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14歳

386 拗ねちゃった

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「おい」
「……」
「おい、ルイス」

 ぼんやり顔を上げると、怪訝な表情のユリスがいた。タイラーとジャンも心配そうな表情だ。レナルドはどこかへ行った。

「……なに?」
「なに、じゃないだろ。食べないのか?」

 示されたのは、テーブルに置かれたパン。なんか甘いやつ。前にユリスが買ってきてくれたのと同じ物。美味しいと言ったところ、たまに買ってきてくれる。

 今日も研究所の帰りに買ってきてくれたらしいが、俺が手をつけないので、ムスッとした顔だ。

「食べるけど」
「なんだ。ジェフリーのことを鬱陶しいと思っていたのでは? 帰ってくれて、よかったじゃないか」
「うーん。帰ってほしかったわけじゃ」

 ジェフリーに、お付き合いはできないと伝えた翌日のことである。突然、彼はアーキア公爵家に戻ってしまった。

 一緒に遊ぼうって約束したのに。

 なんで帰ってしまうのか。俺が振ったから? 余計なことを言わない方がよかった?

 ジェフリーは、長期滞在するのは申し訳ないと言っていた。そんなの建前だ。

「俺、ジェフリーに嫌われたかな」
「別にいいだろ。あいつに嫌われてなにか問題でも?」

 こちらの方が立場は上だ。気にする必要ないと一蹴するユリスに、眉を寄せる。そういう話じゃないんだよ。

「ユリスは、ちゃんと友達いる?」
「なんだ突然」

 心配になって尋ねれば、彼は面倒くさそうに腕を組む。

 ユリスはなんというか、知り合いはたくさんいるんだろうけど。親友とか居ないんじゃないかと心配になる。デニスとは比較的よく遊んでいるが、デニスを相手にした時のユリスはちょっと偉そうだ。あれは対等な親友ではなく、デニスを下に見ている。俺にはわかる。

「オーガス兄様には、ラッセルがいるじゃん」
「あれは友達なのか?」
「うん。親友だって言ってた」

 初めは怪しかったが、最近では普通に親友だと思う。王立騎士団所属のラッセルは、忖度が大好きなお兄さんだ。オーガス兄様にも忖度していたらしいが、オーガス兄様が鈍すぎて、忖度されていることに気がつかないと困っていた。

「ラッセルは、オーガス兄様に色々教えてあげてるんだよ」

 純粋すぎる兄様を心配して、なんかちょいちょい情報を持ってきている。

「ブルース兄様は、アロンと仲良しだし」
「あれは仲いいのか?」

 あのふたりは、不仲に見えてそうでもない。アロンは、ブルース兄様のことをよく遊びに誘っている。これはオーガス兄様から聞いた話なのだが、ブルース兄様に色々教えたのはアロンらしい。まぁ、教えたといってもお酒の飲み方とか夜遊びとか、そんな感じのものらしいけど。たまに酔い潰れたブルース兄様を、嫌々面倒みているのもアロンだ。

「ジェフリーと、また遊べるよね?」

 俺から逃げるように帰ってしまったジェフリー。屋敷が途端に静かになったように感じてしまう。これでまた末っ子に戻ってしまう。もうちょっとお兄ちゃんやってもよかったのに。

「いつでも遊びに行けばいいだろ」

 素っ気なく返してくるユリスは、パンの乗った皿を押しやってくる。

「うん。そうだね」

 別に絶交されたわけでもない。会えない距離というわけでもない。

 ジェフリーにも、考える時間が必要だったのかもしれない。

「これ美味しい!」

 気を取り直して、パンを食べる。すかさず綿毛ちゃんが『オレにもちょーだい』と寄ってくる。この毛玉は、近頃図々しくなった。俺がなにか食べていると、必ずと言っていいほど奪いにくる。

 仕方がないので、少しだけちぎって分けてあげる。たいして味わうこともなく飲み込んでしまう綿毛ちゃんは『これだけ?』と首を傾げてくる。図々しいぞ。

「ユリスはさぁ」
「ん」
「末っ子やりたいとか思わない?」
「思わない」

 きっぱりと否定したユリスは、偉そうに足を組む。タイラーが「お行儀悪いですよ」と注意している。

「ユリスって、最近ブルース兄様に似てきたよね」
「は?」

 喋り方とか、態度がそっくりだ。
 綿毛ちゃんも『そういや、そうだねぇ』と同意見。

 けれども、ユリスは「そんなわけないだろ」と苦い顔だ。ブルース兄様に似ていると指摘されて不機嫌になってしまうなんて。相変わらず、こいつは兄の扱いが雑である。

 だが、そんな表情もブルース兄様そっくりなんだよな。

 ニマニマしていれば、「笑うな」と無茶な要求をされてしまった。


※※※


「ロニー!」

 騎士棟にて。
 副団長室に駆け込めば、ロニーがにこやかに出迎えてくれる。

「ロニー、一緒に遊ぼう」

 腕を引いてお願いすれば、ロニーは「いいですよ」と二つ返事で了承してくれた。綿毛ちゃんが『ロニーさん、久しぶり』と飛びついている。

 ジェフリーが居なくなり、なんだか暇になった俺は無性にロニーに会いたくなった。優しい笑顔を見ていると、すごくホッとする。レナルドは、腰が痛いとかふざけたこと言って俺とはあんまり遊んでくれない。

 ここに来る前に、「なんで俺じゃなくてロニーなんですか!」と、不機嫌アロンに絡まれたが、俺は頑張った。アロンとは後で遊んであげると言い聞かせて、なんとか撒いてきたのだ。俺は今、ロニーと遊びたい気分なの。

 ロニーと手を繋いで、腕をぶんぶん振り回しておく。苦笑しながらも付き合ってくれるロニーに、ユリスがパンを買ってきてくれたと教えてあげる。

「ジェフリー、帰っちゃった。俺もう少し遊びたかったのに」
「そうですか」

 眉尻を下げてちょっと困ったように佇むロニー。

「俺。ジェフリーに色々教えてあげるって約束したのに」

 そのために勉強だってしたし、俺なりに結構頑張った。やっぱり弟扱いは嫌だったのかな。でも変に期待させるような態度をとるのも良くない。肩を落としていれば、ロニーがそっと背中に手をあててくれた。その優しい手つきに、にこにこと頬が緩んでしまう。

「あ。そういえば、アロンが何歳か知ってる?」
「え。アロン殿ですか?」

 ふと思い出して尋ねてみるが、ロニーは小首を傾げてしまう。

 アロンは、俺が彼の年齢を知らないことにキレていた。その後、何度か「何歳?」と訊いてみたのだが、「別にいいですよ」と拗ねてしまって教えてくれない。面倒な大人である。

 だが、ロニーも知らないという。タイラーもジャンも知らないと言っていた。唯一、レナルドだけが「たしかニックと同い年って言ってましたけど」との情報をくれた。

 そこでニックに年齢を尋ねに行ったのだが、彼は生憎とセドリックの尾行で忙しかったらしい。「え? 俺の年齢? 見ればわかるでしょ!」とかなんとか適当にあしらわれてしまった。こっちは見てもわかんないから訊いてんだけどな。

 こんな感じで、地味に苦労している。

「アロンがね、拗ねてるの。俺が誕生日お祝いしなかったことを今更思い出したんだって」

 これまでそんなこと言わなかったのに。突然、「俺、ルイス様に誕生日祝ってもらったことないです」と言われた。「俺は毎年、ルイス様のお祝いしてますよね」と、強めに詰め寄られてしまった。

 そんなこと言われても。俺、アロンの誕生日とか知らないし。

 それにアロンがくれるプレゼントもなぁ。

 特に十三歳の時にもらった指輪は、いまだに持て余している。戸棚の奥に隠しているのだが、アロンはなんだかつけてほしそうな顔をしている。指輪をつける場面って、正直ピンとこないんだよな。

「アロンって。なんか面倒だよね」

 思わずこぼせば、ロニーがくすくすと微笑む。

「そうですね。困った人ですね」
「うん。そうだね」

 ロニーも、時折アロンに理不尽な絡まれ方をしている。アロンのすごいところは、自分の気に食わない状況になると、すぐさま素直に気に食わないと主張できるところだ。

「なんか一瞬だけ大人っぽく振る舞ってたけどね。ジェフリーが帰ってからすぐやめちゃったみたい」

 一時期は、ジェフリーに対抗して大人の余裕を見せつけようとしていたらしい。レナルドがそう言っていた。けれども、そのジェフリーがアーキア公爵家に戻ってしまい、また元の我儘アロンになってしまったのだ。

 とりあえず、アロンの年齢を探らないと。まったく面倒な大人だなぁ。
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