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14歳
349 好きな人
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「ユリスは好きな人いる?」
「なんだそのくだらない質問は」
夕方頃。この時間になれば、ユリスが帰ってくる。一緒に夕食を食べながら問いかけてみれば、ユリスは怪訝な顔をする。ちなみに部屋には他にジャンだけ。ジャンは、俺たちの会話を聞いても聞かなかったことにしてくれるから気楽でいい。
「デニスのことが好きなのか?」
「そんなわけ」
「え?」
なんで? ユリスはデニスのことが好きなはず。
「付き合ってるんでしょ?」
「は?」
目を瞬くユリスは、食事の手を止める。
「なんで僕があんなうるさい奴と」
え? 付き合っていないのか?
でもユリスは、頻繁にデニスの屋敷へ遊びに行っていた。てっきり付き合っているものとばかり思っていたのだが。
しかし、ユリスが嘘をついているとは思えないし、嘘をつく理由もない。
「でも俺抜きで遊んでるじゃん」
「それは。デニーがおまえのこと嫌いだと言うから」
シンプルに酷いこと言うじゃん。
だが驚きはしない。デニスは、俺と会うたびに「お子様はあっちに行って!」と声を張り上げてくる。成長したデニスは、相変わらず女の子と見紛うような可愛い顔をしているのに、俺に対する態度だけはいただけない。俺がまだ十歳だった頃、ほんの短い期間恋人をやっていたはずなのに、すごく冷たい。
デニスの方は、ユリスのことが好きなのだ。しょっちゅう「結婚して! 責任とって!」とユリスを追いかけまわしている。
「付き合ってるのかと思った」
「話が合うから一緒に居るだけだ」
「ふーん」
ユリスがそう言うのであれば、そうなのだろう。デニスがちょっと可哀想。
「おまえはどうなんだ」
「好きな人?」
「あぁ。いるのか?」
皿に視線を落としたまま、ユリスが問いかけてくる。
好きな人かぁ。
「わかんない」
正直に答えれば、ユリスが眉を寄せる。
「アロンじゃないのか?」
「アロンのことも好きだけど」
「もってなんだ。他に誰がいるんだ」
「ロニーも好きだし、ベネットも好き」
「……」
顔を上げたユリスは、変な顔をする。
そうしてたっぷり沈黙した彼は、やがて「馬鹿」と呟いた。
「なんだと!」
「あれだな。ルイスはまだまだ子供だな」
「同い年だろ! ふざけるな!」
「ふざけているのはおまえの方だ。僕の方が大人だな」
「はぁ!?」
上から目線で大人ぶってくるユリスに腹が立つ。だが、ここで殴りかかればそれこそ子供だと馬鹿にされる。俺は大人なので。
落ち着こうと残りの夕食を一気に口に詰め込めば、ユリスが呆れたような目で見てくる。お上品になんでも小さく切り分けて食べるユリスは、フォークを置くと小さく息を吐いた。
「決められないなら全員と付き合ったらどうだ」
は?
予想外の言葉に戸惑う俺を放置して、ユリスは続ける。
「別に付き合う相手も好きな相手もひとりである必要はないだろ。とりあえず全員と付き合ってみて、それで一番よさそうなのを選んだらどうだ?」
「意味がわからない」
「わかるだろ。お試しってやつだ」
それはただの最低野郎では?
ドン引きする俺に構わず、ユリスは食事を再開する。この激ヤバなお子様は、たまにとんでもないことを言い出す。
今の発言は、聞かなかったことにしておこうと思う。
※※※
「ロニー! こっち来て」
翌日。
庭の一角にて、俺は立ち上がってロニーを手招きする。俺の足元では、猫のエリスちゃんがのんびり座っていた。
微笑を浮かべながら寄ってくるロニーの腕を掴んで、猫を指差す。
「見て!」
猫の頭の上に、てんとう虫がとまっている。
白猫の頭に赤い虫は、すごく目立つ。
ロニーと一緒にしゃがみ込んで、観察する。
「可愛いね」
「可愛いですね」
にこにこと微笑むロニーに、俺の方もなんだか嬉しくなってへへっと笑う。そうしているうちに、てんとう虫は飛んでいってしまった。名残惜しい気持ちで空を眺めていれば、ロニーがそっと立ち上がる。自然と、俺の視線がそちらに引きつけられる。
「ロニーは、好きな人いる?」
「え?」
一瞬、時が止まったような気がした。静かに目を見開くロニーは、動きを止めてしまう。
昨日のユリスとの会話をふと思い出して、つい口から出てきてしまった些細な疑問。そんなに深い意味はなかったのだが、ロニーが予想外に身構えてしまった。
「あ、いや。別に意味はないんだけど」
慌てて付け足すが、一度変わってしまった空気は元には戻らない。さっと目を伏せてしまったロニーは、「すみません」と早口に謝ってそれきり沈黙してしまう。
違う。こういう空気にしたかったわけではない。ちょっとした雑談のつもりだ。そんな気まずい顔をさせたかったわけではない。
だが、俺はロニーにどういう答えを求めていたのだろうか。
もしここで、ロニーが俺の知らない女の人の名前をあげたら? あれ? それはなんか嫌だな。すごく、嫌だ。
「ロニーは」
なんて訊けばいいんだ。仲のいい友達いる? どういう人がタイプ?
どれもしっくりこなくて、口を閉ざす。突然黙り込んだ俺に、ロニーは心配そうな目を向けてはくるが、声をかけることはしない。
そうして、なんともいえない空気をどうにかしようと思って、俺は猫を抱き上げる。
「もう部屋に戻る」
俯いたまま、早足に庭を歩く。ロニーも無言でついてくる。ちょっと怖くて、彼の顔は確認できなかった。
「なんだそのくだらない質問は」
夕方頃。この時間になれば、ユリスが帰ってくる。一緒に夕食を食べながら問いかけてみれば、ユリスは怪訝な顔をする。ちなみに部屋には他にジャンだけ。ジャンは、俺たちの会話を聞いても聞かなかったことにしてくれるから気楽でいい。
「デニスのことが好きなのか?」
「そんなわけ」
「え?」
なんで? ユリスはデニスのことが好きなはず。
「付き合ってるんでしょ?」
「は?」
目を瞬くユリスは、食事の手を止める。
「なんで僕があんなうるさい奴と」
え? 付き合っていないのか?
でもユリスは、頻繁にデニスの屋敷へ遊びに行っていた。てっきり付き合っているものとばかり思っていたのだが。
しかし、ユリスが嘘をついているとは思えないし、嘘をつく理由もない。
「でも俺抜きで遊んでるじゃん」
「それは。デニーがおまえのこと嫌いだと言うから」
シンプルに酷いこと言うじゃん。
だが驚きはしない。デニスは、俺と会うたびに「お子様はあっちに行って!」と声を張り上げてくる。成長したデニスは、相変わらず女の子と見紛うような可愛い顔をしているのに、俺に対する態度だけはいただけない。俺がまだ十歳だった頃、ほんの短い期間恋人をやっていたはずなのに、すごく冷たい。
デニスの方は、ユリスのことが好きなのだ。しょっちゅう「結婚して! 責任とって!」とユリスを追いかけまわしている。
「付き合ってるのかと思った」
「話が合うから一緒に居るだけだ」
「ふーん」
ユリスがそう言うのであれば、そうなのだろう。デニスがちょっと可哀想。
「おまえはどうなんだ」
「好きな人?」
「あぁ。いるのか?」
皿に視線を落としたまま、ユリスが問いかけてくる。
好きな人かぁ。
「わかんない」
正直に答えれば、ユリスが眉を寄せる。
「アロンじゃないのか?」
「アロンのことも好きだけど」
「もってなんだ。他に誰がいるんだ」
「ロニーも好きだし、ベネットも好き」
「……」
顔を上げたユリスは、変な顔をする。
そうしてたっぷり沈黙した彼は、やがて「馬鹿」と呟いた。
「なんだと!」
「あれだな。ルイスはまだまだ子供だな」
「同い年だろ! ふざけるな!」
「ふざけているのはおまえの方だ。僕の方が大人だな」
「はぁ!?」
上から目線で大人ぶってくるユリスに腹が立つ。だが、ここで殴りかかればそれこそ子供だと馬鹿にされる。俺は大人なので。
落ち着こうと残りの夕食を一気に口に詰め込めば、ユリスが呆れたような目で見てくる。お上品になんでも小さく切り分けて食べるユリスは、フォークを置くと小さく息を吐いた。
「決められないなら全員と付き合ったらどうだ」
は?
予想外の言葉に戸惑う俺を放置して、ユリスは続ける。
「別に付き合う相手も好きな相手もひとりである必要はないだろ。とりあえず全員と付き合ってみて、それで一番よさそうなのを選んだらどうだ?」
「意味がわからない」
「わかるだろ。お試しってやつだ」
それはただの最低野郎では?
ドン引きする俺に構わず、ユリスは食事を再開する。この激ヤバなお子様は、たまにとんでもないことを言い出す。
今の発言は、聞かなかったことにしておこうと思う。
※※※
「ロニー! こっち来て」
翌日。
庭の一角にて、俺は立ち上がってロニーを手招きする。俺の足元では、猫のエリスちゃんがのんびり座っていた。
微笑を浮かべながら寄ってくるロニーの腕を掴んで、猫を指差す。
「見て!」
猫の頭の上に、てんとう虫がとまっている。
白猫の頭に赤い虫は、すごく目立つ。
ロニーと一緒にしゃがみ込んで、観察する。
「可愛いね」
「可愛いですね」
にこにこと微笑むロニーに、俺の方もなんだか嬉しくなってへへっと笑う。そうしているうちに、てんとう虫は飛んでいってしまった。名残惜しい気持ちで空を眺めていれば、ロニーがそっと立ち上がる。自然と、俺の視線がそちらに引きつけられる。
「ロニーは、好きな人いる?」
「え?」
一瞬、時が止まったような気がした。静かに目を見開くロニーは、動きを止めてしまう。
昨日のユリスとの会話をふと思い出して、つい口から出てきてしまった些細な疑問。そんなに深い意味はなかったのだが、ロニーが予想外に身構えてしまった。
「あ、いや。別に意味はないんだけど」
慌てて付け足すが、一度変わってしまった空気は元には戻らない。さっと目を伏せてしまったロニーは、「すみません」と早口に謝ってそれきり沈黙してしまう。
違う。こういう空気にしたかったわけではない。ちょっとした雑談のつもりだ。そんな気まずい顔をさせたかったわけではない。
だが、俺はロニーにどういう答えを求めていたのだろうか。
もしここで、ロニーが俺の知らない女の人の名前をあげたら? あれ? それはなんか嫌だな。すごく、嫌だ。
「ロニーは」
なんて訊けばいいんだ。仲のいい友達いる? どういう人がタイプ?
どれもしっくりこなくて、口を閉ざす。突然黙り込んだ俺に、ロニーは心配そうな目を向けてはくるが、声をかけることはしない。
そうして、なんともいえない空気をどうにかしようと思って、俺は猫を抱き上げる。
「もう部屋に戻る」
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