冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

文字の大きさ
上 下
414 / 637
15歳

391 気に入った

しおりを挟む
「アロン」
「はい?」
「なにしてんの?」
「なにも」

 夕方頃。
 いつも通りに俺の部屋を訪れたアロンは、今日一日の出来事を報告してくる。本日は、書類仕事を頑張ったらしい。すごく頑張って、半分くらいをニックに押し付けたそうだ。頑張りどころがよくわからない。ニックが可哀想。

 猫と犬にご飯をあげる俺の横で、アロンは無言で突っ立っている。アロンが居る間、ジャンは困ったように視線を彷徨わせている。レナルドは、腰が痛いと言いながら、立ったり座ったりを繰り返している。

「やめろ、猫! それは綿毛ちゃんのご飯だぞ!」
『オレのご飯。なくなっちゃうよ』

 猫に逆らわない綿毛ちゃんは、『どうにかしてぇ』と俺を見上げてくる。自分でどうにかしろと言いたいが、綿毛ちゃんは弱いので、俺が助けてあげることにする。

 自分のご飯を食べつつも、なぜか合間に綿毛ちゃんの分にも口をつけるエリスちゃんを引き剥がして、どうにか押さえる。

 猫を横目で確認しながら、おそるおそる食べる綿毛ちゃん。

「アロン。見てないで手伝って」
「なにをですか」
「猫押さえて」
「嫌です」
「ひどい」

 立ち尽くすだけで、手を貸してくれないアロンは、俺の顔をじっと見つめてくる。先程からなんだろうか。言いたいことがあるなら言えばいいのに。

 俺がエリスちゃんを押さえている間に、さっさとご飯を食べた綿毛ちゃんは、ピャッと走って距離を取る。綿毛ちゃんは、いつも物を食べるのがはやい。あんまり味わうことなく飲み込んでしまう。

「ルイス様は? 今日はなにを?」
「俺? 猫と犬のお世話」

 庭を散歩させて、ついでに足を洗ってあげた。暴れる猫の相手は大変だった。「後片付けは俺がやったんですけど」と、レナルドが文句を言っている。

「あと綿毛ちゃんに勉強教えた」
『教えてくれたねぇ。最近先生ごっこが好きなんだよね?』
「ごっこじゃない!」

 失礼な綿毛ちゃんは、『オレえらーい』と自分で自分を褒め称えている。どうやら俺の遊びに付き合ってあげているつもりらしい。俺が綿毛ちゃんの面倒みてるんだけどな。

「俺があげたペン。気に入ったんですか?」
「うん!」

 俺がずっとペンを使っていると、ブルース兄様から聞いたらしい。ブルース兄様は、アロンと同じく最近俺の部屋によくやってくる。多分だけど、お母様から逃げている。なんか疲れた顔をして、俺の部屋にやってきては、しばらく滞在してからそっと出て行くのだ。

 キャンベルが妊娠してから、お母様は露骨にブルース兄様の結婚を気にするようになった。「ブルースはいつ結婚するのかしら?」と、堂々と絡みにいっている。

「ブルース兄様はいつ結婚するの?」

 アロンは、兄様の護衛騎士である。なにか知っているかと問えば、「もうすぐじゃないですか?」との怪しい返答。レナルドとジャンも疑いの目だ。

「本当に?」
「はい。なんで疑うんですか」
「だって。オーガス兄様は前からキャンベル好きって言ってたけど。ブルース兄様にはそういう相手いないじゃん」

 ブルース兄様の恋愛話とか、ほとんど聞かない。仕事が忙しいとか、兄上に悪いとか。なんかそんな言葉を吐いては、恋愛から遠ざかっている。今も、キャンベルが出産を控えたこの大事な時期に遊んでいるわけにはいかないとか言って真面目に仕事している。
 ブルース兄様は、結婚しなくてもいい理由を探しているようにも見える。

「俺の妹と結婚するんですよ」
「へー」

 明らかな嘘情報を吹き込んでくるアロンは、爽やかな笑顔だ。ブルース兄様とアリアは仲良しってわけでもない。だが、アロンは少し前からブルース兄様とアリアが結婚するというデマをあちこちで言いふらしている。外堀から埋めにいっているのだろう。ブルース兄様かわいそう。

「んなことより。それ、大事にしてくれて嬉しいです」
「うん」

 テーブルの上のペンを指さして、にこりと笑うアロン。言葉通りに嬉しそうな表情である。

「すごく嬉しいです」
「うん。そんな何度も言わなくても」

 そんなに嬉しいのか?
 でもアロンは、前から指輪をつけろとかうるさかった。今回はちゃんと俺が使っているから、安心しているらしい。

「俺もルイス様からプレゼントもらいたいです」
「図々しいぞ」

 アロンの誕生日はまだである。
 そこまで待てと伝えるが、「待てません」とのシンプルな言葉が返ってきた。大人なんだから、それくらい待てよ。

 レナルドとジャンの助けを求めようと目をやるが、露骨に視線を逸らされてしまった。しまいには、レナルドが「あー、疲れた。いや本当に腰が痛い」とか適当なことを呟きながら部屋を出て行ってしまった。取り残されたジャンが絶望している。

「綿毛ちゃん触っていいよ」
『もふもふだよぉ』

 おらおらと、強気にアロンへとぶつかっていく綿毛ちゃんを全力で無視したアロンは、テーブル上のペンを手に取る。

 そのまま器用にペンをくるっと回してみせる彼の手元をじっと凝視していれば、アロンがにやけた。

「そんな見ないでくださいよ」
「我儘だな」
「見られると緊張するんです」
「嘘だな」
「本当ですって」

 くすくす笑うアロンは、今度インクも追加で持ってきますね、と楽しそうに言った。

「だからどんどん使ってください」
「うん」

 言われなくても、そのつもりである。
しおりを挟む
感想 448

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

不遇の第七王子は愛され不慣れで困惑気味です

新川はじめ
BL
 国王とシスターの間に生まれたフィル・ディーンテ。五歳で母を亡くし第七王子として王宮へ迎え入れられたのだが、そこは針の筵だった。唯一優しくしてくれたのは王太子である兄セガールとその友人オーティスで、二人の存在が幼いフィルにとって心の支えだった。  フィルが十八歳になった頃、王宮内で生霊事件が発生。セガールの寝所に夜な夜な現れる生霊を退治するため、彼と容姿のよく似たフィルが囮になることに。指揮を取るのは大魔法師になったオーティスで「生霊が現れたら直ちに捉えます」と言ってたはずなのに何やら様子がおかしい。  生霊はベッドに潜り込んでお触りを始めるし。想い人のオーティスはなぜか黙ってガン見してるし。どうしちゃったの、話が違うじゃん!頼むからしっかりしてくれよぉー!

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした

和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。 そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。 * 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵 * 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」 応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。 三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。 『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。

神子の余分

朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。 おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

処理中です...