冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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13歳

345 不機嫌毛玉

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 もうすぐ秋とはいえ、気温はいまだに高い。そろそろ部屋に戻りましょうとロニーに背中を押されて、部屋に戻る。もふもふの毛が暑そうな綿毛ちゃんだが、本人は暑くないと言い張っている。下手に暑いと言って、俺に毛を刈られるのではないかと恐れているらしい。

 自室でまったりしながら、今度は猫と遊ぶ。床に伸びたまま手をちょいちょいと動かして俺と遊ぶ猫は、やる気がなかった。暑さのせいかもしれない。だが、猫は水が嫌いらしくて、噴水に入れようとするとものすごい勢いで逃げ出してしまうのだ。

「エリスちゃん、おやつ食べるか?」
「にゃー」

 名前に反応したエリスちゃんは、直前までの気怠さが嘘のようにシャキッと立ち上がって鳴き始める。相変わらず、食い意地が張っている。

 少しだけおやつをあげて、もぐもぐする猫をじっと観察する。綿毛ちゃんは、おやつには興味がないようで床にべたっと寝そべっている。どことなく不機嫌なのは、先程のラッセルたちとの一件が原因だろう。ゼノに変態扱いされたことが不愉快だったらしい。ロニーの手前、何も言わないが、ぎゅっと眉間に皺が寄っており不機嫌オーラ全開である。そんな綿毛ちゃんのことを、ロニーが不思議そうにチラ見している。

「綿毛ちゃんも食べる?」
『いらなーい』

 綿毛ちゃんだけ仲間外れは可哀想。口元におやつを差し出すが、ふいっと顔を背けてしまう。

「遠慮せずに」
『だからいらないってばぁ』

 不機嫌毛玉め。
 仕方がないので、おやつは猫にあげてしまう。夢中で食べるエリスちゃんの横にしゃがんで、じっと見つめておく。今日も猫はすごく可愛い。

 そうしてのんびり過ごしていた時である。

 軽いノックの音が響いて、ロニーが対応に向かう。一体誰だろうか。ブルース兄様はノックするが、返事を待たずにドアを開ける。アロンは俺の名前を呼びながらドアを開け放つ。ユリスはノックなんてしない。オーガス兄様は、俺の部屋には滅多に来ないから違うだろう。

 ちょっと興味をそそられて視線を向ければ、ロニーの背中越しにラッセルの顔が見えた。珍しい。彼はオーガス兄様の親友を自称するだけあって、うちに来てもオーガス兄様の部屋に真っ直ぐ向かう。用事が終わればさっさと帰るのが常である。

 もしや先程の件を詳しく聞きにきたのだろうか。身構える俺。のんびりしていた綿毛ちゃんも、寝そべった姿勢のままピシッと固まっている。

「ルイス様。少々よろしいですか?」

 ちらりと時計に目をやる。時刻はちょうどおやつの時間。

「……俺のおやつ奪いにきたのか」
「え?」

 虚をつかれたような顔をするラッセルであるが、すぐに「違いますよ」と苦笑する。疑いを抱いていたのだが、ロニーが彼の分のお茶を用意する気配はない。じゃあいいや。

「オーガス兄様と喧嘩したの?」
「いえ」
「じゃあなんの用?」

 先程の一件を蒸し返してほしくない。素っ気なく対応してやるのだが、ラッセルが退出する様子はない。ちらりと部屋を確認した彼は、床で寝転ぶ綿毛ちゃんに目を止める。

「その犬は」
「綿毛ちゃん。庭で拾ったの。もふもふで可愛いでしょ」

 触っていいよ、と許可すれば、ラッセルは綿毛ちゃんの傍に片膝をつく。そうしてもふもふ目掛けて手を伸ばしたその時である。綿毛ちゃんが威嚇するように低く唸った。綿毛ちゃん、そんな犬っぽい声出せたんだ。

 毛玉が、ラッセル嫌いアピールをしている。

「ラッセルのこと嫌いだって」

 一応伝えておいてあげれば、ラッセルは「そうですか」とあっさり手を引っ込める。もふもふに触りたくないのか?

 ラッセルが可哀想なので、綿毛ちゃんを掴んで引き寄せる。そのまま上からぎゅっと押さえて「ほら! 今だよ。早く触りなよ」と急かせば、ラッセルは慌てたように綿毛ちゃんを撫で始める。その間も、綿毛ちゃんはずっと唸っている。不機嫌毛玉め。

「楽しい?」
「はい!」

 元気にお返事するラッセルは、全力で忖度中なのだろう。笑顔がわざとらしい。

「先程の男性は? ルイス様とはどういうご関係でしょうか」

 いきなりぶっ込んできた。
 綿毛ちゃんは、目をつむって知らんふりをしている。

「知らない」

 ふるふると首を左右に振れば、ラッセルがちょっと眉尻を下げる。ロニーも興味が湧いたのか。黙って耳を傾けている。

「知らない人と遊んでいたのですか?」

 嫌な質問をするな。
 悩んだ結果「ちょっとだけ知ってる人」と答えておく。嘘ではない。綿毛ちゃんとは毎日一緒だが、人間姿の綿毛ちゃんを見たのは二回だけだ。

 それにしても、どうして突然こんな質問をしてくるのか。ラッセルはヴィアン家の人間ではない。ヴィアン家内にラッセルの知らない人なんてたくさんいる。いちいちそれが誰か聞いてまわったりは普通しないだろう。であれば、ラッセルが俺のところに来た理由はひとつしかない。きっとオーガス兄様になにか言われたのだろう。言うなって口止めしたのに。

「もしかしてオーガス兄様に話したの?」
「いえ、そんなことは」

 弱々しく答えるラッセルに、普段の勢いの良さはなかった。

「言わないでって言ったのに!」

 なんて奴だ。ふいっと顔を背けて綿毛ちゃんをもふもふしておく。

「オーガス様が心配していましたよ」
「そんなの知らないもん」

 わしゃわしゃと勢いよく毛玉を撫でる。おやつを食べ終わった白猫も、側に寄ってくる。

「騎士ではありませんよね」

 こちらが無視しているのに、ラッセルは構わず会話を続ける。指摘の通り、綿毛ちゃんは騎士ではない。ただの犬だ。だが、それをラッセルに教えたところで理解してはくれないだろうし、そもそもラッセルに教えてやろうという気にもならない。

 そんなに気になるなら、オーガス兄様が直接聞きにくればいいのに。

 そう思ってから、ムスッとした気分になる。オーガス兄様が直接聞きにこないのは、俺のせいだ。俺が避けるからだ。

 綿毛ちゃんを撫でていた手が止まる。
 俺としても、オーガス兄様と普通に会話したいという気持ちはある。でも、実際に兄様を前にするとなんだか苛々が先に立ってしまうのだ。

「いいよ。オーガス兄様には俺が説明しておくから」

 オーガス兄様なら、綿毛ちゃんが人間になれると知っても一時的に大騒ぎするだけで最終的には受け入れてくれる気がする。あの人は、流されやすい性格だから。

 ラッセルに知られると、ちょっと大事になる気がする。

 だから自分で説明すると言えば、ラッセルは「そうですか」と呆気なく引き下がる。

「犬、触る?」
「いえ、大丈夫です」

 いまだにご機嫌ななめの綿毛ちゃんは、ムスッと変な顔をしていた。
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