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15歳
419 まだそんなこと
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綿毛ちゃんのことは、ティアンが運んでくれた。ジャンはお留守番なので、結局はアロンとティアン、それに綿毛ちゃんでのお出かけになった。
街が近付いてきたところで、綿毛ちゃんが馬をおりる。そうしてあっさりと人間姿になってみせた綿毛ちゃんに、アロンとティアンが引いている。
「髪の毛! 結んで!」
すかさず抗議すれば、「はいはい。わかったよぉ」とげんなりした声が聞こえてくる。綿毛ちゃんは、人間姿になると灰色っぽい髪の毛のお兄さんになる。大事なのは、髪の長さだ。
綿毛ちゃんはなぜか長い髪を垂らしたままにしている。俺の文句を受けて、どこからか取り出した紐で器用に髪を括った綿毛ちゃんは、はやくも疲れた顔をしていた。
綿毛ちゃんは、背が高い。アロンにも負けないくらいだ。じっと髪を見つめる。素敵な長髪男子さん。いいと思う。
「なんか横からすごい視線を感じる。視線というより圧? こわぁ」
毛玉だから優しくして、と首をさする綿毛ちゃんは、決してアロンと視線を合わせようとはしない。対するアロンは、すごい目で綿毛ちゃんを睨んでいる。アロンは、おそらく綿毛ちゃんのことが嫌いだ。綿毛ちゃんを見下ろす目が、いつも冷たい。
「髪、切ったほうがいいと思うよ」
「アロンさん。勘弁してよぉ」
綿毛ちゃんにいちゃもんつけるアロンは、大人気ない。でも綿毛ちゃんの方が年上だからな。綿毛ちゃんは、人間の寿命を超えて生きている不思議生き物なのだ。
徒歩の綿毛ちゃんに合わせて、ゆっくりと馬を歩かせる。そうして街に到着した俺たち。馬を預けるというアロンに諸々のことを任せて、俺は久しぶりに訪れる活気のある街に目を輝かせる。
綿毛ちゃんの服を掴んで、早速走り出そうとするのだが、「落ち着いてくださいよ」とティアンが邪魔をしてくる。
「綿毛ちゃん! 街!」
「はいはい。楽しいねぇ。落ち着こうねぇ、坊ちゃん」
やけに冷静な綿毛ちゃんは、「ところで」と己の細い髪をいじっている。
「綿毛ちゃんって呼び方やめよう。目立つよ」
「なんで?」
「大の大人が綿毛ちゃんはちょっとね」
「なるほど」
要するに、この場限りでいいから新しい呼び方を考えてくれということらしい。わかったと頷いてから、俺は必死に考える。そろそろ馬を預けに行ったアロンが戻ってくる頃である。ティアンが横から「なんでもいいの?」と綿毛ちゃんに訊いている。
「無難なものでお願いします」
控えめにお願いする綿毛ちゃん。綿毛ちゃんは、髪が長くてかっこいいお兄さん。クール系なのだ。
「……適当に呼ぶからいいや」
「諦めはやいね、坊ちゃん」
綿毛ちゃんは綿毛ちゃんだもん。
そのまま綿毛ちゃんと会話して時間を潰していれば、アロンが戻ってきた。
「お待たせしました。行きましょうか」
行こうと言われて、隣にいた綿毛ちゃんの手を取る。俺としては何気ない行動だったのだが、これにアロンとティアンがちょっと納得いかないような様子をみせた。
「なに?」
気になって尋ねると、アロンが俺と綿毛ちゃんの手を引き離しにかかってくる。やめてと反射的に抵抗すれば、アロンはムスッと不機嫌になる。
「なんでそいつと手を繋ぐんですか」
「そいつじゃなくて、綿毛ちゃん」
「名前はどうでもいいんですよ。俺でよくないですか?」
ん、と手を差し出してくるアロン。その大きな手と、俺の隣で黙り込んでいる綿毛ちゃんを見比べる。
「綿毛ちゃんがいい」
「はぁ!?」
大声を出すアロンに、眉を寄せる。ティアンも、こちらに手を伸ばそうか迷っているような素振りをみせている。
「なんでそいつなんですか!」
「綿毛ちゃん。髪長い」
これ以外の理由があるのか? 簡潔に説明すれば、なぜかアロンではなくティアンの方が「なんですか、それ!」と詰め寄ってくる。ティアン、急にどうした。
「髪って。まだそんなこと言ってるんですか」
まだってなに。一番大事なことだろう。
僕の方がいいと思いますと謎の宣言をするティアンに、アロンが舌打ちする。そのまま睨み合いを始めたアロンとティアン。間に挟まれた綿毛ちゃんが居心地悪そうに身を縮めている。
「ねぇ、街行かないの?」
急かしてみるが、アロンとティアンは動かない。なにこれ。俺が悪いのか?
しかしアロンはとんでもない自己中男なので、俺が折れてやらないと話が進まないだろう。惜しい気持ちはあるが、綿毛ちゃんの手を離す。そうしてボケっとふたりの睨み合いを観察していれば、ティアンが大きくため息を吐いた。
「ここで争っても仕方がないですよ」
「……」
眉間に皺を寄せたアロンが、苛立ったように頭を掻く。「あぁ!」と呻いたアロンは、なにかを振り払うかのように大袈裟な動作で天を仰いだ。
「そうだね。うん。そうだね」
ひとり頷くアロンは、「行きましょうか、ルイス様」と気持ちを切り替えたらしい。にこりとわざとらしい笑みを浮かべている。
なにこの変な空気。
戸惑う俺と綿毛ちゃんは、そっと顔を見合わせる。緩く首を左右に振る綿毛ちゃんは、なんだか呆れているようであった。
街が近付いてきたところで、綿毛ちゃんが馬をおりる。そうしてあっさりと人間姿になってみせた綿毛ちゃんに、アロンとティアンが引いている。
「髪の毛! 結んで!」
すかさず抗議すれば、「はいはい。わかったよぉ」とげんなりした声が聞こえてくる。綿毛ちゃんは、人間姿になると灰色っぽい髪の毛のお兄さんになる。大事なのは、髪の長さだ。
綿毛ちゃんはなぜか長い髪を垂らしたままにしている。俺の文句を受けて、どこからか取り出した紐で器用に髪を括った綿毛ちゃんは、はやくも疲れた顔をしていた。
綿毛ちゃんは、背が高い。アロンにも負けないくらいだ。じっと髪を見つめる。素敵な長髪男子さん。いいと思う。
「なんか横からすごい視線を感じる。視線というより圧? こわぁ」
毛玉だから優しくして、と首をさする綿毛ちゃんは、決してアロンと視線を合わせようとはしない。対するアロンは、すごい目で綿毛ちゃんを睨んでいる。アロンは、おそらく綿毛ちゃんのことが嫌いだ。綿毛ちゃんを見下ろす目が、いつも冷たい。
「髪、切ったほうがいいと思うよ」
「アロンさん。勘弁してよぉ」
綿毛ちゃんにいちゃもんつけるアロンは、大人気ない。でも綿毛ちゃんの方が年上だからな。綿毛ちゃんは、人間の寿命を超えて生きている不思議生き物なのだ。
徒歩の綿毛ちゃんに合わせて、ゆっくりと馬を歩かせる。そうして街に到着した俺たち。馬を預けるというアロンに諸々のことを任せて、俺は久しぶりに訪れる活気のある街に目を輝かせる。
綿毛ちゃんの服を掴んで、早速走り出そうとするのだが、「落ち着いてくださいよ」とティアンが邪魔をしてくる。
「綿毛ちゃん! 街!」
「はいはい。楽しいねぇ。落ち着こうねぇ、坊ちゃん」
やけに冷静な綿毛ちゃんは、「ところで」と己の細い髪をいじっている。
「綿毛ちゃんって呼び方やめよう。目立つよ」
「なんで?」
「大の大人が綿毛ちゃんはちょっとね」
「なるほど」
要するに、この場限りでいいから新しい呼び方を考えてくれということらしい。わかったと頷いてから、俺は必死に考える。そろそろ馬を預けに行ったアロンが戻ってくる頃である。ティアンが横から「なんでもいいの?」と綿毛ちゃんに訊いている。
「無難なものでお願いします」
控えめにお願いする綿毛ちゃん。綿毛ちゃんは、髪が長くてかっこいいお兄さん。クール系なのだ。
「……適当に呼ぶからいいや」
「諦めはやいね、坊ちゃん」
綿毛ちゃんは綿毛ちゃんだもん。
そのまま綿毛ちゃんと会話して時間を潰していれば、アロンが戻ってきた。
「お待たせしました。行きましょうか」
行こうと言われて、隣にいた綿毛ちゃんの手を取る。俺としては何気ない行動だったのだが、これにアロンとティアンがちょっと納得いかないような様子をみせた。
「なに?」
気になって尋ねると、アロンが俺と綿毛ちゃんの手を引き離しにかかってくる。やめてと反射的に抵抗すれば、アロンはムスッと不機嫌になる。
「なんでそいつと手を繋ぐんですか」
「そいつじゃなくて、綿毛ちゃん」
「名前はどうでもいいんですよ。俺でよくないですか?」
ん、と手を差し出してくるアロン。その大きな手と、俺の隣で黙り込んでいる綿毛ちゃんを見比べる。
「綿毛ちゃんがいい」
「はぁ!?」
大声を出すアロンに、眉を寄せる。ティアンも、こちらに手を伸ばそうか迷っているような素振りをみせている。
「なんでそいつなんですか!」
「綿毛ちゃん。髪長い」
これ以外の理由があるのか? 簡潔に説明すれば、なぜかアロンではなくティアンの方が「なんですか、それ!」と詰め寄ってくる。ティアン、急にどうした。
「髪って。まだそんなこと言ってるんですか」
まだってなに。一番大事なことだろう。
僕の方がいいと思いますと謎の宣言をするティアンに、アロンが舌打ちする。そのまま睨み合いを始めたアロンとティアン。間に挟まれた綿毛ちゃんが居心地悪そうに身を縮めている。
「ねぇ、街行かないの?」
急かしてみるが、アロンとティアンは動かない。なにこれ。俺が悪いのか?
しかしアロンはとんでもない自己中男なので、俺が折れてやらないと話が進まないだろう。惜しい気持ちはあるが、綿毛ちゃんの手を離す。そうしてボケっとふたりの睨み合いを観察していれば、ティアンが大きくため息を吐いた。
「ここで争っても仕方がないですよ」
「……」
眉間に皺を寄せたアロンが、苛立ったように頭を掻く。「あぁ!」と呻いたアロンは、なにかを振り払うかのように大袈裟な動作で天を仰いだ。
「そうだね。うん。そうだね」
ひとり頷くアロンは、「行きましょうか、ルイス様」と気持ちを切り替えたらしい。にこりとわざとらしい笑みを浮かべている。
なにこの変な空気。
戸惑う俺と綿毛ちゃんは、そっと顔を見合わせる。緩く首を左右に振る綿毛ちゃんは、なんだか呆れているようであった。
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