冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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14歳

355 嫌な予感(sideアロン)

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 夜。
 なんとなく一階の廊下を歩いていれば、ルイス様の部屋に入っていくロニーの後ろ姿が見えた。

 この時間、すでにルイス様は就寝している。ロニーは確か新人たちに混じって見回りをしていたはずである。団長がそのような指示を出しているのを耳にした。

 怪しい。

 湧き上がってきた好奇心のままに、足音と気配を殺してそっと近付く。きっちり閉じたドアの前に屈んで耳をすますが、さすがに廊下までは響いてこない。夜中ということもあり、声量を絞っているのだろう。思わず舌打ちしたいのを堪えて、じっと待ってみる。出てきたロニーを確保して、根掘り葉掘り聞き出そうと目論むが、肝心のロニーは一向に出てこない。

 長くない?

 状況から察するに、見回り中にルイス様の部屋の明かりが消えていないことに気がついたロニーが、様子を見にきたという感じだろう。それにしては長い。ルイス様に夜更かししたらダメですよ、とかなんとか。いつもの優男の仮面をつけてやんわり言い聞かせるロニーの顔が容易に思い浮かぶ。それに対して、ルイス様は素直に頷くはずだ。

 一体なにをしているのか。
 そんな時間がかかることでもないだろうに。突入してやろうかと一瞬だけ悩むが、そんなことをすればルイス様に嫌われそうな予感がする。

 ルイス様は、ロニーに懐いている。
 事あるごとに俺とロニーを比べては、「ロニーは優しい」と口にする。そんなルイス様は、ロニーとの時間を邪魔されることがお気に召さないらしい。一時期は、ペットの綿毛ちゃんとかいう犬がロニーに近づく度に「俺のロニーと勝手に遊ばないで」と引き剥がしにかかっていた。おそらく、噴水への執着と同じような感じで、ロニーにも執着している。理由ははっきりしている。あの長髪だ。

 そんな長髪も一度切ったはずなのに、最近また伸びてきた。結べる長さになるにつれて、ルイス様とロニーの距離が近付くような気がしていた。

 なんだか嫌な予感がする。
 俺にとって、よくないことが起きている気がする。

 突入したい気持ちを懸命に堪えて待機していれば、やがてドアが開いた。そうして出てきたロニーの腕を反射的に掴んだところ、彼は驚きに目を丸くした。

「ちょっと話がある」
「は? なんでここに居るんですか」
「どうでもいいだろ」

 細かいところを気にするロニーを適当に宥めて、ルイス様の部屋を離れる。

 どこか人気のない場所を探して、結局は自室に連れ込んだ。俺の部屋に入る時、なぜかロニーは毎度身構える。そんな警戒しなくても。単なる仕事の先輩なのだが。そういえば、前に飲みに誘った時もなぜかセドリックを一緒に連れてきた。俺ってそんなに信用ないのか?

「ちょっとは片付けたらどうなんですか」

 部屋に入るなり眉を顰めるロニーは、いまにも舌打ちしそうな顔である。ルイス様の前では絶対に見せない顔だ。

「なにかあった?」
「……なにもないですよ」

 今の短い沈黙は、絶対になにかあっただろう。
 問い詰めようとするが、逆に睨まれてしまう。

「まさかずっとあそこに居たんですか?」
「それはだって。ルイス様の部屋に入っていく君の姿が見えたから」

 随分と長居していたようだが、なにがあったのか。問いかけるが、ロニーは一向に口を割らない。変なところで頑固な男である。

「話長すぎない? 途中で何度か突入してやろうかと思った」
「いつものあなたであれば、遠慮なしに割り込んでくるじゃないですか」
「なんかね。勘? 入っちゃいけない予感がした」
「なんですかその野生の勘は」

 呆れたように吐き捨てるロニーを見て、どうやら俺の勘はあたっていたらしいと確信する。

 酒でも飲むかと勧めてみるが、断られてしまった。酔わせて色々と聞き出したいことがあるのだが、警戒心が強すぎる。

「ルイス様となに話してたの? 俺にも言えないような話?」
「そうですね。誰彼構わず吹聴できるような話ではないので」

 そう突き放してくるロニーは、俺に話すつもりはないらしい。困ったな。そこまで頑なに隠されると余計に気になるというのが人のさがというものだ。

 ロニーへと一歩近付けば、彼は警戒を強めるように姿勢を正す。だが、ちょっと遅い。後輩相手に手加減してやる義理もないので、さっと手を伸ばして上着の内ポケットを探ってみるが出てきたのはハンカチ一枚であった。戸惑ったロニーは「なんですか」と睨みつけてくるが、俺はそれどころではない。

「もう一枚はどうしたの。君、ルイス様に渡す用にもう一枚持ってただろ」
「なんでそんなこと知っているんですか」
「見ていればわかる」
「怖いんですけど」

 周囲の人間の動向には、常に目を配っている。ルイス様にはよくサボりだと言われているが、あれだって俺なりに新しくヴィアン家に入ってきた人間を観察しているだけだ。特にルイス様周りの人間は念入りに。

 その過程で知ったのだが、ロニーは常にハンカチを二枚持ち歩いている。実を言うと、ルイス様もハンカチを持ち歩いているのだが、ロニーの前でそれを出すことはない。いつだってロニーに渡されるのを待っている。あれはルイス様なりに、ロニーに甘えているのだろうか。そこまで気を許していることに、少々苛立ってしまったのは最近のことだ。

 そのハンカチがない。ロニーがうっかりする可能性もなくはないが、低いだろう。こいつはいつだって完璧だ。忘れ物なんてするような性格ではない。

 ということは、考えられることはひとつだけ。
 ルイス様にハンカチを渡したということだ。

 こんな夜中に、しかも涼しくなってきた季節。ハンカチの使い道。考えた末に、嫌な可能性に思い至った。

「ルイス様を泣かせたりした?」

 ここでの沈黙は肯定の意としか考えられない。「もう戻ってもいいですか」と冷たい対応をしてくる後輩くんに、掴みかかりたくなるのをグッと堪えて、一度深く息を吐く。

「なに? 優しいお兄さんはやめたの」
「すみません。まだ仕事があるので」

 挑発的な視線を投げるが、やはり乗ってこない。本当にムカつく後輩である。このまま粘っても成果はなさそうなので、仕方なく解放してやる。

 ロニーと別れてもなお、ルイス様のことが気になって気になって。少し時間をあけて部屋を訪ねてみたが、ルイス様は不在だった。ベッドの上では、飼い猫が呑気に寝ている。俺が近寄っても目を覚ます気配がない。この猫は、ルイス様に似て図太いところがある。犬の姿はない。おそらくユリス様の部屋に行ったのだろうと結論付けて、言いようのない感情が湧き上がってくる。

 なんでユリス様のところへ。

 ルイス様は、眠れない時などにユリス様の部屋に転がり込んでいる。ロニーの部屋に転がり込むよりはマシだが、それでもいい気はしない。

 なんで俺じゃないのか。

 考えて、ブルース様の顔が思い浮かぶ。あの人は、常日頃から騎士の私室に立ち入るなとルイス様に言い聞かせている。絶対にそのせいだろう。まったく余計なことを言ってくれる。

 この様子だとルイス様は明日の朝まで出てこないだろう。とりあえず今は諦めよう。明日改めてルイス様の様子を確認して、それからどうするか決めよう。

 そわそわと落ち着きなく動きまわって、ルイス様の顔を思い浮かべる。

 俺のあげた指輪については、なんだか有耶無耶になってしまったが、ルイス様の手元にあるだけ満足するしかない。自室に戻るが、眠れる気分ではない。なにかを誤魔化したい衝動に駆られて酒を手にするが、直前で思いとどまる。よくわからないが、酒で誤魔化すのは違う気がした。

 だからといって、変に込み上げてくる嫉妬心のようなものの誤魔化し方がわからなくて、髪を乱雑に掻きむしる。

 まったくもって思い通りにならない現状に、焦りだけが募っていった。
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