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14歳
359 馴れ初め
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「なにをニヤニヤしている」
「してないけど」
夕食時。
突然の指摘をしてくるユリスに、慌てて表情を引き締める。ロニーが副団長になることが嬉しくて、思い出すたびにニヤニヤしていたらしい。だが、ロニーの口から直接聞くまでは、知らないふりをしなければならない。だって、せっかくアロンが内緒で教えてくれたことなので。
俺に教えたことがバレたら、アロンが怒られてしまう。それは絶対に阻止しなければならない。
「なんでもない!」
とりあえず、大声出して有耶無耶にしていこうと思う。だが、ユリスは納得しない。半眼になって、ため息をついている。
「ロニーのことはいいのか?」
ロニーの名前に、ドキッとする。
ちらりと部屋を見回して、ジャンしか居ないことを確認する。
「えっと」
「おまえの護衛を辞めると聞いたが。いいのか、それで」
こくんと頷く。
どうやらユリスも、ロニーが俺の護衛を辞めるということだけ耳にしたらしい。副団長の件はまだ知らないみたいだ。
「もっとごねると思っていた」
「俺はそんな子供じゃないし」
「子供だろ」
変な断言をしてくるユリスは、様子を探るかのように、じっと見据えてくる。ユリスだってお子様のくせに。
「嫌なら嫌って言っていいんだぞ。いつからそんなに物分かりがよくなったんだ」
「俺は大人だから! そんな我儘言わないもん」
ふいっと顔を背ければ、ユリスはちょっと眉を寄せてしまう。揉め事大好きなこいつのことだ。俺がロニーに辞めないでと縋って、ブルース兄様たちが困る様子を観察したかったのだろう。残念だったな。俺はそこまで子供じゃない。
やれやれと肩をすくめれば、「ん」とユリスがテーブルの上を指差したことに気がつく。
「なに?」
「……ん」
どこか不機嫌そうに、デザートのプリンをこちらに押しやってくるユリス。「くれるの?」と訊けば、ものすごく嫌そうな顔で頷かれた。なにその顔。
「ありがと」
「ん」
先程から「ん」しか言わないユリスは、どう見てもプリンを俺にあげたくないという態度だ。それなのに、こちらに差し出してくるユリスがおかしくて、くすくすと笑いが込み上げてくる。
「じゃあ俺の分をユリスにあげる」
「それはなんの意味があるんだ」
ユリスの分と俺のを交換してしまう。それでは意味がないとユリスは不満そうだが、俺は満足だった。
※※※
「それで、ロニーが俺の護衛辞めるってことになったんだけど。でも俺はいいと思う。だってそっちの方がさ、ロニーにとってもいいと思うし」
「そうね」
頷きながら話を聞いてくれるお母様は、終始微笑んでいる。寝る前の時間である。ふらふらとお母様の部屋に足を向けて、そのまま入り浸った俺は、思いつくままにロニーの件を話して聞かせていた。
さすがに告白の件は内緒にしておいたが、ロニーが俺の護衛を辞めることについて報告すれば、お母様は静かに耳を傾けてくれる。
ユリスがデザートを譲ってくれたことを聞いたお母様は「あらあら」と楽しそうに目を細めていた。
部屋には、俺とお母様のふたりきり。みんな気をつかって出て行ってしまった。
「ルイスもユリスも成長したわね」
「そう?」
「えぇ」
にこにこと静かに受け答えするお母様を見ていれば、ロニーの優しい顔が思い浮かんできた。
「お母様は、なんでお父様と結婚したの?」
ふと質問すれば、お母様は微かに目を見開く。予想外の質問だったらしい。だが、すぐに表情を戻すと、「なんでかしら」と曖昧に首を傾げてしまう。
「教えて、なんで?」
「あらあら。困ったわね。そんなこと訊かれたのは初めてよ」
「そうなの?」
「オーガスもブルースも恥ずかしがり屋さんだから。そういう話は聞いてくれないのよ」
「……そうなの?」
多分違うと思うけどな。
まぁ、今はそこはどうでもいいや。
「それで? なんで結婚したの?」
教えてと急かせば、お母様は「あの人から結婚を申し込まれたの」とはにかんだ。
へー、そうなんだ。お父様の方から。
お父様は、常ににこにこしている。たまに突然真顔になるけど。俺の話も聞いてくれるし、いい人だ。お父様もお母様も、何事にも動じない性格である。気が合うから結婚したのかな。
「でも出会いは良くなかったわね」
「嫌な出会い方したの?」
「嫌というより。すごく焦ったわ」
お母様とお父様が出会ったのは、なにかのパーティーだったらしい。お父様は、王位継承権を持つ王子様。そのパーティーでも、人だかりの中心にいたらしい。
「そこでね。今思い出しても笑えるんだけど。私ったら、あの人に飲み物引っ掛けちゃったのよ」
「うわぁ」
なんでも飲み物片手に彷徨いていたところ、高いヒールでバランスを崩してしまった。その時に、たまたま前を歩いていたお父様に、中身をぶち撒けてしまったのだとか。
「もう真っ青。王子様になんてことをって悲鳴をあげたくらい」
「お母様でも焦ることってあるんだね」
「それはもちろん。昔はね、些細なことで悩んだりしていたものよ。でもね、大抵のことはどうにかなるから。その時もね、あの人ったら。飲み物をかけられたのは初めてだよ、貴重な経験になったよって言って笑ったのよ」
怒ることなく、にこにこ笑うお父様の姿は、容易に想像できた。お父様はすごく穏やかな人だから。
「最初はすごい嫌味でも言われているのかと心臓がばくばくしたんだけど。顔を見ているうちにね、本当に怒っていないんだってわかって。そこからね。あの人とちょくちょく会うようになったのは」
初めて聞く馴れ初めに、昔のお父様とお母様を想像してみる。お母様の幸せそうな笑顔を見ていれば、こっちまで嬉しい気持ちになってくる。
「意外と人生どうにでもなるものよ。ルイスも、あなたの思う人生を送っていいのよ。私たちに気をつかう必要なんてないわ。やりたいことがあるなら、遠慮せずにやりなさい。上手くいかなくても大丈夫。あなたには、味方になってくれる人がたくさんいるから」
「うん」
俺のやりたいことは、まだはっきりとは決まっていないけど。それでもお母様の言う通り、俺がどんな道を選んでも、お母様は俺を応援してくれるだろう。お母様だけではない。お父様や兄様にユリスだって。
「お母様。ありがとう」
「こちらこそ。ルイスは私の相手をしてくれるから嬉しいわ。オーガスとブルースはまったく相手してくれないんだから」
困った子たちね、と肩をすくめるお母様と顔を見合わせて。思わず笑いが込み上げてきた。
「してないけど」
夕食時。
突然の指摘をしてくるユリスに、慌てて表情を引き締める。ロニーが副団長になることが嬉しくて、思い出すたびにニヤニヤしていたらしい。だが、ロニーの口から直接聞くまでは、知らないふりをしなければならない。だって、せっかくアロンが内緒で教えてくれたことなので。
俺に教えたことがバレたら、アロンが怒られてしまう。それは絶対に阻止しなければならない。
「なんでもない!」
とりあえず、大声出して有耶無耶にしていこうと思う。だが、ユリスは納得しない。半眼になって、ため息をついている。
「ロニーのことはいいのか?」
ロニーの名前に、ドキッとする。
ちらりと部屋を見回して、ジャンしか居ないことを確認する。
「えっと」
「おまえの護衛を辞めると聞いたが。いいのか、それで」
こくんと頷く。
どうやらユリスも、ロニーが俺の護衛を辞めるということだけ耳にしたらしい。副団長の件はまだ知らないみたいだ。
「もっとごねると思っていた」
「俺はそんな子供じゃないし」
「子供だろ」
変な断言をしてくるユリスは、様子を探るかのように、じっと見据えてくる。ユリスだってお子様のくせに。
「嫌なら嫌って言っていいんだぞ。いつからそんなに物分かりがよくなったんだ」
「俺は大人だから! そんな我儘言わないもん」
ふいっと顔を背ければ、ユリスはちょっと眉を寄せてしまう。揉め事大好きなこいつのことだ。俺がロニーに辞めないでと縋って、ブルース兄様たちが困る様子を観察したかったのだろう。残念だったな。俺はそこまで子供じゃない。
やれやれと肩をすくめれば、「ん」とユリスがテーブルの上を指差したことに気がつく。
「なに?」
「……ん」
どこか不機嫌そうに、デザートのプリンをこちらに押しやってくるユリス。「くれるの?」と訊けば、ものすごく嫌そうな顔で頷かれた。なにその顔。
「ありがと」
「ん」
先程から「ん」しか言わないユリスは、どう見てもプリンを俺にあげたくないという態度だ。それなのに、こちらに差し出してくるユリスがおかしくて、くすくすと笑いが込み上げてくる。
「じゃあ俺の分をユリスにあげる」
「それはなんの意味があるんだ」
ユリスの分と俺のを交換してしまう。それでは意味がないとユリスは不満そうだが、俺は満足だった。
※※※
「それで、ロニーが俺の護衛辞めるってことになったんだけど。でも俺はいいと思う。だってそっちの方がさ、ロニーにとってもいいと思うし」
「そうね」
頷きながら話を聞いてくれるお母様は、終始微笑んでいる。寝る前の時間である。ふらふらとお母様の部屋に足を向けて、そのまま入り浸った俺は、思いつくままにロニーの件を話して聞かせていた。
さすがに告白の件は内緒にしておいたが、ロニーが俺の護衛を辞めることについて報告すれば、お母様は静かに耳を傾けてくれる。
ユリスがデザートを譲ってくれたことを聞いたお母様は「あらあら」と楽しそうに目を細めていた。
部屋には、俺とお母様のふたりきり。みんな気をつかって出て行ってしまった。
「ルイスもユリスも成長したわね」
「そう?」
「えぇ」
にこにこと静かに受け答えするお母様を見ていれば、ロニーの優しい顔が思い浮かんできた。
「お母様は、なんでお父様と結婚したの?」
ふと質問すれば、お母様は微かに目を見開く。予想外の質問だったらしい。だが、すぐに表情を戻すと、「なんでかしら」と曖昧に首を傾げてしまう。
「教えて、なんで?」
「あらあら。困ったわね。そんなこと訊かれたのは初めてよ」
「そうなの?」
「オーガスもブルースも恥ずかしがり屋さんだから。そういう話は聞いてくれないのよ」
「……そうなの?」
多分違うと思うけどな。
まぁ、今はそこはどうでもいいや。
「それで? なんで結婚したの?」
教えてと急かせば、お母様は「あの人から結婚を申し込まれたの」とはにかんだ。
へー、そうなんだ。お父様の方から。
お父様は、常ににこにこしている。たまに突然真顔になるけど。俺の話も聞いてくれるし、いい人だ。お父様もお母様も、何事にも動じない性格である。気が合うから結婚したのかな。
「でも出会いは良くなかったわね」
「嫌な出会い方したの?」
「嫌というより。すごく焦ったわ」
お母様とお父様が出会ったのは、なにかのパーティーだったらしい。お父様は、王位継承権を持つ王子様。そのパーティーでも、人だかりの中心にいたらしい。
「そこでね。今思い出しても笑えるんだけど。私ったら、あの人に飲み物引っ掛けちゃったのよ」
「うわぁ」
なんでも飲み物片手に彷徨いていたところ、高いヒールでバランスを崩してしまった。その時に、たまたま前を歩いていたお父様に、中身をぶち撒けてしまったのだとか。
「もう真っ青。王子様になんてことをって悲鳴をあげたくらい」
「お母様でも焦ることってあるんだね」
「それはもちろん。昔はね、些細なことで悩んだりしていたものよ。でもね、大抵のことはどうにかなるから。その時もね、あの人ったら。飲み物をかけられたのは初めてだよ、貴重な経験になったよって言って笑ったのよ」
怒ることなく、にこにこ笑うお父様の姿は、容易に想像できた。お父様はすごく穏やかな人だから。
「最初はすごい嫌味でも言われているのかと心臓がばくばくしたんだけど。顔を見ているうちにね、本当に怒っていないんだってわかって。そこからね。あの人とちょくちょく会うようになったのは」
初めて聞く馴れ初めに、昔のお父様とお母様を想像してみる。お母様の幸せそうな笑顔を見ていれば、こっちまで嬉しい気持ちになってくる。
「意外と人生どうにでもなるものよ。ルイスも、あなたの思う人生を送っていいのよ。私たちに気をつかう必要なんてないわ。やりたいことがあるなら、遠慮せずにやりなさい。上手くいかなくても大丈夫。あなたには、味方になってくれる人がたくさんいるから」
「うん」
俺のやりたいことは、まだはっきりとは決まっていないけど。それでもお母様の言う通り、俺がどんな道を選んでも、お母様は俺を応援してくれるだろう。お母様だけではない。お父様や兄様にユリスだって。
「お母様。ありがとう」
「こちらこそ。ルイスは私の相手をしてくれるから嬉しいわ。オーガスとブルースはまったく相手してくれないんだから」
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