冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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14歳

371 後任

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「レナルド! なにしてるの!」
「いやちょっと待ってくださいよ」

 早くして、とレナルドを急かせば、彼はげんなりとした顔で俯いてしまう。

「あのですね、ルイス様」
「なに」
「俺もう三十代後半なんですよ」
「うん。で?」
「腰が痛い」

 もう無理と顔を覆ってしまうレナルドは「こんなに大変なら副団長やればよかった」と呟いている。

 ロニーは俺の護衛を外れた。その代わりにやってきたレナルドは、愉快なお兄さんである。

 クレイグ団長がうちを辞めてから、しばらくの間は騎士団が慌ただしくしていた。新しく団長になったセドリックは、なんだかキリッとした表情で偉そうに腕を組んでいた。彼なりに、精一杯団長らしく振舞っているつもりだったのだろう。思い返せば、クレイグ団長はよく部下を前にして仁王立ちしていた。それを真似ていたらしい。

 けれども、ロニーが不思議そうな顔で「なんでそんなに偉そうに?」と問いかけたものだから、やっぱり思い直したらしい。数日後には、いつもの無表情やる気なしセドリックに戻っていた。

 ロニーは、副団長になっても特に大きな変化はなかった。相変わらず、にこにこしている。俺と会えば少し立ち話もしてくれるし、時間があれば一緒に猫を撫でてくれる。セドリックは俺とはまったく遊んでくれない。

 クレイグ団長は、辞める時に色々と挨拶まわりをしていた。みんな労っていたが、ブルース兄様だけは少し不満そうな顔であった。ティアンが戻ってくるまでは残っていてほしかったようである。

 そのティアンが戻ってくるのは、あと一年ほど。ブルース兄様の不満を、苦笑をまじえて受け流すクレイグ団長は強かった。

 そんなクレイグ団長は、俺に対して「無茶なことはしないように」という抽象的なアドバイスを残して行った。無茶なことってなんだろう。クレイグ団長は、いつも俺の遊び方に文句をつけていた。だから無茶な遊び方をするなという意味だと理解しておいた。

 そんな感じで色々と変わったヴィアン家にて。

 俺はレナルドを引き連れて、騎士棟裏の森を探検していた。

 以前は絶対に立ち入るなと言われていた森であるが、近頃は入ってもあまり怒られなくなった。とはいえ、入るのは騎士たちも見回りで立ち入るような安全性が確認されている場所だけで、奥の方へは立ち入ってはいけないと言われている。

 先を急ぐ俺と綿毛ちゃん。
 少し離れてレナルドが疲れた顔で続く。そのさらに後ろからは、ジャンもついてくる。

 レナルドは、なんだか面倒くさい人であった。俺と遊んでくれるのだが、少し経つと「腰が痛い」と言い出す。なんかもう毎日のように言っている。

 俺は、腰が痛いという彼の言葉は、嘘じゃないかと疑っている。だって、レナルドは騎士である。副団長の候補にあがっていたくらいだし、相当実力はあると思われる。そんな彼が、少し動くと腰痛いと言い出すのだ。絶対に嘘だと思う。

「レナルド! 頑張れ!」
『がんばれぇー』

 俺と綿毛ちゃんで応援するが、レナルドは浮かない表情で「疲れた。腰痛い」と文句を言っている。ジャンは平気な顔なのに。

 そうして不満たらたらのレナルドを励ましつつ、森の中の湖に到着した。肌寒い季節なので、流石に泳ぎはしないのだが、ジャンが心配そうな目を向けてくる。

「ここが綿毛ちゃんの実家かぁ」
『実家っていうか。うん。しばらくここら辺に住んでたよぉ』

 綿毛ちゃんは、俺の前に姿を現す前。ここでひとりで魔導書を守っていたらしい。その魔導書は、現在ユリスが所持している。

「レナルド。綿毛ちゃん、ここに住んでたんだよ」
「へぇ。こんなところに」

 周囲を見渡して、特になにもないことを確認したレナルド。ここは森が開けた場所で、湖以外には草木があるだけ。

「綿毛ちゃん。ここに住んで楽しいの?」
『楽しくはないよ。なにもないし』
「毎日なにしてたの?」
『なにも。暇すぎて寝てたよ』

 その間に、オーガス兄様とユリスが魔導書を持ち去ってしまったらしい。お間抜け毛玉だな。

 ひと通り湖の周りを歩いてみるが、特に変わったものはない。湖で泳げない今、ここに居座っても楽しいことはなかった。

「明日はデニスの家に行くんだけど。綿毛ちゃんも行く?」
『オレは留守番しておくよ』

 角がバレたら大変だと遠慮しているらしい。確かに相手はあのデニスだ。綿毛ちゃんが変な犬だとバレたら、大変な騒ぎになりそうだ。綿毛ちゃんには、お留守番してもらうのがいいだろう。

 ロニーは副団長になったので、明日のお出かけにはついてこない。代わりにレナルドとタイラー、それになぜかアロンも同行することになった。アロンが頑張ってブルース兄様を説得していた。

「レナルドは、どうして副団長辞退したの?」

 一番の候補は彼だったと、アロンから聞いた。レナルド本人が強く辞退したため、結局はロニーになったのだが。出世のチャンスを諦めるなんて、どういうつもりなのだろうか。

「いやぁ、そういうのは若い奴に任せた方が後々いいですからね。俺が副団長になったとしても、どうせすぐに辞めることになるんで。それよりは、若い奴に経験積ませた方が全体のためになるってもんですよ」

 レナルドいわく、副団長は団長よりも若い人の方がいいらしい。そうすると、団長が辞めても副団長がそのまま上にあがれるからだ。今回の件がまさしくそれだ。団長、副団長が近い時期に一緒に辞めてしまうと、騎士団全体が混乱に陥ってしまう。だから自分は望ましくないとレナルドは言う。確かに、団長になったセドリックが年齢を理由に騎士団を辞める時、レナルドも年齢的に辞める時期だろう。

 レナルドは、適当に見えて様々なことを考えている。彼はいつも、将来のことや全体のことを優先しているような気がする。

「レナルド、いい人だね」
「はは、どうも」

 からりと笑うレナルドは、照れたように頭を掻いていた。
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