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14歳
364 子供扱い
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フランシスが部屋を出て行った後。入れ替わりで、ロニーが入室してきた。
ごしごしと袖口で目元を拭う俺に気が付いて、ロニーがそっとハンカチを差し出してくれる。
こうなることを予想していたのか。言葉を発しないロニーは、俺の横に屈んで、ひたすら背中を撫でてくれる。その優しい手つきに、またしてもポロポロと涙が溢れてきた。
「ロニー」
「はい」
「フランシスが」
言いたいことはたくさんある。
でも、上手いこと説明できない。どこから説明すればいいのか、わからない。
結局、なにも口に出せずに、ひたすら涙を拭う。
心配そうに寄ってきた綿毛ちゃんを握りしめて、片手でロニーの腕を掴む。ロニーはなにも言わずに、そこに居てくれる。ジャンが温かい飲み物を用意してくれる。床では、エリスちゃんがごろごろしている。
いつも通りの、安心できる空間が帰ってくる。
フランシスとリアーナは、今日はうちに泊まるらしい。正直、嫌だ。特にフランシス。前は一緒に遊んでくれる優しいお兄さんだったのに、今日のフランシスはなんだか怖いお兄さんだった。はやく帰ってほしい。
そういえば、ベネットをあげると言われたことにも驚いた。確かに、ベネットちょうだいと駄々をこねたこともあるが、あれだって本気ではない。ベネットやフランシスに構ってほしくて、ちょっと我儘言ってみただけだ。
それが、なんでこんなことに。
前のフランシスであったら「ベネットは僕のだよ」と、ちょっと苦笑して諦めろと言ってきたはずである。それに対して、俺は「えー」と肩を落とすのだ。
「フランシスは、悪い人?」
ロニーの腕を引けば、彼は困ったように眉尻を下げてしまう。ロニーにも、答えはわからないのだろう。
そうして、ゆったり落ち着くためにお茶を飲んでいれば、部屋がノックされた。フランシスの顔を思い出して、心臓が跳ねる。
しかし、やって来たのはオーガス兄様であった。
「兄様」
呼びかけてから、ぴたりと口を閉ざす。オーガス兄様とは、まだまだ気まずいままだ。俺が一方的に無視しているだけなんだけど。
思えば、オーガス兄様が俺の部屋にやって来るなんて随分と久しぶりである。
「ルイス」
手持ち無沙汰に首に手をやった兄様は「いいかな?」と控えめに問いかけつつ、俺の向かいに腰掛けた。
困ったような弱々しいような。そんな頼りないオーガス兄様の顔を見ていれば、なんだかじわじわと変な感情が浮かんでくる。綿毛ちゃんを捕まえて、膝に乗せる。黙って背中を撫でれば、綿毛ちゃんは大人しくしていてくれる。
「フランシスになにか言われた?」
ぴたりと、綿毛ちゃんを撫でる手を止める。それでも口を開けないでいると、兄様は「気にしなくていいよ」と呟いた。
「なんというか。こっちもね。突然やって来たものだから困っているんだけど。えー、うん。ルイスは気にしなくていいから」
「……なんで?」
「え?」
気にしなくていいってなに。今の出来事をなかったことにできれば、それが一番いい。でもそれは無理だ。
「なんで俺には、なにも教えてくれないの?」
「それは」
いつもそうだ。なにかあっても、大体全部を兄様たちが解決してしまう。俺が寄って行っても「子供が首を突っ込む話じゃない」と雑に追い返されてしまう。そうして全部終わった後に、事後報告されることもしばしば。
これまでは、子供だからと言われて納得していたけど、最近では俺が知らなくてもユリスは知っているというようなことが増えてきた。一応、俺とユリスは双子ということになっているのに。なんでユリスは首を突っ込んでもよくて、俺はダメなのか。
困ったように身じろぎするオーガス兄様は、「別にルイスを除け者にしているわけではないんだけど」と言った後、なにかを考えるように上を向いてしまう。
「その、そうだね。ごめんね。ルイスだって成長してるもんね。なんかいつまでも末っ子っていうイメージが抜けなくて」
ごめん、と呟く兄様に小さく頷いておく。
オーガス兄様が悪いわけではないことは理解している。俺がなにも教えてもらえないのは、俺自身のせいだって、ちゃんとわかっている。
ユリスはちゃんと勉強して、自分のやりたいことも見つけている。一方の俺は、毎日嫌々勉強して特に意味もないような日々を送っている。それを見ている兄様たちからすれば、俺はまだまだ子供に見えるのだろう。実際にそうだし。
もう十四歳だ。ちゃんとしないといけない。
兄様たちはトラブルが起きても、それを俺の耳に入れないことで、俺を守ってくれている。今日だってそうだった。フランシスが突然訪ねてきたことに違和感を覚えたブルース兄様が、俺に知られる前にこっそり対処しようと思ったのだろう。俺はいつだって守られる側にいる。俺が呑気に遊んでいられるのだって、すべては兄様たちがこっそりどうにかしてくれているからだ。
でも、いつまでもこのままではいけない。
「俺、ちゃんと勉強する。ちゃんとこれからのことも考える」
だからもうちょっとだけ待ってほしい。
顔を上げれば、オーガス兄様が「うん」と頷いてくれた。何度も小さく頷く兄様は、なんだかちょっぴり嬉しそうに微笑んでいた。
ごしごしと袖口で目元を拭う俺に気が付いて、ロニーがそっとハンカチを差し出してくれる。
こうなることを予想していたのか。言葉を発しないロニーは、俺の横に屈んで、ひたすら背中を撫でてくれる。その優しい手つきに、またしてもポロポロと涙が溢れてきた。
「ロニー」
「はい」
「フランシスが」
言いたいことはたくさんある。
でも、上手いこと説明できない。どこから説明すればいいのか、わからない。
結局、なにも口に出せずに、ひたすら涙を拭う。
心配そうに寄ってきた綿毛ちゃんを握りしめて、片手でロニーの腕を掴む。ロニーはなにも言わずに、そこに居てくれる。ジャンが温かい飲み物を用意してくれる。床では、エリスちゃんがごろごろしている。
いつも通りの、安心できる空間が帰ってくる。
フランシスとリアーナは、今日はうちに泊まるらしい。正直、嫌だ。特にフランシス。前は一緒に遊んでくれる優しいお兄さんだったのに、今日のフランシスはなんだか怖いお兄さんだった。はやく帰ってほしい。
そういえば、ベネットをあげると言われたことにも驚いた。確かに、ベネットちょうだいと駄々をこねたこともあるが、あれだって本気ではない。ベネットやフランシスに構ってほしくて、ちょっと我儘言ってみただけだ。
それが、なんでこんなことに。
前のフランシスであったら「ベネットは僕のだよ」と、ちょっと苦笑して諦めろと言ってきたはずである。それに対して、俺は「えー」と肩を落とすのだ。
「フランシスは、悪い人?」
ロニーの腕を引けば、彼は困ったように眉尻を下げてしまう。ロニーにも、答えはわからないのだろう。
そうして、ゆったり落ち着くためにお茶を飲んでいれば、部屋がノックされた。フランシスの顔を思い出して、心臓が跳ねる。
しかし、やって来たのはオーガス兄様であった。
「兄様」
呼びかけてから、ぴたりと口を閉ざす。オーガス兄様とは、まだまだ気まずいままだ。俺が一方的に無視しているだけなんだけど。
思えば、オーガス兄様が俺の部屋にやって来るなんて随分と久しぶりである。
「ルイス」
手持ち無沙汰に首に手をやった兄様は「いいかな?」と控えめに問いかけつつ、俺の向かいに腰掛けた。
困ったような弱々しいような。そんな頼りないオーガス兄様の顔を見ていれば、なんだかじわじわと変な感情が浮かんでくる。綿毛ちゃんを捕まえて、膝に乗せる。黙って背中を撫でれば、綿毛ちゃんは大人しくしていてくれる。
「フランシスになにか言われた?」
ぴたりと、綿毛ちゃんを撫でる手を止める。それでも口を開けないでいると、兄様は「気にしなくていいよ」と呟いた。
「なんというか。こっちもね。突然やって来たものだから困っているんだけど。えー、うん。ルイスは気にしなくていいから」
「……なんで?」
「え?」
気にしなくていいってなに。今の出来事をなかったことにできれば、それが一番いい。でもそれは無理だ。
「なんで俺には、なにも教えてくれないの?」
「それは」
いつもそうだ。なにかあっても、大体全部を兄様たちが解決してしまう。俺が寄って行っても「子供が首を突っ込む話じゃない」と雑に追い返されてしまう。そうして全部終わった後に、事後報告されることもしばしば。
これまでは、子供だからと言われて納得していたけど、最近では俺が知らなくてもユリスは知っているというようなことが増えてきた。一応、俺とユリスは双子ということになっているのに。なんでユリスは首を突っ込んでもよくて、俺はダメなのか。
困ったように身じろぎするオーガス兄様は、「別にルイスを除け者にしているわけではないんだけど」と言った後、なにかを考えるように上を向いてしまう。
「その、そうだね。ごめんね。ルイスだって成長してるもんね。なんかいつまでも末っ子っていうイメージが抜けなくて」
ごめん、と呟く兄様に小さく頷いておく。
オーガス兄様が悪いわけではないことは理解している。俺がなにも教えてもらえないのは、俺自身のせいだって、ちゃんとわかっている。
ユリスはちゃんと勉強して、自分のやりたいことも見つけている。一方の俺は、毎日嫌々勉強して特に意味もないような日々を送っている。それを見ている兄様たちからすれば、俺はまだまだ子供に見えるのだろう。実際にそうだし。
もう十四歳だ。ちゃんとしないといけない。
兄様たちはトラブルが起きても、それを俺の耳に入れないことで、俺を守ってくれている。今日だってそうだった。フランシスが突然訪ねてきたことに違和感を覚えたブルース兄様が、俺に知られる前にこっそり対処しようと思ったのだろう。俺はいつだって守られる側にいる。俺が呑気に遊んでいられるのだって、すべては兄様たちがこっそりどうにかしてくれているからだ。
でも、いつまでもこのままではいけない。
「俺、ちゃんと勉強する。ちゃんとこれからのことも考える」
だからもうちょっとだけ待ってほしい。
顔を上げれば、オーガス兄様が「うん」と頷いてくれた。何度も小さく頷く兄様は、なんだかちょっぴり嬉しそうに微笑んでいた。
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