冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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14歳

385 はっきり言う

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「あ、あのね。ジェフリー」

 ジェフリーの手をとって、立ち止まるように促す。きょとんとした顔のジェフリーは、こてりと首を傾げる。そのあどけない仕草に、俺はちょっと躊躇する。結局「なんでもない」という言葉で誤魔化してしまう。それの繰り返し。

 ジェフリーの気持ちには、応えることができない。

 何度考えても、ジェフリーをそういう意味で好きにはなれない。俺にとってのジェフリーは、俺に懐いてくれる可愛い弟分的な存在だ。

 それを伝えようとするのだが、いざジェフリーの顔を見ると言葉が出てこない。恋人にはなれないと伝えたところで、「もっと頑張ります!」という前向きすぎる言葉が返ってきたらどうしよう。

 はぁっと、口からため息がこぼれる。

 ジェフリーのいない一瞬の隙が、唯一安らげる時間だ。俺は勉強しないといけないからと嘘までついて、ジェフリーを部屋から追い出したのがつい先程のこと。客室で本でも読んで待ってます、とにこにこするジェフリーに罪悪感がわいてくる。

 なんだかずっとモヤモヤした気分だ。

「俺がジェフリーに帰れって言いましょうか?」

 テーブルに突っ伏す俺を見兼ねたアロンが、そんな提案をしてくる。こいつはずっと俺の側にいる。ブルース兄様がキレていた。おサボりはよくないと思う。

「うーん。そこまでしなくていいよ」
『オレもう暇! ジェフリーくんの前で喋ってもいい?』
「ダメ」

 前足をペシペシする綿毛ちゃんは、今の状況が不満すぎて苛々しているらしい。苛々毛玉になっている。そんな毛玉を、ジャンが必死に触って角を隠そうとしている。ジャンは意外と不器用なのかもしれない。毎度、綿毛ちゃんをボサボサにしている。

 レナルドは、やる気なさそうに壁にもたれている。

「ジェフリーと遊ぶのは楽しいけど」

 楽しいんだけど。時折みせる積極的な行動に面食らってしまう。

「どうすればいいかなぁ」

 こういう時の対処法がわからない。俺は一体どうするべきなのか。

「正直に、今のお気持ちを伝えたらどうですか」

 緩く笑うレナルドの言うことも一理ある。多分それが正しくて誠実な対応なのだろう。分かってはいるのだが、本人を目の前にすると言葉が出てこなくなる。泣いちゃったらどうしよう、またティアンを引き合いに出されたらどうしよう。迷うあまり、なかなか伝えられない。

 ティアンは俺よりもお兄さんだった。ティアンを見て微笑ましいとか、俺がしっかりしなくちゃという気持ちになったことはない。
 だから、俺がティアンに感じる気持ちとジェフリーに感じる気持ちはまったく別物だ。それなのに、ティアンを重ねていると言われてしまうのが、どうしようもなく歯痒い。

「ジェフリーは納得しないかもしれない」

 だから迷っているのだと伝えれば、レナルドは「そりゃ簡単には納得しないでしょうね」と腕を組む。

「でも納得しないかもといって、いつまでも期待を持たせるのは逆に酷ですよ。誰だって自分を否定されれば嫌な気分にもなります。でも、それを理由にいつまでも足踏みしているわけにはいかないでしょう」

 ね? と、なぜかアロンに視線を投げたレナルドは、ちょっと意地悪な顔をしていた。「うるさい」と小声でアロンが怒っている。なんでアロンが不機嫌になるんだよ。

 しかし、レナルドの言うことはもっともだ。

 ジェフリーの返答が予想できないからといって、うじうじ悩んでいては前に進めない。

「俺、ジェフリーにちゃんと言ってみる」

 それがいいよね? と、アロンに問うてみれば、彼は動揺したように大きく肩を揺らした。

「なんで俺に訊くんですか」
「なんでって。そこに居たから」

 別に深い意味はない。
 どうなの? と再度問いかければ、アロンはなにかを言おうと口を開くが、すぐに思い直したのか。ぴたりと口を閉じると、大きく息を吸った。

 なに? 心の準備? なんで今?

 困惑する俺をよそに、にこりと余裕の笑みを浮かべたアロンは爽やかだった。

「そうですね。ルイス様の正直な気持ちを伝える方がいいと思いますよ」
「う、うん」

 猫被りアロンだ。出会った当初のような、優しいお兄さんのお面を被った、よそ行きアロンだ。突然どうした。

「アロン。体調でも悪いの?」
「いいえ」
「あ、そう」

 おかしい。いつものアロンだったら「はやく追い返しましょうよ! きっぱり振ってやればいいじゃないですか!」くらいは言いそうなのに。

 なんでか大人しいアロンは、余裕の表情だ。ジェフリーがお子様だから、大人の対応をしようとしているのかな。アロンでもそういうことするんだな。


※※※


 夕食前。
 俺の部屋で猫を撫でるジェフリーに、ちらりと視線を遣る。

 はっきり伝えると決意した俺を気遣って、レナルドもジャンも部屋を出て行った。アロンは、ブルース兄様に怒られて渋々仕事へと戻っていた。

 部屋には、俺とジェフリーのふたりきり。犬と猫もいるけど、こいつらはいいだろう。

 ばくばくと緊張する心臓を宥めようと、息を吸う。

 ジェフリーが、どこまで俺の言葉を真剣に聞き入れてくれるかは不明だが、俺は俺で頑張るだけだ。

 席を立って、床で猫を触るジェフリーの隣にしゃがみ込む。横からそっと猫を撫でて、ひとりこくこくと頷いて、決意を固めた。

「ジェフリー」
「はい?」

 きょとんと顔を上げたジェフリーに、一瞬だけ決意が揺らぎそうになる。だが、ここで逃げるとまた悶々とする日々に逆戻りだ。

「あの、ちょっといいかな」

 できるだけ平静を装って。
 なんでもない顔を作って口を開く。

「あの、ジェフリーが俺のこと好きって言ってくれたじゃん」
「……はい」

 手を止めるジェフリーは、途端に表情を固くする。ぎゅっと両手の拳を握りしめるジェフリー。

「あの返事、もうちょっと待つって言ったけどさ。やっぱり今いいかな」

 無言のジェフリーは、ダメとは言わない。けれども、俺の返答が予想できたのだろう。はやくも泣きそうな顔をしている。

「俺は、ジェフリーのこと弟みたいって思ってる。だから、ジェフリーと付き合うとかさ。そういうことはできない」
「……」
「あのね。俺ずっと弟ほしかったの。それで、ジェフリーのこと弟みたいだなって」
「……」
「なんか、えっと。ごめんね」

 たどたどしく言葉を紡ぐ俺に、ジェフリーは俯いてしまう。返事がないことが不安になり、綿毛ちゃんを捕まえて抱っこする。

「それにさ。俺そんなに大人じゃないし。なんか、頑張ってお兄さんやってるだけで」

 ジェフリーを前にして、お兄さんぶるのも楽しいといえば楽しい。でもそれは時々であればという話であって、四六時中やるのは疲れてしまう。かっこいいお兄さんを演じるよりも、兄様たちやアロンと気楽に遊ぶ方が楽しい。

 ごめんね、と。
 ジェフリーの様子を窺うが、彼は俯いたまま顔を上げてくれない。小さく背中を丸めて、しゃがみ込むジェフリーは、床を凝視しているようであった。

「僕は、ルイス様の弟じゃないです」
「うん」

 そろそろと顔を上げたジェフリーは、両目がうるうるしていて、今にも雫が溢れそうだった。それでも泣かないようにと堪えているのか。唇を噛み締めて、ゴシゴシと袖口で目元を拭った。

「僕は、ただルイス様のことが好きってだけで」
「うん」
「でも。もう、僕とは会ってくれませんか」

 ううん、と。
 首を左右に振る。

「明日も一緒に遊ぼう。乗馬、教えてあげるって約束したし」

 綿毛ちゃんを離して、ジェフリーの頭を撫でる。柔らかい髪の毛に、俺より小さい体。やっぱりジェフリーは弟だな。

「じゃあこれからも僕と遊んでくださいね。約束ですからね」
「いいよ、約束ね」

 ひょいっと立ち上がって、ジェフリーに手を差し出す。俺の手を握って、横に並んだジェフリーは、ちょっとだけはにかむ。

 ジェフリーは、もうティアンの名前を出さなかった。俺が困ると思ったのだろうか。意外とあっさり引き下がる彼は、俺なんかよりもずっと大人だと思う。

「お菓子でも食べる?」

 夕食前だけど。今日くらいはいいかな。みんなには内緒ね、とこっそり戸棚に隠していたクッキーを開ければ、ジェフリーが「わかりました」と、くすくす笑う。

 物欲しそうな視線を向けてくる綿毛ちゃんにも、一枚だけ分けてあげた。
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