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14歳

382 よくないと思います

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「ジェフリーと仲良くなりすぎじゃないですか」
「なんでそんなこと言うの?」

 ジェフリーが俺から離れた隙を狙ったのか。ジェフリーが寝る準備をするために、客室に引っ込んだのと同時に、アロンが俺の部屋にやって来た。

 なんだか不機嫌っぽい彼は、「弟みたいで可愛いってことですか?」と、探るような目を向けてくる。突然どうした。

「アロンもジェフリーと仲良しじゃん。乗馬教えてあげてるでしょ」
「あれはルイス様が一緒だから。ジェフリーひとりだったら相手にもしてませんよ」
「冷たい大人だな」

 そんなはっきりと宣言しなくても。まぁ、アロンだしな。こいつに大人の対応を求めるだけ無駄だろう。

 あとは俺が面倒見ておくからと。勝手にレナルドとジャンを追い出したアロンは、我が物顔で椅子に座っている。

「夜も一緒に寝る必要あります?」
「だってジェフリーは十二歳だよ。ひとりじゃ寂しくて眠れないお年頃だから」
「んなわけないですよ。ひとりで眠れますって」

 わかったような口を利くアロンに、意外な味方が現れた。『オレも。一緒に寝なくていいと思いまーす』と、綿毛ちゃんが割り込んでくる。この援護には、アロンも驚いている。

「綿毛ちゃんまで。なんでそんなこと言うの」
『だってぇ。オレもうずっと黙ってるよ。そろそろお喋りしたいでーす』

 ここぞとばかりに文句を並べる綿毛ちゃんは、ストレスが溜まっていたらしい。前足でだんだんと床を鳴らしている。そういえば、綿毛ちゃんはお喋り好きの犬だった。

『それにさぁ。突然キスするのはよくないと思いまーす』
「は?」

 余計なことを口走る綿毛ちゃんに、アロンが低い声を出した。え、なにこの犬。なんでそんなことアロンに教えるんだ。

「キス? キスって言った?」

 案の定、綿毛ちゃんに掴みかかるアロンは怖い顔だ。

『夜中キスしてましたぁ。オレ見ちゃったもんねぇ。あとベッドの中でもずっと手を繋いでまーす』

 よくないと思いまーす、と間延びした抗議をしてくる綿毛ちゃんは、お喋りできなかったのがよっぽどストレスだったようだ。わる毛玉め。「綿毛ちゃん、黙って!」と追いかけるが、素早い毛玉は部屋中を駆けまわる。

「は? なんだあのクソガキ」

 拳を握りしめるアロンは、目が据わっている。

 これはよくない。こういう時のアロンは面倒だ。どうにかして話題をそらそうとするのだが、アロンはしつこい。「なんでキスする流れになるんですか」とか「手ばっかり繋がないでくださいよ」とか。ネチネチうるさい。

「俺も一緒に寝ます」

 しまいには、そんな宣言をしてくる。
 今日はジェフリーと寝るから無理と伝えるが、「三人で寝ましょう」とか意味不明な提案をしてくる。ジェフリーがビビるからダメだよ。

「アロンは大人だから、ひとりで寝て」
「ジェフリーはいいのに?」
「ジェフリーは十二歳だもん。アロンは、えっと。何歳だっけ?」

 とにかく大人なのだから我慢しろと言いたかったのだが、俺の「何歳だっけ?」発言に、アロンが「はぁ!?」と大声をあげる。

「俺が何歳かも知らないんですか!」
「それはだって。アロンが教えてくれないじゃん」

 普段は、アロンの年齢なんて気にもならない。なんとなくブルース兄様よりは年上だろうなと考える程度だ。それに、アロン自身が年齢の話をしない。だが、彼は理不尽にキレてくる。どうやら虫の居所が悪いようだ。

 最近はちょっとおとなしかったのに。油断するとすぐにこれだ。アロンは気に入らないことがあると遠慮なくキレてくる。

「ジェフリー戻ってくるから。帰りなよ」
「俺よりジェフリーの方が大事なんですか」
「そんなこと言ってないじゃん」

 面倒だな。綿毛ちゃんに助けを求めたいが、裏切り毛玉はふんふんと鼻息荒く歩き回っている。どうやら怒っているらしい。

『オレ、今日はユリス坊ちゃんの部屋で寝るぅ』
「なんで! ダメだから」
『だってぇ、お喋りできなくて暇なんだもん』
「ユリスは綿毛ちゃんと喋ってくれないぞ」
『いいもーん。ひとりで勝手に喋るもーん』
「裏切り毛玉め!」

 追いかけて頭を叩いてやるが、綿毛ちゃんは『痛くないもんねぇ』と強気の態度だ。なんだこの犬。

「なんでそんな意地悪言うの!」

 アロンと綿毛ちゃんを睨みつけてやるが、ふたりは対抗するかのように半眼になる。この騒動の中でも、白猫エリスちゃんは床でのびのびしている。

「ベタベタしすぎだと思います」
『そう思いまーす』

 なんだこいつら。
 不満たらたらのふたりは、珍しく結託してしまう。アロンはいつも綿毛ちゃんを冷たい目で見ているくせに。なんで今だけ仲良しになるのか。

「昼間もずっと手繋いでますよね」
『距離感近すぎると思いまーす』

 とりあえず綿毛ちゃんうるさい。
 ずっと顔をむぎゅっとしてご機嫌ななめの綿毛ちゃんは『よくないと思いまーす』と連呼している。

「ジェフリーはまだお子様なの」
「いやいやいや」

 勢いよく否定してくるアロンは、「あれはもうダメですって」と苦い声を出す。なにがダメなんだ。

「お兄ちゃんみたいとか言われたんですか?」
「……」
「弟みたいで可愛い?」
「……」

 ムスッと黙る俺であったが、またもや裏切り毛玉が余計な口を挟んでくる。

『好きって言われてましたぁ。告白されてましたぁ』
「裏切り毛玉め!」

 灰色もふもふを追いかけまわすが、一向に捕獲できない。もたもたしている間に、なぜかアロンが寄ってくる。

「俺の方が、ずっと前からルイス様のこと好きでしたけど」

 すっと手を握られて、なんだか変な緊張感が走る。ジェフリーとはずっと手を繋いでいても、なんとも思わないのに。アロンの大きい手に、落ち着かない気分になる。

「俺にも構ってくださいよ」

 拗ねたような声と共に、俺の手をとったアロンは、甲にそっとキスを落としてくる。

「ね?」

 悪戯っぽく口角をあげるアロンは、ぱっと手を離した。

 何事もなかったかのように、へらっと笑うアロンは「とにかく。ジェフリーとあんまりベタベタしないでくださいよ」と、俺の頭を撫でてくる。

「無理してお兄ちゃんやる必要ないですよ」
「……無理してないもん」
「俺にだったら、いつでも甘えてくれていいですよ」

 無理をしているつもりはない。だが、ジェフリーと一緒だと疲れるのも事実だ。なんというか、気が抜けない。

 床に座って、こちらの様子を見守っていた綿毛ちゃんを捕まえる。ユリスの部屋に行くと軽口を叩いていたが、出ていく様子はない。

「じゃあ、おやすみなさい」

 そろそろジェフリーが戻ってくる。
 もう一度、俺の頭を雑に撫でたアロンは、お兄さんっぽく優しく微笑んでいた。
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