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15歳

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「アロン」
「はい?」
「なにしてんの?」
「なにも」

 夕方頃。
 いつも通りに俺の部屋を訪れたアロンは、今日一日の出来事を報告してくる。本日は、書類仕事を頑張ったらしい。すごく頑張って、半分くらいをニックに押し付けたそうだ。頑張りどころがよくわからない。ニックが可哀想。

 猫と犬にご飯をあげる俺の横で、アロンは無言で突っ立っている。アロンが居る間、ジャンは困ったように視線を彷徨わせている。レナルドは、腰が痛いと言いながら、立ったり座ったりを繰り返している。

「やめろ、猫! それは綿毛ちゃんのご飯だぞ!」
『オレのご飯。なくなっちゃうよ』

 猫に逆らわない綿毛ちゃんは、『どうにかしてぇ』と俺を見上げてくる。自分でどうにかしろと言いたいが、綿毛ちゃんは弱いので、俺が助けてあげることにする。

 自分のご飯を食べつつも、なぜか合間に綿毛ちゃんの分にも口をつけるエリスちゃんを引き剥がして、どうにか押さえる。

 猫を横目で確認しながら、おそるおそる食べる綿毛ちゃん。

「アロン。見てないで手伝って」
「なにをですか」
「猫押さえて」
「嫌です」
「ひどい」

 立ち尽くすだけで、手を貸してくれないアロンは、俺の顔をじっと見つめてくる。先程からなんだろうか。言いたいことがあるなら言えばいいのに。

 俺がエリスちゃんを押さえている間に、さっさとご飯を食べた綿毛ちゃんは、ピャッと走って距離を取る。綿毛ちゃんは、いつも物を食べるのがはやい。あんまり味わうことなく飲み込んでしまう。

「ルイス様は? 今日はなにを?」
「俺? 猫と犬のお世話」

 庭を散歩させて、ついでに足を洗ってあげた。暴れる猫の相手は大変だった。「後片付けは俺がやったんですけど」と、レナルドが文句を言っている。

「あと綿毛ちゃんに勉強教えた」
『教えてくれたねぇ。最近先生ごっこが好きなんだよね?』
「ごっこじゃない!」

 失礼な綿毛ちゃんは、『オレえらーい』と自分で自分を褒め称えている。どうやら俺の遊びに付き合ってあげているつもりらしい。俺が綿毛ちゃんの面倒みてるんだけどな。

「俺があげたペン。気に入ったんですか?」
「うん!」

 俺がずっとペンを使っていると、ブルース兄様から聞いたらしい。ブルース兄様は、アロンと同じく最近俺の部屋によくやってくる。多分だけど、お母様から逃げている。なんか疲れた顔をして、俺の部屋にやってきては、しばらく滞在してからそっと出て行くのだ。

 キャンベルが妊娠してから、お母様は露骨にブルース兄様の結婚を気にするようになった。「ブルースはいつ結婚するのかしら?」と、堂々と絡みにいっている。

「ブルース兄様はいつ結婚するの?」

 アロンは、兄様の護衛騎士である。なにか知っているかと問えば、「もうすぐじゃないですか?」との怪しい返答。レナルドとジャンも疑いの目だ。

「本当に?」
「はい。なんで疑うんですか」
「だって。オーガス兄様は前からキャンベル好きって言ってたけど。ブルース兄様にはそういう相手いないじゃん」

 ブルース兄様の恋愛話とか、ほとんど聞かない。仕事が忙しいとか、兄上に悪いとか。なんかそんな言葉を吐いては、恋愛から遠ざかっている。今も、キャンベルが出産を控えたこの大事な時期に遊んでいるわけにはいかないとか言って真面目に仕事している。
 ブルース兄様は、結婚しなくてもいい理由を探しているようにも見える。

「俺の妹と結婚するんですよ」
「へー」

 明らかな嘘情報を吹き込んでくるアロンは、爽やかな笑顔だ。ブルース兄様とアリアは仲良しってわけでもない。だが、アロンは少し前からブルース兄様とアリアが結婚するというデマをあちこちで言いふらしている。外堀から埋めにいっているのだろう。ブルース兄様かわいそう。

「んなことより。それ、大事にしてくれて嬉しいです」
「うん」

 テーブルの上のペンを指さして、にこりと笑うアロン。言葉通りに嬉しそうな表情である。

「すごく嬉しいです」
「うん。そんな何度も言わなくても」

 そんなに嬉しいのか?
 でもアロンは、前から指輪をつけろとかうるさかった。今回はちゃんと俺が使っているから、安心しているらしい。

「俺もルイス様からプレゼントもらいたいです」
「図々しいぞ」

 アロンの誕生日はまだである。
 そこまで待てと伝えるが、「待てません」とのシンプルな言葉が返ってきた。大人なんだから、それくらい待てよ。

 レナルドとジャンの助けを求めようと目をやるが、露骨に視線を逸らされてしまった。しまいには、レナルドが「あー、疲れた。いや本当に腰が痛い」とか適当なことを呟きながら部屋を出て行ってしまった。取り残されたジャンが絶望している。

「綿毛ちゃん触っていいよ」
『もふもふだよぉ』

 おらおらと、強気にアロンへとぶつかっていく綿毛ちゃんを全力で無視したアロンは、テーブル上のペンを手に取る。

 そのまま器用にペンをくるっと回してみせる彼の手元をじっと凝視していれば、アロンがにやけた。

「そんな見ないでくださいよ」
「我儘だな」
「見られると緊張するんです」
「嘘だな」
「本当ですって」

 くすくす笑うアロンは、今度インクも追加で持ってきますね、と楽しそうに言った。

「だからどんどん使ってください」
「うん」

 言われなくても、そのつもりである。
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