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14歳

348 焦り

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「そういえば、ユリスは?」
「今日は研究所に行ったみたいですよ」
「またか」

 季節は秋。俺はもう十四歳。

 最近、ユリスは屋敷にいない時間が増えた。というのも、エリックに頼んでいた魔法についての研究施設が完成したらしく、ユリスは当然のような顔でそちらに入り浸っている。本気で魔法に関わる仕事がしたいらしい。本人は趣味だと言い張っているが、あれはどう見ても趣味の域を超えている。多分、ユリスは将来的にあそこで働くのだと思う。

 ヴィアン家の屋敷から割と近いところに建設されたので、朝から出かけて夕方頃まで居座っているのだ。もちろん、タイラーも一緒に。だからユリスと顔を合わせる時間が単純に減ってしまった。

 たまにブルース兄様も様子見に顔を出しているらしいが、兄様はあまり魔法に興味がない。あの人は、面倒事は腕力で解決したいタイプの人だから仕方ないだろう。相変わらず、騎士団に混じって訓練に参加したりしている。

 そして俺は現在、ロニーと一緒に自室で勉強していた。本音を言えば遊びたいのだが、そろそろ真面目に勉強しろとブルース兄様がうるさい。家庭教師であるカル先生も、前にも増して頻繁に屋敷に出入りするようになった。今日はカル先生は来ないのだが、授業がない日もロニーと一緒に勉強している。俺はすごく偉いと思う。

 必死に勉強する俺の足元では、綿毛ちゃんが呑気にお昼寝している。白猫エリスちゃんも一緒に寝転がっている。いいな。俺もお昼寝したい。

 足を伸ばして、綿毛ちゃんをつま先で蹴ってみる。『やめてぇ』と眠そうな声が返ってくる。綿毛ちゃんは、出会った当初は魔導書返せとうるさかったが、今ではすっかりヴィアン家に馴染んでいる。あの魔導書を作った人が、綿毛ちゃんのことも作り出したらしいが、目の届く所に魔導書があればそれで満足しているのだろう。もはや俺のペットとして毎日のんびり暮らしている。

 ちなみに、綿毛ちゃんが人間になれる件はすぐにブルース兄様の耳にも入った。人間姿の綿毛ちゃんを見て「うわぁ!」と変な声をあげたブルース兄様は、しかしすぐに受け入れてくれた。まぁ、あれは受け入れたというよりも諦めたという感じだったが。というわけで、綿毛ちゃんは屋敷から追い出されることなく住みついている。

「もう終わりにする」
「もう少しだけ頑張りましょう」

 教科書をパタンと閉じるが、ロニーが困ったように眉尻を下げるので、仕方がなくもう一度開き直す。ロニーが言うならもう少しだけ頑張る。

 ロニーは、以前のように髪を結んでいる。昨年、なんの前触れもなく髪を切ったロニーだが、あれから時間が経って再び結べる長さになった。その後、髪を切る様子はないので、俺は内心で安堵している。おそらく、あの時は唐突に髪を短くしたい衝動に駆られただけなのだろう。

「終わったらおやつにしましょうね」
「うん」

 こくんと頷くが、今日もユリスは不在である。おやつは嬉しいのだが、ひとりで食べてもあんまり楽しくはない。ロニーやジャンは、遠慮して一緒に食べてくれないし。兄様たちはおやつ食べないとか言うし。

 はぁっと、ため息がこぼれる。

「ロニーも一緒におやつ食べよう」
「いえ、私は」

 ダメ元で誘ってみれば、案の定お断りされてしまう。ロニーは、こういうところが真面目過ぎると思う。もうちょっと柔軟になってくれてもいいのに。

「ジャンは?」

 後ろを振り返ると、壁際でぼけっとしていたジャンが「申し訳ありません」と勢いよく頭を下げてくる。何に対する謝罪なのかは、よくわからなかった。


※※※


「最近、ユリス様はお忙しそうですね」
「アロンは暇そうだね」

 俺がおやつをひとりでパクパク食べていると、アロンがやって来た。ユリスが居ないことを確認して、普段は彼の定位置である俺の真向かいに腰を下ろす。こういうアロンの遠慮しないところは、結構好き。ロニーとジャンは、基本的に俺と同じテーブルにはつかない。それが正しい距離感なのだろうけど。なんだか壁を感じてしまう。

 前は俺と手を繋いでくれたり、小さい頃の思い出話なんかを聞かせてくれていたロニーだが、最近ではそういうことが減ってしまった。多分、俺が大きくなったからだと思う。小さい頃は許されていたことが、徐々に許されなくなってくる。大人になりたいとは思うが、大人になるにつれて周りの態度が変わるのはちょっと嫌。

「アロンも一緒に食べる?」
「俺が食べるとルイス様の分が減りますよ」
「いいよ。ひとりで食べるよりいいもん」

 ちらりとロニーに目を遣りながら答えれば、ロニーは少しだけ困ったように視線を逸らしてくる。

 その様子を見ていたアロンが、にやにやと意地悪な笑みを浮かべている。

「なに」
「いえ、なんでも」

 そう言いながらも、アロンは随分と楽しそうだ。相変わらず、よくわからない奴である。俺のクッキーを一枚手に取ったアロンは、「ルイス様は」と、探るような目線を向けてくる。

「好きな人とか、いないんですか?」
「なにその質問」

 そんなことアロンに訊かれるのは珍しい。こいつはいつも、俺がアロンのことを好きだという前提で話を進める。ちょっと面食らっていると「俺はいますよ、好きな人」と、彼はクッキーを口に放り込む。

 咀嚼してから、俺のことを視界にとらえてにこりと笑う。

「今、目の前にいる人なんですけどね」

 ウインクをして、くすくす笑うアロンは、いつも通りである。いつだったか。突然、女遊びやめた宣言をしてきたアロン。それ以来、彼はこうやって変化球を投げてくることが増えた。真っ当になったと言えるかどうかは怪しいが、少なくともあの宣言は本当なのだと俺は確信している。

 休みの日も俺の側に居ることが多いし、時折まとわりつかせていた変な香水の匂いがしなくなった。女の子の話をすることが、なくなった。

 アロンは、本気で俺のことが好きらしい。

 それはわかったのだが、その先どうしていいのかがわからない。

 だってまだ十四歳だし。言い訳のように、何度も心の中でその言葉を口にした。直接アロンに言ったこともある。だが、アロンは「待ちます」とにこやかに笑うのだ。「ルイス様が納得できる年齢になるまで。俺はいつまでも待ちますよ」と。そんなことを面と向かって言われると、いつまでも年齢を言い訳にしている自分の不甲斐なさに、胸が締め付けられるような気分になる。

 ざわつく気持ちを誤魔化すように、クッキーを頬張る。アロンが、じっと俺を見ている。その視線が注がれているところを正しく理解して、居心地の悪さを感じてしまう。

 アロンは口には出さないが、指輪のことを気にしている。アロンにもらった指輪は、誕生日プレゼントのはずだった。だが、やたらと指輪の所在を気にするアロンを見ていると、あれは単なるお祝いの品ではないと思えてしまう。

 なんだか妙に指輪が重く感じてしまって、もっぱら戸棚の奥に仕舞い込んでいる。忘れようとするのだが、アロンが忘れさせてくれない。

 アロンの左手には、俺にくれたのと同じデザインの指輪がある。以前、俺に一時期預けていたものだ。
 
 アロンのことは嫌いじゃない。むしろ気は合うと思う。一緒にいると楽しい。俺のことが好きだという言葉も嘘ではないだろう。

 だけど、目には見えないプレッシャーを感じてしまう。

 アロンのことは嫌いじゃない。嫌いじゃないけど。急かすような視線を向けてくる彼のことは、少しだけ鬱陶しいと思ってしまう。

 俺だって色々と考えているのだ。もう少しだけ待ってほしい。アロンは、口ではいつまでも待つと言ってくれる。でも、無言の圧力というかなんというか。早く決着をつけたいという空気を察してしまうのだ。もちろん、アロン本人にはそんなつもりはないのかもしれないけど。

 勝手にひとりで焦っている気がする。でも、そのことを相談できる人がいない。これは多分、自分でちゃんと考えないといけない問題だと思うから。
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