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14歳

366 友達だったのか

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 フランシスとリアーナが屋敷に泊まると聞いて、ユリスはわかりやすく舌打ちしていた。

 それが関係しているのか、ユリスは俺にベッタリと引っ付いてまわってくる。正直、ちょっと鬱陶しい。

「おい、そこの犬」
『もしかしてオレのことぉ? なんだい、ユリス坊ちゃん』

 散々俺のあとをついてまわったと思ったら、今度は綿毛ちゃんに絡み始めたユリスに、俺とロニーはそっと顔を見合わせる。

 バタバタと忙しそうにしているタイラーは、馬車の片付けが終わると今度は騎士団へ行ってしまった。フランシスの関係で、なんだか忙しそうである。

「フランシスの部屋に行って情報をとってこい」
『ひぇ! 無茶振りじゃん』
「いいから! 行け!」

 ビシッと廊下を指差すユリスは、要するに綿毛ちゃんをスパイにしたいのだろう。フランシスは、綿毛ちゃんがお喋りできる変な生き物だとは知らない。それを利用して、情報を盗みたいらしい。

「頑張れ、綿毛ちゃん」

 スパイとかかっこいいので、とりあえず応援すれば、綿毛ちゃんは変な顔になる。止めてよ、と言いたそうな顔だ。

 フランシスは、うちに泊まると言ったが、割り当てられた客室に引きこもって出てこない。リアーナも同様だ。おかげで俺は、ベネットに会えていない。

 早速綿毛ちゃんを持って行こうと立ち上がる俺に、ジャンがオロオロと手を伸ばしてくる。

「ルイス様。おやめになった方がよろしいかと」
「なんで?」

 ジャンが反対してくるなんて珍しい。綿毛ちゃんを抱えて首を捻れば、ジャンは控えめに綿毛ちゃんの頭を示している。

「普通の犬ではないとわかれば騒ぎになります」
「確かに」

 綿毛ちゃんの頭には、小さい角が生えているんだった。これを引っこ抜いておかないと、フランシスやリアーナにバレてしまう。小さく舌打ちするユリスは、綿毛ちゃんを睨みつけている。

「役に立たない犬だな」
『犬じゃないってば』


※※※


 夕食は、いつも通りにユリスと食べた。
 フランシスは、どういう考えなのかは知らないが、部屋から出てこない。リアーナを紹介するだけが目的なら、さっさと帰ればいいのにと思ってしまう。

 そうして何事もなく寝る時間になった。夜更かししたらダメですよと言い置いて、ジャンとロニーは引き上げた。

 就寝準備をして、ベッドの上で猫を撫でてごろごろする。至福の時である。

「猫。ねーこー。猫はかわいいぃ」
『オレは?』
「綿毛ちゃんは普通」
『ひどい』
「だって俺は猫派だもん。綿毛ちゃんはお喋りするから置いてあげてるだけだから」
『ひどいよぉ』

 バタバタ暴れる綿毛ちゃんであったが、うとうとしていた白猫エリスちゃんが突然目を開けて猫パンチを繰り出している。『ぎゃあ!』という綿毛ちゃんの悲鳴。情けない犬だな。そういう時はやり返すんだ。

「仕返しするんだ、綿毛ちゃん!」

 綿毛ちゃんを捕まえて、前足を握る。えいっと猫に向けてパンチするような動作をすれば、猫がまたもや綿毛ちゃんの頭に猫パンチをお見舞いした。

「猫強い! いいぞ!」
『やめてぇ』

 綿毛ちゃんは、ちょっと弱い。勝負しても、いつも猫が勝っている。うちの猫は強いのだ。

 わしゃわしゃ猫を撫でると、エリスちゃんは枕元で丸くなってしまう。もう眠いらしい。俺もちょっと眠い。布団をかぶって、目を閉じる。綿毛ちゃんは、いまだにシクシク泣いている。

「おい」

 うとうとしていた中、声が聞こえてきて目を開ける。俺の部屋に入ってきたユリスが、ムスッとした顔で立っていた。

「なに?」

 俺の問いかけを無視して、無言でベッドに潜り込んできたユリスは、そのまま目を瞑ってしまう。
 ユリスが俺のベッドに来るなんて、珍しい。いつもは俺が突撃しに行くのに。

「ユリス?」

 ペシッと頭を叩いてみるが、低い唸り声が聞こえてくるだけ。

「ユリス、おまえ。もしかして」

 ユリスが押しかけてくるなんて、よっぽどのことだ。ごくりと息を呑む。

「……おばけが怖いのか?」
「叩かれたくなければ、はやく寝ろ」

 物騒なことを口走るユリスは、多分照れているのだろう。彼の隣で綿毛ちゃんを撫でながら、「俺もそういうことあるよ」と白状してみた。

「そういうこと、とは?」
「おばけが怖い時」
「……おまえはいくつだ」

 おまえと同い年だよ。
 こっちを小馬鹿にしたような態度をとってくるユリスは、「ブルースは役に立たないな」と、突然ブルース兄様の悪口を言い始める。

「ブルースが頼りにならないから、僕がこうしておまえの面倒を見る羽目になる」
「ユリスに面倒見てもらった覚えはないけど」
「ふざけるな」

 こちらに背中を向けてくるユリスは、そのまま寝てしまう。相変わらず、寝るのがはやい。何度か呼びかけてみるが、まったく反応してくれないので、綿毛ちゃんを抱き寄せる。エリスちゃんは、枕元ですやすや寝ている。

「綿毛ちゃんは、おばけ見たことある?」
『ないかなぁ』
「もしかして綿毛ちゃんは、おばけの仲間?」
『違うよ! オレは可愛い毛玉だよ』

 ふーん。猫の方が可愛いけどな。
 もふもふの毛を撫でながら、色々と頭に浮かんできてなかなか眠りにつけない。目を閉じると、昼間のフランシスとのやり取りが思い出されてしまう。

「俺とフランシスは、友達じゃなかったのかな?」
『坊ちゃんはどう思ってたの?』
「友達だと思ってたんだけど」

 でも、もしかしたらフランシスの方は、そんなふうには思っていなかったのかもしれない。思い返せば、初対面の時にも、十二歳で会った時にも、フランシスはいつも俺と一瞬だけ距離を置いていた。俺が「友達だから遠慮しないで」と言えば、気さくに接してくれたのだが。あれは、俺の気さくに接してほしいという願いを叶えただけであって、フランシスが本心から俺を友達と認めていたわけではなかったのかもしれない。

『じゃあ間違いなく友達だよぉ』

 ぼそっと聞こえてきた間延びした声に、目を瞬く。

『坊ちゃんが友達だと思っていたのなら、友達だよ』
「でもフランシスはそうは思っていなかったかも」

 不安を口にすれば、綿毛ちゃんは『えー?』と笑う。

『友達ってのはさ。別に一方通行でもいいんじゃない? だって、人によって友達の定義って違うし。坊ちゃんみたいに、一度会った人は友達って考える人もいればさぁ。お互いに本音を曝け出してようやく友達って考える人もいるわけだし』

 価値観の違いってやつだよ、と欠伸する綿毛ちゃんは、布団に潜り込んでくる。そうして頭だけを出した状態で、目を閉じる。

『こっちが友達と思って接していればさ、いつかお互いに友達だよねって言い合える日がきっと来るわけで。だから気にせずに。難しく考えないで。友達だと思ったんなら、もう友達ってことでいいんだよぉ』

 わかったような口を利く綿毛ちゃんの頭を撫でる。

「綿毛ちゃん。綿毛ちゃんも友達作った方がいいよ。猫以外で」
『オレと坊ちゃんは友達でしょ?』
「違う」
『え?』
「綿毛ちゃんは、俺の子分」
『へ、へぇ。できれば友達がいいかもぉ』

 子分ってなに、とふざけたことを言う綿毛ちゃんは、その後もずっとひとりで喋り続けていた。
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