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14歳
閑話15 お父様と遊ぼう
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「おかえりなさい! お父様」
「やあ、ルイス。お出迎えかい? 嬉しいね」
王宮に長期滞在していたお父様が、ようやく帰ってきた。玄関先で出迎えれば、お父様はにこにこと嬉しそうに微笑んでくれる。
お父様は、よく王宮に出かけている。仕事をしているらしい。仕事内容は、俺にはよくわからない。だが大事な会議などあるらしく、こうやってたまに家を空けることがある。
同行していた騎士たちに労いの言葉をかけたお父様は、自室へと向かうらしい。その後を、綿毛ちゃんと一緒に追いかける。
ジャンはお父様を前にすると、いつも以上に緊張してしまう。今もちょっと青い顔でぎこちない動作だ。なんだか見ているこちらが心配になってくる。一方のロニーは、いつもと変わらない。彼は、騎士としてお父様のおでかけに同行したことが何度かあるらしい。ロニーは優秀だもんね。
「いい子にしていたかい?」
「うん!」
「みんな変わりはないかな?」
「うん!」
お父様の部屋には、ジャンもロニーも入ってこない。綿毛ちゃんは遠慮せずに入ってきた。綿毛ちゃんは、お母様の部屋にもよく入り浸っていることを俺は知っている。俺に内緒でお菓子をもらっているのだ。悪い犬だと思う。俺がカル先生と勉強している間に、ひとりだけ楽しくお菓子を食べているのだ。
「ブルース兄様は毎日仕事してるよ。オーガス兄様も。ユリスはね、ずっと研究所に居る」
「そうかい。ルイスは? なにをしていたのかな?」
上着を脱いだお父様に、俺は待ってましたと綿毛ちゃんを捕まえた。
「見ててね!」
綿毛ちゃんと向かい合うように座り込んで、早速成果を披露する。
「綿毛ちゃん! お手!」
ペシッと無言で右の前足を俺の手に乗っけてくる綿毛ちゃんは、不服そうに目を細めている。
「見た!? すごいでしょ!」
お父様を振り返れば、「教えたの? すごいね」とのんびり声が返ってくる。『オレこれくらい普通にできるけどぉ』と、綿毛ちゃんがぐちぐち言っている。
お父様が留守の間、俺は綿毛ちゃんにお手を教えた。すごく頑張った。綿毛ちゃんは『嫌だよぉ。オレ犬じゃないもん』と文句を垂れてなかなか練習してくれなかったから苦労した。あとお座りも教えてあげた。
「お父様。しばらく屋敷にいる?」
「うん? そうだね。しばらく外出の予定はないかな」
その言葉に「ふーん」と頷いておく。お父様は、いつも忙しそうだ。なんかオーガス兄様に席を譲って引退するとか言っていたわりには、まったくその気配がない。どうやら現在の国王陛下が現役の間は頑張るつもりらしい。これにオーガス兄様が胸を撫で下ろしていた。
綿毛ちゃんの手を握って、肉球をもみもみする。
シャツの袖をまくったお父様は、「少し散歩でもしようか」と目配せしてきた。
お父様は、いつも部屋にこもっているので、一緒に遊んでくれることは滅多にない。早速、綿毛ちゃんと一緒に庭に出る。廊下で待機していたロニーとジャンも追いかけてくる。
今日はちょっと蒸し暑い。
庭に出るなり、太陽の眩しさに目を細める。「暑いね」と眉を寄せるお父様に、「噴水で遊べば涼しいよ」と教えてあげる。
「噴水?」
「うん。水を撒くんだよ。いつもアロンとやってる」
バケツで水を撒くと涼しくて楽しいのだと説明すれば、お父様は「へぇ」と目を見張る。
「アロンと仲がいいんだね」
「うん。一緒に遊んでくれる」
「それはよかった」
ジャンに頼んでバケツを持ってきてもらう。ロニーは止めたいような表情をしているが、お父様が止めないので口を出せないのだろう。
受け取ったバケツで水をくむ。頑張って持ち上げると、横からお父様に奪われた。
「これを撒くのかい?」
「うん!」
任せてと笑ったお父様は、勢いよく水を地面にぶち撒けた。アロンにも負けない思い切りの良さだ。わぁっとはしゃぐ俺に、お父様はにこにこしている。
ロニーがちょっと手を伸ばしてきたが、結局はなにも言うことなく引っこめてしまった。
「たまにはこういうのも楽しいね」
「うん!」
ジャンプする俺に、お父様は水をかけてくる。そうしてびしょ濡れになって遊んでいれば、「おい!」という鋭い声が聞こえてきた。
この不機嫌声はブルース兄様だ。
「ルイス! おまえはまた変なことをして。水遊びはやめろとあれだけ言っただ、ろ」
「やあ、ブルース」
勢いよく乗り込んできたブルース兄様であったが、バケツ片手に爽やかに笑うお父様を見て、途端に勢いを失った。なんでだよ。俺相手だと問答無用で怒鳴りつけてくるのに。
「え、あの。父上」
「なんだい」
「なにをしているのでしょうか」
困惑するブルース兄様は、ちょっと挙動不審であった。軽く肩をすくめたお父様は「水遊びだよ」と堂々と言ってのける。
「ブルースも一緒にどうだい」
「ルイスに変な遊びをさせないでください」
「おやおや。君は真面目だね」
遊び心は大事だよ、とウインクするお父様は再びバケツに水を汲んだ。
「いや、ですから父上」
「たまには息子と遊んであげないと。父親としての使命だよ」
「でしたら、もう少しまともな遊び方をしてくださいよ」
ネチネチと文句を言うブルース兄様だが、お父様はにこにこするだけで手は止めない。
「お父様! 綿毛ちゃんにも水かけて!」
『よっしゃ! いいよぉ!』
やる気満々の綿毛ちゃんは、小さく飛び跳ねてはしゃいでいる。ブルース兄様が睨みつけてくる。
「兄様も一緒に遊ぶか?」
ブルース兄様の手をとって、噴水へと引っ張っていく。「俺はいい」と、なんだか遠慮しているらしいブルース兄様は、けれども俺の手を払うことはしない。そのままお父様の前まで連れて行けば、なんだか居心地悪そうにさっと俯いてしまう兄様。
「ブルースと遊ぶのは何年ぶりかな」
「俺はいいですって」
「そんなこと言わないで」
ははっと笑いながら、ブルース兄様の頭を乱暴に撫でるお父様はご機嫌だ。対するブルース兄様は、機嫌が急降下してしまう。俺も撫でて! と割り込めば、お父様は俺の頭も撫でまわす。ちょっと雑な手つきだが、なんだか楽しい。
こほんと咳払いをするブルース兄様は、なんだか顔が赤い。
「もういいですか? 仕事があるので」
言い訳めいた言葉を並べる兄様は、そそくさと屋敷に戻ってしまう。俺が横から割り込んだから、怒ってしまったのかもしれない。でも俺もお父様と遊びたいもん。
「素直じゃないね」
ニヤリと口角を持ち上げるお父様は、今度は綿毛ちゃんをわしゃわしゃ撫でまわす。俺も一緒になって綿毛ちゃんを触った。『いや、ちょっと。やめてぇ』と、綿毛ちゃんがふるふるしている。
ジャンが持ってきてくれたタオルで髪を拭いて、ご機嫌なお父様と庭を散歩する。
「お父様は仕事ないの?」
「あるよ」
「やらなくていいの?」
「やらないといけないね」
そう言いつつも、屋敷に戻る気配のないお父様は「暑いね」と髪を掻き上げる。
「おや。あそこにいるのはオーガスかな」
楽しそうなお父様の言葉につられて前方を注視すれば、花壇の前にしゃがみ込むオーガス兄様が居た。ブルース兄様はよく花壇をいじっているけど、オーガス兄様がやるのは珍しい。「なにしてるの」と駆け寄れば、兄様はびっくりしたように顔を上げた。
「うわ、ルイスか」
気の抜けた声を発する兄様。なんだかモヤっとした気分になった俺は、お父様の背中に隠れる。「ん?」と片眉を上げるお父様は、「そういえば反抗期やってるんだっけ?」と問いかけてくる。
「懐かしいね。ブルースも一時期、オーガスのことを無視していただろう。なんでみんな君を相手に反抗期やるんだろうね」
「さ、さぁ? なんでだろう」
気まずそうに視線を逸らすオーガス兄様。
綿毛ちゃんが『オレもブルースくんの反抗期見たぁい』と我儘言っている。それはブルース兄様に言うんだ。
オーガス兄様は、花壇の手入れをしていたらしい。そんなの兄様がやらなくてもいいのに。庭師さんがいるだろう。「気分転換だよ」と頬を掻くオーガス兄様は、どうやら仕事をする気分じゃないようだ。
少し離れたところに控えているロニーとジャンに視線を投げた兄様は「ふたりとも真面目だね」と、突然褒めてくる。
「ニックはいつの間にか消えてるんだよね。セドリックのところへ行っているんだろうけど」
「あの子は、セドリックのことが好きだね」
お父様も、ニックの奇行に苦笑している。
「なんでああなったんだか」
頭を抱えるオーガス兄様は、苦労している。ニックは、しれっとセドリックの側にいる。一体なにが楽しいのだろうか。
「ねえ、お父様」
しかし、今はニックのことなんてどうでもいい。お父様と遊べるチャンスは滅多にないのだから、オーガス兄様と会話している暇もないのだ。
「木登りしよう」
「え」
きょとんとするお父様は「私が?」と苦笑してしまう。「こらこら。やめなさい」と、オーガス兄様が口を挟んでくるが無視である。
お父様の手を引っ張って、ちょうどいい木まで案内してあげる。玄関横にでっかい木がある。夏場は日陰ができるので、涼しくて遊び場にはちょうど良い。なぜかオーガス兄様もついてくる。
「危ないよ?」
小首を傾げるお父様に、登ってみてとお願いする。ちょっと渋るお父様は、無言でオーガス兄様の背中を押した。
「え?」
「オーガス。君、木登り得意だったよね」
「いえまったく!」
「まぁまぁ。遠慮しないで」
「はぁ!?」
大声を出すオーガス兄様は「あ!」とわざとらしく手を叩いた。
「僕、急ぎの仕事があったんだった。ごめんね、ルイス。また今度ね!」
そのまま屋敷に引っ込んでいったオーガス兄様を、呆然と見送る。お父様を見上げれば、「ルイス。私の部屋でお菓子でも食べるかい?」との愉快な提案があった。もちろん食べる。
綿毛ちゃんも『美味しいお菓子、食べる食べる』と飛び跳ねている。ここぞとばかりに己の存在をアピールしている。食いしん坊な犬だな。
ロニーとジャンも誘ってお茶にしよう。
楽しい時間になりそうだと微笑むお父様の手をとって、うきうきと屋敷に戻った。
「やあ、ルイス。お出迎えかい? 嬉しいね」
王宮に長期滞在していたお父様が、ようやく帰ってきた。玄関先で出迎えれば、お父様はにこにこと嬉しそうに微笑んでくれる。
お父様は、よく王宮に出かけている。仕事をしているらしい。仕事内容は、俺にはよくわからない。だが大事な会議などあるらしく、こうやってたまに家を空けることがある。
同行していた騎士たちに労いの言葉をかけたお父様は、自室へと向かうらしい。その後を、綿毛ちゃんと一緒に追いかける。
ジャンはお父様を前にすると、いつも以上に緊張してしまう。今もちょっと青い顔でぎこちない動作だ。なんだか見ているこちらが心配になってくる。一方のロニーは、いつもと変わらない。彼は、騎士としてお父様のおでかけに同行したことが何度かあるらしい。ロニーは優秀だもんね。
「いい子にしていたかい?」
「うん!」
「みんな変わりはないかな?」
「うん!」
お父様の部屋には、ジャンもロニーも入ってこない。綿毛ちゃんは遠慮せずに入ってきた。綿毛ちゃんは、お母様の部屋にもよく入り浸っていることを俺は知っている。俺に内緒でお菓子をもらっているのだ。悪い犬だと思う。俺がカル先生と勉強している間に、ひとりだけ楽しくお菓子を食べているのだ。
「ブルース兄様は毎日仕事してるよ。オーガス兄様も。ユリスはね、ずっと研究所に居る」
「そうかい。ルイスは? なにをしていたのかな?」
上着を脱いだお父様に、俺は待ってましたと綿毛ちゃんを捕まえた。
「見ててね!」
綿毛ちゃんと向かい合うように座り込んで、早速成果を披露する。
「綿毛ちゃん! お手!」
ペシッと無言で右の前足を俺の手に乗っけてくる綿毛ちゃんは、不服そうに目を細めている。
「見た!? すごいでしょ!」
お父様を振り返れば、「教えたの? すごいね」とのんびり声が返ってくる。『オレこれくらい普通にできるけどぉ』と、綿毛ちゃんがぐちぐち言っている。
お父様が留守の間、俺は綿毛ちゃんにお手を教えた。すごく頑張った。綿毛ちゃんは『嫌だよぉ。オレ犬じゃないもん』と文句を垂れてなかなか練習してくれなかったから苦労した。あとお座りも教えてあげた。
「お父様。しばらく屋敷にいる?」
「うん? そうだね。しばらく外出の予定はないかな」
その言葉に「ふーん」と頷いておく。お父様は、いつも忙しそうだ。なんかオーガス兄様に席を譲って引退するとか言っていたわりには、まったくその気配がない。どうやら現在の国王陛下が現役の間は頑張るつもりらしい。これにオーガス兄様が胸を撫で下ろしていた。
綿毛ちゃんの手を握って、肉球をもみもみする。
シャツの袖をまくったお父様は、「少し散歩でもしようか」と目配せしてきた。
お父様は、いつも部屋にこもっているので、一緒に遊んでくれることは滅多にない。早速、綿毛ちゃんと一緒に庭に出る。廊下で待機していたロニーとジャンも追いかけてくる。
今日はちょっと蒸し暑い。
庭に出るなり、太陽の眩しさに目を細める。「暑いね」と眉を寄せるお父様に、「噴水で遊べば涼しいよ」と教えてあげる。
「噴水?」
「うん。水を撒くんだよ。いつもアロンとやってる」
バケツで水を撒くと涼しくて楽しいのだと説明すれば、お父様は「へぇ」と目を見張る。
「アロンと仲がいいんだね」
「うん。一緒に遊んでくれる」
「それはよかった」
ジャンに頼んでバケツを持ってきてもらう。ロニーは止めたいような表情をしているが、お父様が止めないので口を出せないのだろう。
受け取ったバケツで水をくむ。頑張って持ち上げると、横からお父様に奪われた。
「これを撒くのかい?」
「うん!」
任せてと笑ったお父様は、勢いよく水を地面にぶち撒けた。アロンにも負けない思い切りの良さだ。わぁっとはしゃぐ俺に、お父様はにこにこしている。
ロニーがちょっと手を伸ばしてきたが、結局はなにも言うことなく引っこめてしまった。
「たまにはこういうのも楽しいね」
「うん!」
ジャンプする俺に、お父様は水をかけてくる。そうしてびしょ濡れになって遊んでいれば、「おい!」という鋭い声が聞こえてきた。
この不機嫌声はブルース兄様だ。
「ルイス! おまえはまた変なことをして。水遊びはやめろとあれだけ言っただ、ろ」
「やあ、ブルース」
勢いよく乗り込んできたブルース兄様であったが、バケツ片手に爽やかに笑うお父様を見て、途端に勢いを失った。なんでだよ。俺相手だと問答無用で怒鳴りつけてくるのに。
「え、あの。父上」
「なんだい」
「なにをしているのでしょうか」
困惑するブルース兄様は、ちょっと挙動不審であった。軽く肩をすくめたお父様は「水遊びだよ」と堂々と言ってのける。
「ブルースも一緒にどうだい」
「ルイスに変な遊びをさせないでください」
「おやおや。君は真面目だね」
遊び心は大事だよ、とウインクするお父様は再びバケツに水を汲んだ。
「いや、ですから父上」
「たまには息子と遊んであげないと。父親としての使命だよ」
「でしたら、もう少しまともな遊び方をしてくださいよ」
ネチネチと文句を言うブルース兄様だが、お父様はにこにこするだけで手は止めない。
「お父様! 綿毛ちゃんにも水かけて!」
『よっしゃ! いいよぉ!』
やる気満々の綿毛ちゃんは、小さく飛び跳ねてはしゃいでいる。ブルース兄様が睨みつけてくる。
「兄様も一緒に遊ぶか?」
ブルース兄様の手をとって、噴水へと引っ張っていく。「俺はいい」と、なんだか遠慮しているらしいブルース兄様は、けれども俺の手を払うことはしない。そのままお父様の前まで連れて行けば、なんだか居心地悪そうにさっと俯いてしまう兄様。
「ブルースと遊ぶのは何年ぶりかな」
「俺はいいですって」
「そんなこと言わないで」
ははっと笑いながら、ブルース兄様の頭を乱暴に撫でるお父様はご機嫌だ。対するブルース兄様は、機嫌が急降下してしまう。俺も撫でて! と割り込めば、お父様は俺の頭も撫でまわす。ちょっと雑な手つきだが、なんだか楽しい。
こほんと咳払いをするブルース兄様は、なんだか顔が赤い。
「もういいですか? 仕事があるので」
言い訳めいた言葉を並べる兄様は、そそくさと屋敷に戻ってしまう。俺が横から割り込んだから、怒ってしまったのかもしれない。でも俺もお父様と遊びたいもん。
「素直じゃないね」
ニヤリと口角を持ち上げるお父様は、今度は綿毛ちゃんをわしゃわしゃ撫でまわす。俺も一緒になって綿毛ちゃんを触った。『いや、ちょっと。やめてぇ』と、綿毛ちゃんがふるふるしている。
ジャンが持ってきてくれたタオルで髪を拭いて、ご機嫌なお父様と庭を散歩する。
「お父様は仕事ないの?」
「あるよ」
「やらなくていいの?」
「やらないといけないね」
そう言いつつも、屋敷に戻る気配のないお父様は「暑いね」と髪を掻き上げる。
「おや。あそこにいるのはオーガスかな」
楽しそうなお父様の言葉につられて前方を注視すれば、花壇の前にしゃがみ込むオーガス兄様が居た。ブルース兄様はよく花壇をいじっているけど、オーガス兄様がやるのは珍しい。「なにしてるの」と駆け寄れば、兄様はびっくりしたように顔を上げた。
「うわ、ルイスか」
気の抜けた声を発する兄様。なんだかモヤっとした気分になった俺は、お父様の背中に隠れる。「ん?」と片眉を上げるお父様は、「そういえば反抗期やってるんだっけ?」と問いかけてくる。
「懐かしいね。ブルースも一時期、オーガスのことを無視していただろう。なんでみんな君を相手に反抗期やるんだろうね」
「さ、さぁ? なんでだろう」
気まずそうに視線を逸らすオーガス兄様。
綿毛ちゃんが『オレもブルースくんの反抗期見たぁい』と我儘言っている。それはブルース兄様に言うんだ。
オーガス兄様は、花壇の手入れをしていたらしい。そんなの兄様がやらなくてもいいのに。庭師さんがいるだろう。「気分転換だよ」と頬を掻くオーガス兄様は、どうやら仕事をする気分じゃないようだ。
少し離れたところに控えているロニーとジャンに視線を投げた兄様は「ふたりとも真面目だね」と、突然褒めてくる。
「ニックはいつの間にか消えてるんだよね。セドリックのところへ行っているんだろうけど」
「あの子は、セドリックのことが好きだね」
お父様も、ニックの奇行に苦笑している。
「なんでああなったんだか」
頭を抱えるオーガス兄様は、苦労している。ニックは、しれっとセドリックの側にいる。一体なにが楽しいのだろうか。
「ねえ、お父様」
しかし、今はニックのことなんてどうでもいい。お父様と遊べるチャンスは滅多にないのだから、オーガス兄様と会話している暇もないのだ。
「木登りしよう」
「え」
きょとんとするお父様は「私が?」と苦笑してしまう。「こらこら。やめなさい」と、オーガス兄様が口を挟んでくるが無視である。
お父様の手を引っ張って、ちょうどいい木まで案内してあげる。玄関横にでっかい木がある。夏場は日陰ができるので、涼しくて遊び場にはちょうど良い。なぜかオーガス兄様もついてくる。
「危ないよ?」
小首を傾げるお父様に、登ってみてとお願いする。ちょっと渋るお父様は、無言でオーガス兄様の背中を押した。
「え?」
「オーガス。君、木登り得意だったよね」
「いえまったく!」
「まぁまぁ。遠慮しないで」
「はぁ!?」
大声を出すオーガス兄様は「あ!」とわざとらしく手を叩いた。
「僕、急ぎの仕事があったんだった。ごめんね、ルイス。また今度ね!」
そのまま屋敷に引っ込んでいったオーガス兄様を、呆然と見送る。お父様を見上げれば、「ルイス。私の部屋でお菓子でも食べるかい?」との愉快な提案があった。もちろん食べる。
綿毛ちゃんも『美味しいお菓子、食べる食べる』と飛び跳ねている。ここぞとばかりに己の存在をアピールしている。食いしん坊な犬だな。
ロニーとジャンも誘ってお茶にしよう。
楽しい時間になりそうだと微笑むお父様の手をとって、うきうきと屋敷に戻った。
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