上 下
430 / 586
15歳

405 警戒

しおりを挟む
「なんですか! それ!」
「犬だもん。俺が拾ったんだから、ティアンにはあげない」

 綿毛ちゃんを隠すように抱え込む。

 あの後、俺のことを追いかけてユリスの部屋へと駆け込んできたティアンは、綿毛ちゃんのことをすごい勢いで指さしてくる。『落ち着こうよぉ』と、綿毛ちゃんが他人事のようにごにょごにょ言っている。

「出て行けよ。朝からうるさい」

 苦い顔をするユリスは、タイラーに「こいつらを追い出せ」と冷たい指示を出している。

 俺から綿毛ちゃんを取り上げようとしてくるティアンから必死に逃げまわる。『やめてよぉ。落ち着こうよ』と、毛玉がうるさい。

 正式にヴィアン家騎士団所属となったらしいティアンは、朝から早速うちの騎士服を着こなしていた。前に一度だけ見たことがある学園の制服はあんまり似合っていなかったのに。身長が伸びて、おまけに鍛えたおかげだろうか。ピシッと着こなす姿は、どこからどう見ても立派な騎士だ。

「これは綿毛ちゃん! お喋りする普通の犬! もふもふで可愛い!」

 綿毛ちゃんを頭上に掲げて、大声で宣言する。ティアンがひくりと頬を引き攣らせる。褒められた綿毛ちゃんが『どうもどうも』と嬉しそうに尻尾を振っている。

「ブルース兄様が飼っていいって言った」
『そうそう。よろしくねぇ、ティアンさん』
「意味がわかりません」

 わかれよ。
 こんなに丁寧に説明してあげたのに。

 綿毛ちゃんは、魔法で生み出された不思議な生き物である。ティアンだって、魔法のせいで一時期俺がユリスに成り代わっていたことを知っている。

 こういう不思議な生き物なのだと説明してやれば、「信じられません」との失礼な答え。

 別に信じてくれなくていいもん。
 ティアンには綿毛ちゃん貸してあげないから。

 手を伸ばしてくるティアンから、綿毛ちゃんを守ってあげる。どうやら本気で俺の護衛をやるつもりらしい。レナルドにしてと騒いでやるが、誰も真剣に聞いてくれない。

 レナルドはそれでいいのか。ティアンに立場を奪われているぞ。

 とりあえず、ティアンには「綿毛ちゃん、いじめないでね」と念押ししておく。

 ユリスが出て行けとうるさいので、渋々自室に戻る。当然のような顔でついてくるティアンに、そわそわとした気分になる。

 何度見ても、俺の知っているティアンとは違う。違うのに、むこうは馴々しく接してくるからざわざわする。

 いつの間にか部屋に居たらしいジャンにも綿毛ちゃんを見せて、犬と猫にごはんをあげる。

「猫ちゃん。大きくなりましたね」
「……」
「毎日なにをしているんですか?」
「……」
「ルイス様?」

 無視ですか? と低い声を出すティアンは不機嫌顔だった。

 ティアンに背中を向けて、ひたすら綿毛ちゃんとエリスちゃんを交互に撫でる。

『坊ちゃん、ティアンさんと会うの楽しみにしてたんじゃないの?』
「綿毛ちゃん、うるさいぞ」

 余計なことを口走る毛玉を捕獲する。
 案の定、ティアンが「楽しみにしててくれたんですか?」と調子に乗った発言をしてくる。

「僕のこと、待っていてくれたのであれば、すごく嬉しいです。待たせてしまって、すみません」

 申し訳なさそうに目を伏せるティアンから、慌てて視線を逸らす。なのに、ティアンはまったく気にせず会話を続けてくる。

「父から聞きました。乗馬できるようになったんですね」
「……うん」
「頑張りましたね。さすがルイス様です」
「うん」

 突然褒められて、顔を上げる。頑張って練習したと伝えれば、ティアンは「すごいです」と微笑む。

「……俺、ティアンが居ない間。ちゃんと頑張った」

 そうだ。ティアンが帰ってきたら言いたいことがたくさんあったんだった。

 綿毛ちゃんを放り出して、ティアンに向き直る。そうしていかに俺が頑張ったのか伝えようとするのだが、いざティアンを前にすると不思議なくらいに言葉が出てこない。

 やっぱりこれは、ティアンじゃないような気がする。俺の知っているティアンじゃない。

 放り出した綿毛ちゃんを、再び捕まえる。角を握って頭をわしゃわしゃすると、『やめてよぉ』と文句が聞こえてくる。

 ティアンは、四年の間に間違いなく落ち着いたと思う。以前であれば、すぐに声を荒げていたし、俺のことも適当にあしらっていた。

 それが、なんだか物腰が柔らかくなったうえに、俺の話を聞いてくれるようになっている。俺が無視さえしなければ、ティアンはいつまでも俺の話に付き合ってくれそうな気がする。

 とにかく、大人になったのだ。

 そんな成長したティアンを前にして、俺は警戒心のようなものを抱いている。中身はティアンと理解はしているのだが、その中身も十二歳の彼とは随分違っている。もはや、俺の知らない人間だと思う。

 でも、ティアンと昔みたいに遊びたいという気持ちもある。レナルドは、腰が痛いと言ってまともに俺と遊んでくれない。ティアンは、腰痛いとか言わないだろう。

 綿毛ちゃんを引き寄せて、迷った末にティアンを見上げる。

「綿毛ちゃん。ちょっとなら貸してあげてもいいよ」

 本当にちょっとだけだよ、と念押しすれば、ティアンが静かに目を見開く。

『オレの意思は?』

 いいんですか? と小さく呟くティアンに、綿毛ちゃんを触らせてあげる。ゆっくりともふもふの毛を撫でるティアンと視線があっても、今度は顔を背けないでおく。随分と久しぶりに隣に並んだティアンは、記憶の中のティアンよりも大きくて、なんだか頼りになるような気がした。
しおりを挟む
感想 424

あなたにおすすめの小説

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

処理中です...