冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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14歳

綿毛ちゃんの日常4

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『誰かぁ。助けてくださぁい』

 大声で助けを求めてみるが、返ってくるのは無音。どうやら周りに人が居ないらしい。

『だーれーかー』

 ルイス坊ちゃんがオレを探しに来ないだろうかと助けを求め続けるが、一向に坊ちゃんは戻ってこない。というか、オレが居ないことに気がついていないのかな? オレの存在って、坊ちゃんの中でその程度なの?

 オレは今、ちょっとしたピンチであった。

 狭い物置の中に閉じ込められている。すごく可哀想な状態だ。ちなみにオレを閉じ込めた犯人はわかっている。ルイス坊ちゃんだ。

 ちょっと前のことである。一階の階段横には、小さな収納スペースが存在している。掃除道具とか、使わない物とか。普段は使用人さんたちが使う物置場所で、坊ちゃんは手をつけない。

 しかし、好奇心旺盛なルイス坊ちゃんは、周囲に誰も居ないことを確認してから物置を開けた。色々な道具が収納されたなんの変哲もない物置を見回して「おぉ!」と歓声を上げる坊ちゃん。

 扉一枚分ほどの幅しかない小さなスペースだ。正直、一瞥しただけで満足できると思うのだが、ルイス坊ちゃんはそうはいかない。

 頭を突っ込んで、奥の方まで確認しようとする。『楽しい?』と訊いてみたら、くるりと振り返ってきた。思い返せば、このひと言がまずかったのだと思う。「綿毛ちゃんも見る!?」と前のめりにキラキラとした目で見つめられたら、断ることはできなかった。

 そうしてオレのことを物置の中に押しやった坊ちゃんは、とてもテンション高く「楽しいでしょ!」と同意を求めてくる。ここ、単なる物置だよ? オレにはちょっと楽しさが理解できない。普段、使用人の領域には立ち入るなとお兄さんたちに言われている。もしかして、それが原因の物珍しさに、はしゃいでいるのかな?

 とりあえず、『そうだねぇ』と話を合わせておいた。そんな時である。事件は起こった。

 坊ちゃんの気が済むまで付き合ってやろうと、物置の中でしばらくじっとしていた。

 すると突然、廊下にいた坊ちゃんが「俺も食べる!」と大声を出した。何事、と振り返ったその瞬間。物置のドアがバタンと音を立てて閉じた。え? と思うと同時に、暗闇に包まれた物置内にて『坊ちゃん?』と声を上げる。

 けれども、返ってくるのは静寂のみ。閉じ込められたと理解した。オレ、すごく可哀想。

 おそらくだけど、誰かが近くを通りかかったのだろう。その誰かが、お菓子かなにかを持っていたに違いない。要するに、オレは食べ物に負けたのだ。こんなにもふもふした毛玉なのに。

 ルイス坊ちゃんは、そういうところがある。

 なにかに取り組んでいても、それ以上に楽しいことがあれば放り出してそちらへ飛びつく。その際、今まで取り組んでいたことは、頭の中からすっぽり抜けてしまうのだ。

 今頃坊ちゃんは、楽しくお菓子を食べているに違いない。オレが居ないことに、いつ気がつくかな。物置に閉じ込めたと、いつ気がつくかな。最悪、就寝時間まで気がつかない可能性もある。

 物置は、中の物が崩れた拍子にドアが開かないように、外側に木製の簡易な鍵が付いている。坊ちゃん、律儀にそれをかけていったらしい。ドアをガタガタ揺らしてみるが、開く気配がない。

 人間姿になったところで、結局鍵は外に付いている。ドアを蹴破れば脱出できるかもしれないが、それは最終手段だろう。幸い、オレは飲み食いしなくても生きていける。たとえば数年閉じ込められたとしても、なんの問題もない。

『誰かぁ』

 しかし寂しいことには変わりないので、適当に助けを求めておく。

 そうしてひとりで奮闘していれば、突然ドアが揺れた。ギイっと音がして、明かりが差し込んでくる。よかった! 誰かが開けてくれた。

 尻尾を振って待っていれば、物置の中を覗き込んできたユリス坊ちゃんと目が合った。

『ユリス坊ちゃん! オレの命の恩人だよぉ』

 再び閉じ込められる前にと、急いで物置から飛び出す。ありがとうと跳ね回れば、ユリス坊ちゃんは冷たい目でオレを見下ろしてくる。

「ルイスか?」
『そうだよ。あ、でも。わざとではないと思うよ。オレがお菓子に負けただけで』
「あいつ」

 苦々しい声を出すユリス坊ちゃんは、なにかを思い出すかのように遠い目になる。

「ルイスは、犬猫の扱いが雑だろ。僕の時も酷かった」
『大変だったねぇ』

 ユリス坊ちゃんは、魔導書のせいで一時期猫になっていた期間があるらしい。その時、ルイス坊ちゃんに振り回されたことは容易に想像できる。

 大きくため息をついたユリス坊ちゃんは、オレにくるりと背中を向けて歩き出す。オレも、なんとなくその後を追う。

 自室に戻ったユリス坊ちゃんは、読書を始める。勉強嫌いのルイス坊ちゃんと違って、ユリス坊ちゃんは本が好きだ。部屋にも本がたくさん積んである。タイラーさんがよく片付けをしている。

 ユリス坊ちゃんが相手をしてくれないので、オレはその足元で寝転んでおく。うるさくすると怒鳴られそうなので、しばらくは黙っておこうと思う。

「僕は」
『んー?』

 ぼそっと呟かれた言葉に、伸びをしながら顔を上げる。

「今、研究所で魔法について学んでいるのだが」
『うん。毎日頑張ってるねぇ』
「まだ始めたばかりだからなんとも言えないが、そのうちおまえの角を抜く方法を見つけるから。もう少し待っておけ」
『……え? なんて?』

 今この子、オレの角を抜くって言った?
 なんで??

『やめてぇ?』

 慌てて止めるが、ユリス坊ちゃんは任せておけと言うばかりで聞いてくれない。違うのよ。誰もこの角抜きたいなんて思ってないんだよ。なにこの兄弟くんたち。オレの角がそんなに許せないの? ただの角なのにぃ?

 せっかく魔法の研究しているのに。もっと他にやりたいことあるでしょ。オレの角なんてどうでもいいでしょ。

 だが、ユリス坊ちゃんは真剣な表情だ。

「ルイスが、おまえを連れて外を散歩したいと言っていた」
『え? あ、うん。言ってたね』

 確か、街に行きたいと言っていた。
 けれども、オレの角を誰かに見られたら厄介だからとロニーさんに止められていた。

「可哀想だろ」
『オレが?』
「ルイスが」

 即答するユリス坊ちゃんは、要するにルイス坊ちゃんがオレを堂々と連れ歩けるように角を抜きたいらしい。へ、へぇ。弟想いの良い子だねぇ。オレの意思はどうなるのかなぁ?

「おまえもその方がいいだろ」
『う、うーん。どうだろうねぇ』

 ユリス坊ちゃんは、たまに変な暴走をする。今回もルイス坊ちゃんのためと言っているが、本音はどうだかわからない。ユリス坊ちゃんは、よくルイス坊ちゃんをだしに使う。

 たとえばおやつの時。ユリス坊ちゃんは、お菓子には興味のないふりを貫いている。だが、本心では食べたいらしく、時計をチラ見しては、まだ誰もおやつの用意をしないことに我慢ができなくなると、こっそりとルイス坊ちゃんを呼びつける。そうしてそろそろおやつの時間だと耳打ちして、ルイス坊ちゃんが「おやつ!」と騒ぐように仕向けたりしている。

 だから今回も、単にユリス坊ちゃんがオレの角を抜きたいだけだと思われる。オレって、角が抜けたらどうなると思われているのだろうか。どうにもならないと思うんだけど。

「ユリス! 見てこれ。アロンにもらった!」

 のんびり時間に終わりがきた。

 勢いよく部屋に突入してきたルイス坊ちゃんは、片手に大きなクッキーを持っている。ひと通りユリス坊ちゃん相手に自慢した後、その目が床で寝そべっているオレに向いた。

「あぁ! なんで綿毛ちゃん持ってるの! 俺のなんだけど」
『うげぇ』

 踏み潰すような勢いで、オレに覆い被さってくる坊ちゃんは、オレを抱え上げるとユリス坊ちゃんに指を突きつける。

「勝手にとらないで!」
「おまえが置いて行ったんだろ」

 物置に閉じ込められていたと説明するユリス坊ちゃんは、「可哀想だからやめろ」とオレに代わって注意してくれる。

 きょとんとした表情になるルイス坊ちゃんであったが、ようやく思い出したらしい。

「ごめんね! 綿毛ちゃん!」
『いいよぉ』
「お詫びに猫と遊んでいいよ!」
『それはちょっと。遠慮しようかなぁ』

 あの猫ちゃんは凶暴なので。オレが坊ちゃんと遊べば、すかさず猫パンチしてくる。

「じゃあ俺が一緒に遊んであげる!」
『う、うん。ありがとー』

 へへっと笑えば、ルイス坊ちゃんは手に持っていたクッキーを半分に割る。そうして難しい顔で考えた末に、小さい方をユリス坊ちゃんへと差し出した。

「半分あげる」
「普通は大きい方を僕に渡すのでは?」
「嫌だ」

 きっぱり断るルイス坊ちゃんだが、半分に割るだけ成長したと思う。前だったら、独り占めにしていただろうに。

「綿毛ちゃんもいる?」
『うん』
「はい、どうぞ」

 そう言ってルイス坊ちゃんがくれたのは小さな欠片だった。『これだけ?』と見上げれば、「だって犬だもん」との答えが返ってくる。意味がわからない。あとで猫の餌あげると言われたが、それも遠慮したいかな。
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