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15歳

415 躊躇する

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 なんだか不穏な空気になる室内。ユリスとマーティーがバチバチしている。

 先に折れたのはマーティーであった。
 短く息を吐いた彼は、「まぁいい」と偉そうに言い放った。その上からの態度にユリスは眉を寄せるが、特に言い返すことはしない。

 なんだか微妙に気まずい雰囲気になってしまう。

 マーティーとユリスは視線を合わせないし、タイラーとジャンも無言を貫いている。きょろきょろする綿毛ちゃんを見下ろして、次にティアンを見る。困ったような顔で佇むティアンは、ふたりの言い争いに首を突っ込むつもりはないらしい。というよりも、どう突っ込んでいいのかわからないといった面持ちだ。

「マーティー。猫も見るか?」

 ピリピリとした空気に耐えきれず、俺はマーティーを部屋から連れ出す。少しだけ躊躇した彼だが、猫にも興味があるのだろう。大人しく俺についてくる。ユリスから離れることができて、安堵しているようにも見える。ジャンとティアンも一緒だ。

 ユリスは椅子に座ったまま無反応。タイラーがいるから、部屋に残しても大丈夫だろう。

 俺の部屋に案内して、白猫エリスちゃんを紹介してあげる。前にも見せたことがあると思うが、マーティーは興味津々に猫を触ろうとしている。

「猫好きなの?」
「まぁ、うん。可愛いな」
「でしょ」

 オレは? と割り込んでくる綿毛ちゃんの頭を撫でて「綿毛ちゃんも、もふもふでいいと思う」とお伝えしておく。『わーい』と喜ぶ綿毛ちゃんに、猫がしれっと猫パンチをお見舞いしている。綿毛ちゃんが悲しい顔をしている。仲良くしろよ。

「ルイスは、毎日なにをしているんだ」
「犬と猫のお世話」

 すごく大変と教えてあげれば、マーティーは「そうか」と短い頷きを返してくる。

「……なにかやりたいことはないのか?」
「うん?」

 突然の質問に、面食らう。
 まさか俺に飛び火するとは。綿毛ちゃんを撫でながら、考える。やりたいことはある。最近決めたことだけど、カル先生みたいに先生やりたい。でも、そのことはまだカル先生以外には教えていない。なんだか、おまえには無理という言葉が返ってきそうで誰にも言えないでいる。

 元はといえば、真面目に勉強することなく日々遊んでいた俺が悪いんだけど。たとえばユリスが先生になりたいと言い出したとしても、兄様たちは「そうなんだ」で終わらせそうな気がする。今だって、ユリスは魔法の研究をしている。このままいくと将来は研究者だが、誰もそれに疑問を呈さないし反対もしない。

 だけど、俺が同じことを言い出せば、兄様たちは「本気か?」とか「よく考えたほうがいい」とか。なんかそんな否定的な言葉を投げてきそうな気がする。気がするというだけで、まだ決まったわけじゃないけど。でも、兄様たちにそういう否定的な態度を取られた時に、俺はちょっと悲しい気持ちになると思う。それが嫌で、俺の無謀とも言える夢はまだまだ公にするわけにはいかないのだ。

 黙り込む俺に、マーティーは呆れたような目を向けてくる。「おまえも将来のことを真面目に考えたほうがいいと思うけどな」と、大人びた発言をしてくるマーティーは、彼なりに俺のことを心配しているのだと思う。

「手助けが必要ならいつでも言え」
「マーティーに言われてもな」
「違う。僕じゃなくて」

 否定してきたマーティーは、「兄上が」と苦い顔をする。

「おまえのことを気にかけていた」
「エリックが?」

 そういえば、エリックは俺に側室云々の話を持ちかけてきていた。あまり会わないから普段はすっかり忘れていたのだが、エリックはまだ忘れていないらしい。

 エリックが俺を気にかけてくれるのは嬉しいが、エリックはもう結婚したしな。側室とかそういうの、俺は興味ない。

 エリックの名前が出た途端、ティアンがわざとらしく咳払いをしている。こちらを牽制するような鋭い眼差しに、マーティーがわかりやすくビビっている。

「まぁなんだ。そういうことだから」

 どういうことだよ。
 ティアンの迫力にビビって話を打ち切ったマーティーは、相変わらずの弱虫である。しかし、以前のように泣かなくなった。小さい頃のマーティーであれば、間違いなく涙目になっていた場面である。こいつも成長したんだな。

「マーティー。なんで泣かない」
「泣くわけないだろ。僕は王子だぞ」

 意味不明の王子アピールをしてくるマーティーは、腰に手を当てて偉そうに胸を張っている。

「ユリスはね。ちょっとお子様だから」

 マーティーに色々と説明するのが面倒なだけだと思うと告げれば、マーティーは顔を顰めてしまう。

 先程のユリスの態度は、ちょっぴり大人気ない。マーティーとの会話を拒んでいた。

 魔法研究の成果が出ないことで、一番焦っているのはユリスだと思う。でもユリスは、知っての通りプライドが高い。いつもこちらを馬鹿にしたような態度で、余裕たっぷり。あのプライドの高さは、オーガス兄様に似たのだと思う。

「ユリスも、別にマーティーのことが嫌いなわけじゃなくて」
「わかっている」

 まっすぐな視線で即答したマーティーは、「ユリスはそういう奴だ。昔から、都合が悪くなると途端に不機嫌になる」と苦笑した。

 困った奴だな、と笑うマーティー。言葉通り、困ったように頬を掻くマーティーは、怒っているわけではないらしく、俺はホッと胸を撫で下ろした。
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