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13歳
340 冷たい?
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「アロンはさ、俺のことを本気で好きなのかな? どう思う」
「ど、どうと言われましても」
挙動不審に視線を彷徨わせるキャンベルは、顔色が悪かった。
アロンの告白はいつものことだが、なんだか今回はマジな雰囲気を察知した。ろくに返事をする間も与えずに去って行ったアロン。彼の言葉通り、揶揄いには見えなかった。
ロニーに訊いても、首を傾げるだけで解決しない。ロニーも、アロンの唐突な行動に戸惑っているのだろう。その場に居合わせなかったジャンに事情を説明しても「そ、そうですか」と青い顔をするだけで、やはり解決はしなかった。
困った俺は、キャンベルに相談してみた。キャンベルは、既婚者である。男爵令嬢だった彼女は、大公家の長男であるオーガス兄様と結婚した。オーガス兄様が一方的に惚れていた。きっと彼女は恋愛が得意なのだろうとの期待を込めて、彼女の部屋を訪れた。
初めて踏み入るキャンベルの部屋は、綺麗に片付いていた。ロニーとジャンは乗り気ではなかったのだが、俺が強引に訪問したところ、キャンベルは嫌な顔ひとつせずに部屋へと招いてくれた。
二階にある彼女の部屋は、オーガス兄様の自室近くにあった。
お供のメイドさんっぽい人が控えている。彼女は、キャンベルがうちに越してくる際に引き連れてきた使用人のひとりだ。
「アロンはね、一緒に遊ぶと楽しいけどね。性格がクソだから。すぐに俺のことを見捨てるの。ひどくない?」
「アロン子爵は有名人ですからね。噂もよく耳にしますよ」
当たり障りのない返答をよこすキャンベル。その噂は俺も知っている。アロンは、この国ではクソ野郎として有名である。冷静になって考えると、国中にクソ野郎という悪評が広まっているアロンってやばい奴だな。もっとやばいのは、本人がそれを認識していながら開き直っているところだ。どういうメンタルしてんだよ。
聞きかじったところによると、元々ミュンスト家がそういう家らしい。要するに、やべぇことばっかりやっている家ってことだ。
情報収集が得意と言うか、なんと言うか。簡単にいえばスパイみたいなことを得意としているらしい。人の弱みを握って、意のままに操る。昔からそうやって大きくなった一族なのだそうだ。だから、この国で表立ってミュンスト家を敵にまわす人はいない。仕返しが怖いからな。
キャンベルもそういった噂を耳にしていたのだろう。ヴィアン家にやってきたばかりの彼女は、事あるごとに、アロンを警戒していた。まぁ、あいつはクソ野郎だからな。警戒しておくに越したことはないだろう。
「ルイス様は、アロン子爵のことがお好きなんですか?」
「ルイスでいいよ。呼び捨てで」
何度も言っているのだが、キャンベルは頑なに俺を様付けしてくる。ブルース兄様のことも同じように様付けで呼んでいる。その度に、ブルース兄様はなんとも言えない顔をしている。
あれは、オーガス兄様と結婚したのだからそんな卑屈なことをするな。義弟を様付けするんじゃないと一喝したいが、相手がキャンベルなので遠慮している顔だと思う。そろそろ限界のきたブルース兄様が、キャンベル相手にブチ切れそうなので、先回りして俺の口からお伝えしておくことにした。
「キャンベルが俺たちのこと様付けするから。ブルース兄様が怒ってるよ」
「ひぇ」
青い顔になるキャンベルは、目に見えて困り始める。
「いえ、だって。そんな畏れ多いこと」
「なんかね。ヴィアン家の人間としての自覚を持てって言ってたよ」
「ごめんなさい!」
顔を覆うキャンベル。そんなに落ち込まなくても。きっとブルース兄様は、キャンベルのためにもこの点を改善させたいのだと思う。ただでさえキャンベルは、周囲の人たちからよく思われていない。ぶっちゃけ、オーガス兄様と結婚したい人はたくさんいた。その中には、有力貴族の娘もたくさん含まれていた。そんな中で、男爵家のキャンベルが選ばれたことをよく思わない人はいくらでもいる。
そういう人たちに、隙を見せてはいけないとブルース兄様が言っていた。キャンベルが卑屈な態度をとると、そこに漬け込む人がいる。だから彼女には堂々としておいてもらわなければ困るのだ。
「俺のお母様の真似をするといいよ」
ブルース兄様も口には出さないが、お母様の凛々しい姿こそが理想だと思っている。
常ににこにこで、背筋を伸ばして堂々と。なにを言われても動揺せずに、軽く流す。キャンベルには、そうなってほしいというのがブルース兄様の希望だ。でないと、キャンベルも大変だろう。
「お母様はね、犬が喋った時にもあらあらって言って終わらせたよ」
「それは。私には真似できません」
綿毛ちゃんをご紹介した時である。『どうもぉ』とへらへら笑う犬を前にして、お母様はひと言「あらあら」とこぼして笑っていた。マジでメンタルどうなっているんだよと思わなくもない。
お母様が動揺したり、悲鳴を上げる場面を見たことがない。
なにが起きてもすぐに受け入れて、頭ごなしに否定したりはしない。強い人なのだ。
「ブルース兄様は、キャンベルのこと心配してるんだよ。眉間に皺が寄ってるのは毎日だから。気にしないで。別に怖い人じゃないから」
先程だって、落とし穴に落とそうとしたが、たいして怒られはしなかった。そのことも伝えれば、キャンベルは目を丸くする。
「ルイス様、じゃない。えっと、ルイス。くん」
「うん」
ぎこちない動きで様付けをやめたキャンベル。なにかを決心したような顔付きだ。
「私、頑張ってみます」
「うん!」
「まずはブルース様と仲良くなろうと思います! ちょっと怖いけど」
「大丈夫だよ。ブルース兄様はそれくらいで怒んない。怒ってもさ、文句言ってくるだけだから。俺もしょっちゅう怒られてる」
へへっと笑えば、キャンベルがつられたように眉尻を下げる。キャンベルは弱気に見えて、その実は強い人だから大丈夫だろう。オーガス兄様と結婚してから、陰で色々言われることもあるらしいが、彼女がその件で弱音を吐いたことはない。
あと、これは俺の勘だけど。ブルース兄様は、キャンベルと仲良くなりたいんだと思う。兄様と不意にすれ違った時、キャンベルは明らかにギクシャクし始める。きっと緊張しているのだろう。気持ちはわかる。俺も最初、ブルース兄様を見た時は怖そうな人だと思ったから。
だが、動揺するキャンベルを見るたびに、ブルース兄様は少しだけ引き攣った顔をしている。あれはキャンベルに避けられて悲しんでいるのだ。
キャンベルの出してくれたおやつを完食して、上機嫌で退出する。静かに控えていたロニーとジャンも、安堵したような空気だった。
俺は、俺にできることを色々と考えてみた。その結果、キャンベルがヴィアン家に馴染めるようお手伝いしてみようと思い立ったのだ。
ユリスは基本的に他人には興味がないし、オーガス兄様は鈍感だし、ブルース兄様は顔が怖い。お母様は放任主義的なところがあり、オーガス兄様とキャンベルの仲には口出ししてこないらしい。お父様は仕事が忙しい。
だから、俺がキャンベルとみんなの仲を取り持つことにした。多分、それが一番平和的。
ブルース兄様が直接キャンベルに苦言を呈すると、きっと彼女は恐縮してしまう。それに兄様もキャンベルとの接し方に悩んでいた。だから、代わりに俺が伝えることにしたのだ。俺相手なら、キャンベルもそんなに緊張しないみたいだし。
ちょっとした仕事を終えた俺は、ルンルン気分で廊下を歩く。だが、自室の前まで戻ってきたところで、ふと足を止める。
「あ」
「どうしました? ルイス様」
「アロンのこと。キャンベルに相談に行ったのに。すっかり忘れてた」
恋愛得意そうな彼女に相談しに行ったのに。
しかし引き返すのも面倒だな。
「……いいや。あとで考えよう」
ぶっちゃけ、アロンの本音なんて人に尋ねてもわからないだろう。ここはアロン本人に訊くしかない。
だが、訊いたところで「本気ですよ」という答えが返ってくるであろうと想像して、ハッとする。なんか、本人に尋ねなくとも答えは出ている気がした。そうだよ。アロンに訊いたところで、本気という言葉が返ってくるに決まっている。
「アロンは、本当に俺のこと好きなんだって」
確認するように呟けば、ロニーが小さく頷いた。
「俺はさ。どうすればいいと思う?」
縋る気持ちでロニーを見るが、今度は頷きひとつも返ってこない。考えるように沈黙してしまうロニー。そうだよな。ロニーに訊いても、どうしようもないよな。
「ごめん。いいよ、自分で考える」
慌てて付け足せば、ロニーが「そうですね」と柔らかく微笑んだ。
「それがよろしいですね。私が口を出すようなことではありませんので」
「ロニー?」
ちょっとだけ突き放すような物言いが引っかかる。だが、わざわざ問い詰めるようなことでもないので、聞き流そうとするが、なんだろうな、これ。
別にいつも通りのロニーだけど、なんかこう、言い方がいつもより冷たい気がした。些細なことだが、ちょっともやもやしてしまう。
「ど、どうと言われましても」
挙動不審に視線を彷徨わせるキャンベルは、顔色が悪かった。
アロンの告白はいつものことだが、なんだか今回はマジな雰囲気を察知した。ろくに返事をする間も与えずに去って行ったアロン。彼の言葉通り、揶揄いには見えなかった。
ロニーに訊いても、首を傾げるだけで解決しない。ロニーも、アロンの唐突な行動に戸惑っているのだろう。その場に居合わせなかったジャンに事情を説明しても「そ、そうですか」と青い顔をするだけで、やはり解決はしなかった。
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二階にある彼女の部屋は、オーガス兄様の自室近くにあった。
お供のメイドさんっぽい人が控えている。彼女は、キャンベルがうちに越してくる際に引き連れてきた使用人のひとりだ。
「アロンはね、一緒に遊ぶと楽しいけどね。性格がクソだから。すぐに俺のことを見捨てるの。ひどくない?」
「アロン子爵は有名人ですからね。噂もよく耳にしますよ」
当たり障りのない返答をよこすキャンベル。その噂は俺も知っている。アロンは、この国ではクソ野郎として有名である。冷静になって考えると、国中にクソ野郎という悪評が広まっているアロンってやばい奴だな。もっとやばいのは、本人がそれを認識していながら開き直っているところだ。どういうメンタルしてんだよ。
聞きかじったところによると、元々ミュンスト家がそういう家らしい。要するに、やべぇことばっかりやっている家ってことだ。
情報収集が得意と言うか、なんと言うか。簡単にいえばスパイみたいなことを得意としているらしい。人の弱みを握って、意のままに操る。昔からそうやって大きくなった一族なのだそうだ。だから、この国で表立ってミュンスト家を敵にまわす人はいない。仕返しが怖いからな。
キャンベルもそういった噂を耳にしていたのだろう。ヴィアン家にやってきたばかりの彼女は、事あるごとに、アロンを警戒していた。まぁ、あいつはクソ野郎だからな。警戒しておくに越したことはないだろう。
「ルイス様は、アロン子爵のことがお好きなんですか?」
「ルイスでいいよ。呼び捨てで」
何度も言っているのだが、キャンベルは頑なに俺を様付けしてくる。ブルース兄様のことも同じように様付けで呼んでいる。その度に、ブルース兄様はなんとも言えない顔をしている。
あれは、オーガス兄様と結婚したのだからそんな卑屈なことをするな。義弟を様付けするんじゃないと一喝したいが、相手がキャンベルなので遠慮している顔だと思う。そろそろ限界のきたブルース兄様が、キャンベル相手にブチ切れそうなので、先回りして俺の口からお伝えしておくことにした。
「キャンベルが俺たちのこと様付けするから。ブルース兄様が怒ってるよ」
「ひぇ」
青い顔になるキャンベルは、目に見えて困り始める。
「いえ、だって。そんな畏れ多いこと」
「なんかね。ヴィアン家の人間としての自覚を持てって言ってたよ」
「ごめんなさい!」
顔を覆うキャンベル。そんなに落ち込まなくても。きっとブルース兄様は、キャンベルのためにもこの点を改善させたいのだと思う。ただでさえキャンベルは、周囲の人たちからよく思われていない。ぶっちゃけ、オーガス兄様と結婚したい人はたくさんいた。その中には、有力貴族の娘もたくさん含まれていた。そんな中で、男爵家のキャンベルが選ばれたことをよく思わない人はいくらでもいる。
そういう人たちに、隙を見せてはいけないとブルース兄様が言っていた。キャンベルが卑屈な態度をとると、そこに漬け込む人がいる。だから彼女には堂々としておいてもらわなければ困るのだ。
「俺のお母様の真似をするといいよ」
ブルース兄様も口には出さないが、お母様の凛々しい姿こそが理想だと思っている。
常ににこにこで、背筋を伸ばして堂々と。なにを言われても動揺せずに、軽く流す。キャンベルには、そうなってほしいというのがブルース兄様の希望だ。でないと、キャンベルも大変だろう。
「お母様はね、犬が喋った時にもあらあらって言って終わらせたよ」
「それは。私には真似できません」
綿毛ちゃんをご紹介した時である。『どうもぉ』とへらへら笑う犬を前にして、お母様はひと言「あらあら」とこぼして笑っていた。マジでメンタルどうなっているんだよと思わなくもない。
お母様が動揺したり、悲鳴を上げる場面を見たことがない。
なにが起きてもすぐに受け入れて、頭ごなしに否定したりはしない。強い人なのだ。
「ブルース兄様は、キャンベルのこと心配してるんだよ。眉間に皺が寄ってるのは毎日だから。気にしないで。別に怖い人じゃないから」
先程だって、落とし穴に落とそうとしたが、たいして怒られはしなかった。そのことも伝えれば、キャンベルは目を丸くする。
「ルイス様、じゃない。えっと、ルイス。くん」
「うん」
ぎこちない動きで様付けをやめたキャンベル。なにかを決心したような顔付きだ。
「私、頑張ってみます」
「うん!」
「まずはブルース様と仲良くなろうと思います! ちょっと怖いけど」
「大丈夫だよ。ブルース兄様はそれくらいで怒んない。怒ってもさ、文句言ってくるだけだから。俺もしょっちゅう怒られてる」
へへっと笑えば、キャンベルがつられたように眉尻を下げる。キャンベルは弱気に見えて、その実は強い人だから大丈夫だろう。オーガス兄様と結婚してから、陰で色々言われることもあるらしいが、彼女がその件で弱音を吐いたことはない。
あと、これは俺の勘だけど。ブルース兄様は、キャンベルと仲良くなりたいんだと思う。兄様と不意にすれ違った時、キャンベルは明らかにギクシャクし始める。きっと緊張しているのだろう。気持ちはわかる。俺も最初、ブルース兄様を見た時は怖そうな人だと思ったから。
だが、動揺するキャンベルを見るたびに、ブルース兄様は少しだけ引き攣った顔をしている。あれはキャンベルに避けられて悲しんでいるのだ。
キャンベルの出してくれたおやつを完食して、上機嫌で退出する。静かに控えていたロニーとジャンも、安堵したような空気だった。
俺は、俺にできることを色々と考えてみた。その結果、キャンベルがヴィアン家に馴染めるようお手伝いしてみようと思い立ったのだ。
ユリスは基本的に他人には興味がないし、オーガス兄様は鈍感だし、ブルース兄様は顔が怖い。お母様は放任主義的なところがあり、オーガス兄様とキャンベルの仲には口出ししてこないらしい。お父様は仕事が忙しい。
だから、俺がキャンベルとみんなの仲を取り持つことにした。多分、それが一番平和的。
ブルース兄様が直接キャンベルに苦言を呈すると、きっと彼女は恐縮してしまう。それに兄様もキャンベルとの接し方に悩んでいた。だから、代わりに俺が伝えることにしたのだ。俺相手なら、キャンベルもそんなに緊張しないみたいだし。
ちょっとした仕事を終えた俺は、ルンルン気分で廊下を歩く。だが、自室の前まで戻ってきたところで、ふと足を止める。
「あ」
「どうしました? ルイス様」
「アロンのこと。キャンベルに相談に行ったのに。すっかり忘れてた」
恋愛得意そうな彼女に相談しに行ったのに。
しかし引き返すのも面倒だな。
「……いいや。あとで考えよう」
ぶっちゃけ、アロンの本音なんて人に尋ねてもわからないだろう。ここはアロン本人に訊くしかない。
だが、訊いたところで「本気ですよ」という答えが返ってくるであろうと想像して、ハッとする。なんか、本人に尋ねなくとも答えは出ている気がした。そうだよ。アロンに訊いたところで、本気という言葉が返ってくるに決まっている。
「アロンは、本当に俺のこと好きなんだって」
確認するように呟けば、ロニーが小さく頷いた。
「俺はさ。どうすればいいと思う?」
縋る気持ちでロニーを見るが、今度は頷きひとつも返ってこない。考えるように沈黙してしまうロニー。そうだよな。ロニーに訊いても、どうしようもないよな。
「ごめん。いいよ、自分で考える」
慌てて付け足せば、ロニーが「そうですね」と柔らかく微笑んだ。
「それがよろしいですね。私が口を出すようなことではありませんので」
「ロニー?」
ちょっとだけ突き放すような物言いが引っかかる。だが、わざわざ問い詰めるようなことでもないので、聞き流そうとするが、なんだろうな、これ。
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