冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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13歳

346 人間になれるすごい犬

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「何の話だったのですか」
「なんでもない」

 ラッセルが帰った後、ロニーが不思議そうに尋ねてくるが、笑って誤魔化しておいた。

 ラッセルに、つい勢いでオーガス兄様には俺から説明すると言ってしまったがどうしようか。教えてもいいが、綿毛ちゃんが嫌がるだろう。大人には、人間姿になれることは絶対に内緒だと何度も言われている。

 ごろっと床に寝そべる綿毛ちゃんは、まだ機嫌が悪いみたいだ。わしゃわしゃ撫でるが、ムスッと黙ったままである。

 オーガス兄様に綿毛ちゃんの秘密を教えることも難しいが、なによりオーガス兄様と話さなければならないというのも荷が重い。最後に会話したのはいつだろうか。今更、どんな顔をして兄様に会えばいいのかわからない。

「どうしよう」

 ボソッと呟いてみるが、綿毛ちゃんは無反応だ。ロニーも少し眉尻を下げるだけで、口は挟んでこない。

「どうしよう、猫」

 誰も返事してくれないので、猫に縋り付いておく。ふにゃふにゃと動く猫を抱え込んで、顔を埋めておいた。


※※※


「ついにオーガスに喧嘩を売りに行くのか?」
「喧嘩するつもりはないけど」
「いいか? オーガスに腹の立つことを言われたら一発蹴りをお見舞いしてやれ。手加減はいらない」
「なんでだよ」

 バイオレンスなアドバイスを寄越してくるユリスは、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。

 うだうだ悩んでいても仕方がない。嫌なことはさっさと終わらせてしまおうと、ユリスの部屋でおやつを食べた後、早速オーガス兄様の部屋に赴こうとしたところ、なぜかユリスも立ち上がる。

「僕も一緒に行ってやろうか?」
「なんで?」
「味方は多い方がいいだろ」
「喧嘩はしないよ?」
「どうだか」

 肩をすくめるユリスは、オーガス兄様のみっともない姿を見たいだけだろう。こいつはそういうところがある。

「ユリスはついてこなくていいよ」

 このお子様が一緒だと、事態がややこしくなりそうである。タイラーも同様に考えたのか。「ユリス様はお部屋に居ましょうね」とやんわり引き止めている。

「ロニーと綿毛ちゃん連れて行くから」

 もふもふ毛玉を抱っこすれば、ユリスが不満そうに眉間に皺を寄せる。ちなみに毛玉の方はムスッとしている。人間姿になれることについて、オーガス兄様へ説明するというのが納得できないのだろう。

「好きにしろ」

 どかりと椅子に腰を下ろして、不機嫌そうに腕を組むユリス。そんなにオーガス兄様との話し合いを見たいか? よくわからない。

 不機嫌ユリスを残して、オーガス兄様の部屋に向かう。兄様の部屋は久しぶりだ。以前は日に何度も突撃していたのに。

 後ろにロニーがいることを確認してから、意を決してノックしてみる。すぐにドアが開いて、ニックが顔を覗かせる。一瞬、驚きを見せた彼は、けれどもすぐに中へと招いてくれる。

「ルイス」

 立ち上がりかけた中途半端な姿勢で、オーガス兄様がこちらを見つめている。ぎゅっと綿毛ちゃんを抱きしめる。

「……ラッセルは?」

 迷った末に、目を伏せてからそう尋ねてみる。話題はなんでもよかった。とりあえず、何か口にしないとと思ったのだ。

「もう帰ったよ」
「そう」

 それきり沈黙がおりる。なんだか変な緊張感を覚えてしまって、なにも言葉が出てこない。こんな時に限って、ニックも押し黙っている。

「あの、えっと」

 オーガス兄様といつもどんな風に会話してたっけ。何気なく言葉を交わしていたことが、遠い昔のように感じてしまう。

『あのラッセルとかいう人のことだけどさぁ』

 そんな中、綿毛ちゃんが気怠げな声を出した。

『面白い人だよねぇ』

 面白いという言葉とは裏腹に、ものすごく嫌そうな顔をしている。ぎゅっと顔を顰める毛玉は、変な顔だった。それを見たニックが、笑いを堪えるように俯いてしまう。綿毛ちゃんの変顔がツボに入ったらしい。小刻みに肩を揺らすニックに、今度はオーガス兄様が震え始める。

「綿毛ちゃん。変顔しないで」
『してないけど』

 顔を元に戻そうと、綿毛ちゃんのほっぺをむにむにしてみるが、綿毛ちゃんはむぎゅっと顔をすぼめて抵抗してくる。

「変な顔をするな!」
『してないってば』

 ぺしぺし頭を叩く俺を見て、オーガス兄様が思わずといった様子で手を伸ばしてくる。

「やめてあげて?」

 そのひと言で、なんだか気が楽になった。オーガス兄様は、いつものオーガス兄様だ。俺の猫や犬の扱い方が雑だと何かにつけて文句を言っていた。どうやら変に構えていたのは俺だけだったらしい。

「あのね、オーガス兄様」
「ん?」
「無視してごめん」

 ちょっと恥ずかしくて、俯きながら早口で謝れば、兄様は目を見開く。

「あの、別に兄様のこと嫌いってわけじゃなくて」
「うん」
「その、ごめんなさい」
「いいよ。ちゃんとわかってるよ」

 ぺこっと素早く頭を下げて、逃げるようにロニーの背中に隠れる。いつも通り、頼りなさげに苦笑したオーガス兄様は、とっても優しい声で答えてくれる。その和やかな空気が照れ臭くて、ロニーの背中にしがみつく。
 ふふっと、柔らかい笑いが降ってきた。肩越しに俺を見下ろしたロニーが、微笑ましいものでも見るかのように目を細めている。

 途端に、我慢できない恥ずかしさが込み上げてくる。なんとか誤魔化そうと、慌ててオーガス兄様へと向き直る。綿毛ちゃんを掴んで、兄様の執務机の上に乗っけてあげた。

「綿毛ちゃんは人間になれるの! 俺がさっき遊んでたお兄さんは、綿毛ちゃんだから! 知らない人じゃないもん! わかった!?」
『そうそう。本当は黙っておこうと思ったんだけど。見られたからには仕方がないよねぇ』

 呑気に欠伸する綿毛ちゃん。しんと、室内が静まり返った。

「え? なに? なんだって?」

 一番最初に口を開いたのはオーガス兄様だった。

「だから! 綿毛ちゃんは人間になれるの」
「どういうこと!?」

 大声を出す兄様は、すっごく混乱していた。ニックも変な顔だった。ロニーも、ぼんやりと立っている。

「ラッセルが見た男の人は綿毛ちゃん」
『そうそう。オレオレ』

 簡潔に説明するのに、誰も理解してくれない。こんなことならユリスも連れてくればよかった。魔法云々の説明は、あいつの方が得意だから。

「綿毛ちゃんは、お喋りするだけの犬じゃないんだよ。人間にもなれるすごい犬なの」
『犬じゃないけどね』

 誰も喋らないので、ひたすら俺と綿毛ちゃんで会話する。なんで誰も喋らないの?

 せっかく頑張ってオーガス兄様の部屋に来たのに。肝心の兄様は、戸惑ったような目を向けてくるだけで、ろくに会話もしてくれない。

「ねぇ! 話聞いてる?」

 焦れた末に大声で問い詰めれば、オーガス兄様は弾かれたように立ち上がった。

「え、うん! 聞いてるよ。ちゃんと聞いてる。え? なんて? もう一回言って?」

 絶対真面目に聞いてないじゃん、これ。
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