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14歳
350 団長の座
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「でね、ロニーと気まずいんだけど。どうすればいいと思う?」
「……眠いんだが」
その日の夜。
みんなが寝静まった頃を見計らって、こっそりとユリスのベッドに潜り込んだ俺は、日中の出来事をユリスに報告した。
眠い目を擦りながらも話を聞いてくれたユリスは、「おまえはどうしたいんだ」と、寝転がったまま問いかけてくる。
ぼんやりと暗闇の中、天井を見上げて俺は考える。
どうって言われてもな。希望としては、ロニーと仲直り(?)したい。あれからずっと変な空気だ。ジャンが不思議そうな顔をするくらいには、俺とロニーの間には普段と違う空気が流れていた。
「わかんない」
緩く頭を振れば、ユリスがため息をつく。
どうやら本当に眠いらしくて、俺の話を適当に聞き流そうとしてくる。
「おまえが気を遣う必要なんてないだろ。あっちはただの騎士なんだから」
「そうはいかないでしょ」
ユリスは、色々と割り切っているところがある。ブルース兄様の反応を見るに、多分ユリスの方が正しいのだろう。必要以上に騎士や使用人と仲良くしなくていいという姿勢の方が、本来は正しい。でも、ロニーとはほとんど毎日一緒なわけだし、仲良くしたいと思うのは自然なことじゃないの? 一方的に俺が偉そうにするのは、なんか違うと思ってしまう。
「考えすぎだろ。明日になればロニーだっていつも通りだろ」
「そうだといいけど」
ロニーは、本心ではなにを考えているのかよくわからないから、ちょっと心配になってしまう。
だが、ユリスの言う通り、ここで俺がうだうだしていても仕方がない。明日になって、まだロニーがギクシャクしていたら、その時に考えよう。
目を閉じれば、横のユリスが小突いてくる。
「自分の部屋に戻れよ」
「いいじゃん、別に。おやすみ」
※※※
「おはよー」
翌朝。
ユリスの部屋を飛び出した俺は、廊下でばったりロニーと鉢合わせた。昨日のことが頭をよぎるが、それを一旦全部忘れようと、おずおずと挨拶してみる。俺に気が付いたロニーは、にこりと笑ってくれた。
「おはようございます、ルイス様」
「うん! おはよう」
いつも通りのロニーだ。嬉しくなって、彼の隣に並ぶ。やっぱりロニーは優しい。こういう優しいところが好き。
「今日はユリス、どこにも行かないって」
連日のように研究所に足を運んでいるユリスだが、今日は屋敷から出ないと言っていた。久しぶりに一緒に遊べる。
そこからは普段通りだった。ユリスの言う通り、そんなに心配する必要はなかったらしい。朝はロニーと一緒に勉強して、昼からはユリスの部屋でごろごろする。綿毛ちゃんとお喋りしていれば、たまに思い出したかのようにユリスが口を挟んでくる。
そうこうしているうちに、ロニーが静かに部屋を出ていく。多分、ブルース兄様のところだろう。最近、ロニーがよくセドリックと一緒にいる場面を目撃する。そこにブルース兄様も加わって、なにやら仕事の話をしていることが多い。
「タイラーは、団長のこと聞いた?」
顔を上げてタイラーを振り返れば、彼は小さく苦笑する。どうやらすでに知っているらしい。一応内緒という建前にはなっているが、今や屋敷の人間のほとんどが知っている。クレイグ団長が近いうちに辞めるらしい。
その関係で、騎士団がいつになくバタバタしている。セドリックが疲れた顔で動きまわっているのも、その影響だ。人手が足りないらしく、ロニーやタイラーもよく席を外している。まぁ、俺とユリスが一緒にいる時は、正直護衛はひとりでもどうにかなるからな。
「団長。辞めてどうするんだろう」
「領地に戻ると聞きましたが」
「へー」
その領地とやらがどこにあるのか、俺はよく知らない。クレイグ団長が辞めるという話自体は、数年前から噂になっていた。だが、この状況で辞められても困るとブルース兄様が突っぱねたことで、一時期は有耶無耶になっていた。どうやら兄様は、セドリックをそのまま団長にするつもりらしい。出世だが、当のセドリックはあんまり興味なさそうな顔をしていた。あいつは真面目な騎士だが、とてつもない面倒くさがりでもある。
おそらく本音では、団長なんてやりたくないと思っていそうである。また、こういう出世の話になると必ずと言っていいほど己の存在を主張し始めるアロンも沈黙を貫いている。
アロンは、副団長にはなりたいが、団長にはなりたくないらしい。最終的に責任を負わされる立場には魅力を感じないらしい。前にそんな感じのことを悪びれもなく言っていた。その主張には変わりがないらしく、団長への立候補は見送っている。そんなアロンに対して、ブルース兄様が舌打ちしていた。兄様は兄様で、アロンが首を突っ込んでこないと不満らしい。まぁ、アロンの仕事に対するやる気がないのはいつものことだ。
「……ティアンは団長にならないの?」
ずっと気になっていたことを口にする。ティアンは、なんか知らないが団長を目指していたはずである。思えば、ティアンが帰ってくるのは来年だ。四年間はものすごく長いと思っていたが、もう三年も経ったのか。
なんだかティアンのいない日常が当たり前になりすぎて、帰ってくると言われてもピンとこない。だが、遊び相手が増えるのは大歓迎である。
俺の疑問に、タイラーは「そうですね」とわかったように頷く。
「戻ってきて突然団長は無理でしょう。まずは経験を積まないと」
「そっか」
まぁ、そうだよな。たとえティアンが戻ってきても、騎士になったばかりの新人に団長は無理だろう。多分みんなが納得しない。いずれティアンが団長になるとしても、当面の間、団長を務める者が必要だ。
「セドリックはやる気ないけど大丈夫かなぁ」
「大丈夫だと思いますけどね。あの人、やる気はないですが変な問題は起こさないので」
そうだな。渋ることはあっても、いつも最終的に役目をまっとうしている。団長になれば、多分だけど、ちゃんと団長としての役割をまっとうしてくれそうだ。
「ブルース兄様もいるしね」
騎士団は、実質的にはブルース兄様の管轄だ。真面目な兄様が目を光らせている限り、変な騒動は起きないだろう。ついでにニックもいる。ニックは、セドリックの熱狂的な信者である。セドリックが絡むと普段とは違う顔を覗かせる。きっと、セドリックが団長になれば、堂々とサポートし始めるはずだ。
徐々に変わっていく屋敷内。ユリスも留守にしがちだし、ティアンもいないし、もうすぐクレイグ団長もいなくなる。昔の賑やかさが、ちょっとだけ恋しくなってしまう。
「……眠いんだが」
その日の夜。
みんなが寝静まった頃を見計らって、こっそりとユリスのベッドに潜り込んだ俺は、日中の出来事をユリスに報告した。
眠い目を擦りながらも話を聞いてくれたユリスは、「おまえはどうしたいんだ」と、寝転がったまま問いかけてくる。
ぼんやりと暗闇の中、天井を見上げて俺は考える。
どうって言われてもな。希望としては、ロニーと仲直り(?)したい。あれからずっと変な空気だ。ジャンが不思議そうな顔をするくらいには、俺とロニーの間には普段と違う空気が流れていた。
「わかんない」
緩く頭を振れば、ユリスがため息をつく。
どうやら本当に眠いらしくて、俺の話を適当に聞き流そうとしてくる。
「おまえが気を遣う必要なんてないだろ。あっちはただの騎士なんだから」
「そうはいかないでしょ」
ユリスは、色々と割り切っているところがある。ブルース兄様の反応を見るに、多分ユリスの方が正しいのだろう。必要以上に騎士や使用人と仲良くしなくていいという姿勢の方が、本来は正しい。でも、ロニーとはほとんど毎日一緒なわけだし、仲良くしたいと思うのは自然なことじゃないの? 一方的に俺が偉そうにするのは、なんか違うと思ってしまう。
「考えすぎだろ。明日になればロニーだっていつも通りだろ」
「そうだといいけど」
ロニーは、本心ではなにを考えているのかよくわからないから、ちょっと心配になってしまう。
だが、ユリスの言う通り、ここで俺がうだうだしていても仕方がない。明日になって、まだロニーがギクシャクしていたら、その時に考えよう。
目を閉じれば、横のユリスが小突いてくる。
「自分の部屋に戻れよ」
「いいじゃん、別に。おやすみ」
※※※
「おはよー」
翌朝。
ユリスの部屋を飛び出した俺は、廊下でばったりロニーと鉢合わせた。昨日のことが頭をよぎるが、それを一旦全部忘れようと、おずおずと挨拶してみる。俺に気が付いたロニーは、にこりと笑ってくれた。
「おはようございます、ルイス様」
「うん! おはよう」
いつも通りのロニーだ。嬉しくなって、彼の隣に並ぶ。やっぱりロニーは優しい。こういう優しいところが好き。
「今日はユリス、どこにも行かないって」
連日のように研究所に足を運んでいるユリスだが、今日は屋敷から出ないと言っていた。久しぶりに一緒に遊べる。
そこからは普段通りだった。ユリスの言う通り、そんなに心配する必要はなかったらしい。朝はロニーと一緒に勉強して、昼からはユリスの部屋でごろごろする。綿毛ちゃんとお喋りしていれば、たまに思い出したかのようにユリスが口を挟んでくる。
そうこうしているうちに、ロニーが静かに部屋を出ていく。多分、ブルース兄様のところだろう。最近、ロニーがよくセドリックと一緒にいる場面を目撃する。そこにブルース兄様も加わって、なにやら仕事の話をしていることが多い。
「タイラーは、団長のこと聞いた?」
顔を上げてタイラーを振り返れば、彼は小さく苦笑する。どうやらすでに知っているらしい。一応内緒という建前にはなっているが、今や屋敷の人間のほとんどが知っている。クレイグ団長が近いうちに辞めるらしい。
その関係で、騎士団がいつになくバタバタしている。セドリックが疲れた顔で動きまわっているのも、その影響だ。人手が足りないらしく、ロニーやタイラーもよく席を外している。まぁ、俺とユリスが一緒にいる時は、正直護衛はひとりでもどうにかなるからな。
「団長。辞めてどうするんだろう」
「領地に戻ると聞きましたが」
「へー」
その領地とやらがどこにあるのか、俺はよく知らない。クレイグ団長が辞めるという話自体は、数年前から噂になっていた。だが、この状況で辞められても困るとブルース兄様が突っぱねたことで、一時期は有耶無耶になっていた。どうやら兄様は、セドリックをそのまま団長にするつもりらしい。出世だが、当のセドリックはあんまり興味なさそうな顔をしていた。あいつは真面目な騎士だが、とてつもない面倒くさがりでもある。
おそらく本音では、団長なんてやりたくないと思っていそうである。また、こういう出世の話になると必ずと言っていいほど己の存在を主張し始めるアロンも沈黙を貫いている。
アロンは、副団長にはなりたいが、団長にはなりたくないらしい。最終的に責任を負わされる立場には魅力を感じないらしい。前にそんな感じのことを悪びれもなく言っていた。その主張には変わりがないらしく、団長への立候補は見送っている。そんなアロンに対して、ブルース兄様が舌打ちしていた。兄様は兄様で、アロンが首を突っ込んでこないと不満らしい。まぁ、アロンの仕事に対するやる気がないのはいつものことだ。
「……ティアンは団長にならないの?」
ずっと気になっていたことを口にする。ティアンは、なんか知らないが団長を目指していたはずである。思えば、ティアンが帰ってくるのは来年だ。四年間はものすごく長いと思っていたが、もう三年も経ったのか。
なんだかティアンのいない日常が当たり前になりすぎて、帰ってくると言われてもピンとこない。だが、遊び相手が増えるのは大歓迎である。
俺の疑問に、タイラーは「そうですね」とわかったように頷く。
「戻ってきて突然団長は無理でしょう。まずは経験を積まないと」
「そっか」
まぁ、そうだよな。たとえティアンが戻ってきても、騎士になったばかりの新人に団長は無理だろう。多分みんなが納得しない。いずれティアンが団長になるとしても、当面の間、団長を務める者が必要だ。
「セドリックはやる気ないけど大丈夫かなぁ」
「大丈夫だと思いますけどね。あの人、やる気はないですが変な問題は起こさないので」
そうだな。渋ることはあっても、いつも最終的に役目をまっとうしている。団長になれば、多分だけど、ちゃんと団長としての役割をまっとうしてくれそうだ。
「ブルース兄様もいるしね」
騎士団は、実質的にはブルース兄様の管轄だ。真面目な兄様が目を光らせている限り、変な騒動は起きないだろう。ついでにニックもいる。ニックは、セドリックの熱狂的な信者である。セドリックが絡むと普段とは違う顔を覗かせる。きっと、セドリックが団長になれば、堂々とサポートし始めるはずだ。
徐々に変わっていく屋敷内。ユリスも留守にしがちだし、ティアンもいないし、もうすぐクレイグ団長もいなくなる。昔の賑やかさが、ちょっとだけ恋しくなってしまう。
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