冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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14歳

370 最近楽しい

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「アロン! 一緒遊ぼう!」
「いいですよ」

 本日も暇な俺は、ブルース兄様の部屋へと駆け込んだ。お目当ての人物は、にこにこと出迎えてくれる。

 最近、アロンと遊ぶのがすごく楽しい。
 前から比較的俺とは遊んでくれる人だったけど、ますます遊んでくれるようになった。俺の誘いは、基本的に断らないのだ。

「おまえ、真面目に仕事しろよ」
「してますけど?」

 真顔でブルース兄様に返答するアロンは、相変わらず清々しい。ブルース兄様が、頭を抱えている。

「弟さんをとられて嫉妬ですか?」
「うるさい」

 果敢にブルース兄様を揶揄うアロンは、楽しそうにニヤニヤしている。俺を小馬鹿にする時のユリスとそっくりの表情だ。

「おまえ、勉強するとか言っていなかったか」
「朝やった」

 突然嫌なことを言い出すブルース兄様は、どうやらオーガス兄様から、俺が勉強する宣言をしたと聞いたらしい。オーガス兄様め。なんでブルース兄様に教えてしまうのか。

 オーガス兄様には勉強すると確かに言ったが、一日中やるとは言っていない。でも俺なりに頑張っている。最近では、ユリスにも色々と教えてもらっている。プライドは捨てた。

 それとレナルドとも勉強を始めた。ロニーが副団長になるので、俺の護衛がいなくなる。その後任が、やはりレナルドだった。

 レナルドは愉快なお兄さんだ。アロンに似て適当なところもあるが、基本的には真面目だ。新しい副団長はレナルドに、という意見もあったくらいだ。

 俺はこれでも結構頑張っている。
 綿毛ちゃんも『最近ちゃんと勉強してて偉いねぇ』と言ってくれる。

「アロン。温室行こう」
「いいですよ」

 季節は冬に移り変わりつつある。ちょっと肌寒い日が続いていた。ここは、温室で遊ぶべきだと思う。

 綿毛ちゃんとエリスちゃんも誘おう。
 一旦部屋に戻ると告げれば、玄関先で待ち合わせることになった。

 兄様の部屋を飛び出せば、廊下に待機していたジャンと目が合う。「温室行くよ」と声をかければ、にこりと応じてくれた。

 そうして渋る綿毛ちゃんを引きずりながら、ようやく玄関先へと到着した。白猫エリスちゃんは、ジャンに抱っこされて大人しい。

「ロニーは?」

 探すように視線を彷徨わせたアロンに、ロニーは騎士棟にいると教えてあげる。クレイグ団長に呼び出されていた。そろそろ団長も辞めてしまう。セドリックのやる気のない姿を心配した団長が、根気強く引き継ぎ作業をしていると聞いた。きっと団長は、セドリックのやる気のなさが不安で仕方がないのだろう。

 セドリックは、相変わらずやる気がない。やる気はないが、やるべき仕事はきちんとやる人なので、大丈夫だと思う。

「はい、アロン」

 暇そうに突っ立っているアロンに、綿毛ちゃんを渡してあげる。反射的に受け取ったアロンは、腕の中の綿毛ちゃんを変な目で見下ろす。

『どうもぉ』

 綿毛ちゃんのご挨拶を無視したアロンは、そっと地面に毛玉をおろしてしまう。

「綿毛ちゃん。もふもふ」
「俺、犬にはあんまり興味ないんで」
「俺も。猫派だから」
『酷い』

 アロンは、綿毛ちゃんとはあまり会話しない。名前も呼ばない。動物好きじゃないのかな?

 温室に行けば、そこにはオーガス兄様がいた。
 ひとりで読書をしていた兄様は、俺たちに気がつくと「もう温室で遊ぶ季節なの?」と、わけのわからない質問をしてきた。

「遊んじゃダメなの?」
「いいけど」

 僕の居場所が、とぶつぶつ呟く兄様を無視して、温室内に犬と猫を放す。地面に降ろされた瞬間、綿毛ちゃんの頭に猫パンチするエリスちゃんは、やっぱり強い。『やめてよぉ』と、綿毛ちゃんが泣いている。

「反抗期終わったんですか?」

 不思議そうに首を捻るアロンを、ジトっと睨みつける。別に反抗期じゃないし。オーガス兄様は最近お菓子をくれるので。無視はやめた。

 それに兄様も、前に比べて卑屈なことを言わなくなった。これはきっと、キャンベルのおかげだ。キャンベルは、オーガス兄様が卑屈なことを言うたびに「それを言うなら私の方が」とかなんとか、すごく暗いことを言い始める。自分よりもどんよりとした空気を漂わせるキャンベルを見て、オーガス兄様は大慌てするのだ。そのせいか、兄様は迂闊なことを言わなくなりつつあった。

「ニックは?」

 きょろきょろと姿を探す俺に、兄様は「セドリックのところじゃない?」とげんなりした顔で返してくる。相変わらず、セドリックの追っかけをやっているらしい。セドリックが団長になると聞いて、ニックが一番喜んでいた。セドリックに対して、すごくうざい絡み方をしていた。

「ロニーが副団長になったら、俺と遊んでくれなくなる」
「レナルドがつくんだっけ? レナルドに遊んでもらいなよ」
「本当はロニーがいいんだけど。でも出世はいいことだし。俺は諦めることにした」

 ロニーにとっても、俺の護衛をやっているよりは副団長になった方が断然いいに決まっている。「ロニーの将来のことを考えてあげたんでしょ? ルイスも偉いね」と、微笑んでくるオーガス兄様に、全力で頷いておく。そう、俺は偉い。

「今度ね、ユリスがデニスの家に連れて行ってくれるって」
「よかったね。デニスも許可してくれたんだ」
「ううん。デニスに俺も行っていいって訊くと絶対にダメって言われるから。内緒でついていく」
「へ、へぇ。それは大丈夫なの?」

 頬を引き攣らせるオーガス兄様は「デニスと喧嘩しないでね?」と念押ししてくる。ユリスが大丈夫って言ったから、たぶん大丈夫だと思う。

「それ、俺も一緒に行っていいですか?」
「アロンも? いいと思うけど」

 できれば俺じゃなくてブルース兄様に訊いてほしい。そう伝えれば、「わかりました」との力強い返答があった。頑張れよ。

『坊ちゃん! 助けて!』

 エリスちゃんに追いかけまわされている綿毛ちゃんを眺めて、兄様の向かいの椅子に腰を下ろす。

「助けてあげないの?」

 綿毛ちゃんを指差すオーガス兄様は、なにもわかっていない。あれは楽しく遊んでいるのだ。俺が割り込んだら逆に可哀想。

「本当に? 綿毛ちゃん、いじめられてない?」
「猫は優しいから大丈夫」
『全然優しくない! 助けて!』

 ついにはジャンに飛びかかる綿毛ちゃん。慌てて抱き上げるジャンは、困ったように佇んでいる。

「ところで、ルイス様」
「なに?」

 急に真面目な声を出したアロンは、「なんで断ったんですか?」と曖昧な質問をしてきた。断ったって、なにを?

 小首を傾げていれば、「婚約の話ですよ」と素っ気なく付け足された。どうやらリアーナとの一件を言っているらしい。こちらに視線を向けてくるオーガス兄様も、俺の答えが気になるのか、そわそわしている。

「なんでって言われても。リアーナのことよく知らないし」
「じゃあ保留にするという手もあったのでは?」
「うーん。リアーナとの結婚は、ちょっと考えられない」

 というか、結婚そのものがまだちょっと考えられない。だってブルース兄様もまだ結婚してないしなぁ。

「俺が先に結婚決めたら、ブルース兄様が嫉妬するかもしれない」
「そうかな?」

 ブルースはそんなに心狭くないよ、と苦笑するオーガス兄様。対して、アロンは「そんなことありませんよ! ブルース様は面倒な性格してますよ!」と一生懸命にブルース兄様の悪口を並べている。アロンが人の悪口を言うのはいつものことなので気にしない。

「そうだね。心狭いのはオーガス兄様だったね」
「もうその件は忘れて」

 顔を覆ってしまうオーガス兄様は、弟が先に結婚するのは許せないと堂々と宣言するタイプの人である。そのオーガス兄様も結婚した今、俺が結婚しても、いちゃもんつけてくる人はいないわけだが。

「でもまだ十四歳」

 やっぱり結婚は考えられない。もうちょっと大人になってから考えようと思う。
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