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15歳

405 警戒

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「なんですか! それ!」
「犬だもん。俺が拾ったんだから、ティアンにはあげない」

 綿毛ちゃんを隠すように抱え込む。

 あの後、俺のことを追いかけてユリスの部屋へと駆け込んできたティアンは、綿毛ちゃんのことをすごい勢いで指さしてくる。『落ち着こうよぉ』と、綿毛ちゃんが他人事のようにごにょごにょ言っている。

「出て行けよ。朝からうるさい」

 苦い顔をするユリスは、タイラーに「こいつらを追い出せ」と冷たい指示を出している。

 俺から綿毛ちゃんを取り上げようとしてくるティアンから必死に逃げまわる。『やめてよぉ。落ち着こうよ』と、毛玉がうるさい。

 正式にヴィアン家騎士団所属となったらしいティアンは、朝から早速うちの騎士服を着こなしていた。前に一度だけ見たことがある学園の制服はあんまり似合っていなかったのに。身長が伸びて、おまけに鍛えたおかげだろうか。ピシッと着こなす姿は、どこからどう見ても立派な騎士だ。

「これは綿毛ちゃん! お喋りする普通の犬! もふもふで可愛い!」

 綿毛ちゃんを頭上に掲げて、大声で宣言する。ティアンがひくりと頬を引き攣らせる。褒められた綿毛ちゃんが『どうもどうも』と嬉しそうに尻尾を振っている。

「ブルース兄様が飼っていいって言った」
『そうそう。よろしくねぇ、ティアンさん』
「意味がわかりません」

 わかれよ。
 こんなに丁寧に説明してあげたのに。

 綿毛ちゃんは、魔法で生み出された不思議な生き物である。ティアンだって、魔法のせいで一時期俺がユリスに成り代わっていたことを知っている。

 こういう不思議な生き物なのだと説明してやれば、「信じられません」との失礼な答え。

 別に信じてくれなくていいもん。
 ティアンには綿毛ちゃん貸してあげないから。

 手を伸ばしてくるティアンから、綿毛ちゃんを守ってあげる。どうやら本気で俺の護衛をやるつもりらしい。レナルドにしてと騒いでやるが、誰も真剣に聞いてくれない。

 レナルドはそれでいいのか。ティアンに立場を奪われているぞ。

 とりあえず、ティアンには「綿毛ちゃん、いじめないでね」と念押ししておく。

 ユリスが出て行けとうるさいので、渋々自室に戻る。当然のような顔でついてくるティアンに、そわそわとした気分になる。

 何度見ても、俺の知っているティアンとは違う。違うのに、むこうは馴々しく接してくるからざわざわする。

 いつの間にか部屋に居たらしいジャンにも綿毛ちゃんを見せて、犬と猫にごはんをあげる。

「猫ちゃん。大きくなりましたね」
「……」
「毎日なにをしているんですか?」
「……」
「ルイス様?」

 無視ですか? と低い声を出すティアンは不機嫌顔だった。

 ティアンに背中を向けて、ひたすら綿毛ちゃんとエリスちゃんを交互に撫でる。

『坊ちゃん、ティアンさんと会うの楽しみにしてたんじゃないの?』
「綿毛ちゃん、うるさいぞ」

 余計なことを口走る毛玉を捕獲する。
 案の定、ティアンが「楽しみにしててくれたんですか?」と調子に乗った発言をしてくる。

「僕のこと、待っていてくれたのであれば、すごく嬉しいです。待たせてしまって、すみません」

 申し訳なさそうに目を伏せるティアンから、慌てて視線を逸らす。なのに、ティアンはまったく気にせず会話を続けてくる。

「父から聞きました。乗馬できるようになったんですね」
「……うん」
「頑張りましたね。さすがルイス様です」
「うん」

 突然褒められて、顔を上げる。頑張って練習したと伝えれば、ティアンは「すごいです」と微笑む。

「……俺、ティアンが居ない間。ちゃんと頑張った」

 そうだ。ティアンが帰ってきたら言いたいことがたくさんあったんだった。

 綿毛ちゃんを放り出して、ティアンに向き直る。そうしていかに俺が頑張ったのか伝えようとするのだが、いざティアンを前にすると不思議なくらいに言葉が出てこない。

 やっぱりこれは、ティアンじゃないような気がする。俺の知っているティアンじゃない。

 放り出した綿毛ちゃんを、再び捕まえる。角を握って頭をわしゃわしゃすると、『やめてよぉ』と文句が聞こえてくる。

 ティアンは、四年の間に間違いなく落ち着いたと思う。以前であれば、すぐに声を荒げていたし、俺のことも適当にあしらっていた。

 それが、なんだか物腰が柔らかくなったうえに、俺の話を聞いてくれるようになっている。俺が無視さえしなければ、ティアンはいつまでも俺の話に付き合ってくれそうな気がする。

 とにかく、大人になったのだ。

 そんな成長したティアンを前にして、俺は警戒心のようなものを抱いている。中身はティアンと理解はしているのだが、その中身も十二歳の彼とは随分違っている。もはや、俺の知らない人間だと思う。

 でも、ティアンと昔みたいに遊びたいという気持ちもある。レナルドは、腰が痛いと言ってまともに俺と遊んでくれない。ティアンは、腰痛いとか言わないだろう。

 綿毛ちゃんを引き寄せて、迷った末にティアンを見上げる。

「綿毛ちゃん。ちょっとなら貸してあげてもいいよ」

 本当にちょっとだけだよ、と念押しすれば、ティアンが静かに目を見開く。

『オレの意思は?』

 いいんですか? と小さく呟くティアンに、綿毛ちゃんを触らせてあげる。ゆっくりともふもふの毛を撫でるティアンと視線があっても、今度は顔を背けないでおく。随分と久しぶりに隣に並んだティアンは、記憶の中のティアンよりも大きくて、なんだか頼りになるような気がした。
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