾を勢いよく振っている。それを追いかけるように右手をうろうろさせる俺の背中に、ユリスの視線が刺さっている。
「楽しくなかったのか?」
ぶっきらぼうに尋ねられて、迷った末に「うん」と控えめに肯定する。「楽しくなかったのか?」と、ユリスが驚いている。
ガシッと綿毛ちゃんの尻尾を掴めば『びっくりした』と不満そうな顔をする。
「なんか、えっと」
尻尾を握ったままタイラーに目を向ける。彼の前だと、ちょっと相談しにくい。だがユリスは空気を読まない。「なにがあった」と不機嫌そうに詰め寄ってくる。どうしてユリスが不機嫌になるのか。そこはちょっと意味がわからない。
あとでね、という意味を込めてユリスに目配せしてみると、すごく不満そうな表情でため息を吐かれてしまった。でもそれ以上突っ込んだ質問はしてこないから、俺の意図は伝わったらしい。
なんだかモヤモヤした一日だった。アロンのことが気になって、ユリスにお土産買ってくるのも忘れてしまった。ブルース兄様の分も忘れた。
「ブルース兄様のとこ行ってくるね」
帰ったとの報告がまだだった。アロンが言いに行ったかもしれないけど、俺も一応兄様の部屋に足を伸ばしてみる。当然のような顔でついてくる綿毛ちゃんは『オレは楽しかったよ。お出かけ』との感想を伝えてくる。
綿毛ちゃんが楽しかったのならいいんだけど。ティアンも楽しかったかな? と考えて、あんまり楽しんでいなかったかもしれないと思い直す。俺が不機嫌になったばかりに、周りに気を遣わせてしまった。せっかくのお出かけだったのにと今更後悔が込み上げてくる。
特にアリアには悪いことをした。彼女は、ずっと後ろで気まずそうにしていた。アロンのせいで俺が不機嫌になるから、妹であるアリアも責任を感じてしまったのかもしれない。あそこで、俺がアリアは気にしなくていいとの言葉をかけるべきだったかもしれない。
「……俺、自分のことしか考えてなかった。空気悪くしたよね。ごめんね」
自分の態度を反省すると、綿毛ちゃんが『いいよぉ。オレは気にしないよ』とへらへらする。
「綿毛ちゃんはなんで怒らないの?」
『ん? どういうこと?』
俺は、綿毛ちゃんのことを結構雑に扱っている。それなのに、綿毛ちゃんが本気で怒ることはない。たまに不機嫌にはなるけど。
『なんでって言われても。オレは心が広いから?』
自分でもよくわかんないと首を捻る綿毛ちゃん。ブルース兄様は割とすぐ怒る。でもいつまでも引きずったりはしない。逆にオーガス兄様はあんまり怒らないけど、意外と根に持つタイプだ。
「ブルース兄様。帰ったよ」
ノックもそこそこにドアを開け放てば、難しい顔で書類を睨むブルース兄様が居た。アロンの姿は見えない。顔を上げた兄様は、ちょっと文句を言いたそうな雰囲気だったので、先まわりして「ちゃんとノックしたよ」と主張しておく。
「楽しかったのか」
「綿毛ちゃんは楽しかったって言ってた」
『うん。楽しかった』
にこにこする綿毛ちゃんを「ほら見て! この顔!」とブルース兄様に突き出しておく。すごく楽しそうな顔をしている。綿毛ちゃんからさりげなく距離をとる兄様は「ルイスは」と書類を机に放り出す。
「うーん。普通かなぁ」
本当はあまり楽しくなかったけど。なんとなく躊躇われて、少し濁した返答をしておく。
「ルイス?」
どうかしたのかと立ちあがろうとする兄様を慌てて制止する。別にそんな心配するようなことではない。
「たくさん歩いて疲れただけ。お腹すいた」
「そうなのか?」
早口で誤魔化す俺だが、ブルース兄様は怪訝な顔になってしまう。早々に退出しようと綿毛ちゃんに声をかけた時である。ドアが開いて、アロンが入ってきた。「ノックくらいしろよ」と、ブルース兄様が眉間に皺を寄せている。
アロンと視線が合うなり、俺はさっと綿毛ちゃんを顔の前に持ち上げてそれを遮る。室内に重い沈黙がおりる。
「おい、アロン」
それを破ったのは、低い声を発するブルース兄様だった。半眼でアロンに「なにをした」と質問する兄様に、俺はハラハラしてしまう。
でも、なぜかブルース兄様を止めようという気にはなれない。むしろアロンに文句のひとつでも言ってやってほしいという変な思考になってしまう。
黙り込む俺に、アロンが小さく息を吐いたのがわかった。なんだか困っているような気配を感じる。いつものアロンだったら「俺がなにをしたって言うんですか!」とかなんとか。開き直る場面なのに。
そろそろと綿毛ちゃんをおろす。
意を決して視界に入れたアロンは、珍しく弱々しい顔をしていた。その泣き出してしまいそうな目に、俺は息を呑む。
「……アロン?」
どうしたのと駆け寄りたいが、思いとどまる。どうしたもなにも。俺がアロンに対して怒っているからに決まっている。俺がアロンを避けたからに決まっている。
どうしていいのかわからなくて、綿毛ちゃんを抱きしめた。
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