364 / 637
14歳
349 好きな人
しおりを挟む
「ユリスは好きな人いる?」
「なんだそのくだらない質問は」
夕方頃。この時間になれば、ユリスが帰ってくる。一緒に夕食を食べながら問いかけてみれば、ユリスは怪訝な顔をする。ちなみに部屋には他にジャンだけ。ジャンは、俺たちの会話を聞いても聞かなかったことにしてくれるから気楽でいい。
「デニスのことが好きなのか?」
「そんなわけ」
「え?」
なんで? ユリスはデニスのことが好きなはず。
「付き合ってるんでしょ?」
「は?」
目を瞬くユリスは、食事の手を止める。
「なんで僕があんなうるさい奴と」
え? 付き合っていないのか?
でもユリスは、頻繁にデニスの屋敷へ遊びに行っていた。てっきり付き合っているものとばかり思っていたのだが。
しかし、ユリスが嘘をついているとは思えないし、嘘をつく理由もない。
「でも俺抜きで遊んでるじゃん」
「それは。デニーがおまえのこと嫌いだと言うから」
シンプルに酷いこと言うじゃん。
だが驚きはしない。デニスは、俺と会うたびに「お子様はあっちに行って!」と声を張り上げてくる。成長したデニスは、相変わらず女の子と見紛うような可愛い顔をしているのに、俺に対する態度だけはいただけない。俺がまだ十歳だった頃、ほんの短い期間恋人をやっていたはずなのに、すごく冷たい。
デニスの方は、ユリスのことが好きなのだ。しょっちゅう「結婚して! 責任とって!」とユリスを追いかけまわしている。
「付き合ってるのかと思った」
「話が合うから一緒に居るだけだ」
「ふーん」
ユリスがそう言うのであれば、そうなのだろう。デニスがちょっと可哀想。
「おまえはどうなんだ」
「好きな人?」
「あぁ。いるのか?」
皿に視線を落としたまま、ユリスが問いかけてくる。
好きな人かぁ。
「わかんない」
正直に答えれば、ユリスが眉を寄せる。
「アロンじゃないのか?」
「アロンのことも好きだけど」
「もってなんだ。他に誰がいるんだ」
「ロニーも好きだし、ベネットも好き」
「……」
顔を上げたユリスは、変な顔をする。
そうしてたっぷり沈黙した彼は、やがて「馬鹿」と呟いた。
「なんだと!」
「あれだな。ルイスはまだまだ子供だな」
「同い年だろ! ふざけるな!」
「ふざけているのはおまえの方だ。僕の方が大人だな」
「はぁ!?」
上から目線で大人ぶってくるユリスに腹が立つ。だが、ここで殴りかかればそれこそ子供だと馬鹿にされる。俺は大人なので。
落ち着こうと残りの夕食を一気に口に詰め込めば、ユリスが呆れたような目で見てくる。お上品になんでも小さく切り分けて食べるユリスは、フォークを置くと小さく息を吐いた。
「決められないなら全員と付き合ったらどうだ」
は?
予想外の言葉に戸惑う俺を放置して、ユリスは続ける。
「別に付き合う相手も好きな相手もひとりである必要はないだろ。とりあえず全員と付き合ってみて、それで一番よさそうなのを選んだらどうだ?」
「意味がわからない」
「わかるだろ。お試しってやつだ」
それはただの最低野郎では?
ドン引きする俺に構わず、ユリスは食事を再開する。この激ヤバなお子様は、たまにとんでもないことを言い出す。
今の発言は、聞かなかったことにしておこうと思う。
※※※
「ロニー! こっち来て」
翌日。
庭の一角にて、俺は立ち上がってロニーを手招きする。俺の足元では、猫のエリスちゃんがのんびり座っていた。
微笑を浮かべながら寄ってくるロニーの腕を掴んで、猫を指差す。
「見て!」
猫の頭の上に、てんとう虫がとまっている。
白猫の頭に赤い虫は、すごく目立つ。
ロニーと一緒にしゃがみ込んで、観察する。
「可愛いね」
「可愛いですね」
にこにこと微笑むロニーに、俺の方もなんだか嬉しくなってへへっと笑う。そうしているうちに、てんとう虫は飛んでいってしまった。名残惜しい気持ちで空を眺めていれば、ロニーがそっと立ち上がる。自然と、俺の視線がそちらに引きつけられる。
「ロニーは、好きな人いる?」
「え?」
一瞬、時が止まったような気がした。静かに目を見開くロニーは、動きを止めてしまう。
昨日のユリスとの会話をふと思い出して、つい口から出てきてしまった些細な疑問。そんなに深い意味はなかったのだが、ロニーが予想外に身構えてしまった。
「あ、いや。別に意味はないんだけど」
慌てて付け足すが、一度変わってしまった空気は元には戻らない。さっと目を伏せてしまったロニーは、「すみません」と早口に謝ってそれきり沈黙してしまう。
違う。こういう空気にしたかったわけではない。ちょっとした雑談のつもりだ。そんな気まずい顔をさせたかったわけではない。
だが、俺はロニーにどういう答えを求めていたのだろうか。
もしここで、ロニーが俺の知らない女の人の名前をあげたら? あれ? それはなんか嫌だな。すごく、嫌だ。
「ロニーは」
なんて訊けばいいんだ。仲のいい友達いる? どういう人がタイプ?
どれもしっくりこなくて、口を閉ざす。突然黙り込んだ俺に、ロニーは心配そうな目を向けてはくるが、声をかけることはしない。
そうして、なんともいえない空気をどうにかしようと思って、俺は猫を抱き上げる。
「もう部屋に戻る」
俯いたまま、早足に庭を歩く。ロニーも無言でついてくる。ちょっと怖くて、彼の顔は確認できなかった。
「なんだそのくだらない質問は」
夕方頃。この時間になれば、ユリスが帰ってくる。一緒に夕食を食べながら問いかけてみれば、ユリスは怪訝な顔をする。ちなみに部屋には他にジャンだけ。ジャンは、俺たちの会話を聞いても聞かなかったことにしてくれるから気楽でいい。
「デニスのことが好きなのか?」
「そんなわけ」
「え?」
なんで? ユリスはデニスのことが好きなはず。
「付き合ってるんでしょ?」
「は?」
目を瞬くユリスは、食事の手を止める。
「なんで僕があんなうるさい奴と」
え? 付き合っていないのか?
でもユリスは、頻繁にデニスの屋敷へ遊びに行っていた。てっきり付き合っているものとばかり思っていたのだが。
しかし、ユリスが嘘をついているとは思えないし、嘘をつく理由もない。
「でも俺抜きで遊んでるじゃん」
「それは。デニーがおまえのこと嫌いだと言うから」
シンプルに酷いこと言うじゃん。
だが驚きはしない。デニスは、俺と会うたびに「お子様はあっちに行って!」と声を張り上げてくる。成長したデニスは、相変わらず女の子と見紛うような可愛い顔をしているのに、俺に対する態度だけはいただけない。俺がまだ十歳だった頃、ほんの短い期間恋人をやっていたはずなのに、すごく冷たい。
デニスの方は、ユリスのことが好きなのだ。しょっちゅう「結婚して! 責任とって!」とユリスを追いかけまわしている。
「付き合ってるのかと思った」
「話が合うから一緒に居るだけだ」
「ふーん」
ユリスがそう言うのであれば、そうなのだろう。デニスがちょっと可哀想。
「おまえはどうなんだ」
「好きな人?」
「あぁ。いるのか?」
皿に視線を落としたまま、ユリスが問いかけてくる。
好きな人かぁ。
「わかんない」
正直に答えれば、ユリスが眉を寄せる。
「アロンじゃないのか?」
「アロンのことも好きだけど」
「もってなんだ。他に誰がいるんだ」
「ロニーも好きだし、ベネットも好き」
「……」
顔を上げたユリスは、変な顔をする。
そうしてたっぷり沈黙した彼は、やがて「馬鹿」と呟いた。
「なんだと!」
「あれだな。ルイスはまだまだ子供だな」
「同い年だろ! ふざけるな!」
「ふざけているのはおまえの方だ。僕の方が大人だな」
「はぁ!?」
上から目線で大人ぶってくるユリスに腹が立つ。だが、ここで殴りかかればそれこそ子供だと馬鹿にされる。俺は大人なので。
落ち着こうと残りの夕食を一気に口に詰め込めば、ユリスが呆れたような目で見てくる。お上品になんでも小さく切り分けて食べるユリスは、フォークを置くと小さく息を吐いた。
「決められないなら全員と付き合ったらどうだ」
は?
予想外の言葉に戸惑う俺を放置して、ユリスは続ける。
「別に付き合う相手も好きな相手もひとりである必要はないだろ。とりあえず全員と付き合ってみて、それで一番よさそうなのを選んだらどうだ?」
「意味がわからない」
「わかるだろ。お試しってやつだ」
それはただの最低野郎では?
ドン引きする俺に構わず、ユリスは食事を再開する。この激ヤバなお子様は、たまにとんでもないことを言い出す。
今の発言は、聞かなかったことにしておこうと思う。
※※※
「ロニー! こっち来て」
翌日。
庭の一角にて、俺は立ち上がってロニーを手招きする。俺の足元では、猫のエリスちゃんがのんびり座っていた。
微笑を浮かべながら寄ってくるロニーの腕を掴んで、猫を指差す。
「見て!」
猫の頭の上に、てんとう虫がとまっている。
白猫の頭に赤い虫は、すごく目立つ。
ロニーと一緒にしゃがみ込んで、観察する。
「可愛いね」
「可愛いですね」
にこにこと微笑むロニーに、俺の方もなんだか嬉しくなってへへっと笑う。そうしているうちに、てんとう虫は飛んでいってしまった。名残惜しい気持ちで空を眺めていれば、ロニーがそっと立ち上がる。自然と、俺の視線がそちらに引きつけられる。
「ロニーは、好きな人いる?」
「え?」
一瞬、時が止まったような気がした。静かに目を見開くロニーは、動きを止めてしまう。
昨日のユリスとの会話をふと思い出して、つい口から出てきてしまった些細な疑問。そんなに深い意味はなかったのだが、ロニーが予想外に身構えてしまった。
「あ、いや。別に意味はないんだけど」
慌てて付け足すが、一度変わってしまった空気は元には戻らない。さっと目を伏せてしまったロニーは、「すみません」と早口に謝ってそれきり沈黙してしまう。
違う。こういう空気にしたかったわけではない。ちょっとした雑談のつもりだ。そんな気まずい顔をさせたかったわけではない。
だが、俺はロニーにどういう答えを求めていたのだろうか。
もしここで、ロニーが俺の知らない女の人の名前をあげたら? あれ? それはなんか嫌だな。すごく、嫌だ。
「ロニーは」
なんて訊けばいいんだ。仲のいい友達いる? どういう人がタイプ?
どれもしっくりこなくて、口を閉ざす。突然黙り込んだ俺に、ロニーは心配そうな目を向けてはくるが、声をかけることはしない。
そうして、なんともいえない空気をどうにかしようと思って、俺は猫を抱き上げる。
「もう部屋に戻る」
俯いたまま、早足に庭を歩く。ロニーも無言でついてくる。ちょっと怖くて、彼の顔は確認できなかった。
1,692
お気に入りに追加
3,136
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
とある文官のひとりごと
きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。
アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。
基本コメディで、少しだけシリアス?
エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座)
ムーンライト様でも公開しております。

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください

その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

愛する人
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
「ああ、もう限界だ......なんでこんなことに!!」
応接室の隙間から、頭を抱える夫、ルドルフの姿が見えた。リオンの帰りが遅いことを知っていたから気が緩み、屋敷で愚痴を溢してしまったのだろう。
三年前、ルドルフの家からの申し出により、リオンは彼と政略的な婚姻関係を結んだ。けれどルドルフには愛する男性がいたのだ。
『限界』という言葉に悩んだリオンはやがてひとつの決断をする。


実はαだった俺、逃げることにした。
るるらら
BL
俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!
実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。
一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!
前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。
!注意!
初のオメガバース作品。
ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。
バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。
!ごめんなさい!
幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に
復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる