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14歳

383 不甲斐ない

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 ジェフリーは、前に比べてよく笑うようになった。手を繋いで、ふたりで庭を散歩する。寒くなってきたので、エリスちゃんはついてこない。綿毛ちゃんは、わふわふ言いながらついてくる。お喋り禁止なので、最近の綿毛ちゃんはずっと小声で吠えている。

「僕、迷惑ですか?」

 だったら帰ります、と泣きそうな顔で呟くジェフリーに、慌てて首を横に振る。アロンやユリスが、ジェフリーに「いつまで居るのか」と、頻繁に確認しているから、気にしたのだろう。

 綿毛ちゃんも、さりげなくジェフリーの足を踏んでいたりする。無言の抗議だ。

 なんでそんなにジェフリーを敵視するのか。ジェフリーはすごくいい子だ。

「ルイス様」
「ん?」
「楽しいですね」
「うん」

 特に面白いことはないのだが、ジェフリーはにこにこしている。そういう楽しそうな表情を見ると、なんだか俺もホッとする。

 相変わらず、俺たちの散歩にアロンは我が物顔でついてくる。ジャンが気まずい顔をしているからやめてやれよ。レナルドは、なんにも気にしていないけど。

 ジェフリーに手を引かれて、花壇の前にしゃがみ込む。寒くなってきたので、花はあんまり咲いていない。特に見るものはないが、隣のジェフリーはくすくすと上機嫌だ。

「ルイス様」
「んー?」

 ちょいちょいと袖を引かれて、顔を向ける。隣に屈んだジェフリーが、少しだけ背筋を伸ばして顔を近づけてきた。

「ん?」

 チュッと。頬に軽く触れた唇に、目を瞬く。頬にキスされた?

 ガバリと顔を上げて、周囲を窺う。アロンが、これでもかと目を見開いているが、口出しはしてこない。綿毛ちゃんが、ジェフリーに体当たりしている。びっくりしたらしいジェフリーが、「うわ」と綿毛ちゃんを咄嗟に捕まえようとしている。

 なんで今、キスしたの?

 訊きたいが、ジェフリーはにこにこしていて問いただせる雰囲気ではない。

 そういえば、好きになってもらえるように頑張るとか言っていた。もしかして、これがその頑張りだろうか。にしても突然キスするの?

 うーんと悩んでいれば、俺が無言なことに不安を感じたのだろうか。ジェフリーが「嫌でした?」と、瞳を揺らす。

「嫌だったら言ってくださいね」
「う、うん」

 そんな顔をされると、嫌って言いにくい。今にも泣きそうなジェフリーを見て、なんか随分と前にもこういう感情になったことがあったなと思い出す。

 あれだ。デニスだ。

 俺が十歳の時である。強引にデニスとお付き合いすることになったのだが、あの時に似ている。デニスは、すごく可愛い顔で俺に色々と要求してきた。あのくりっとした可愛らしい目で見つめられると、なんだか嫌と言い難かった。

 ジェフリーの仕草は、それに似ている。泣き出しそうな弱々しい表情とか、縋るように伸ばされる手とか。

 別にジェフリーにキスをされるのは嫌じゃない。嫌じゃないんだけど、それを見たアロンが不機嫌になったりとか、綿毛ちゃんがわふわふ吠えたりとか、ジャンが露骨に視線を泳がせたりとか。なんかそういう気まずい空気になるのが嫌なのだ。

 空気を変えようと、笑顔を作って立ち上がる。すかさずジェフリーが、俺の手を握ってくる。

 やっぱりなぁ。ジェフリーは、俺にとって可愛い弟的な存在なのかもしれない。

 だって、アロンにキスされるとざわざわした気持ちになる。なんというか、今のはどういうアレだろうかとか、難しいことを考える。

 でも、ジェフリーにキスされても、特になんとも思わないのだ。もちろん突然だったら驚きはするが、嫌だとは思わないし、特別嬉しいとも思わない。なんだろう。綿毛ちゃんとか、エリスちゃんにキスするのと似たような感覚だ。

 ジェフリーが頑張っているのはわかる。積極的に手を繋いでくるし、抱きついたりもしてくる。それを可愛いなとか、微笑ましいなと思うことはあっても、どきどきすることはないのだ。

 でも、それをジェフリーにどう伝えればいいのか。

 恋人として好きにはなれないと思うと伝えても、ジェフリーは「それは僕がティアンさんの代わりだからですか」とか言って納得しないだろう。

 ティアンではなく、ジェフリー自身を見てほしいと言う。俺は、きちんとジェフリーを見ているつもりだ。ティアンを重ねるのは、やめたはずだ。けれども、それをどうジェフリーに納得してもらえばいいのかわからない。

 それにジェフリーはまだ十二歳だ。
 たぶん、なんか色々と突っ走っている。俺と離れたくない一心から、俺のことを好きだと誤解している可能性もある。だって、出会ってから告白までが異様に速かった。

 ジェフリーに構いすぎたかな、と。少しだけ考える。

 よくユリスが「距離をとれ」と偉そうに指示してくる。出会った瞬間から、ぐいぐい行き過ぎたのかもしれない。ジェフリーは、俺が好きというより、俺に依存しているだけのようにも見える。少しでも俺が離れると、途端に不安そうな表情をするのだ。

 思い返してみても、特にジェフリーに好かれるようなことをした覚えはない。ただ普通に遊んだだけだ。遊び相手がいなくて、見知らぬ屋敷でひとりぼっち。おまけに母親が病気で離れ離れになっているという特殊な状況下において、唯一遊んでくれた俺に依存しているだけではないのか。

 しかし、ジェフリーが本気で俺を好きな可能性もある以上、そこら辺に踏み込んだ質問ができない。

 できないから、もやもやする。

 あの夜。
 待つと言ったのが間違いだったのかもしれない。やはり変な期待を持たせるようなことを、するべきではなかったのかもしれない。

 いまさら後悔しても遅いけど。

 手のひらから伝わってくる体温。うきうきと軽い足取り。無邪気に笑うジェフリーを見ていると、自分の不甲斐なさが、浮き彫りになる。
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