冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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15歳

416 そのために

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 結局、マーティーは泊まることなく帰って行った。綿毛ちゃんと遊んで満足したらしい。好きなように撫でて帰宅した。

 見送りもしないユリスは、マーティーが帰ってからもしばらく不機嫌だった。下手に触れてキレられるのも嫌なので、自室に引っ込む。

『疲れたぁ。すごく疲れた』

 ぐったりする綿毛ちゃんは、マーティーに散々撫でられてお疲れらしい。『子供の相手は大変だぁ』と、ぐちぐち言っている。マーティーはお子様だからな。

 疲れたとうるさい綿毛ちゃんを、ジャンが心配そうに見下ろしている。一方のティアンは、あまり綿毛ちゃんに興味がないらしい。一瞥しただけで、特になにも言わない。

 そうやってまったりとした空気が流れる室内にて、俺はちらちらとティアンに視線を投げていた。

 ティアンに謝ろうと決めたはいいが、ひと言目がなかなか出てこない。なんて切り出せばいいのだろうか。突然謝るのはちょっと不自然かもしれない。

 俺の視線に気が付いたティアンが「なんですか?」と顔を向けてくる。慌てて視線を逸らして、誤魔化すように綿毛ちゃんを触る。

「ルイス様?」
「……」

 だが、ティアンはしつこい。「なにかありました?」と執拗に問いかけてくる。

「なんでもない」
「そうですか? でも、なにか言いたそうな顔してましたけど」

 なんだそれ。どういう顔だ。
 しかし、ティアンに言いたいことがあるのは事実である。察しの良いティアンに驚いていると、ティアンが俺のことを待つように隣に屈んでくれる。

 綿毛ちゃんが水飲みたいと騒ぐので、ジャンが水を用意するために部屋を出ていく。そうして静かになった空間で、綿毛ちゃんを撫でながらティアンを見上げる。

 ん? と首を傾げるティアンに、俺は綿毛ちゃんの角を掴んで気持ちを落ち着ける。『やめてぇ』と、動く綿毛ちゃんは角を触られたくないらしい。

「ティアン」

 小声で呼んでみれば、ティアンが「なんですか」と微笑んでくれる。

「あの、えっと」

 意外と空気の読める毛玉は、大人しく口を閉じている。ジャンが帰ってくる前にと、顔を上げてティアンを見据える。

「この間は、ごめん」
「この間?」

 いつの話ですか? と不思議そうな顔をするティアンに、俺は一度ぴたりと口を閉ざす。しかし、ティアンが「ルイス様?」と怪訝な声を出すので、へにゃっと眉尻を下げる。

「あの、ティアンが帰ってきた時」
「はい」
「ティアンのこと、知らない人とか言って、俺ひどいこと言ったから」

 ごめんなさいと素早く頭を下げれば、ティアンが驚いたように目を見開いていた。

「あ、えっと。そんなこと気にしてたんですか?」

 そんなことって。
 俺としては、結構ひどいことを言ってしまったともやもやしていたのに。当のティアンは、意外そうに目を瞬いている。

「ティアンも嫌そうな顔してたじゃん」
「それはそうですけど。でも今はそんなこと言わないじゃないですか。僕はそれで満足ですよ」

 本当になにも気にしていないような顔で言うものだから、俺は逆に困ってしまう。ルイス様が戸惑うのも仕方がないですよ、と苦笑するティアンは、自分でも四年間まったく会わなかったことを後悔しているような口振りだった。

「アロン殿に言われたんですよ」

 突然出てきたアロンの名前に、俺はますます面食らう。

「僕のあの決意は、結局のところ僕の自己満足だって。もっとルイス様のことを考えろと」

 あの人、たまに正論言いますよねと気まずそうに頬を掻くティアンに、とりあえず同意しておく。普段はクソな言動が目立つアロンだが、ごくたまに正論を言うこともある。

 どうやら、アロンはティアンのこの四年間の行動に対して文句を言ったらしい。どういう流れでそのような話になったのかは想像できないが、ティアンとアロンが割と仲良くやっているようで安心する。アロンは大人気ない行動が目立つので、ティアンとは仲良くできないのではないかと心配していた。この間も、なんだかティアンとバチバチしていたし。

「ティアンが居なくて、ちょっと寂しかったけど」
「はい。すみません」
「綿毛ちゃん居たから大丈夫だった」
「大丈夫だったんですか?」

 なんだか変な顔をしたティアンは、綿毛ちゃんをさっと睨みつけている。突然睨まれた綿毛ちゃんが『ひぇ。こわーい』と馬鹿にするようなふざけた悲鳴をあげている。

「そこは、大丈夫じゃなかったって言ってほしいです」

 我儘かよ。

 ティアンの居ない間、俺は俺で楽しくやっていた。ジェフリーという新しい友達もできたし、フランシスも遊びに来てくれたし。まぁ、フランシスとはあれ以来、気まずくて会えてないけど。だが、噂で耳にする限り、どうやら上手くやっているらしい。あの時のフランシスは、きっと人生最大のピンチに直面して色々と焦っていたのだろう。今はまた、普通に俺と遊んでくれると信じている。そういえば、ジェフリーともあれ以来会っていない。

 そう考えると、たとえ四年間放っておかれたとしても、ちゃんと俺のところに戻ってきてくれたティアンって貴重な存在なのでは?

 改めて、ティアンを見上げる。

「ティアンは、ずっと俺のそばに居る?」

 少し気になったことを問い掛ければ、ティアンがゆっくりと頷いた。その顔には、すごく優しい微笑みが浮かんでいる。

「もちろん。僕はそのために騎士になったので」

 迷いのないその言葉に、俺は安心して頷きを返した。
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