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14歳
375 意外だな
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そろそろ帰ると告げれば、ジェフリーはなんだか悲しそうに目を伏せてしまう。でも今日はお泊まりの予定はないから、本当に帰らなければならない。
「また来るよ」
「本当ですか?」
「うん」
そうしてユリスたちと合流すれば、ジェフリーは居心地悪そうにデニスから顔を逸らして、離れたところに突っ立っている。ひらひらと手を振れば、少しだけ手をあげて返してくれる。
デニスは相変わらず、ユリスにベッタリだ。ユリスの方は少し面倒くさそうな態度である。
そうして馬車に乗り込んで帰路につく。
行きと同様、車内には俺とユリスのふたりだけ。しばらく小窓から顔を出してジェフリーとデニスに手を振っていたのだが、やがて見えなくなった。
ぼんやり外の景色を眺めていれば、向かいに座ったユリスが「意外だな」と呟いた。
「なにが?」
「ジェフリーと遊んだのか」
「うん」
「だったら、話くらいは聞いただろう」
「あー、うん」
おそらく妾の子供云々の件だ。ユリスの方は、デニスから話を聞いたに違いない。
「おまえのことだから。ジェフリーに優しくしてやれと、デニスに突っかかりに行くのかと」
俺がジェフリーの境遇に同情して、デニスに文句を言いに来ると考えていたらしい。
確かにジェフリーはちょっと可哀想だけど、デニスの気持ちもちょっとわかる。今までひとりっ子として可愛がられてきたのに、突然弟を名乗る奴が屋敷にやって来たら、冷たい態度をとるのも無理はない。
おそらく公爵家がジェフリーを屋敷に置くと決めたのは、デニスがひとりっ子ということも理由のひとつだと思う。
デニスになにかあれば、跡継ぎが居なくなる。だからそれに備えるような形で、ジェフリーを次男として迎え入れたのだろう。デニスはたぶん、それも気に入らないのだと思う。
もしもに備えてジェフリーを受け入れることは、デニスにとってはもしもが起こっても大丈夫という、上手く言えないけど、デニス自身の価値がちょっと下がったような気になってもおかしくはない。もちろん、ジェフリーの扱い方を見ていれば、公爵家がデニスを大事にしていることに変わりはないが、なんとなく。自分の代わりができてしまった今の状況は、デニスにとってはものすごく嫌な状況なのだろう。
だからこの件で、デニスを責めるのは違うと思う。ジェフリーに優しくしろというのは、俺が他人だから思えることだ。
それに。
「家族のことに、他人が口出しするのは、やっぱりダメだよ」
ついこの間のことだ。
フランシスとの一件を思い返していた。
あの時の彼は、概ね正しいことを言っていた。俺がヴィアン家の役に立つには政略結婚くらいしかないというのは事実だ。だが、それを家族でもないフランシスに言われると少し傷ついた。
だから、たとえ正しい主張だとしても、赤の他人が無闇矢鱈と家族の問題に首を突っ込んではいけないと思うのだ。だって俺は責任を取れないし。俺が介入することで、余計にアーキア公爵家内部が拗れた時、俺はなにもできない。
それに立場の問題もある。デニスは俺に遠慮しないから忘れがちだが、こっちは大公家であっちは公爵家だ。うちが口を挟めば、アーキア公爵家は表向きにはうちの言うことに従う方が無難だろう。俺にその気はなくても、俺が口を出すことで、家同士の問題になってしまうかもしれない。ジェフリーの件は、それくらい繊細なものだと思う。
だから深く首は突っ込まないのだと説明すれば、ユリスが変な物でも見るかのような目を向けてくる。
「おまえ、そんなこといつから考えられるようになった」
「俺に失礼だろ。毎日カル先生と勉強してるだろ。見てないの?」
「勉強するふりだけかと」
「謝れよ! 失礼だぞ」
なんだこいつ。
相変わらず失礼なユリスは、「そうか。その調子で頑張れよ」と上司みたいな労い方をしてきた。
※※※
その後も、俺はジェフリーと何度か遊んだ。
デニスは、俺が屋敷を訪れても、ジェフリーと遊ぶのであれば文句は言ってこない。
「頑張れ! ジェフリー!」
「は、はい」
ユリスと一緒にアーキア公爵家に通っては、別行動している。ユリスはデニスの相手。俺はもっぱら、ジェフリーに乗馬を教えていた。
馬に乗れるようになりたいと言い出したのは、ジェフリーの方だ。いつもアロンの愛馬であるローザを借りている。アロンはなぜか、毎度俺のおでかけに同行してくる。放置されているブルース兄様が可哀想だと思う。
ローザは、アロンと違って大人しい性格である。基本的に変な動きはしないし、こっちが触れても暴れることはない。だからジェフリーの練習相手としてはピッタリだった。大きいのがちょっと難点だけど。
俺が先にローザに跨って、上からジェフリーに手を伸ばす。アロンが下でサポートしているが、ジェフリーはちょっと怖いらしい。目をつむって手を伸ばすジェフリーに「目開けて」と言ってみるが、彼は開けない。見えないと乗れないだろうが。
「頑張れ!」
最終的には、アロンがジェフリーのことを持ち上げていた。レナルドは腰痛いと言って手伝ってくれない。ジャンは俺とジェフリーが怪我しないかとハラハラ見守っている。
そうして俺とアロンのふたりがかりでジェフリーを馬上に引き上げることに成功した。俺がジェフリーを背後から抱きしめるような形でふたり乗りする。
おそるおそるといった様子で、ようやく目を開けたジェフリーは「すごい」と呟いた。
「高いですね」
「頑張ったね」
視界が上がってすごく楽しい。ちょっと歩かせてみれば、ジェフリーが体を硬直させる。そんなにビビらなくても。いや、でも最初は怖いよな。
昔クレイグ団長と一緒に練習した時のことを思い出す。彼は、俺がおろせと言ってもお構いなしに馬を歩かせるので、怖い思いをした。
一旦馬を止めてみる。ちょっとビビりながらも遠くの景色に目をやるジェフリーは、なんだか楽しそうだ。
「楽しい?」
一応確認すれば、彼は前を向いたまま小さく頷いた。たぶん、馬に乗ったまま後ろを振り返るのが怖いんだろう。ふふっと、笑いが込み上げてくる。昔の自分を見ているようで、なんだか微笑ましい気持ちになる。
「また来るよ」
「本当ですか?」
「うん」
そうしてユリスたちと合流すれば、ジェフリーは居心地悪そうにデニスから顔を逸らして、離れたところに突っ立っている。ひらひらと手を振れば、少しだけ手をあげて返してくれる。
デニスは相変わらず、ユリスにベッタリだ。ユリスの方は少し面倒くさそうな態度である。
そうして馬車に乗り込んで帰路につく。
行きと同様、車内には俺とユリスのふたりだけ。しばらく小窓から顔を出してジェフリーとデニスに手を振っていたのだが、やがて見えなくなった。
ぼんやり外の景色を眺めていれば、向かいに座ったユリスが「意外だな」と呟いた。
「なにが?」
「ジェフリーと遊んだのか」
「うん」
「だったら、話くらいは聞いただろう」
「あー、うん」
おそらく妾の子供云々の件だ。ユリスの方は、デニスから話を聞いたに違いない。
「おまえのことだから。ジェフリーに優しくしてやれと、デニスに突っかかりに行くのかと」
俺がジェフリーの境遇に同情して、デニスに文句を言いに来ると考えていたらしい。
確かにジェフリーはちょっと可哀想だけど、デニスの気持ちもちょっとわかる。今までひとりっ子として可愛がられてきたのに、突然弟を名乗る奴が屋敷にやって来たら、冷たい態度をとるのも無理はない。
おそらく公爵家がジェフリーを屋敷に置くと決めたのは、デニスがひとりっ子ということも理由のひとつだと思う。
デニスになにかあれば、跡継ぎが居なくなる。だからそれに備えるような形で、ジェフリーを次男として迎え入れたのだろう。デニスはたぶん、それも気に入らないのだと思う。
もしもに備えてジェフリーを受け入れることは、デニスにとってはもしもが起こっても大丈夫という、上手く言えないけど、デニス自身の価値がちょっと下がったような気になってもおかしくはない。もちろん、ジェフリーの扱い方を見ていれば、公爵家がデニスを大事にしていることに変わりはないが、なんとなく。自分の代わりができてしまった今の状況は、デニスにとってはものすごく嫌な状況なのだろう。
だからこの件で、デニスを責めるのは違うと思う。ジェフリーに優しくしろというのは、俺が他人だから思えることだ。
それに。
「家族のことに、他人が口出しするのは、やっぱりダメだよ」
ついこの間のことだ。
フランシスとの一件を思い返していた。
あの時の彼は、概ね正しいことを言っていた。俺がヴィアン家の役に立つには政略結婚くらいしかないというのは事実だ。だが、それを家族でもないフランシスに言われると少し傷ついた。
だから、たとえ正しい主張だとしても、赤の他人が無闇矢鱈と家族の問題に首を突っ込んではいけないと思うのだ。だって俺は責任を取れないし。俺が介入することで、余計にアーキア公爵家内部が拗れた時、俺はなにもできない。
それに立場の問題もある。デニスは俺に遠慮しないから忘れがちだが、こっちは大公家であっちは公爵家だ。うちが口を挟めば、アーキア公爵家は表向きにはうちの言うことに従う方が無難だろう。俺にその気はなくても、俺が口を出すことで、家同士の問題になってしまうかもしれない。ジェフリーの件は、それくらい繊細なものだと思う。
だから深く首は突っ込まないのだと説明すれば、ユリスが変な物でも見るかのような目を向けてくる。
「おまえ、そんなこといつから考えられるようになった」
「俺に失礼だろ。毎日カル先生と勉強してるだろ。見てないの?」
「勉強するふりだけかと」
「謝れよ! 失礼だぞ」
なんだこいつ。
相変わらず失礼なユリスは、「そうか。その調子で頑張れよ」と上司みたいな労い方をしてきた。
※※※
その後も、俺はジェフリーと何度か遊んだ。
デニスは、俺が屋敷を訪れても、ジェフリーと遊ぶのであれば文句は言ってこない。
「頑張れ! ジェフリー!」
「は、はい」
ユリスと一緒にアーキア公爵家に通っては、別行動している。ユリスはデニスの相手。俺はもっぱら、ジェフリーに乗馬を教えていた。
馬に乗れるようになりたいと言い出したのは、ジェフリーの方だ。いつもアロンの愛馬であるローザを借りている。アロンはなぜか、毎度俺のおでかけに同行してくる。放置されているブルース兄様が可哀想だと思う。
ローザは、アロンと違って大人しい性格である。基本的に変な動きはしないし、こっちが触れても暴れることはない。だからジェフリーの練習相手としてはピッタリだった。大きいのがちょっと難点だけど。
俺が先にローザに跨って、上からジェフリーに手を伸ばす。アロンが下でサポートしているが、ジェフリーはちょっと怖いらしい。目をつむって手を伸ばすジェフリーに「目開けて」と言ってみるが、彼は開けない。見えないと乗れないだろうが。
「頑張れ!」
最終的には、アロンがジェフリーのことを持ち上げていた。レナルドは腰痛いと言って手伝ってくれない。ジャンは俺とジェフリーが怪我しないかとハラハラ見守っている。
そうして俺とアロンのふたりがかりでジェフリーを馬上に引き上げることに成功した。俺がジェフリーを背後から抱きしめるような形でふたり乗りする。
おそるおそるといった様子で、ようやく目を開けたジェフリーは「すごい」と呟いた。
「高いですね」
「頑張ったね」
視界が上がってすごく楽しい。ちょっと歩かせてみれば、ジェフリーが体を硬直させる。そんなにビビらなくても。いや、でも最初は怖いよな。
昔クレイグ団長と一緒に練習した時のことを思い出す。彼は、俺がおろせと言ってもお構いなしに馬を歩かせるので、怖い思いをした。
一旦馬を止めてみる。ちょっとビビりながらも遠くの景色に目をやるジェフリーは、なんだか楽しそうだ。
「楽しい?」
一応確認すれば、彼は前を向いたまま小さく頷いた。たぶん、馬に乗ったまま後ろを振り返るのが怖いんだろう。ふふっと、笑いが込み上げてくる。昔の自分を見ているようで、なんだか微笑ましい気持ちになる。
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