冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
452 / 637
15歳

424 怒らないの?

しおりを挟む
「ユリス!」
「突然大声を出すんじゃない」

 帰宅するなり、俺はユリスの部屋に飛び込んだ。アロンがなにか言いたそうに口を開いていたが、まるっと無視して駆け出してきた。俺の後ろを短い足で一生懸命に追いかけてくる綿毛ちゃんが入室するのを待ってから、ドアを閉める。

 夕食前の時間である。テーブルで眠気と戦っていたらしいユリスは、ビクッと肩を揺らして顔を上げた。

「おかえりなさい。楽しかったですか?」

 にこやかに出迎えてくれたタイラーに、俺はぴたりと口を閉ざす。無反応な俺に、タイラーとユリスが怪訝な目を向けてくる。

 さっとしゃがんで、綿毛ちゃんを撫でる。今日は人間姿だった綿毛ちゃん。久しぶりに触るもふもふを思う存分堪能する。

「綿毛ちゃん。もふもふ」
『ありがとぉ』

 えっへんと得意そうな顔をする毛玉は、尻尾を勢いよく振っている。それを追いかけるように右手をうろうろさせる俺の背中に、ユリスの視線が刺さっている。

「楽しくなかったのか?」

 ぶっきらぼうに尋ねられて、迷った末に「うん」と控えめに肯定する。「楽しくなかったのか?」と、ユリスが驚いている。

 ガシッと綿毛ちゃんの尻尾を掴めば『びっくりした』と不満そうな顔をする。

「なんか、えっと」

 尻尾を握ったままタイラーに目を向ける。彼の前だと、ちょっと相談しにくい。だがユリスは空気を読まない。「なにがあった」と不機嫌そうに詰め寄ってくる。どうしてユリスが不機嫌になるのか。そこはちょっと意味がわからない。

 あとでね、という意味を込めてユリスに目配せしてみると、すごく不満そうな表情でため息を吐かれてしまった。でもそれ以上突っ込んだ質問はしてこないから、俺の意図は伝わったらしい。

 なんだかモヤモヤした一日だった。アロンのことが気になって、ユリスにお土産買ってくるのも忘れてしまった。ブルース兄様の分も忘れた。

「ブルース兄様のとこ行ってくるね」

 帰ったとの報告がまだだった。アロンが言いに行ったかもしれないけど、俺も一応兄様の部屋に足を伸ばしてみる。当然のような顔でついてくる綿毛ちゃんは『オレは楽しかったよ。お出かけ』との感想を伝えてくる。

 綿毛ちゃんが楽しかったのならいいんだけど。ティアンも楽しかったかな? と考えて、あんまり楽しんでいなかったかもしれないと思い直す。俺が不機嫌になったばかりに、周りに気を遣わせてしまった。せっかくのお出かけだったのにと今更後悔が込み上げてくる。

 特にアリアには悪いことをした。彼女は、ずっと後ろで気まずそうにしていた。アロンのせいで俺が不機嫌になるから、妹であるアリアも責任を感じてしまったのかもしれない。あそこで、俺がアリアは気にしなくていいとの言葉をかけるべきだったかもしれない。

「……俺、自分のことしか考えてなかった。空気悪くしたよね。ごめんね」

 自分の態度を反省すると、綿毛ちゃんが『いいよぉ。オレは気にしないよ』とへらへらする。

「綿毛ちゃんはなんで怒らないの?」
『ん? どういうこと?』

 俺は、綿毛ちゃんのことを結構雑に扱っている。それなのに、綿毛ちゃんが本気で怒ることはない。たまに不機嫌にはなるけど。

『なんでって言われても。オレは心が広いから?』

 自分でもよくわかんないと首を捻る綿毛ちゃん。ブルース兄様は割とすぐ怒る。でもいつまでも引きずったりはしない。逆にオーガス兄様はあんまり怒らないけど、意外と根に持つタイプだ。

「ブルース兄様。帰ったよ」

 ノックもそこそこにドアを開け放てば、難しい顔で書類を睨むブルース兄様が居た。アロンの姿は見えない。顔を上げた兄様は、ちょっと文句を言いたそうな雰囲気だったので、先まわりして「ちゃんとノックしたよ」と主張しておく。

「楽しかったのか」
「綿毛ちゃんは楽しかったって言ってた」
『うん。楽しかった』

 にこにこする綿毛ちゃんを「ほら見て! この顔!」とブルース兄様に突き出しておく。すごく楽しそうな顔をしている。綿毛ちゃんからさりげなく距離をとる兄様は「ルイスは」と書類を机に放り出す。

「うーん。普通かなぁ」

 本当はあまり楽しくなかったけど。なんとなく躊躇われて、少し濁した返答をしておく。

「ルイス?」

 どうかしたのかと立ちあがろうとする兄様を慌てて制止する。別にそんな心配するようなことではない。

「たくさん歩いて疲れただけ。お腹すいた」
「そうなのか?」

 早口で誤魔化す俺だが、ブルース兄様は怪訝な顔になってしまう。早々に退出しようと綿毛ちゃんに声をかけた時である。ドアが開いて、アロンが入ってきた。「ノックくらいしろよ」と、ブルース兄様が眉間に皺を寄せている。

 アロンと視線が合うなり、俺はさっと綿毛ちゃんを顔の前に持ち上げてそれを遮る。室内に重い沈黙がおりる。

「おい、アロン」

 それを破ったのは、低い声を発するブルース兄様だった。半眼でアロンに「なにをした」と質問する兄様に、俺はハラハラしてしまう。

 でも、なぜかブルース兄様を止めようという気にはなれない。むしろアロンに文句のひとつでも言ってやってほしいという変な思考になってしまう。

 黙り込む俺に、アロンが小さく息を吐いたのがわかった。なんだか困っているような気配を感じる。いつものアロンだったら「俺がなにをしたって言うんですか!」とかなんとか。開き直る場面なのに。

 そろそろと綿毛ちゃんをおろす。

 意を決して視界に入れたアロンは、珍しく弱々しい顔をしていた。その泣き出してしまいそうな目に、俺は息を呑む。

「……アロン?」

 どうしたのと駆け寄りたいが、思いとどまる。どうしたもなにも。俺がアロンに対して怒っているからに決まっている。俺がアロンを避けたからに決まっている。

 どうしていいのかわからなくて、綿毛ちゃんを抱きしめた。
しおりを挟む
感想 448

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

学園の俺様と、辺境地の僕

そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ? 【全12話になります。よろしくお願いします。】

処理中です...