429 / 586
15歳
404 交換して
しおりを挟む
「おはようございます、ルイス様」
「……」
朝。
ベッドから飛び起きるなり、犬と猫を窓際に並べて日光を浴びせていた時である。『眩しいんですけど』とむにゃむにゃする綿毛ちゃんを叩いて起こす俺の背中に、爽やかに声をかけてくる人影。
ビクッと肩を揺らして振り返れば、そこには黒い騎士服に身を包むティアンがいた。
「レナルドは?」
いつもなら「あー、腰が痛い」とか言いながらレナルドが入ってくる場面である。彼を探して視線を動かせば、「ルイス様の護衛は、僕が担当することになったので」との返事。そんなの聞いていない。
「よろしくお願いしますね」
綿毛ちゃんを掴んで、一歩後ろに下がる。それに、ティアンがわかりやすく半眼となる。
「……」
「……」
そのまま無言で睨み合い。
先に折れたのはティアンだった。
「あの、ルイス様」
「……なに」
ジャンの姿がない。ティアンが追い出したのだろうか。
ちょっと緊張が走る室内に、ティアンの足音が響く。こちらへと近寄ってくるティアンに、俺は身を固くする。
咄嗟に綿毛ちゃんを前に突き出して盾にすれば、ティアンがぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「この変な距離はなんですか」
「……」
「なんで僕を避けるんですか」
もふもふ毛玉を顔の前に持ち上げて、ティアンの視線を遮る。ぽふぽふと、綿毛ちゃんの尻尾が俺の顔に当たるが気にしない。
じりじりと、ティアンから距離を取る。
「勝手に護衛変えないで。レナルドがいい」
「はぁ?」
ぴくりと口元を引き攣らせるティアンは、すごくなにかを堪えるような表情を見せる。お子様ティアンであれば「なんでですか!」と声を荒げる場面である。ティアンが大人しくなっている。
ティアンが突然帰ってきたのが昨日のこと。
一旦は逃げた俺だが、その後ロニーと一緒にティアンにおかえりと伝えた。そこまではよかったのだが、問題はそのあとだ。
大きくなったなとみんなに囲まれるティアンは、堂々とした佇まいであった。ブルース兄様は「こんなに大きくなるなんてな」と目を丸くしていた。
ティアンは身長が伸びたらしい。もとから俺より背が高かったけど。ちらりと顔を合わせたアロンが「うわぁ。もう成長止まった? それ以上大きくなる必要はないと思うよ」と、わけのわからんことを口走っていた。どうやらティアンに身長で負けるのが嫌みたいだ。相変わらず器の小さい男である。
そのまま様々な人に囲まれたティアンは、昨日一日忙しかったらしい。あれからまともに顔を合わせていなかった。
どうやら真っ先に俺に会いに来たというのも本当らしく、ひと通り挨拶を済ませたティアンは、父親であるクレイグ団長に会いに行ったらしい。だから、あの立てこもり騒動から俺とティアンがまともに顔を合わせるのは、これが初めてだ。
あの時は、ロニーも一緒だったから素直に会話できたけど。一晩たって冷静になると、やっぱり接し方がわからない。
綿毛ちゃんを盾にして、くるくる部屋の中を逃げまわる俺。ティアンが今にも舌打ちしそうな顔をしている。
「犬、飼い始めたんですか? 猫が好きなのでは?」
「……綿毛ちゃんはふわふわだからいいの」
「綿毛ちゃんっていうんですか? 触ってもいいですか」
「だめ」
さっと綿毛ちゃんをティアンから遠ざける。
俺の犬だから。勝手に触らないで。
綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめれば、毛玉がふるふる震える。「なんでダメなんですか」と食い下がってくるティアンから必死に逃げる。
「なんで逃げるんですか」
「……レナルドがいい! レナルドに戻して!」
綿毛ちゃんをわーっと振りまわして抗議すれば、ティアンの眉間に皺が寄る。
『やめてぇ。目がまわるぅ』
「は?」
ふにゃふにゃ文句を垂れる綿毛ちゃんであったが、ティアンの間抜けな声を聞いた瞬間、ハッと目を見開いた。
あ、綿毛ちゃん。勝手にお喋りしたな。
慌てて綿毛ちゃんの口を塞ぐ。
「え。今、その犬。喋りました?」
「……ううん。これは普通の犬」
ね? と腕の中にいる毛玉を見下ろせば『そうだよ。普通の犬だよぉ。わんわん!』というわざとらしい鳴き真似が聞こえてくる。
その瞬間、ティアンが悲鳴を上げた。
あまりの声量に驚いた俺は、綿毛ちゃんを抱えたまま廊下へと飛び出した。そのまま一目散にユリスの自室へと駆け込んで、眠そうな目をしている彼に飛びついた。
「う、わ。なんだ突然」
「ユリス! どうにかして!」
綿毛ちゃん貸してあげるからぁ! と、立ち尽くすユリスの胸に綿毛ちゃんを押し付ける。
反射的に受け取ったユリスは、「意味がわからない」と綿毛ちゃんを床に置いてしまう。せっかくのもふもふ。触らないのか?
「なんの話だ」
「ティアン! どうにかして! 勝手に俺の護衛にしないで」
「それは僕じゃなくてブルースに言え」
冷たいユリスに、再度綿毛ちゃんをぐいぐい押し付ける。頑なに受け取らないユリス。「綿毛ちゃんが可哀想だろ!」と諦めずに押し付けるのだが、やっぱりユリスは受け取らない。
「タイラーと交換して」
「なぜ」
「前は代わってくれるって言った!」
「いつの話だ」
素っ気ないユリスは欠伸をすると、タイラーの手を借りて着替え始める。
「タイラー! ティアンどうにかして」
「仲良かったじゃないですか。どうしたんですか?」
不思議そうにするタイラーは、なにもわかっていない。確かに昔は仲良しだったけど。今のティアンは昔のティアンじゃないから困っているのだ。
「綿毛ちゃんも勝手に喋っちゃうし! 全部台無し。もう嫌だ!」
『ご、ごめん。でもあれはオレを揺らした坊ちゃんも悪いと思うよ?』
ムスッとユリスのベッドに飛び乗れば、タイラーが「こら」と叱りつけてくる。それを無視してバタバタしてやる。ままならない状況に、どうしようもなく苛々してしまった。
「……」
朝。
ベッドから飛び起きるなり、犬と猫を窓際に並べて日光を浴びせていた時である。『眩しいんですけど』とむにゃむにゃする綿毛ちゃんを叩いて起こす俺の背中に、爽やかに声をかけてくる人影。
ビクッと肩を揺らして振り返れば、そこには黒い騎士服に身を包むティアンがいた。
「レナルドは?」
いつもなら「あー、腰が痛い」とか言いながらレナルドが入ってくる場面である。彼を探して視線を動かせば、「ルイス様の護衛は、僕が担当することになったので」との返事。そんなの聞いていない。
「よろしくお願いしますね」
綿毛ちゃんを掴んで、一歩後ろに下がる。それに、ティアンがわかりやすく半眼となる。
「……」
「……」
そのまま無言で睨み合い。
先に折れたのはティアンだった。
「あの、ルイス様」
「……なに」
ジャンの姿がない。ティアンが追い出したのだろうか。
ちょっと緊張が走る室内に、ティアンの足音が響く。こちらへと近寄ってくるティアンに、俺は身を固くする。
咄嗟に綿毛ちゃんを前に突き出して盾にすれば、ティアンがぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「この変な距離はなんですか」
「……」
「なんで僕を避けるんですか」
もふもふ毛玉を顔の前に持ち上げて、ティアンの視線を遮る。ぽふぽふと、綿毛ちゃんの尻尾が俺の顔に当たるが気にしない。
じりじりと、ティアンから距離を取る。
「勝手に護衛変えないで。レナルドがいい」
「はぁ?」
ぴくりと口元を引き攣らせるティアンは、すごくなにかを堪えるような表情を見せる。お子様ティアンであれば「なんでですか!」と声を荒げる場面である。ティアンが大人しくなっている。
ティアンが突然帰ってきたのが昨日のこと。
一旦は逃げた俺だが、その後ロニーと一緒にティアンにおかえりと伝えた。そこまではよかったのだが、問題はそのあとだ。
大きくなったなとみんなに囲まれるティアンは、堂々とした佇まいであった。ブルース兄様は「こんなに大きくなるなんてな」と目を丸くしていた。
ティアンは身長が伸びたらしい。もとから俺より背が高かったけど。ちらりと顔を合わせたアロンが「うわぁ。もう成長止まった? それ以上大きくなる必要はないと思うよ」と、わけのわからんことを口走っていた。どうやらティアンに身長で負けるのが嫌みたいだ。相変わらず器の小さい男である。
そのまま様々な人に囲まれたティアンは、昨日一日忙しかったらしい。あれからまともに顔を合わせていなかった。
どうやら真っ先に俺に会いに来たというのも本当らしく、ひと通り挨拶を済ませたティアンは、父親であるクレイグ団長に会いに行ったらしい。だから、あの立てこもり騒動から俺とティアンがまともに顔を合わせるのは、これが初めてだ。
あの時は、ロニーも一緒だったから素直に会話できたけど。一晩たって冷静になると、やっぱり接し方がわからない。
綿毛ちゃんを盾にして、くるくる部屋の中を逃げまわる俺。ティアンが今にも舌打ちしそうな顔をしている。
「犬、飼い始めたんですか? 猫が好きなのでは?」
「……綿毛ちゃんはふわふわだからいいの」
「綿毛ちゃんっていうんですか? 触ってもいいですか」
「だめ」
さっと綿毛ちゃんをティアンから遠ざける。
俺の犬だから。勝手に触らないで。
綿毛ちゃんをぎゅっと抱きしめれば、毛玉がふるふる震える。「なんでダメなんですか」と食い下がってくるティアンから必死に逃げる。
「なんで逃げるんですか」
「……レナルドがいい! レナルドに戻して!」
綿毛ちゃんをわーっと振りまわして抗議すれば、ティアンの眉間に皺が寄る。
『やめてぇ。目がまわるぅ』
「は?」
ふにゃふにゃ文句を垂れる綿毛ちゃんであったが、ティアンの間抜けな声を聞いた瞬間、ハッと目を見開いた。
あ、綿毛ちゃん。勝手にお喋りしたな。
慌てて綿毛ちゃんの口を塞ぐ。
「え。今、その犬。喋りました?」
「……ううん。これは普通の犬」
ね? と腕の中にいる毛玉を見下ろせば『そうだよ。普通の犬だよぉ。わんわん!』というわざとらしい鳴き真似が聞こえてくる。
その瞬間、ティアンが悲鳴を上げた。
あまりの声量に驚いた俺は、綿毛ちゃんを抱えたまま廊下へと飛び出した。そのまま一目散にユリスの自室へと駆け込んで、眠そうな目をしている彼に飛びついた。
「う、わ。なんだ突然」
「ユリス! どうにかして!」
綿毛ちゃん貸してあげるからぁ! と、立ち尽くすユリスの胸に綿毛ちゃんを押し付ける。
反射的に受け取ったユリスは、「意味がわからない」と綿毛ちゃんを床に置いてしまう。せっかくのもふもふ。触らないのか?
「なんの話だ」
「ティアン! どうにかして! 勝手に俺の護衛にしないで」
「それは僕じゃなくてブルースに言え」
冷たいユリスに、再度綿毛ちゃんをぐいぐい押し付ける。頑なに受け取らないユリス。「綿毛ちゃんが可哀想だろ!」と諦めずに押し付けるのだが、やっぱりユリスは受け取らない。
「タイラーと交換して」
「なぜ」
「前は代わってくれるって言った!」
「いつの話だ」
素っ気ないユリスは欠伸をすると、タイラーの手を借りて着替え始める。
「タイラー! ティアンどうにかして」
「仲良かったじゃないですか。どうしたんですか?」
不思議そうにするタイラーは、なにもわかっていない。確かに昔は仲良しだったけど。今のティアンは昔のティアンじゃないから困っているのだ。
「綿毛ちゃんも勝手に喋っちゃうし! 全部台無し。もう嫌だ!」
『ご、ごめん。でもあれはオレを揺らした坊ちゃんも悪いと思うよ?』
ムスッとユリスのベッドに飛び乗れば、タイラーが「こら」と叱りつけてくる。それを無視してバタバタしてやる。ままならない状況に、どうしようもなく苛々してしまった。
1,412
お気に入りに追加
3,020
あなたにおすすめの小説
彼の至宝
まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。
結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい
オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。
今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時―――
「ちょっと待ったー!」
乱入者の声が響き渡った。
これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、
白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい
そんなお話
※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り)
※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります
※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください
※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています
※小説家になろうさんでも同時公開中
妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います
ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。
フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。
「よし。お前が俺に嫁げ」
ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる