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14歳
綿毛ちゃんの日常1
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犬姿でペタペタ廊下を歩いていれば、前方からやって来る次男くんが視界に入った。
仲の良い四兄弟だと思う。下の双子に関しては、いまだにどっちが兄なのかよくわからないが。なんかお互いが自分を兄だと思っている節がある。オレから見れば、オレの飼い主ということになっているルイス坊ちゃんの方が末っ子っぽく見えるんだけどな。ルイス坊ちゃん本人は絶対にそれを認めないけど。
すれ違い様に『どうもぉ』と声をかければ、次男くんがわかりやすくオレから距離を取る。
なんだか次男くんは、オレのことが苦手らしい。こんなに無害で可愛い毛玉なのに。オレを見下ろす目には、警戒の色が滲んでいる。
『坊ちゃんなら部屋で寝てるよぉ。お昼寝中』
「昼寝って。いくつだよ」
坊ちゃんは十四歳だが、割と言動が子供っぽい。多分、末っ子ゆえに甘やかされているのが原因だと思う。特にご両親が酷い。坊ちゃんたちがなにかをする度に、可愛い可愛いと手を合わせて喜んでいる。ユリス坊ちゃんは少々嫌そうな顔をしているが、ルイス坊ちゃんの方は気の抜けた顔でにこにこしている。
『ブルース坊ちゃんはさぁ』
「坊ちゃんはやめろ。そんな歳じゃない」
『そぉ?』
長生きのオレからすれば、双子くんも次男くんもあまり変わらない。というか、人間の年齢差なんて誤差みたいなものだ。はっきり覚えていないが、もう数百年単位で生きている気がする。
オレを生み出したご主人様が死んでから、ずっとひとりで魔導書を守っていた。その間に、ご主人様の住んでいた自宅は取り壊され、ご主人様が守っていた神殿も朽ち果てて、老朽化を理由に跡形もなく片付けられた。神殿といっても、魔導書とオレが居ただけの寂しい建物だったのだが。居場所を失ったオレは、魔導書を封じていた箱ごと湖に飛び込んだ。幸い、魔導書はご主人様お手製の魔法によりちょっとやそっとではびくともしないくらい丈夫である。水の中でもまったく問題はなかった。
この森には、人間は滅多に立ち入らないのでしばらくの間は大丈夫だろう。安心しきったオレは、ここまでの疲れもあり深い深い眠りについた。
次に目が覚めた時、守っていたはずの魔導書がなくなっていて心底驚いた。慌てて探しに出れば、知らない屋敷の敷地内に入り込んでしまった。
どうやらオレが眠っている間に新しい屋敷が建てられたらしい。それが今いるヴィアン家の屋敷だ。新しいといっても、建ってからもう数十年は経っていそうな感じだったけど。
魔導書の気配を辿って歩いていれば、ご主人様が使っていた魔法の気配を色濃く感じた。どうやら何者かが、あの魔導書を使ったらしいとわかりドキドキした。急いでその気配を追いかけて、ようやく見つけた何者かは、まだ子供だった。
こんな子供が、湖に沈んでいた魔導書をどうやって?
疑問を解決する暇もなく、オレはあれよあれよという間に、そのお子様に捕獲されてしまった。温室に閉じ込められた時にはどうなるかと思ったが、なんやかんやあって今では平和にペットをやっている。
初めの頃は、隙を見て魔導書を取り返してやろうと構えていたのだが、ルイス坊ちゃんは魔導書を持っていなかった。そんでもってすんごい悪ガキだった。油断すると噴水に沈められるし、上から土をかけられるし、毛を刈られそうになるし、角を引っこ抜かれそうになるしで大変だった。ものすごく。もはや魔導書どころではなかった。
だが、その魔導書も後日無事を確認できた。ユリス坊ちゃんが持っていた。オレとしては、魔導書が側にあればそれでいい。ユリス坊ちゃんは、歳の割にはしっかりしていた。十歳の頃に勝手に魔導書を使って色々とんでもないことになったみたいだが、十四歳になった現在では、そんな無茶はしないだろう。
ひとりで森に帰っても暇なだけなので、しばらくヴィアン家で子守でもしてやるかと思い、今に至る。
『ブルースくんは、こんなところでなにしてるの』
「特になにも」
『そんな冷たい反応しないでぇ』
気難しい次男くんは、明らかにオレのことを警戒中だ。ろくに会話もしてくれなくて悲しい。
シクシクと悲しい顔を作ってみれば、ブルースくんは露骨に引いてしまう。酷い。
だが、オレにまったく興味がないわけでもないのだろう。そわそわと投げられる視線に気が付いて、ニヤリとほくそ笑む。
『触ってみるかい? 坊ちゃんがいない今はチャンスだよぉ』
ほらほら、触ってみなよぉ、と近付けば、ブルースくんは屈み込んでくれる。いつもは坊ちゃんたちの視線を気にして、オレには触らないからな。坊ちゃんが居ない今、思う存分もふもふすればいいと思うぞ。
大人しくお座りしておけば、ブルースくんはオレの背中を撫でた後、頭へと手を伸ばしてくる。そうして毛を掻き分けて、角を確認したブルースくん。
「これ」
『ん?』
なんだいと問いかけようとしたその瞬間。
『い! いたたっ! やめてぇ』
「あ、すまん」
なぜか角を引っ張ってきたブルースくんに、オレは驚いてしまう。え、なにこの子。こっわぁ。
次男くん。わりと兄弟の中ではまともだと思っていたのに。なんというか、さすが坊ちゃんたちのお兄さんって感じだな。意外。
あとなんでここの兄弟くんたち、オレの角を引っこ抜こうとしてくるんだろうか。そんなに角の存在許せないの? 過激派なの?
驚きのあまり震えていると、ブルースくんが小声で謝ってくる。
「てっきり飾りかと」
『違うよぉ』
「それとれたら普通の犬だな」
『とらないよぉ?』
もうやだこの子たち。
そろそろと距離を取れば、ブルースくんが再度謝ってくる。それに『いいよ。ゆるす』と返せば、目に見えてブルースくんがホッとする。
そのまま立ち上がるブルースくんの後ろをついていく。
「なんだ?」
『暇だからさぁ。今日はブルースくんの面倒でも見てやろうかなと』
「余計なお世話だ」
『まぁまぁ』
てくてく歩けば、ブルースくんは外に出てしまう。騎士棟に向かうようだ。ブルースくんは、いつも忙しそうにしている。
小走りに追いかければ、ブルースくんは時折立ち止まってから振り返ってくれる。オレのことを待ってくれているらしい。さすがお兄さん。双子の面倒を見ているだけはある。
ルイス坊ちゃんはこういう時、オレのことを気にせず走って行ってしまう。出鱈目に走るから追いかけるのが大変なのだ。ユリス坊ちゃんは滅多に走らない。
騎士棟には、ブルースくんの部屋があるみたいだ。中は書類だらけで忙しいのがひと目でわかる。
『アロンさんは一緒じゃないのぉ?』
坊ちゃんたちの側には、常に誰かしらがついている。だが、ブルースくんの護衛であるはずのアロンさんの姿は見えない。首を捻れば「どこかにいるだろう」との素っ気ないお返事。
棚をあさるブルースくんは、探し物をしているらしい。部屋が二個あるって地味に大変だな。ようやくお目当ての書類を発見したらしいブルースくんは、屋敷に戻ると書類の束を玄関先に放り出したまま、どこからかハサミを持ってくる。
ちょっと嫌な予感がして後ろに下がれば、ブルースくんは怪訝な顔になる。
「なんだ。なぜ距離をとる」
『オレの毛を刈るつもり?』
「はぁ? なんでそんなことを」
よかった。ホッと安心するオレ。
ハサミには、ろくな思い出がない。オレの角を強引に切り取ろうとしたユリス坊ちゃんの不機嫌そうな顔が思い浮かんでしまった。
庭に出るブルースくんは、花壇の前にしゃがみ込むと、花を吟味し始める。
『お花好きなの?』
「花瓶に活けるんだ」
『へー』
「誰も手入れしないからな」
『大変だねぇ』
そうしていくつかの花を摘んだブルースくんが立ち上がるのと同時に。「あぁ!」という聞き慣れた悲鳴のようなものが聞こえてきた。
振り返れば、玄関から走ってくるルイス坊ちゃんがいた。
「ブルース兄様! なんで俺の綿毛ちゃんとるの! 謝れぇ!」
「うるさ」
目が覚めて、部屋にオレが居ないので探しにきたらしいルイス坊ちゃんは、早速ブルースくんに絡みにいく。いつ見ても元気だなぁ。
「大丈夫か、綿毛ちゃん。ブルース兄様に捕まったのか。捨てられるぞ」
『捨てられはしないと思うけど』
ブルースくんの周りをぐるぐるするルイス坊ちゃんは、今度はブルースくんの手元を見て「あぁ!」と大声を出した。
「その花! 俺のなのに!」
「……は?」
「なんで勝手にとるの! 謝って!」
花?
どうやらブルースくんが摘んだ花の中に、ルイス坊ちゃんの花が混じっていたらしい。ルイス坊ちゃんの花ってなに? この子、花なんて育ててたっけ?
困惑するオレとブルースくん。
だが、坊ちゃんは止まらない。「俺の花なのにぃ」と泣きそうな顔になってしまう。それを見て、ブルースくんが慌てる。「悪かった。おまえの花だなんて知らなかったんだ」と、よくわからないままに謝っている。
「いつの間に花を育てていたんだ?」
どうやらブルースくんは、花壇の一角でルイス坊ちゃんが花を育てていると理解したらしい。だが、坊ちゃんと常に一緒のオレが断言してあげよう。ルイス坊ちゃんは花なんて育ててないよ。
花壇に水をやる姿でさえ見たことがない。この花壇の世話は、庭師がやっている。こっそり教えてあげれば、ブルースくんが眉を寄せる。
「どういうことだ」
「育ててはないけど。俺が名前つけてたもん」
「花に名前を?」
ブルースくんの手を覗き込むルイス坊ちゃんは、ひとつの花を指さした。白い花弁の小さな花だ。
「この花、気に入ってたのに。名前もつけた。綿毛ちゃん二号」
『なにその名前』
初耳なんだけど。オレにそっくりと言い張る坊ちゃん。全然似ていないと思うけどな。あと、坊ちゃんはブルースくんに絡みたいだけだと思う。その名前だって、咄嗟に考えただけだと思う。
ブルースくんも同様の結論に至ったのだろう。
適当に頷いて、あしらっている。
「はいはい、悪かったな」
「お詫びのお菓子くれたらゆるしてあげる」
「ところでおまえ、勉強はどうした」
「綿毛ちゃん! 散歩するぞ!」
「話を逸らすんじゃない」
わぁっと逃げ出すルイス坊ちゃん。その背中を見送って、ブルースくんが深いため息をつく。
『お兄ちゃんと遊びたいお年頃なんだよ、きっと』
疲れた顔するブルースくんを励まして、オレはルイス坊ちゃんの方へと駆け出した。
仲の良い四兄弟だと思う。下の双子に関しては、いまだにどっちが兄なのかよくわからないが。なんかお互いが自分を兄だと思っている節がある。オレから見れば、オレの飼い主ということになっているルイス坊ちゃんの方が末っ子っぽく見えるんだけどな。ルイス坊ちゃん本人は絶対にそれを認めないけど。
すれ違い様に『どうもぉ』と声をかければ、次男くんがわかりやすくオレから距離を取る。
なんだか次男くんは、オレのことが苦手らしい。こんなに無害で可愛い毛玉なのに。オレを見下ろす目には、警戒の色が滲んでいる。
『坊ちゃんなら部屋で寝てるよぉ。お昼寝中』
「昼寝って。いくつだよ」
坊ちゃんは十四歳だが、割と言動が子供っぽい。多分、末っ子ゆえに甘やかされているのが原因だと思う。特にご両親が酷い。坊ちゃんたちがなにかをする度に、可愛い可愛いと手を合わせて喜んでいる。ユリス坊ちゃんは少々嫌そうな顔をしているが、ルイス坊ちゃんの方は気の抜けた顔でにこにこしている。
『ブルース坊ちゃんはさぁ』
「坊ちゃんはやめろ。そんな歳じゃない」
『そぉ?』
長生きのオレからすれば、双子くんも次男くんもあまり変わらない。というか、人間の年齢差なんて誤差みたいなものだ。はっきり覚えていないが、もう数百年単位で生きている気がする。
オレを生み出したご主人様が死んでから、ずっとひとりで魔導書を守っていた。その間に、ご主人様の住んでいた自宅は取り壊され、ご主人様が守っていた神殿も朽ち果てて、老朽化を理由に跡形もなく片付けられた。神殿といっても、魔導書とオレが居ただけの寂しい建物だったのだが。居場所を失ったオレは、魔導書を封じていた箱ごと湖に飛び込んだ。幸い、魔導書はご主人様お手製の魔法によりちょっとやそっとではびくともしないくらい丈夫である。水の中でもまったく問題はなかった。
この森には、人間は滅多に立ち入らないのでしばらくの間は大丈夫だろう。安心しきったオレは、ここまでの疲れもあり深い深い眠りについた。
次に目が覚めた時、守っていたはずの魔導書がなくなっていて心底驚いた。慌てて探しに出れば、知らない屋敷の敷地内に入り込んでしまった。
どうやらオレが眠っている間に新しい屋敷が建てられたらしい。それが今いるヴィアン家の屋敷だ。新しいといっても、建ってからもう数十年は経っていそうな感じだったけど。
魔導書の気配を辿って歩いていれば、ご主人様が使っていた魔法の気配を色濃く感じた。どうやら何者かが、あの魔導書を使ったらしいとわかりドキドキした。急いでその気配を追いかけて、ようやく見つけた何者かは、まだ子供だった。
こんな子供が、湖に沈んでいた魔導書をどうやって?
疑問を解決する暇もなく、オレはあれよあれよという間に、そのお子様に捕獲されてしまった。温室に閉じ込められた時にはどうなるかと思ったが、なんやかんやあって今では平和にペットをやっている。
初めの頃は、隙を見て魔導書を取り返してやろうと構えていたのだが、ルイス坊ちゃんは魔導書を持っていなかった。そんでもってすんごい悪ガキだった。油断すると噴水に沈められるし、上から土をかけられるし、毛を刈られそうになるし、角を引っこ抜かれそうになるしで大変だった。ものすごく。もはや魔導書どころではなかった。
だが、その魔導書も後日無事を確認できた。ユリス坊ちゃんが持っていた。オレとしては、魔導書が側にあればそれでいい。ユリス坊ちゃんは、歳の割にはしっかりしていた。十歳の頃に勝手に魔導書を使って色々とんでもないことになったみたいだが、十四歳になった現在では、そんな無茶はしないだろう。
ひとりで森に帰っても暇なだけなので、しばらくヴィアン家で子守でもしてやるかと思い、今に至る。
『ブルースくんは、こんなところでなにしてるの』
「特になにも」
『そんな冷たい反応しないでぇ』
気難しい次男くんは、明らかにオレのことを警戒中だ。ろくに会話もしてくれなくて悲しい。
シクシクと悲しい顔を作ってみれば、ブルースくんは露骨に引いてしまう。酷い。
だが、オレにまったく興味がないわけでもないのだろう。そわそわと投げられる視線に気が付いて、ニヤリとほくそ笑む。
『触ってみるかい? 坊ちゃんがいない今はチャンスだよぉ』
ほらほら、触ってみなよぉ、と近付けば、ブルースくんは屈み込んでくれる。いつもは坊ちゃんたちの視線を気にして、オレには触らないからな。坊ちゃんが居ない今、思う存分もふもふすればいいと思うぞ。
大人しくお座りしておけば、ブルースくんはオレの背中を撫でた後、頭へと手を伸ばしてくる。そうして毛を掻き分けて、角を確認したブルースくん。
「これ」
『ん?』
なんだいと問いかけようとしたその瞬間。
『い! いたたっ! やめてぇ』
「あ、すまん」
なぜか角を引っ張ってきたブルースくんに、オレは驚いてしまう。え、なにこの子。こっわぁ。
次男くん。わりと兄弟の中ではまともだと思っていたのに。なんというか、さすが坊ちゃんたちのお兄さんって感じだな。意外。
あとなんでここの兄弟くんたち、オレの角を引っこ抜こうとしてくるんだろうか。そんなに角の存在許せないの? 過激派なの?
驚きのあまり震えていると、ブルースくんが小声で謝ってくる。
「てっきり飾りかと」
『違うよぉ』
「それとれたら普通の犬だな」
『とらないよぉ?』
もうやだこの子たち。
そろそろと距離を取れば、ブルースくんが再度謝ってくる。それに『いいよ。ゆるす』と返せば、目に見えてブルースくんがホッとする。
そのまま立ち上がるブルースくんの後ろをついていく。
「なんだ?」
『暇だからさぁ。今日はブルースくんの面倒でも見てやろうかなと』
「余計なお世話だ」
『まぁまぁ』
てくてく歩けば、ブルースくんは外に出てしまう。騎士棟に向かうようだ。ブルースくんは、いつも忙しそうにしている。
小走りに追いかければ、ブルースくんは時折立ち止まってから振り返ってくれる。オレのことを待ってくれているらしい。さすがお兄さん。双子の面倒を見ているだけはある。
ルイス坊ちゃんはこういう時、オレのことを気にせず走って行ってしまう。出鱈目に走るから追いかけるのが大変なのだ。ユリス坊ちゃんは滅多に走らない。
騎士棟には、ブルースくんの部屋があるみたいだ。中は書類だらけで忙しいのがひと目でわかる。
『アロンさんは一緒じゃないのぉ?』
坊ちゃんたちの側には、常に誰かしらがついている。だが、ブルースくんの護衛であるはずのアロンさんの姿は見えない。首を捻れば「どこかにいるだろう」との素っ気ないお返事。
棚をあさるブルースくんは、探し物をしているらしい。部屋が二個あるって地味に大変だな。ようやくお目当ての書類を発見したらしいブルースくんは、屋敷に戻ると書類の束を玄関先に放り出したまま、どこからかハサミを持ってくる。
ちょっと嫌な予感がして後ろに下がれば、ブルースくんは怪訝な顔になる。
「なんだ。なぜ距離をとる」
『オレの毛を刈るつもり?』
「はぁ? なんでそんなことを」
よかった。ホッと安心するオレ。
ハサミには、ろくな思い出がない。オレの角を強引に切り取ろうとしたユリス坊ちゃんの不機嫌そうな顔が思い浮かんでしまった。
庭に出るブルースくんは、花壇の前にしゃがみ込むと、花を吟味し始める。
『お花好きなの?』
「花瓶に活けるんだ」
『へー』
「誰も手入れしないからな」
『大変だねぇ』
そうしていくつかの花を摘んだブルースくんが立ち上がるのと同時に。「あぁ!」という聞き慣れた悲鳴のようなものが聞こえてきた。
振り返れば、玄関から走ってくるルイス坊ちゃんがいた。
「ブルース兄様! なんで俺の綿毛ちゃんとるの! 謝れぇ!」
「うるさ」
目が覚めて、部屋にオレが居ないので探しにきたらしいルイス坊ちゃんは、早速ブルースくんに絡みにいく。いつ見ても元気だなぁ。
「大丈夫か、綿毛ちゃん。ブルース兄様に捕まったのか。捨てられるぞ」
『捨てられはしないと思うけど』
ブルースくんの周りをぐるぐるするルイス坊ちゃんは、今度はブルースくんの手元を見て「あぁ!」と大声を出した。
「その花! 俺のなのに!」
「……は?」
「なんで勝手にとるの! 謝って!」
花?
どうやらブルースくんが摘んだ花の中に、ルイス坊ちゃんの花が混じっていたらしい。ルイス坊ちゃんの花ってなに? この子、花なんて育ててたっけ?
困惑するオレとブルースくん。
だが、坊ちゃんは止まらない。「俺の花なのにぃ」と泣きそうな顔になってしまう。それを見て、ブルースくんが慌てる。「悪かった。おまえの花だなんて知らなかったんだ」と、よくわからないままに謝っている。
「いつの間に花を育てていたんだ?」
どうやらブルースくんは、花壇の一角でルイス坊ちゃんが花を育てていると理解したらしい。だが、坊ちゃんと常に一緒のオレが断言してあげよう。ルイス坊ちゃんは花なんて育ててないよ。
花壇に水をやる姿でさえ見たことがない。この花壇の世話は、庭師がやっている。こっそり教えてあげれば、ブルースくんが眉を寄せる。
「どういうことだ」
「育ててはないけど。俺が名前つけてたもん」
「花に名前を?」
ブルースくんの手を覗き込むルイス坊ちゃんは、ひとつの花を指さした。白い花弁の小さな花だ。
「この花、気に入ってたのに。名前もつけた。綿毛ちゃん二号」
『なにその名前』
初耳なんだけど。オレにそっくりと言い張る坊ちゃん。全然似ていないと思うけどな。あと、坊ちゃんはブルースくんに絡みたいだけだと思う。その名前だって、咄嗟に考えただけだと思う。
ブルースくんも同様の結論に至ったのだろう。
適当に頷いて、あしらっている。
「はいはい、悪かったな」
「お詫びのお菓子くれたらゆるしてあげる」
「ところでおまえ、勉強はどうした」
「綿毛ちゃん! 散歩するぞ!」
「話を逸らすんじゃない」
わぁっと逃げ出すルイス坊ちゃん。その背中を見送って、ブルースくんが深いため息をつく。
『お兄ちゃんと遊びたいお年頃なんだよ、きっと』
疲れた顔するブルースくんを励まして、オレはルイス坊ちゃんの方へと駆け出した。
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