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15歳

402 逃げる

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 綿毛ちゃんとふたりで寝室に立てこもっていれば、「ルイス様!?」という焦ったような耳慣れない声が何度も聞こえてくる。これはどう考えてもお子様ティアンの声ではない。

 その合間に、レナルドの「ルイス様? とりあえず出てきません?」との気の抜けた声も聞こえてくる。声は聞こえないが、きっとドアの向こうではジャンがオロオロしているに違いない。

 それらを全部無視して、綿毛ちゃんのブラッシングをする。ふわふわの毛並みを維持するには、手入れが大事。『痛いんだけど?』と、変な顔をする綿毛ちゃんは、チラチラとドアを気にしている。

 勢いでここに飛び込んできたので、床で丸まっていたはずの猫を連れてくるのを忘れた。だがエリスちゃんは図太い猫である。部屋の中が多少うるさくなったくらいでは動じないと思う。

 やがて、ドアの向こう側がいっそう騒がしくなる。

「おい、ルイス」

 偉そうな呼びかけに、顔を上げる。この声はユリスだ。どうやら騒ぎを聞きつけて、首を突っ込みに来たらしい。「なに?」と返せば、ドアの向こうが賑やかになる。一体何人がいるのか。

「僕もそっちに入れろ」

 どういう要求だよ。
 騒動の中心に居たいらしいユリスは、はやく開けろとドアを叩いてくる。自分だけでも寝室に入れろとうるさい。入れろもなにも。鍵を開ければ、絶対にみんな乗り込んでくるだろう。いくらユリスの頼みでも、簡単に開けるわけにはいかない。

 だから無視すれば、「おい!」と不機嫌な声と共にドアが蹴られた。ブルース兄様に似て足癖悪いぞ。

 ひたすら無視して、綿毛ちゃんのブラッシングを再開する。

『なんで出て行かないのぉ?』

 なんでって言われても。
 勢いで逃げた手前、そう簡単に出て行けない。正直、引きこもるのも飽きてきた。

 だが、みんなが集まって大事になってしまい、ますます出て行けなくなる。この状況の終わらせ方が、わからない。今更どんな顔して出て行けばいいんだよ。

 それに、騒動の中心に居るであろう例の青年のこともある。

「綿毛ちゃんが犯人ってことにしていい?」
『なんの犯人?』
「立てこもり事件の」
『やだよぉ』

 そうして綿毛ちゃんと一緒になって、どのタイミングでドアを開けるのか悩んでいた時である。

 コンコンと、窓を軽くノックする音が聞こえてきて、綿毛ちゃんと共にそちらを振り返る。

「ロニー!」

 窓から顔を覗かせていたのは、ロニーであった。にこっと微笑む彼に駆け寄って、窓を開ける。

「どうしたの?」
「ちょっと様子を」

 みんなが俺の部屋に集まる中、ロニーだけは庭にまわってきたらしい。さすがロニー。冷静だ。

 俺の部屋は屋敷の一階に位置している。
 窓の向こうに立つロニーを見て、ピンときた。

「よし! 逃げるぞ、綿毛ちゃん」
『え?』

 綿毛ちゃんを窓から出してロニーに手渡す。

「大丈夫ですか?」
「うん」

 その後に、俺もロニーの手を借りて窓から外へと脱出した。

「なんか騒ぎになっちゃった」

 どうしようとロニーを見上げれば、「逃げちゃいますか?」との軽口が返ってくる。

 その冗談めかした言い方と、久しぶりに見る優しい笑顔になんだか楽しくなってロニーの手をとる。

「そうだね! 逃げちゃおう!」

 行くぞ、綿毛ちゃん! と声をかければ、もふもふ毛玉も『なんか楽しいねぇ』とニヤニヤしながらついてくる。そうやってロニーの手を引いて屋敷から離れる。目指すは、人気のない温室である。

 温室は、思った通り無人だった。寒くなるとユリスとかオーガス兄様とかが寄ってくるからな。

 ホッと息を吐く俺に、ロニーは文句も言わずに付き合ってくれる。椅子に座って綿毛ちゃんを撫でてみる。

「……ティアンがティアンじゃなくなってた」

 綿毛ちゃんの頭をわしゃわしゃしながら肩を落とせば、ロニーは黙って俺の横に居てくれる。

「なんか、やだ」

 なんというか、上手く言えないけど。
 あの好青年くんは、いい人だと思う。初対面であれば、俺だって仲良くやれると思う。でも、あれがティアンだと思ったら、なんか違うという感情が真っ先に出てきて接し方がわからない。

 綿毛ちゃんの角を掴んで引っ張ってみるが、角はびくともしない。『やめてくれるぅ?』と控えめに抗議してくる綿毛ちゃん。

「あれは、ティアンですよ」

 ロニーの言葉に、顔をあげる。俺の横に屈んで綿毛ちゃんを撫でるロニーは、いつもと同じく優しい顔だ。

「見た目は成長しましたけど。中身はちゃんとティアンですよ。性格はあまり変わっていないと思いますよ」
「……そう?」

 そういえば、先程の青年はレナルドと会うなり「まだ現役だったんですか?」とクソ失礼なことを言っていた。いかにも生意気ティアンが言いそうなことだ。

「でもどうやって会話すればいいのかわかんない」

 お子様ティアン相手なら、割と言いたいことはなんでも言えた。でも、あの好青年を前にすると、まったく知らない人を相手にしているような気分になる。いや、この際まったく知らない人だったらよかった。そうしたら、なにも悩むことなく会話できたのに。

「おかえりって、言ってあげてください」

 静かに紡がれたロニーの言葉に、動きを止める。

「ティアンも、ルイス様のそばに居るために頑張ったので」
「……うん」

 お願いしますとロニーに頼まれてしまえば、断るわけにもいかない。

 ちょっと見慣れない姿だが、ロニーの言う通り中身はティアンなのだと思う。変に身構える必要はないと頭ではわかっているのだが。

『オレを見せてあげるって張り切ってたじゃん。オレのこと、ティアンさんに紹介してよぉ。驚かせてやろうよ!』

 ふんふんと気合を入れる綿毛ちゃんに、なんだか肩の力が抜けてくる。そうだな。喋る犬を見せて、ティアンをびっくりさせなくちゃいけない。それに、大きくなった猫も見せたいし、乗馬できるようになったと自慢したい。勉強も毎日やっていると教えてあげたい。

「ロニー、戻ろう」

 すたっと立ち上がってロニーを振り返れば、「はい」と安堵したような微笑が返ってきた。
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