冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
419 / 656
15歳

395 あの夜のこと

しおりを挟む
「エリック。今日はお泊まり?」
「いや。すぐに帰る予定だが」
「ふーん」

 エリックは暇そうに見えて忙しい人だからな。

 どうやらオーガス兄様と盛大に揉めたらしい。オーガス兄様の「だから会いたくなかったんだよ!」という大声が廊下まで聞こえてきた。対して、エリックの方には揉めたという自覚がないらしいので厄介だ。「オーガスは気難しいな」とひとりで豪快に笑っていた。

 こういう大雑把な性格が、繊細なオーガス兄様とはとことん合わないのだ。間に挟まれるブルース兄様がすごく可哀想。

「泊まってもいいよ。綿毛ちゃん貸してあげる」
「いや、結構だ」

 そう?
 綿毛ちゃんと一緒に寝ると楽しいのにな。うるさいのがちょっとあれだけど。もふもふを枕にしてお昼寝すると最高なのだ。

 オーガス兄様とのお話が終わったエリックを廊下で捕まえて、そのまま俺の部屋に連れて行く。ユリスは「僕の部屋には連れて来るんじゃないぞ。あんな面倒な奴」と不機嫌に吐き捨てていた。エリックが方々から嫌われている。

 自室に案内すれば、わかりやすくジャンが動揺した。そのまま無言で壁際へと移動してしまうジャンは、どうやら気配を消してこの場を乗り切るつもりでいるらしい。相手はただのエリックなのに。そこまで緊張する?
 ちなみにレナルドは、ユリスの部屋に居座っている。どんだけエリックに会いたくないんだよ。レナルドのは、エリックが苦手というよりも王太子殿下を前にするのが嫌という感じだったが。

「見て、猫! オーガス兄様にもらった」

 部屋でのびのびする白猫エリスちゃんを自慢すれば、エリックは「よかったな」と猫を持ち上げる。先程も綿毛ちゃんを触っていたし、もしかして犬と猫が好きなのだろうか。

 にゃあと鳴くエリスちゃんは、見知らぬ人を警戒しているらしい。ひと通り猫を観察したエリックは、そっと床に下ろしてあげている。

 そうしてふと、昔エリックに猫をあげるとかなんとか。そんな感じの素敵なことを言われていたことを思い出した。

 あれはなんだっけ? どういう流れで言われたんだっけ?

 考えつつ、白猫エリスちゃんと遊んでいるエリックに右手を伸ばす。

「ん? どうした」
「俺に猫くれるって言った」
「え? そんなこと言ったか?」
「うん。言った。たくさん猫くれるって」

 言ったよな?
 じっとエリックを見つめれば、彼は考え込むように顎に手を持っていく。綿毛ちゃんは、不思議そうに俺とエリックを見比べている。

「それは。もしかしてあの時の話か?」
「どの時?」

 俺の問いかけに、少しだけ眉を寄せたエリックだが、すぐに柔らかな表情に戻ると「おまえが私を振った時の話だ」と、あっさりと告げてきた。

 黙っていた綿毛ちゃんが、わかりやすく目を見開いている。

 しかし、そのエリックの言葉で思い出した。そういえば、そうだった。

「あれは冗談だと言っただろう」
「そうだっけ」

 できれば冗談で終わらせてほしくない。めげずに「猫ほしい」と訴えれば、エリックは肩をすくめてしまう。

「それは私の正室になるのであればという話だった」
「あとから条件つけるなんて卑怯だぞ」
「最初からそう言っていた」

 そうだっけ?
 もはや猫のことしか覚えていない。

 あの時はなんというか。確かにエリックから告白みたいなことをされたのだが、どちらかといえば単なる報告みたいなものだった。

 先に結婚を決めたのはエリックの方だ。その後に、実は俺のことが好きだったと白状されただけ。

「猫はほしいけど。そのためにエリックの正室になるのはちょっとなぁ。嫌かな。てかエリックはもう結婚したじゃん。猫は自分で探すからいいよ」
「相変わらず遠慮がないな。もう少しくらい配慮してくれてもよくないか?」

 配慮ってなんだろう。やんわりお断りしろってことだろうか。やんわり。やんわり?

「……えっと。猫は好きだけど。エリックのことはそんなにだから。綿毛ちゃんもいるし。えっと。肉球触る?」

 急いで綿毛ちゃんを捕まえて、「はい!」と前足を差し出しておく。『坊ちゃん。オレの肉球にそこまでの力はないよ?』と目を細める綿毛ちゃん。

 エリックは、俺の言葉に短く息を吐く。

「まぁ、そうだな。終わった話だな」
「うん」

 どうやら諦めてくれたようで安心する。

 エリックが、なんで俺のことを好きになったのかはよくわからない。思い返してみても、マジでわからない。俺は普通にエリックと会話していただけだ。惚れられるような行動を取った覚えはない。

 あの夜。
 俺は突然の告白にちょっぴり驚くとともに、いつもと雰囲気の違うエリックにほんの少しだけ不安のようなものを感じていた。だから無難に終わらせようと、あまりエリックの言葉を真剣に取り合うことはしなかったような気もする。

 今思えば、悪いことをした。でも、あの時の俺は恋愛云々よりも猫に興味があったのは事実だし、自分よりも年上のエリックから向けられる熱っぽい視線に、どうしていいのかわからなくなった。

 だからあの時はひたすらに。
 はやくこの話が終わってしまえと思っていた。

 幸いエリックは大人だから、俺の冷たいとも捉えられる態度に、気を悪くすることなく流してくれた。これがアロン相手だったら、あいつはしばらく拗ねて面倒なことになっただろう。エリックが大人で本当によかったと思う。

 綿毛ちゃんの肉球を触りながら、エリックを見上げる。エリックはふざけているように見えることも多いけど、その言動は大人だ。

 今だって、俺の方から話題に出さなければ、あの夜のことを口にはしなかっただろう。なにもなかったように振る舞うから、俺がエリックを振ったことなんて、すっかり忘れていた。

 もしかして、エリックは俺と会うのが気まずいと考えていたりするのだろうか。そういう感情をほとんど表に出さないエリックの本心は、俺にはわからない。この部屋には綿毛ちゃんとジャンも居るから。彼らの視線を気にして突っ込んだ話をしないだけかもしれない。

 でも、エリックが俺に優しいのは事実だ。

「もっと遊びにきてよ」
「そっちこそ。たまにはマーティーと遊んでやったらどうだ」

 ニヤリと口角を持ち上げるエリックは、「マーティーも大きくなったぞ」と楽しそうに笑っている。

 そのいつも通りの振る舞いに、俺はへへっと頬を緩めた。
しおりを挟む
感想 474

あなたにおすすめの小説

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

転生したら親指王子?小さな僕を助けてくれたのは可愛いものが好きな強面騎士様だった。

音無野ウサギ
BL
目覚めたら親指姫サイズになっていた僕。親切なチョウチョさんに助けられたけど童話の世界みたいな展開についていけない。 親切なチョウチョを食べたヒキガエルに攫われてこのままヒキガエルのもとでシンデレラのようにこき使われるの?と思ったらヒキガエルの飼い主である悪い魔法使いを倒した強面騎士様に拾われて人形用のお家に住まわせてもらうことになった。夜の間に元のサイズに戻れるんだけど騎士様に幽霊と思われて…… 可愛いもの好きの強面騎士様と異世界転生して親指姫サイズになった僕のほのぼの日常BL

なり代わり貴妃は皇弟の溺愛から逃げられません

めがねあざらし
BL
貴妃・蘇璃月が後宮から忽然と姿を消した。 家門の名誉を守るため、璃月の双子の弟・煌星は、彼女の身代わりとして後宮へ送り込まれる。 しかし、偽りの貴妃として過ごすにはあまりにも危険が多すぎた。 調香師としての鋭い嗅覚を武器に、後宮に渦巻く陰謀を暴き、皇帝・景耀を狙う者を探り出せ――。 だが、皇帝の影に潜む男・景翊の真意は未だ知れず。 煌星は龍の寝所で生き延びることができるのか、それとも――!? /////////////////////////////// ※以前に掲載していた「成り代わり貴妃は龍を守る香」を加筆修正したものです。 ///////////////////////////////

十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います

塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

処理中です...