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15歳
395 あの夜のこと
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「エリック。今日はお泊まり?」
「いや。すぐに帰る予定だが」
「ふーん」
エリックは暇そうに見えて忙しい人だからな。
どうやらオーガス兄様と盛大に揉めたらしい。オーガス兄様の「だから会いたくなかったんだよ!」という大声が廊下まで聞こえてきた。対して、エリックの方には揉めたという自覚がないらしいので厄介だ。「オーガスは気難しいな」とひとりで豪快に笑っていた。
こういう大雑把な性格が、繊細なオーガス兄様とはとことん合わないのだ。間に挟まれるブルース兄様がすごく可哀想。
「泊まってもいいよ。綿毛ちゃん貸してあげる」
「いや、結構だ」
そう?
綿毛ちゃんと一緒に寝ると楽しいのにな。うるさいのがちょっとあれだけど。もふもふを枕にしてお昼寝すると最高なのだ。
オーガス兄様とのお話が終わったエリックを廊下で捕まえて、そのまま俺の部屋に連れて行く。ユリスは「僕の部屋には連れて来るんじゃないぞ。あんな面倒な奴」と不機嫌に吐き捨てていた。エリックが方々から嫌われている。
自室に案内すれば、わかりやすくジャンが動揺した。そのまま無言で壁際へと移動してしまうジャンは、どうやら気配を消してこの場を乗り切るつもりでいるらしい。相手はただのエリックなのに。そこまで緊張する?
ちなみにレナルドは、ユリスの部屋に居座っている。どんだけエリックに会いたくないんだよ。レナルドのは、エリックが苦手というよりも王太子殿下を前にするのが嫌という感じだったが。
「見て、猫! オーガス兄様にもらった」
部屋でのびのびする白猫エリスちゃんを自慢すれば、エリックは「よかったな」と猫を持ち上げる。先程も綿毛ちゃんを触っていたし、もしかして犬と猫が好きなのだろうか。
にゃあと鳴くエリスちゃんは、見知らぬ人を警戒しているらしい。ひと通り猫を観察したエリックは、そっと床に下ろしてあげている。
そうしてふと、昔エリックに猫をあげるとかなんとか。そんな感じの素敵なことを言われていたことを思い出した。
あれはなんだっけ? どういう流れで言われたんだっけ?
考えつつ、白猫エリスちゃんと遊んでいるエリックに右手を伸ばす。
「ん? どうした」
「俺に猫くれるって言った」
「え? そんなこと言ったか?」
「うん。言った。たくさん猫くれるって」
言ったよな?
じっとエリックを見つめれば、彼は考え込むように顎に手を持っていく。綿毛ちゃんは、不思議そうに俺とエリックを見比べている。
「それは。もしかしてあの時の話か?」
「どの時?」
俺の問いかけに、少しだけ眉を寄せたエリックだが、すぐに柔らかな表情に戻ると「おまえが私を振った時の話だ」と、あっさりと告げてきた。
黙っていた綿毛ちゃんが、わかりやすく目を見開いている。
しかし、そのエリックの言葉で思い出した。そういえば、そうだった。
「あれは冗談だと言っただろう」
「そうだっけ」
できれば冗談で終わらせてほしくない。めげずに「猫ほしい」と訴えれば、エリックは肩をすくめてしまう。
「それは私の正室になるのであればという話だった」
「あとから条件つけるなんて卑怯だぞ」
「最初からそう言っていた」
そうだっけ?
もはや猫のことしか覚えていない。
あの時はなんというか。確かにエリックから告白みたいなことをされたのだが、どちらかといえば単なる報告みたいなものだった。
先に結婚を決めたのはエリックの方だ。その後に、実は俺のことが好きだったと白状されただけ。
「猫はほしいけど。そのためにエリックの正室になるのはちょっとなぁ。嫌かな。てかエリックはもう結婚したじゃん。猫は自分で探すからいいよ」
「相変わらず遠慮がないな。もう少しくらい配慮してくれてもよくないか?」
配慮ってなんだろう。やんわりお断りしろってことだろうか。やんわり。やんわり?
「……えっと。猫は好きだけど。エリックのことはそんなにだから。綿毛ちゃんもいるし。えっと。肉球触る?」
急いで綿毛ちゃんを捕まえて、「はい!」と前足を差し出しておく。『坊ちゃん。オレの肉球にそこまでの力はないよ?』と目を細める綿毛ちゃん。
エリックは、俺の言葉に短く息を吐く。
「まぁ、そうだな。終わった話だな」
「うん」
どうやら諦めてくれたようで安心する。
エリックが、なんで俺のことを好きになったのかはよくわからない。思い返してみても、マジでわからない。俺は普通にエリックと会話していただけだ。惚れられるような行動を取った覚えはない。
あの夜。
俺は突然の告白にちょっぴり驚くとともに、いつもと雰囲気の違うエリックにほんの少しだけ不安のようなものを感じていた。だから無難に終わらせようと、あまりエリックの言葉を真剣に取り合うことはしなかったような気もする。
今思えば、悪いことをした。でも、あの時の俺は恋愛云々よりも猫に興味があったのは事実だし、自分よりも年上のエリックから向けられる熱っぽい視線に、どうしていいのかわからなくなった。
だからあの時はひたすらに。
はやくこの話が終わってしまえと思っていた。
幸いエリックは大人だから、俺の冷たいとも捉えられる態度に、気を悪くすることなく流してくれた。これがアロン相手だったら、あいつはしばらく拗ねて面倒なことになっただろう。エリックが大人で本当によかったと思う。
綿毛ちゃんの肉球を触りながら、エリックを見上げる。エリックはふざけているように見えることも多いけど、その言動は大人だ。
今だって、俺の方から話題に出さなければ、あの夜のことを口にはしなかっただろう。なにもなかったように振る舞うから、俺がエリックを振ったことなんて、すっかり忘れていた。
もしかして、エリックは俺と会うのが気まずいと考えていたりするのだろうか。そういう感情をほとんど表に出さないエリックの本心は、俺にはわからない。この部屋には綿毛ちゃんとジャンも居るから。彼らの視線を気にして突っ込んだ話をしないだけかもしれない。
でも、エリックが俺に優しいのは事実だ。
「もっと遊びにきてよ」
「そっちこそ。たまにはマーティーと遊んでやったらどうだ」
ニヤリと口角を持ち上げるエリックは、「マーティーも大きくなったぞ」と楽しそうに笑っている。
そのいつも通りの振る舞いに、俺はへへっと頬を緩めた。
「いや。すぐに帰る予定だが」
「ふーん」
エリックは暇そうに見えて忙しい人だからな。
どうやらオーガス兄様と盛大に揉めたらしい。オーガス兄様の「だから会いたくなかったんだよ!」という大声が廊下まで聞こえてきた。対して、エリックの方には揉めたという自覚がないらしいので厄介だ。「オーガスは気難しいな」とひとりで豪快に笑っていた。
こういう大雑把な性格が、繊細なオーガス兄様とはとことん合わないのだ。間に挟まれるブルース兄様がすごく可哀想。
「泊まってもいいよ。綿毛ちゃん貸してあげる」
「いや、結構だ」
そう?
綿毛ちゃんと一緒に寝ると楽しいのにな。うるさいのがちょっとあれだけど。もふもふを枕にしてお昼寝すると最高なのだ。
オーガス兄様とのお話が終わったエリックを廊下で捕まえて、そのまま俺の部屋に連れて行く。ユリスは「僕の部屋には連れて来るんじゃないぞ。あんな面倒な奴」と不機嫌に吐き捨てていた。エリックが方々から嫌われている。
自室に案内すれば、わかりやすくジャンが動揺した。そのまま無言で壁際へと移動してしまうジャンは、どうやら気配を消してこの場を乗り切るつもりでいるらしい。相手はただのエリックなのに。そこまで緊張する?
ちなみにレナルドは、ユリスの部屋に居座っている。どんだけエリックに会いたくないんだよ。レナルドのは、エリックが苦手というよりも王太子殿下を前にするのが嫌という感じだったが。
「見て、猫! オーガス兄様にもらった」
部屋でのびのびする白猫エリスちゃんを自慢すれば、エリックは「よかったな」と猫を持ち上げる。先程も綿毛ちゃんを触っていたし、もしかして犬と猫が好きなのだろうか。
にゃあと鳴くエリスちゃんは、見知らぬ人を警戒しているらしい。ひと通り猫を観察したエリックは、そっと床に下ろしてあげている。
そうしてふと、昔エリックに猫をあげるとかなんとか。そんな感じの素敵なことを言われていたことを思い出した。
あれはなんだっけ? どういう流れで言われたんだっけ?
考えつつ、白猫エリスちゃんと遊んでいるエリックに右手を伸ばす。
「ん? どうした」
「俺に猫くれるって言った」
「え? そんなこと言ったか?」
「うん。言った。たくさん猫くれるって」
言ったよな?
じっとエリックを見つめれば、彼は考え込むように顎に手を持っていく。綿毛ちゃんは、不思議そうに俺とエリックを見比べている。
「それは。もしかしてあの時の話か?」
「どの時?」
俺の問いかけに、少しだけ眉を寄せたエリックだが、すぐに柔らかな表情に戻ると「おまえが私を振った時の話だ」と、あっさりと告げてきた。
黙っていた綿毛ちゃんが、わかりやすく目を見開いている。
しかし、そのエリックの言葉で思い出した。そういえば、そうだった。
「あれは冗談だと言っただろう」
「そうだっけ」
できれば冗談で終わらせてほしくない。めげずに「猫ほしい」と訴えれば、エリックは肩をすくめてしまう。
「それは私の正室になるのであればという話だった」
「あとから条件つけるなんて卑怯だぞ」
「最初からそう言っていた」
そうだっけ?
もはや猫のことしか覚えていない。
あの時はなんというか。確かにエリックから告白みたいなことをされたのだが、どちらかといえば単なる報告みたいなものだった。
先に結婚を決めたのはエリックの方だ。その後に、実は俺のことが好きだったと白状されただけ。
「猫はほしいけど。そのためにエリックの正室になるのはちょっとなぁ。嫌かな。てかエリックはもう結婚したじゃん。猫は自分で探すからいいよ」
「相変わらず遠慮がないな。もう少しくらい配慮してくれてもよくないか?」
配慮ってなんだろう。やんわりお断りしろってことだろうか。やんわり。やんわり?
「……えっと。猫は好きだけど。エリックのことはそんなにだから。綿毛ちゃんもいるし。えっと。肉球触る?」
急いで綿毛ちゃんを捕まえて、「はい!」と前足を差し出しておく。『坊ちゃん。オレの肉球にそこまでの力はないよ?』と目を細める綿毛ちゃん。
エリックは、俺の言葉に短く息を吐く。
「まぁ、そうだな。終わった話だな」
「うん」
どうやら諦めてくれたようで安心する。
エリックが、なんで俺のことを好きになったのかはよくわからない。思い返してみても、マジでわからない。俺は普通にエリックと会話していただけだ。惚れられるような行動を取った覚えはない。
あの夜。
俺は突然の告白にちょっぴり驚くとともに、いつもと雰囲気の違うエリックにほんの少しだけ不安のようなものを感じていた。だから無難に終わらせようと、あまりエリックの言葉を真剣に取り合うことはしなかったような気もする。
今思えば、悪いことをした。でも、あの時の俺は恋愛云々よりも猫に興味があったのは事実だし、自分よりも年上のエリックから向けられる熱っぽい視線に、どうしていいのかわからなくなった。
だからあの時はひたすらに。
はやくこの話が終わってしまえと思っていた。
幸いエリックは大人だから、俺の冷たいとも捉えられる態度に、気を悪くすることなく流してくれた。これがアロン相手だったら、あいつはしばらく拗ねて面倒なことになっただろう。エリックが大人で本当によかったと思う。
綿毛ちゃんの肉球を触りながら、エリックを見上げる。エリックはふざけているように見えることも多いけど、その言動は大人だ。
今だって、俺の方から話題に出さなければ、あの夜のことを口にはしなかっただろう。なにもなかったように振る舞うから、俺がエリックを振ったことなんて、すっかり忘れていた。
もしかして、エリックは俺と会うのが気まずいと考えていたりするのだろうか。そういう感情をほとんど表に出さないエリックの本心は、俺にはわからない。この部屋には綿毛ちゃんとジャンも居るから。彼らの視線を気にして突っ込んだ話をしないだけかもしれない。
でも、エリックが俺に優しいのは事実だ。
「もっと遊びにきてよ」
「そっちこそ。たまにはマーティーと遊んでやったらどうだ」
ニヤリと口角を持ち上げるエリックは、「マーティーも大きくなったぞ」と楽しそうに笑っている。
そのいつも通りの振る舞いに、俺はへへっと頬を緩めた。
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