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14歳
綿毛ちゃんの日常6
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「綿毛ちゃん。人間になって!」
『嫌ですぅ』
「人間になって!」
『いーやー』
今日もオレは忙しい。朝から追いかけまわしてくるルイス坊ちゃんの相手をして、どうにか逃げ切る。
子供の世話なんて簡単だと思っていたけど、結構疲れるものだな。一日中大人しく部屋で過ごすユリス坊ちゃんはまだマシな方。あちこち元気に走りまわるルイス坊ちゃんの相手は大変だ。
カル先生がやってきて、部屋から追い出されるこの時間。オレがゆっくりできる貴重な時間でもある。
『あー、疲れたぁ。オレはすごくお疲れでーす』
ひとりで廊下をてくてく歩く。誰も居ないので、返事はない。それでもひとりでぶつぶつ呟きながら、お散歩する。
玄関スペースまでたどり着けば、窓から日差しの差し込むぽかぽかスペースを発見した。見るからに暖かそうな場所である。素早く場所を陣取って、べたっと横になる。うん。あったかい。
そのままやってくる眠気に身を任せて、うとうとする。うーん、至福の時間。
ルイス坊ちゃんの部屋でお昼寝すると、高確率で叩き起こされてしまう。「寝るな! 犬!」と、勢いよく揺すられるのだ。たまにはこういう時間もいいなぁ。
くわぁっと欠伸をして、目を閉じた。
『ん?』
どれくらい時間が経ったのだろうか。
なんだか体が揺れたような気がして、頑張って瞼を持ち上げる。
ぼんやりする視界の中、なにかが動いた。誰かいる? というか、なんか重い。
ぱちっと目を開けて、周囲を見まわす。横になるオレの上に、なんだか黒い髪の毛が見えた。これは多分、ルイス坊ちゃんだ。
『おーい? 坊ちゃん?』
「……」
無言の坊ちゃんからは、寝息が聞こえてくる。
『お昼寝?』
えっと、うん。
どうやらオレのことを枕にして、ルイス坊ちゃんがお昼寝しているらしい。いつの間に授業が終わったのか。パタパタと足を動かすが、坊ちゃんが起きる気配はない。
枕にされてしまった。
ちょっと絶望するオレは、うんうんと頑張って抜け出そうとするが、身動き取れない。
『坊ちゃん、起きてぇ』
おーい、と声をかけ続けるが、坊ちゃんは熟睡中だ。ピクリとも動かない。
『……どうしよ』
このまま坊ちゃんが起きるのを待つか。ちょっと重いけど。オレにはもう、どうしようもできないよ。
諦めたオレであったが、ここは玄関のすぐ近く。
屋敷の扉が開いて、誰かが入って来た。これは助けてもらえるチャンス。
『誰かぁ。助けてくださぁい』
頑張って声を張り上げれば、オレの横で足音が止まった。期待を込めて見上げれば、そこに居たのは副団長さんだった。いや、今は出世して団長さんになったんだっけ?
『セドリックさぁん。助けてぇ』
「……」
『え? 無視? それは酷くない?』
「……」
『おーい?』
ダメだ。反応がない。
そういえば、セドリックさんは面倒くさがりだとみんなが言っていた。面倒くさがりにも程がある。会話くらいしてほしいなぁ。
ダメ元で助けを求めてみる。動けないんですぅ、と訴えてみると、ようやくセドリックさんが口を開いた。
「起こせばいいのでは」
『それがね。何度呼んでも起きないんですよぉ』
昨日夜更かししていたから、それが原因かな。
ベッドの上で、ひたすら猫ちゃんに語りかけていた。眠そうにしている猫ちゃんを抱き上げては、「猫! ちゃんと聞いて!」と真剣な眼差しだった。どうやら猫ちゃんが人間の言葉を話せるようにしてあげたいらしい。ユリス坊ちゃんの部屋から勝手に持ってきた例の魔導書を捲りながら、一生懸命頑張っていた。成果はなかったけど。
そもそも、ルイス坊ちゃんにはあまり魔力がない。思うに、異世界から呼び出されて、ユリス坊ちゃんの体に魂が入り込んだ際、安定させるために元々有していた魔力のほとんどを費やしてしまったのだろう。だからルイス坊ちゃんは、現状魔法が使えない。とはいえ、今のところ魔法は役に立たない代物だとみなされているので、使えなくとも世間的には何も問題はない。
ユリス坊ちゃんも、魔力をほとんど持っていない。黒猫姿から人間姿に変わる時に、魔石で補給した分も全部使い切っているのだと思う。つくづく運の良いふたりだ。なにかが少しでもズレていれば、うっかり魂が消滅していてもおかしくはなかった。こういう危ういことになるから、オレは魔導書をひとりで守っていたわけで。
うん。まぁ、そうだね。坊ちゃんたちが変な騒動を起こしたのは、うっかり寝過ごしたオレのせいでもあるわけで。ちょっと罪悪感。
『坊ちゃんをさ、ちょっと持ち上げてくれません?』
オレを見下ろしてくるセドリックさんにお願いすれば、彼は少しだけ嫌そうに眉を寄せた。そんな顔しないで。少しくらい手を貸してよぉ。
ちらりと周囲に視線を走らせたセドリックさんは、「レナルドはどこへ行った」と苦い声。どうやらレナルドさんに押し付けて逃げるつもりらしい。だが残念だったね。レナルドさんは、坊ちゃんの側からしょっちゅう離れている。坊ちゃんも、もう十四歳だからね。屋敷内なら自由に行動しても大丈夫な年齢だ。
ジャンさんの姿も見えないから、カル先生の授業が終わって真っ直ぐにここへ来たのだろう。坊ちゃんの授業中は、ジャンさんは休憩時間だ。
誰も居ないことを確認したセドリックさんは、嫌々といった様子で坊ちゃんの肩を揺らす。
「ルイス様」
しかし、坊ちゃんは起きない。立ち尽くすセドリックさんは、逆に助けを求めるような視線をオレに向けてくる。うん。今助けてほしいのは、オレの方なんだけど。
『助けてぇ』
短く息を吐いたセドリックさんは、腰を下ろすとルイス坊ちゃんの体を抱き上げる。そのまま横抱きにしてくれたので、オレはようやく脱出することができた。
『ありがとうございます。セドリックさんは命の恩人ですぅ』
「……」
『オレとも会話してぇ?』
無口なセドリックさんは、ぺこりと頭を下げるオレと、横抱きにしたルイス坊ちゃんを見比べている。
坊ちゃんを抱えたはいいが、その後どうするべきか迷っているのだ。ここ玄関だしな。元の位置に戻すのに抵抗があるのだろう。
『お部屋に運ぶ?』
一番良さそうな提案をしてみれば、セドリックさんが小さく頷いた。
『大丈夫? 重くない?』
「……」
『オレの声が聞こえてない感じですかぁ?』
思えば、セドリックさんはオレに斬りかかってきた前科がある。あの時の彼は、すごく物騒だった。それに比べれば、今の態度は柔軟になったと言えるだろう。
『坊ちゃんね、セドリックさんのこと心配してたよぉ。お仕事順調ですかぁ』
すたすた歩くセドリッさんの背中を追いかける。早足で進む彼は、オレに視線を投げることすらせずに黙々と先を急いでいる。
オレはお喋り大好きなんだけど、もしかしたらセドリックさんはお喋り苦手な人なのかも。こうなったらひとりで喋っておこう。
『いやぁ、目が覚めたら枕にされててびっくりしたよ。ルイス坊ちゃんって予想外の行動するよね』
ね? と同意を求めるように見上げれば、セドリックさんが足を止めた。
『どしたの?』
オレのことをガン無視するセドリックさんは、坊ちゃんのことを見つめている。なになに? と首を伸ばして確認しようとすれば、「セドリック?」という掠れた声が聞こえてきた。
『坊ちゃん、起きたぁ?』
そっと、坊ちゃんを床に下ろすセドリックさん。目元を擦って欠伸した坊ちゃんは、「寝てないけど?」との大嘘を吐いた。めっちゃ寝てたよ、君。
「俺のもふもふ枕が」
『枕じゃないよ』
オレのことを遠慮なく撫でてくる坊ちゃんは、すぐにセドリックさんへと目を向けた。
「セドリック。運んでくれたの?」
「はい」
「ありがと。お礼に綿毛ちゃんを貸してあげる」
「お構いなく」
「じゃあ肉球触る?」
「いいえ」
淡々と答えるセドリックさんは、相変わらず表情が動かない。
「セドリック。ちょっと来て」
そんなセドリックさんの腕を果敢に掴みにいくルイス坊ちゃんは、すごいと思う。
自室まで引っ張って、椅子を勧めているが、セドリックさんは「お構いなく」と頑なだ。
「すごいの見せてあげる!」
「はぁ」
ふたりのテンションの差がすごい。
坊ちゃん、よくそんなハイテンションでいけるね。心折れないの? オレはちょっと、無表情を貫くセドリックさんを前にするとね、虚しくなるよ。
感心していると、坊ちゃんがオレの前に屈み込む。うん。嫌な予感。
「綿毛ちゃん! お手!」
『……これ楽しいの?』
渋々手を乗っけると、坊ちゃんは目をキラキラさせる。
「すごいでしょ! 俺が教えたんだよ!」
「左様で」
「もっとすごいのできるよ! 綿毛ちゃん! バク転して!」
『なに言ってんの、この子』
驚きのあまり震えるオレ。坊ちゃんは、無邪気に「後ろにジャンプするんだよ。くるっとまわって!」とオレを持ち上げようとしてくる。
『無理無理無理』
「やればできるよ!」
『限度があるよ?』
オレそんなのやったことないし。できるなんて言ったこともないけど?
なぜか「綿毛ちゃん、すごいんだよ。なんでもできるの」と、セドリックさんに語りかける坊ちゃん。やめて。団長さんに変な期待を持たせないで。オレは単なる毛玉だから。そんな曲芸できないよ。
「綿毛ちゃん、はやくして」
『無理って言ってるでしょ』
「やってぇ!」
『いやいや、無理だって』
しまいには、オレを引きずってバク転とやらをさせようとしてくる。
「セドリック! そっち持って!」
『持たなくていいよ!?』
オレの後ろ足を持てと、とんでもない指示を出す坊ちゃん。セドリックさんは、どこか遠くを見つめている。
「セドリック、真面目にやって! 綿毛ちゃんを後ろに回すんだよ。こうやって!」
『坊ちゃん。一回落ち着こう?』
「綿毛ちゃんは関係ないから黙ってて」
『オレが一番の関係者ですけど?』
オレの前足を握ったまま、離れてくれないルイス坊ちゃんは諦めが悪い。「セドリック! ちゃんとやって!」と、セドリックさんにも強めに指示を出している。
「……団長が絡まれてる」
そんな騒動の中、ひょっこり戻ってきたレナルドさんが、珍しいものを見たと口角を上げた。
そんなレナルドさんに、無言で助けを求めるセドリックさん。いやだから。今一番助けを求めているのはオレなんだけどね?
『嫌ですぅ』
「人間になって!」
『いーやー』
今日もオレは忙しい。朝から追いかけまわしてくるルイス坊ちゃんの相手をして、どうにか逃げ切る。
子供の世話なんて簡単だと思っていたけど、結構疲れるものだな。一日中大人しく部屋で過ごすユリス坊ちゃんはまだマシな方。あちこち元気に走りまわるルイス坊ちゃんの相手は大変だ。
カル先生がやってきて、部屋から追い出されるこの時間。オレがゆっくりできる貴重な時間でもある。
『あー、疲れたぁ。オレはすごくお疲れでーす』
ひとりで廊下をてくてく歩く。誰も居ないので、返事はない。それでもひとりでぶつぶつ呟きながら、お散歩する。
玄関スペースまでたどり着けば、窓から日差しの差し込むぽかぽかスペースを発見した。見るからに暖かそうな場所である。素早く場所を陣取って、べたっと横になる。うん。あったかい。
そのままやってくる眠気に身を任せて、うとうとする。うーん、至福の時間。
ルイス坊ちゃんの部屋でお昼寝すると、高確率で叩き起こされてしまう。「寝るな! 犬!」と、勢いよく揺すられるのだ。たまにはこういう時間もいいなぁ。
くわぁっと欠伸をして、目を閉じた。
『ん?』
どれくらい時間が経ったのだろうか。
なんだか体が揺れたような気がして、頑張って瞼を持ち上げる。
ぼんやりする視界の中、なにかが動いた。誰かいる? というか、なんか重い。
ぱちっと目を開けて、周囲を見まわす。横になるオレの上に、なんだか黒い髪の毛が見えた。これは多分、ルイス坊ちゃんだ。
『おーい? 坊ちゃん?』
「……」
無言の坊ちゃんからは、寝息が聞こえてくる。
『お昼寝?』
えっと、うん。
どうやらオレのことを枕にして、ルイス坊ちゃんがお昼寝しているらしい。いつの間に授業が終わったのか。パタパタと足を動かすが、坊ちゃんが起きる気配はない。
枕にされてしまった。
ちょっと絶望するオレは、うんうんと頑張って抜け出そうとするが、身動き取れない。
『坊ちゃん、起きてぇ』
おーい、と声をかけ続けるが、坊ちゃんは熟睡中だ。ピクリとも動かない。
『……どうしよ』
このまま坊ちゃんが起きるのを待つか。ちょっと重いけど。オレにはもう、どうしようもできないよ。
諦めたオレであったが、ここは玄関のすぐ近く。
屋敷の扉が開いて、誰かが入って来た。これは助けてもらえるチャンス。
『誰かぁ。助けてくださぁい』
頑張って声を張り上げれば、オレの横で足音が止まった。期待を込めて見上げれば、そこに居たのは副団長さんだった。いや、今は出世して団長さんになったんだっけ?
『セドリックさぁん。助けてぇ』
「……」
『え? 無視? それは酷くない?』
「……」
『おーい?』
ダメだ。反応がない。
そういえば、セドリックさんは面倒くさがりだとみんなが言っていた。面倒くさがりにも程がある。会話くらいしてほしいなぁ。
ダメ元で助けを求めてみる。動けないんですぅ、と訴えてみると、ようやくセドリックさんが口を開いた。
「起こせばいいのでは」
『それがね。何度呼んでも起きないんですよぉ』
昨日夜更かししていたから、それが原因かな。
ベッドの上で、ひたすら猫ちゃんに語りかけていた。眠そうにしている猫ちゃんを抱き上げては、「猫! ちゃんと聞いて!」と真剣な眼差しだった。どうやら猫ちゃんが人間の言葉を話せるようにしてあげたいらしい。ユリス坊ちゃんの部屋から勝手に持ってきた例の魔導書を捲りながら、一生懸命頑張っていた。成果はなかったけど。
そもそも、ルイス坊ちゃんにはあまり魔力がない。思うに、異世界から呼び出されて、ユリス坊ちゃんの体に魂が入り込んだ際、安定させるために元々有していた魔力のほとんどを費やしてしまったのだろう。だからルイス坊ちゃんは、現状魔法が使えない。とはいえ、今のところ魔法は役に立たない代物だとみなされているので、使えなくとも世間的には何も問題はない。
ユリス坊ちゃんも、魔力をほとんど持っていない。黒猫姿から人間姿に変わる時に、魔石で補給した分も全部使い切っているのだと思う。つくづく運の良いふたりだ。なにかが少しでもズレていれば、うっかり魂が消滅していてもおかしくはなかった。こういう危ういことになるから、オレは魔導書をひとりで守っていたわけで。
うん。まぁ、そうだね。坊ちゃんたちが変な騒動を起こしたのは、うっかり寝過ごしたオレのせいでもあるわけで。ちょっと罪悪感。
『坊ちゃんをさ、ちょっと持ち上げてくれません?』
オレを見下ろしてくるセドリックさんにお願いすれば、彼は少しだけ嫌そうに眉を寄せた。そんな顔しないで。少しくらい手を貸してよぉ。
ちらりと周囲に視線を走らせたセドリックさんは、「レナルドはどこへ行った」と苦い声。どうやらレナルドさんに押し付けて逃げるつもりらしい。だが残念だったね。レナルドさんは、坊ちゃんの側からしょっちゅう離れている。坊ちゃんも、もう十四歳だからね。屋敷内なら自由に行動しても大丈夫な年齢だ。
ジャンさんの姿も見えないから、カル先生の授業が終わって真っ直ぐにここへ来たのだろう。坊ちゃんの授業中は、ジャンさんは休憩時間だ。
誰も居ないことを確認したセドリックさんは、嫌々といった様子で坊ちゃんの肩を揺らす。
「ルイス様」
しかし、坊ちゃんは起きない。立ち尽くすセドリックさんは、逆に助けを求めるような視線をオレに向けてくる。うん。今助けてほしいのは、オレの方なんだけど。
『助けてぇ』
短く息を吐いたセドリックさんは、腰を下ろすとルイス坊ちゃんの体を抱き上げる。そのまま横抱きにしてくれたので、オレはようやく脱出することができた。
『ありがとうございます。セドリックさんは命の恩人ですぅ』
「……」
『オレとも会話してぇ?』
無口なセドリックさんは、ぺこりと頭を下げるオレと、横抱きにしたルイス坊ちゃんを見比べている。
坊ちゃんを抱えたはいいが、その後どうするべきか迷っているのだ。ここ玄関だしな。元の位置に戻すのに抵抗があるのだろう。
『お部屋に運ぶ?』
一番良さそうな提案をしてみれば、セドリックさんが小さく頷いた。
『大丈夫? 重くない?』
「……」
『オレの声が聞こえてない感じですかぁ?』
思えば、セドリックさんはオレに斬りかかってきた前科がある。あの時の彼は、すごく物騒だった。それに比べれば、今の態度は柔軟になったと言えるだろう。
『坊ちゃんね、セドリックさんのこと心配してたよぉ。お仕事順調ですかぁ』
すたすた歩くセドリッさんの背中を追いかける。早足で進む彼は、オレに視線を投げることすらせずに黙々と先を急いでいる。
オレはお喋り大好きなんだけど、もしかしたらセドリックさんはお喋り苦手な人なのかも。こうなったらひとりで喋っておこう。
『いやぁ、目が覚めたら枕にされててびっくりしたよ。ルイス坊ちゃんって予想外の行動するよね』
ね? と同意を求めるように見上げれば、セドリックさんが足を止めた。
『どしたの?』
オレのことをガン無視するセドリックさんは、坊ちゃんのことを見つめている。なになに? と首を伸ばして確認しようとすれば、「セドリック?」という掠れた声が聞こえてきた。
『坊ちゃん、起きたぁ?』
そっと、坊ちゃんを床に下ろすセドリックさん。目元を擦って欠伸した坊ちゃんは、「寝てないけど?」との大嘘を吐いた。めっちゃ寝てたよ、君。
「俺のもふもふ枕が」
『枕じゃないよ』
オレのことを遠慮なく撫でてくる坊ちゃんは、すぐにセドリックさんへと目を向けた。
「セドリック。運んでくれたの?」
「はい」
「ありがと。お礼に綿毛ちゃんを貸してあげる」
「お構いなく」
「じゃあ肉球触る?」
「いいえ」
淡々と答えるセドリックさんは、相変わらず表情が動かない。
「セドリック。ちょっと来て」
そんなセドリックさんの腕を果敢に掴みにいくルイス坊ちゃんは、すごいと思う。
自室まで引っ張って、椅子を勧めているが、セドリックさんは「お構いなく」と頑なだ。
「すごいの見せてあげる!」
「はぁ」
ふたりのテンションの差がすごい。
坊ちゃん、よくそんなハイテンションでいけるね。心折れないの? オレはちょっと、無表情を貫くセドリックさんを前にするとね、虚しくなるよ。
感心していると、坊ちゃんがオレの前に屈み込む。うん。嫌な予感。
「綿毛ちゃん! お手!」
『……これ楽しいの?』
渋々手を乗っけると、坊ちゃんは目をキラキラさせる。
「すごいでしょ! 俺が教えたんだよ!」
「左様で」
「もっとすごいのできるよ! 綿毛ちゃん! バク転して!」
『なに言ってんの、この子』
驚きのあまり震えるオレ。坊ちゃんは、無邪気に「後ろにジャンプするんだよ。くるっとまわって!」とオレを持ち上げようとしてくる。
『無理無理無理』
「やればできるよ!」
『限度があるよ?』
オレそんなのやったことないし。できるなんて言ったこともないけど?
なぜか「綿毛ちゃん、すごいんだよ。なんでもできるの」と、セドリックさんに語りかける坊ちゃん。やめて。団長さんに変な期待を持たせないで。オレは単なる毛玉だから。そんな曲芸できないよ。
「綿毛ちゃん、はやくして」
『無理って言ってるでしょ』
「やってぇ!」
『いやいや、無理だって』
しまいには、オレを引きずってバク転とやらをさせようとしてくる。
「セドリック! そっち持って!」
『持たなくていいよ!?』
オレの後ろ足を持てと、とんでもない指示を出す坊ちゃん。セドリックさんは、どこか遠くを見つめている。
「セドリック、真面目にやって! 綿毛ちゃんを後ろに回すんだよ。こうやって!」
『坊ちゃん。一回落ち着こう?』
「綿毛ちゃんは関係ないから黙ってて」
『オレが一番の関係者ですけど?』
オレの前足を握ったまま、離れてくれないルイス坊ちゃんは諦めが悪い。「セドリック! ちゃんとやって!」と、セドリックさんにも強めに指示を出している。
「……団長が絡まれてる」
そんな騒動の中、ひょっこり戻ってきたレナルドさんが、珍しいものを見たと口角を上げた。
そんなレナルドさんに、無言で助けを求めるセドリックさん。いやだから。今一番助けを求めているのはオレなんだけどね?
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