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15歳
389 気遣い
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じりじりと太陽が照りつける季節が近づいてきた。
暑くなってきた室内で、毛玉が二個ぐだっとしている。なんだこのやる気のない空気は。もっとみんなシャキッとするべきだ。
「猫! しっかりしろ!」
『そっとしておいてあげなよぉ。お昼寝中でしょ』
オレも寝ようと、ふざけたことを言う綿毛ちゃんをペシっと叩いて、抱っこする。この犬は、油断するとすぐにお昼寝しようとする。俺がちゃんと見張っておかないと。
『やめて。寝させて』
「毛が暑いの?」
もふもふの毛は、確かに暑そう。だが、綿毛ちゃんは途端に『暑くないよ! 平気だよ!』と元気になった。なんでだろう。
綿毛ちゃんを椅子に座らせて、俺も向かいの席に座る。
この間、俺は十五歳になった。もう大人と言っても過言ではないと思う。誕生日には、いつも通りにアロンがプレゼントをくれた。今年は、なんか高そうなペンをくれた。黒色で、大人っぽくて気に入った。大人な俺にぴったりだと思う。
教科書を開いて、いつも通り綿毛ちゃん相手に勉強を教えてあげる。『なんでオレなのぉ?』とうるさい毛玉を黙らせて、アロンにもらったペンを握る。
『最近は先生ごっこがお気に入りなの?』
「ごっこじゃない。綿毛ちゃんに教えてあげてるんだから真面目に聞いて」
『はいはい』
目をしょぼしょぼさせる綿毛ちゃんは、今にも寝てしまいそうな雰囲気である。立ち上がった俺は、もふもふの頭を掴んで前後に揺らす。
「起きろ!」
『やめて! ごめんて。ごめんなさい』
あー、と騒ぐ綿毛ちゃんは、『真面目に聞いてるよぉ』とうだうだ言う。
「本当に?」
『う、うん』
姿勢を整える綿毛ちゃんは、短い前足をテーブルにかけて、教科書を覗き込んでくる。すかさず俺も席に戻って、再び説明に戻る。
今度はふむふむ言いながら聞いている綿毛ちゃん。そうして綿毛ちゃん相手の授業を続けていたところへ、オーガス兄様がやってきた。
「どうしたの。オーガス兄様」
「ひとり? ジャンとレナルドは?」
「ジャンは水を汲みに行った。レナルドはサボり」
「水?」
変なところに引っかかる兄様は、「水なんてなにに使うの?」と質問してくる。
「暑いから。足を入れる。オーガス兄様も一緒にやる?」
「へ、へぇ。僕はいいかな」
レナルドのサボりの件には一切触れないオーガス兄様は、なんだか疲れた顔だ。
「勉強してたの?」
「綿毛ちゃんがね」
「ん? ルイスじゃなくて?」
「うん。俺は先生」
「へー」
あんまり興味なさそうなオーガス兄様は、綿毛ちゃんを勝手に撫でてしまう。それは俺のもふもふだぞ。
どうやらオーガス兄様は休憩中らしい。キャンベルが妊娠してから、兄様はちょっと忙しそうだ。キャンベルの部屋へ頻繁に出入りして、仕事もこなしている。
「ねー、兄様」
「なんだい?」
「男の子? 女の子?」
「それは生まれてみないとわかんないよ」
苦笑する兄様に、俺は「ふーん?」と納得する。生まれてくるまでわかんないのか。そうなのか。
「お母様が、女の子が良いってずっと言ってるんだけど。なんなんだろうね?」
へらっと笑うオーガス兄様に、俺はやれやれと肩をすくめる。やはりこの長男は、なにもわかっていない。そんなんでちゃんとパパやれるのか?
「ダメだな、オーガス兄様は」
「え? なにが?」
きょとんとする兄様に、お母様のあの女の子がいいアピールはキャンベルのためだと教えてあげる。
「なんで? 跡継ぎの問題もあるんだから。キャンベルにとっても男の子の方がよくない?」
「だから。みんなそうやって男の子がいいって言うから。女の子が生まれたらキャンベルが落ち込んじゃうでしょ。そうならないように、お母様は全力で女の子がいいアピールしてるんだよ。どっちが生まれてもいいように」
「……そうなの?」
目を見開く兄様は、ちょっと頼りない。
お母様も、以前は跡継ぎ云々の話に悩んだことがあるらしい。だから、キャンベルに同じ苦労をさせないようにと、あらかじめ女の子がいいと周りに言いふらしているのだ。
「それ、お母様がそう言ったの?」
「ううん。でもお母様はそういう気遣いをする人だよ。優しいもん」
まぁ、息子ばかりだから。女の子が欲しいというのは本音でもあるのだろう。だが、その本音を口に出したのは間違いなくキャンベルのためだ。
女の子が生まれても、お母様は間違いなく喜んでくれる。それがキャンベルにとっては大事なことなのだ。
「オーガス兄様は、もっと周りを見ないと」
「……うん。なんか、あれだね。ルイスは優しいね」
「俺はいつも優しい」
綿毛ちゃんをなでなでして、なぜか部屋に居座ってくるオーガス兄様をじっと見つめる。なにをするわけでもなく、ただただ突っ立っている兄様は、暑さのせいかぼんやりしている。
「赤ちゃん生まれたらさ」
「うん?」
「俺が育てる」
「え? あ、うん。お手伝いしてくれるの?」
ありがとう、と笑うオーガス兄様に、俺は首を左右に振る。
「お手伝いじゃなくて。俺が育てる。オーガス兄様の代わりにパパやってあげる」
「僕の立場が」
パパは僕だからと、珍しく言い返してくるオーガス兄様。なんだか張り切っているようである。
「綿毛ちゃんもお兄ちゃんになるんだからな」
ちゃんと手伝えよと念押しすれば、『任せてよぉ』と威勢の良い声が返ってきた。毛玉のくせに。育児とかできるのか?
だがせっかく自信満々の綿毛ちゃんに水を差すのも悪いので、「任せたぞ!」と励ましておくことにする。
「もうお名前決めた?」
「まだ。性別わかんないとね。決められないよ」
「俺が考えてもいい?」
「え」
なぜか絶句するオーガス兄様は「う、うーん。気持ちだけもらっておこうかな」と曖昧に頬を掻く。
「ほら、あの。キャンベルの意見も聞かないとだし」
「そっか」
キャンベルなら、いいお名前考えてくれそうである。横で毛玉が『坊ちゃんはなぁ。ネーミングセンスがちょっとねぇ』と、ごにょごにょ俺の悪口を言っていたのでペシっと頭を叩いておいた。
暑くなってきた室内で、毛玉が二個ぐだっとしている。なんだこのやる気のない空気は。もっとみんなシャキッとするべきだ。
「猫! しっかりしろ!」
『そっとしておいてあげなよぉ。お昼寝中でしょ』
オレも寝ようと、ふざけたことを言う綿毛ちゃんをペシっと叩いて、抱っこする。この犬は、油断するとすぐにお昼寝しようとする。俺がちゃんと見張っておかないと。
『やめて。寝させて』
「毛が暑いの?」
もふもふの毛は、確かに暑そう。だが、綿毛ちゃんは途端に『暑くないよ! 平気だよ!』と元気になった。なんでだろう。
綿毛ちゃんを椅子に座らせて、俺も向かいの席に座る。
この間、俺は十五歳になった。もう大人と言っても過言ではないと思う。誕生日には、いつも通りにアロンがプレゼントをくれた。今年は、なんか高そうなペンをくれた。黒色で、大人っぽくて気に入った。大人な俺にぴったりだと思う。
教科書を開いて、いつも通り綿毛ちゃん相手に勉強を教えてあげる。『なんでオレなのぉ?』とうるさい毛玉を黙らせて、アロンにもらったペンを握る。
『最近は先生ごっこがお気に入りなの?』
「ごっこじゃない。綿毛ちゃんに教えてあげてるんだから真面目に聞いて」
『はいはい』
目をしょぼしょぼさせる綿毛ちゃんは、今にも寝てしまいそうな雰囲気である。立ち上がった俺は、もふもふの頭を掴んで前後に揺らす。
「起きろ!」
『やめて! ごめんて。ごめんなさい』
あー、と騒ぐ綿毛ちゃんは、『真面目に聞いてるよぉ』とうだうだ言う。
「本当に?」
『う、うん』
姿勢を整える綿毛ちゃんは、短い前足をテーブルにかけて、教科書を覗き込んでくる。すかさず俺も席に戻って、再び説明に戻る。
今度はふむふむ言いながら聞いている綿毛ちゃん。そうして綿毛ちゃん相手の授業を続けていたところへ、オーガス兄様がやってきた。
「どうしたの。オーガス兄様」
「ひとり? ジャンとレナルドは?」
「ジャンは水を汲みに行った。レナルドはサボり」
「水?」
変なところに引っかかる兄様は、「水なんてなにに使うの?」と質問してくる。
「暑いから。足を入れる。オーガス兄様も一緒にやる?」
「へ、へぇ。僕はいいかな」
レナルドのサボりの件には一切触れないオーガス兄様は、なんだか疲れた顔だ。
「勉強してたの?」
「綿毛ちゃんがね」
「ん? ルイスじゃなくて?」
「うん。俺は先生」
「へー」
あんまり興味なさそうなオーガス兄様は、綿毛ちゃんを勝手に撫でてしまう。それは俺のもふもふだぞ。
どうやらオーガス兄様は休憩中らしい。キャンベルが妊娠してから、兄様はちょっと忙しそうだ。キャンベルの部屋へ頻繁に出入りして、仕事もこなしている。
「ねー、兄様」
「なんだい?」
「男の子? 女の子?」
「それは生まれてみないとわかんないよ」
苦笑する兄様に、俺は「ふーん?」と納得する。生まれてくるまでわかんないのか。そうなのか。
「お母様が、女の子が良いってずっと言ってるんだけど。なんなんだろうね?」
へらっと笑うオーガス兄様に、俺はやれやれと肩をすくめる。やはりこの長男は、なにもわかっていない。そんなんでちゃんとパパやれるのか?
「ダメだな、オーガス兄様は」
「え? なにが?」
きょとんとする兄様に、お母様のあの女の子がいいアピールはキャンベルのためだと教えてあげる。
「なんで? 跡継ぎの問題もあるんだから。キャンベルにとっても男の子の方がよくない?」
「だから。みんなそうやって男の子がいいって言うから。女の子が生まれたらキャンベルが落ち込んじゃうでしょ。そうならないように、お母様は全力で女の子がいいアピールしてるんだよ。どっちが生まれてもいいように」
「……そうなの?」
目を見開く兄様は、ちょっと頼りない。
お母様も、以前は跡継ぎ云々の話に悩んだことがあるらしい。だから、キャンベルに同じ苦労をさせないようにと、あらかじめ女の子がいいと周りに言いふらしているのだ。
「それ、お母様がそう言ったの?」
「ううん。でもお母様はそういう気遣いをする人だよ。優しいもん」
まぁ、息子ばかりだから。女の子が欲しいというのは本音でもあるのだろう。だが、その本音を口に出したのは間違いなくキャンベルのためだ。
女の子が生まれても、お母様は間違いなく喜んでくれる。それがキャンベルにとっては大事なことなのだ。
「オーガス兄様は、もっと周りを見ないと」
「……うん。なんか、あれだね。ルイスは優しいね」
「俺はいつも優しい」
綿毛ちゃんをなでなでして、なぜか部屋に居座ってくるオーガス兄様をじっと見つめる。なにをするわけでもなく、ただただ突っ立っている兄様は、暑さのせいかぼんやりしている。
「赤ちゃん生まれたらさ」
「うん?」
「俺が育てる」
「え? あ、うん。お手伝いしてくれるの?」
ありがとう、と笑うオーガス兄様に、俺は首を左右に振る。
「お手伝いじゃなくて。俺が育てる。オーガス兄様の代わりにパパやってあげる」
「僕の立場が」
パパは僕だからと、珍しく言い返してくるオーガス兄様。なんだか張り切っているようである。
「綿毛ちゃんもお兄ちゃんになるんだからな」
ちゃんと手伝えよと念押しすれば、『任せてよぉ』と威勢の良い声が返ってきた。毛玉のくせに。育児とかできるのか?
だがせっかく自信満々の綿毛ちゃんに水を差すのも悪いので、「任せたぞ!」と励ましておくことにする。
「もうお名前決めた?」
「まだ。性別わかんないとね。決められないよ」
「俺が考えてもいい?」
「え」
なぜか絶句するオーガス兄様は「う、うーん。気持ちだけもらっておこうかな」と曖昧に頬を掻く。
「ほら、あの。キャンベルの意見も聞かないとだし」
「そっか」
キャンベルなら、いいお名前考えてくれそうである。横で毛玉が『坊ちゃんはなぁ。ネーミングセンスがちょっとねぇ』と、ごにょごにょ俺の悪口を言っていたのでペシっと頭を叩いておいた。
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