冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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13歳

338 激励

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 俺の作った落とし穴らしきもの。それに引っかかってくれそうな人を、アロンが連れてきてくれるという。

 わくわくと待機していれば、やがて颯爽とアロンが戻ってきた。「まぁまぁ」と、隣に並んでいる人物を宥めながら足取り軽くやってきた彼を見るなり、俺は軽く絶望した。

 アロンが連れてきたのは、ブルース兄様だった。絶対無理じゃん。ふざけるなよ、あいつ。

 ブルース兄様は、色々と鋭い。俺の悪戯にも、結構気が付いてしまう人なのだ。多分、こんなちゃちな落とし穴もどきには引っかかってくれないと思う。それどころか、俺に説教してきそうな気がする。アロンめ。俺を騙したな。

 クソ野郎を頼った俺が馬鹿だった。途端にやる気をなくす俺とは裏腹に、ユリスはなぜか目を輝かせ始めた。こいつは、ブルース兄様の失態を見ることも好きだったな。性格の悪い弟だ。

「なにをしている」

 庭で立ち尽くす俺と、にやにや笑うユリスを目にするなり、ブルース兄様が怪訝な顔をした。ロニーとタイラー、それにジャンは、さっと兄様から目を逸らしている。

 しきりにブルース兄様へと話しかけているアロン。兄様がお喋りに夢中になっている流れで、落とし穴を踏ませる作戦らしい。無理があると思う。

 案の定、ブルース兄様は落とし穴に近付くなり、ちょっと下を確認して、横にずれた。完全に、落とし穴の存在を認識して、避けている。でしょうね。むしろこんな見え透いた罠に兄様が引っかかったら少しショックだ。

 やれやれと肩を落とす俺であったが、アロンはまだ諦めてはいなかった。

「ブルース様」
「あ?」

 なんだかさりげなく兄様を落とし穴へと誘導している。無理だと思うけど。ブルース兄様は、先程しっかりと落とし穴の存在を目視していた。

「なんだ、おい。アロン」
「空気を、空気を読んでくださいよ」

 ついには、アロンがブルース兄様に掴みかかった。負けじと兄様も応戦している。

「おい、ふざけるなよ! どういうつもりだ」
「可愛い弟さんが頑張っているんですから、空気読んでくださいよ」
「なんの話だ! 手を離せ!」

 思ってたんと違う。全然違う。
 アロンは、ブルース兄様の両肩を掴んで、落とし穴へとずるずる誘導している。違うんだよ、アロン。落とし穴って、そういうものじゃないんだよ。

 ブルース兄様も、アロンに負けるのは癪なのだろう。必死に踏ん張って、隙を見てはアロンに蹴りをお見舞いしている。足癖の悪い兄だな。

 そうして始まった大人ふたりの小競り合いに、ユリスが大笑いしている。「いいぞ! アロン!」と、なぜか全力でアロンを応援している。楽しそうでなによりだ。

「俺は、こういうことがやりたかったわけじゃないんだけど」

 隣にいたロニーに告げれば、「アロン殿ですからね」と苦笑が返ってきた。そうだな。アロンに期待した俺が馬鹿だった。

「お、い。アロン!」
「よっしゃあ! 見ました? ルイス様」
「あ、うん。見た見た」

 勝負は、アロンの勝ちだった。無理矢理ブルース兄様を引きずったアロンは、ブルース兄様を落とし穴に落とした。まぁ、落ちたと言うよりも、踏んだという表現の方が正しいかもだけど。

 再びドヤ顔で俺を振り返るアロン。なんか、うん。すごく楽しそうだな。

 一方のブルース兄様は、わけがわからずに困惑していた。なんだかアロンが穴へと誘導していたから反射的に抵抗したが、落ちたところで特になにもないので、すごく不思議そうな顔をしている。

「え。これはなんだ」
「ルイス様が作った落とし穴です」

 やめろ。俺の名前を出すな。怒られるだろうが。こそこそとユリスの背後に隠れるが、すぐさまユリスが横にずれてしまい盾となってくれない。

 怒鳴り声をあげると思っていたブルース兄様であったが、意外にも目を瞬くだけで怒鳴ってこない。

 おや? と首を傾げていれば、兄様は「落とし穴って、こういうものだったか?」と俺に訊いてくる。嫌なことを質問してくる。

「これが限界だった」
「もう少し頑張れよ。おまえ、こういうことは得意だろ」

 なぜか激励してくるブルース兄様は、暑さでどうにかなってしまったのかもしれない。あと俺は落とし穴作りが得意とか公言したことはない。

「なんでも中途半端に終わらせるんじゃない」
「どうしたの、急に」

 思っていたのと違う方向の説教に、面食らってしまう。逃げる準備をしていたユリスも、様子のおかしい兄様を目の当たりにして、そそくさと引き返してきた。

「とにかく。遊びでもなんでも。やるなら最後までちゃんとやれ。」
「はぁ」

 なに言ってんだ、この人。
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