冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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15歳

綿毛ちゃんの日常10

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『なにしてるのぉ』
「うわ! びっくりした」

 ひとりでお散歩中。
 なにやら前方で怪しい動きをする人影を見かけた。ちょうど建物の角。壁に背中を張り付けて、こそこそと曲がり角の向こう側を覗いている怪しいお兄さんは、騎士のニックさんだ。

 ヴィアン家長男であるオーガスくんの護衛騎士さん。こんなところで、一体なにをしているのだろうか。

 興味のままに駆け寄って、同じように曲がり角の先をこっそりと覗いてみる。

『団長さん?』

 そこに居たのは、団長のセドリックさんであった。あの人は、オレに剣で切りかかってきたことがある物騒な人だ。坊ちゃんは、団長さんのことをやる気がない人と言っていたが、そんなことはない。オレに切り掛かってくる時の団長さんは、無茶苦茶やる気に満ちていた。

 団長さんが先に進むと、慌てたようにニックさんも足を進める。うーむ。これはどう見ても尾行している。

 一体なんのために? と考えて。そういえば前にルイス坊ちゃんが、ニックさんは団長さんの信者だと言っていたことを思い出した。

『尾行ですかぁ?』

 念の為に尋ねてみると、「それ以外のなにに見える」という偉そうな答えが返ってきた。怖い人だなぁ。

 ルイス坊ちゃんが忙しい今、オレはひとりで暇してた。ちょうどいいから、もう少しだけニックさんに付き合おうと思う。

「ルイス様は?」

 オレがついてくることを不審に思ったのだろう。なぜかオレを睨みつけてくるニックさんに『今忙しいみたいで』と教えてあげる。

『悪戯の真っ最中だよ。アロンさんと一緒になって、なんか罠を仕掛けてるんだよ』
「アロンはなにをしているんだ」

 なんでそう変なことばかりするんだ、と愚痴を言うニックさん。今現在、変なことをしているニックさんに言われてもな。乾いた笑いしか出てこないよ。

 今日のアロンさんは、なんだか機嫌が良かった。朝から坊ちゃんの部屋に顔を出して、一緒に遊ぼうと声をかけていた。坊ちゃんは、基本的に遊びのお誘いは断らない。一緒にいたティアンさんが嫌そうな顔をしていた。

 ティアンさんが戻ってきて、屋敷は少し騒がしくなった。初めはティアンさんのことを警戒していたルイス坊ちゃんだが、最近では仲良くやっている。ティアンさんは、基本的に好青年だけど、割と遠慮がないところもある。そういう遠慮のなさが、ルイス坊ちゃんと気が合う理由なのだろう。

 すごく真剣な表情で団長さんの尾行を続けるニックさん。その後ろを、オレもできるだけ静かに追いかける。

『ねぇ。団長さん追いかけて楽しい?』
「……」
『もっと楽しいことしない?』
「楽しいだろ」

 即答してくるニックさんに、オレは面食らう。そんな真っ直ぐな視線で言われても。やっぱり怖いなぁ、この人。オレとは気が合わないかも。

 団長さんから目を離さないニックさんは、一瞬たりとも団長さんの行動を見逃したくはないらしい。正直、意味がわからない。

『ニックさん。仕事はいいの?』
「いい」

 いいわけないと思うけど?
 そういえば、よくオーガスくんはロニーさんやジャンさんのことを褒めていた。ちゃんと仕事してて偉いねと、適当な褒め方するなぁと思っていたのだが。ニックさんを見れば、オーガスくんの気持ちがちょっとわかる。

 もしかしてアロンさんよりも仕事していないんじゃないだろうか。そんな疑いが生じるくらい、ニックさんはずっと団長さんのことを考えている。

『団長さんのどこが好きなの?』
「真面目で仕事一筋なところ」
『真面目?』

 セドリックさんは、やる気皆無なことで有名だ。あの無表情さんのどこをどう見れば仕事一筋なんていう結論が出てくるのか。絶対におかしいと思う。

『ニックさん。大丈夫? なにか騙されたりしてない?』
「なにが」

 少し心配になってニックさんを見上げるが、彼は不機嫌そうに眉を寄せてしまう。そうして引き続き団長さんの尾行をしていたところ、後方から困ったような顔をしたオーガスくんが小走りにやって来た。

「やっぱり! またセドリックのこと追いかけてる」
「オーガス様」

 すんっと真顔になったニックさんは、何事もなかったかのように直立する。今更誤魔化せないと思うけどね。

 オーガスくんは、仕事中に行方をくらませたニックさんを探しに来たらしい。可哀想に。オーガスくんを困らせたらダメだよ、ニックさん。

「なんで突然いなくなるかなぁ」
「申し訳ありません。急用があったもので」
「ないだろ、急用なんて」

 珍しく言い返すオーガスくんは、半眼でニックさんを見つめている。そして足元のオレにも気がついたらしい。「綿毛ちゃんだ」と間の抜けた声が降ってきたので、尻尾を振っておく。

「ルイスの側に居なくていいの?」
『坊ちゃんねぇ。今、悪戯の真っ最中だから』

 そろそろロニーさんあたりが止めに入る頃かな。以前はクレイグさんが止めていたのだが、彼が辞めた今、坊ちゃんの悪戯を止めるのはもっぱらブルースくんかロニーさんの仕事になっている。団長であるセドリックさんは、面倒くさがって見て見ぬふりをしてしまうから。あぁ、と低く唸ったオーガスくんは、「ルイスのことはいいや」とニックさんに向き直る。オーガスくんの顔に注目しながらも、ニックさんはちらちらと団長さんを気にしている。

「とりあえずさ。仕事してくれないかな」
「してますけど」
「してないだろ。セドリックのことはどうでもいいから」
「どうでもよくないですよ!」

 突然大声を出すニックさんに、オーガスくんがひくりと顔を引き攣らせる。

「団長ですよ! うちの団長! 蔑ろにはできません!」
「う、うん。一応、僕の方が立場的にはセドリックよりも上なんだけどな」

 小さい声で言い返すオーガスくんは、疲れた顔をしていた。可哀想に。『どんまい』と励ましておけば、「綿毛ちゃん!」と泣きつかれてしまった。
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