上 下
377 / 586
14歳

360 理由(sideアロン)

しおりを挟む
「ルイス様を振ったそうで」
「なんでそれを」

 仕事終わりのロニーをとっ捕まえて鎌をかけてみれば、見事に引っかかってくれた。

 確信があったわけではない。ただなんとなく、ルイス様とロニーの様子を見ていれば、なにかがあったと察しがついた。それもルイス様が泣くようなことだ。

 一体なんだろうと考えた末に、出てきた結論。真正面からロニーにぶつけてみれば、彼は案外あっさりと隙を見せた。

「ルイス様を泣かせたことには腹が立つ。あとルイス様を振るとか正気か? でも君とルイス様が付き合うのは絶対に反対」
「なにが言いたいんですか」
「とりあえずムカつくってことだよ」

 ロニーが、ルイス様の告白を受け入れなかったことは喜ばしい。けれども、なぜか手放しで喜べない。俺は今、すごく複雑な感情を抱えていた。

 今までだったら、付き合いたいと思っていた子が、他の男に失恋したらチャンスとばかりにつけ込んでいた。「君を振るなんて見る目ないね、あいつ」とかなんとか。適当に甘いセリフを吐いて、そっと肩を抱いて。それで大抵の子は手に入ったし、それで満足だった。

 だが、俺はなぜだか今、ものすごくイライラしている。

 ロニーに失恋して落ち込んでいるはずのルイス様。その隣に行くことが、どうしてもできない。結局、どうすればいいのか見当もつかなくて。

 ルイス様の好きなケーキを持って行って、ついでにロニーが護衛を辞める件で気落ちしているルイス様に、副団長の件をこっそり教えてやるくらいしかできなかった。我ながら、らしくないと思う。

 しかし、ルイス様の顔を思い浮かべると、そんな弱みにつけ込むような真似がどうしてもできないで二の足を踏んでしまう。

「ルイス様のこと嫌いなの?」
「そういうわけでは」

 人に聞かれるとまずい話だ。ロニーを自室に連れ込んで、酒を勧めてみるが断られる。

 向かい合うように座って、じっとロニーの顔を見据える。動揺したのか。少し目線を彷徨わせるロニー。

「じゃあなんで振ったの」
「それ、あなたに教える義理なんてないですよね」
「そうだけど。それくらい答えてくれてもよくない?」

 相手が嫌いじゃないなら、振る必要なんてないだろう。おまけに相手はルイス様。ロニーにとっては玉の輿的な状況だろう。断る理由がわからない。だから教えろと迫れば、ロニーはなんとも言えない表情になる。俺に呆れたような、諦めたような微妙な顔。眉間に皺が寄っている。

「私と付き合うメリットが、ルイス様にはありません」
「メリットとか必要? 好きならそれでいいんじゃないの。ルイス様は政略結婚した方がいいってこと?」
「そういう意味ではなく」

 俺の言葉を遮って、ロニーは悩むように言葉を慎重に選んでいる。

「あなたはいいですよ。地位も権力もありますから」
「そうだね。それはあるね」
「でも私は違います。私と一緒に居ても、ルイス様が苦労されるだけです」

 要するに、ルイス様のために身を引くということらしい。綺麗事だなという気もしなくはない。それはロニーの自己満足となにが違うのか。確かにルイス様は、まだまだ子供だろう。先のことをきちんと考えた上でロニーに告白したとは思えない。だが、ロニーのことが好きという気持ちは、まったくの嘘というわけではない。

「ちょっとくらい付き合ってやろうとは思わないの? 頃合いを見てさ、それから身を引けばいいじゃん。なにも大真面目に振らなくても」
「あなたはなにがしたいんですか。私とルイス様をくっつけたいんですか?」
「そうじゃないけど」

 ロニーがルイス様と付き合うのは許せない。だが、ルイス様が泣くのも嫌だと思ってしまう。

 いやでも。俺はルイス様と付き合いたいわけで、そうであるならばロニーの存在は邪魔だ。でもルイス様の気持ちは無視できないし。いや、こんなのは俺の自己満足か? ん? 俺は結局なにが言いたいんだ。

「なんか、よくわからなくなってきた」
「そうですか」

 天井を仰いで深く息を吐く。なんかこう、なにかしなければならないという気になるが、なにをすればいいのかわからない。気持ちばかりが焦ってしまう。落ち着けと己に言い聞かせる。焦った時ほど判断を間違える。

「ルイス様は、おそらくですけど」
「ん?」
「私のこと。そんなに好きではないと思いますよ」

 意味不明な発言に、目を瞬く。ロニーに告白したのだから好きに決まっている。俺の困惑を察したロニーは、少し考えるように俯いてしまう。

「私のことが好きというより。身近な人物で、一番好きな人をとりあえず選んでみただけだと思います」
「だからロニーのことが好きってことだろ」
「ですから」

 少し苛立ったように語気を強めるロニーは、「私のことが好きなわけではないんですよ。周囲の人間から、一番よさそうなのを選んだだけです」と、とんでもないことを言い始める。

「君の言い方だと。ルイス様がとりあえず誰かに告白したかったみたいに聞こえるんだけど」
「そうですよ。ルイス様はおそらく、誰か好きな人を作りたかっただけだと思います。私のことが好きだったわけではなく」

 なぜ。なぜそんなことになるのか。
 首を捻っていれば、ロニーが「あなたのせいですよ」と、またもやとんでもないことを言い始める。

「俺?」
「はい。あなたが連日、ルイス様に好きですとか。ルイス様は誰が好きなんですかとか言いまくるから。ルイス様、焦ったみたいですよ」
「焦った?」
「あなた。口では待つとか言っていましたが。ルイス様のことを急かしているようにしか見えません。誰か好きな人を決めなければと、悩んだ結果がこれですよ」

 は? なんだそれは。

「待つと決めたのならば、黙って待ったらどうですか」

 黙って、か。
 そうかな。そうかもしれない。けれども、俺にもそんなに悠長に待っている余裕はない。焦る理由が、俺にはあった。

「もうすぐ帰ってくるだろ。それまでに決着をつけたい」

 思い浮かぶのは、団長そっくりの薄青の髪。
 ルイス様は、ティアンと仲が良かった。なにより歳が近い。これが厄介だ。

「焦っても、いいことはないですよ」
「知ってるよ」

 今回の一件だって、ロニーの言葉を信じるならば、俺の焦りが原因で引き起こされた最悪の事態だ。確かに、俺は答えをはやく知りたかった。待つという言葉は、口だけだったかもしれない。

「ま、君は副団長頑張りなよ。俺から奪ったポジションなんだから、責任持って取り組めよ」
「あなた、候補にもならなかったじゃないですか」
「立候補はした」

 すかさずブルース様に却下されたけど。
 初めはレナルドの名前があがったのだが、レナルド本人が固辞した。あいつは経験も豊富だし、いいと思ったのだが。

 ニックは俺と同じく、素早く候補から除外されていた。あいつはな。セドリックの言いなりだからな。副団長には、冷静さが求められる。団長のブレーキ役も期待されているわけで、セドリックの信者であるニックには到底向かない役割だ。タイラーは経験がなさ過ぎる。若い騎士は豊富なのだが、それなりに経験があって、信頼できる者となれば、数は多くはない。騎士は体が資本だ。入れ替わりが激しい中、クレイグ団長は比較的長く勤めた方だと思う。

 そんなこんなで、候補者が徐々に減っていく中、最終的に残ったのがロニーだった。

 ロニーは若い割には変に冷静だし、セドリック相手にも以前から色々と物申していた。まぁ、悔しいが適任ではある。

「俺もティアンが戻ってくる前に頑張らないとね」
「ですから」
「わかってる。待つよ。待てばいいんだろ」
「本当にわかっていますか」
「わかってるって」

 というか。なんでロニーは、俺の応援をしてくれるのか。いや、応援ではないな。黙って待てとかそれらしいことを言って、俺をルイス様から遠ざけようとしているのか? だが、待った方がいいのは事実だろう。

 うーん。なんだかよくわからなくなってきた。
しおりを挟む
感想 424

あなたにおすすめの小説

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

処理中です...