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13歳
337 罠
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額に滲んでくる汗を拭って、手を動かす。
俺は今、庭の片隅に穴を掘っていた。とても頑張って、穴を掘っていた。
ロニーがやめろと言ってくるが、やめるわけにはいかない。俺を止めるのは諦めたのか、汗を流す俺の横で突っ立っている。おそらく俺のために、日陰を作ってくれているのだろう。
ジャンは、周囲を気にしてきょろきょろしている。ブルース兄様あたりに見つかって、怒られることを懸念しているのだ。
物置き小屋から引っ張り出してきたスコップを片手に、ひたすら穴を掘る。踏みしめられて固くなった地面は、随分と手強い。穴を掘るのが、こんなに難しいとは。もう少し、簡単にできると思っていたのに。ロニーに手伝ってと言っても、彼は困った顔をするだけで手は貸してくれない。本音では、今すぐにやめさせたいのだろう。
「なにをしているんだ」
突然、声をかけられて顔を上げた。
珍しく、外を散歩していたらしいユリスが、じろじろと俺の手元を覗き込んでいた。背後には、タイラーもいる。タイラーは、変な顔をしていた。なにやら責めるような目線を、ロニーに向けている。
「穴を掘っている」
「なぜ」
「落とし穴を作ろうと思って」
ユリスが、短く鼻で笑った。俺を馬鹿にしたような態度である。お子様め。
「相変わらず、くだらないことをしているな」
上から目線で、にやにやと。
こちらを観察してくるユリスは、口ではくだらないと言いつつ、立ち去る気配がまったくない。
「ユリスも手伝えよ」
「面倒だから嫌だ」
誰も手伝ってくれない。
こんなことなら、綿毛ちゃんも持ってくればよかった。お昼寝するとかふざけたことを言って、ついてきてくれなかったのだ。今頃、猫と一緒にまったり寝ていると思う。
「それで? 誰を落とすんだ」
「オーガス兄様」
名前を聞いた途端、ユリスが「いいんじゃないか」と偉そうに腕を組む。こいつは、オーガス兄様をいじめるのが好きなのだ。嫌な弟なのだ。
ターゲットをオーガス兄様にしたことに、深い意味はない。単に、騙しやすそうというだけだ。穴に落ちてくれれば、相手は誰でもよかった。
けれども、肝心の落とし穴が完成しない。先程からずっと掘っているのだが、ちょっとした凹みができただけ。全然ダメだ。
「タイラー、手伝って」
「嫌ですよ。というか、ダメですよ。そんなことしたら」
きっぱりお断りしてくるタイラーは、ノリが悪い。悪すぎる。そんな感じで、誰も手を貸してくれない中、俺はすごく頑張った。頑張ったのだが、成果はよろしくなかった。地面がすごく固い。穴を掘るには向いていないことに気がついた。
結局、ちょっとした凹みが完成したところで、俺は飽きてしまった。おまけに疲れた。ジャンが持ってきてくれた水をがぶ飲みする。
木陰に座ってこちらを見ていただけのユリスは「もう終わりか?」と、不満そうな様子であった。不満ならおまえが掘れよ、と文句を言いたくなる。
「もういいですか? 暑いから部屋に戻りましょうよ」
屋敷を指差すタイラー。その横では、ロニーもちょっと疲れた顔をしていた。ロニーは、俺に日光があたらないようにと、無言で盾になってくれていた。なんだか暑そうだ。熱中症になったら大変だ。
「ロニー、大丈夫?」
「これくらい大丈夫ですよ。いつも外で見回りやら訓練やらやっていましたから」
にこにこと応じるロニーは、案外元気そうであった。ホッと胸を撫で下ろす。
しかし、せっかく掘った落とし穴である。ひとりくらいは落としてみたい。落ちるほどの深さはないけれども。
足首まで入るかなくらいの深さである。全然ダメだ。だが、これでもいいや。誰かがこの穴を踏むところを、見てみたい。
ちょうどその時、俺の元へと向かってくる人影があった。ちょうどいい。あいつを穴に落とそうと思う。呑気な顔で庭に出てきたのは、アロンだ。きっとおサボりして、俺と遊ぼうと思っているのだろう。真っ直ぐに、こちらへと向かってくる。
慌てて移動する。俺、落とし穴、アロンの並びになるように計算して、アロンに向かって手を振った。
「アロン!」
「ルイス様」
にこやかに歩いてくるアロン。そんな彼に、タイラーとロニー、それにジャンが憐れんだような視線を向けている。
ユリスは、木陰から出てきて、しれっと俺の隣に並んでいる。どうやら罠にかかるアロンを間近で観察したいらしい。
じっとアロンが近付くのを待っていれば、当のアロンがぴたりと足を止めてしまう。そのまま周囲を用心深く観察したアロンは、落とし穴のある辺りをじっと凝視し始める。一応、穴の上にはむしった草をまいてなんとなく誤魔化している。だが、そんなにじろじろ見れば、誤魔化しは通用しないだろう。
「アロン!」
慌てて名前を呼べば、彼はなんだか妙な顔をした。珍しく、なにかを真剣に考え込んでいる。
「アロン! こっちきて!」
焦れて手招きすると、アロンは「ちょっと待ってください」と口にする。
「今、考えているので」
「なにを」
「ルイス様が作ったであろうこの罠らしきものにかかるべきか、避けるべきかを」
「台無しだよ」
忖度するなら、せめて黙って引っ掛かってくれよ。全部台無しだよ。
ムスッと不機嫌になる俺をみて、まずいと思ったのか。
突然歩き出したアロンは「うわぁ」とわざとらしい悲鳴のようなものをあげて、落とし穴に片足を突っ込んだ。だが、浅い穴は、アロンの靴が入るだけで精一杯だ。
凹んだ穴に、片足を突っ込むという不自然な体勢で固まったアロンは、ドヤ顔で俺を見る。
「どうですか」
「つまんない」
正直な感想を吐けば、アロンが困ったように肩をすくめる。ユリスも、期待外れだと再び木陰に戻ってしまう。
「それで? どういう反応が正解だったんですか」
「もういいよ」
ふるふると首を振れば、アロンが「そんなこと言わずに」と食い下がってくる。
「引っかかるところが見たかった」
「引っかかってあげたじゃないですか」
「今のは違う」
忖度するなら、俺にバレないようにしっかり忖度しろ。
頭を掻いたアロンは「わかりました」と、大きく頷く。
「じゃあ、引っかかりそうな人を連れてきますよ」
「マジで!?」
さすがアロン。わかっているな。
俺は今、庭の片隅に穴を掘っていた。とても頑張って、穴を掘っていた。
ロニーがやめろと言ってくるが、やめるわけにはいかない。俺を止めるのは諦めたのか、汗を流す俺の横で突っ立っている。おそらく俺のために、日陰を作ってくれているのだろう。
ジャンは、周囲を気にしてきょろきょろしている。ブルース兄様あたりに見つかって、怒られることを懸念しているのだ。
物置き小屋から引っ張り出してきたスコップを片手に、ひたすら穴を掘る。踏みしめられて固くなった地面は、随分と手強い。穴を掘るのが、こんなに難しいとは。もう少し、簡単にできると思っていたのに。ロニーに手伝ってと言っても、彼は困った顔をするだけで手は貸してくれない。本音では、今すぐにやめさせたいのだろう。
「なにをしているんだ」
突然、声をかけられて顔を上げた。
珍しく、外を散歩していたらしいユリスが、じろじろと俺の手元を覗き込んでいた。背後には、タイラーもいる。タイラーは、変な顔をしていた。なにやら責めるような目線を、ロニーに向けている。
「穴を掘っている」
「なぜ」
「落とし穴を作ろうと思って」
ユリスが、短く鼻で笑った。俺を馬鹿にしたような態度である。お子様め。
「相変わらず、くだらないことをしているな」
上から目線で、にやにやと。
こちらを観察してくるユリスは、口ではくだらないと言いつつ、立ち去る気配がまったくない。
「ユリスも手伝えよ」
「面倒だから嫌だ」
誰も手伝ってくれない。
こんなことなら、綿毛ちゃんも持ってくればよかった。お昼寝するとかふざけたことを言って、ついてきてくれなかったのだ。今頃、猫と一緒にまったり寝ていると思う。
「それで? 誰を落とすんだ」
「オーガス兄様」
名前を聞いた途端、ユリスが「いいんじゃないか」と偉そうに腕を組む。こいつは、オーガス兄様をいじめるのが好きなのだ。嫌な弟なのだ。
ターゲットをオーガス兄様にしたことに、深い意味はない。単に、騙しやすそうというだけだ。穴に落ちてくれれば、相手は誰でもよかった。
けれども、肝心の落とし穴が完成しない。先程からずっと掘っているのだが、ちょっとした凹みができただけ。全然ダメだ。
「タイラー、手伝って」
「嫌ですよ。というか、ダメですよ。そんなことしたら」
きっぱりお断りしてくるタイラーは、ノリが悪い。悪すぎる。そんな感じで、誰も手を貸してくれない中、俺はすごく頑張った。頑張ったのだが、成果はよろしくなかった。地面がすごく固い。穴を掘るには向いていないことに気がついた。
結局、ちょっとした凹みが完成したところで、俺は飽きてしまった。おまけに疲れた。ジャンが持ってきてくれた水をがぶ飲みする。
木陰に座ってこちらを見ていただけのユリスは「もう終わりか?」と、不満そうな様子であった。不満ならおまえが掘れよ、と文句を言いたくなる。
「もういいですか? 暑いから部屋に戻りましょうよ」
屋敷を指差すタイラー。その横では、ロニーもちょっと疲れた顔をしていた。ロニーは、俺に日光があたらないようにと、無言で盾になってくれていた。なんだか暑そうだ。熱中症になったら大変だ。
「ロニー、大丈夫?」
「これくらい大丈夫ですよ。いつも外で見回りやら訓練やらやっていましたから」
にこにこと応じるロニーは、案外元気そうであった。ホッと胸を撫で下ろす。
しかし、せっかく掘った落とし穴である。ひとりくらいは落としてみたい。落ちるほどの深さはないけれども。
足首まで入るかなくらいの深さである。全然ダメだ。だが、これでもいいや。誰かがこの穴を踏むところを、見てみたい。
ちょうどその時、俺の元へと向かってくる人影があった。ちょうどいい。あいつを穴に落とそうと思う。呑気な顔で庭に出てきたのは、アロンだ。きっとおサボりして、俺と遊ぼうと思っているのだろう。真っ直ぐに、こちらへと向かってくる。
慌てて移動する。俺、落とし穴、アロンの並びになるように計算して、アロンに向かって手を振った。
「アロン!」
「ルイス様」
にこやかに歩いてくるアロン。そんな彼に、タイラーとロニー、それにジャンが憐れんだような視線を向けている。
ユリスは、木陰から出てきて、しれっと俺の隣に並んでいる。どうやら罠にかかるアロンを間近で観察したいらしい。
じっとアロンが近付くのを待っていれば、当のアロンがぴたりと足を止めてしまう。そのまま周囲を用心深く観察したアロンは、落とし穴のある辺りをじっと凝視し始める。一応、穴の上にはむしった草をまいてなんとなく誤魔化している。だが、そんなにじろじろ見れば、誤魔化しは通用しないだろう。
「アロン!」
慌てて名前を呼べば、彼はなんだか妙な顔をした。珍しく、なにかを真剣に考え込んでいる。
「アロン! こっちきて!」
焦れて手招きすると、アロンは「ちょっと待ってください」と口にする。
「今、考えているので」
「なにを」
「ルイス様が作ったであろうこの罠らしきものにかかるべきか、避けるべきかを」
「台無しだよ」
忖度するなら、せめて黙って引っ掛かってくれよ。全部台無しだよ。
ムスッと不機嫌になる俺をみて、まずいと思ったのか。
突然歩き出したアロンは「うわぁ」とわざとらしい悲鳴のようなものをあげて、落とし穴に片足を突っ込んだ。だが、浅い穴は、アロンの靴が入るだけで精一杯だ。
凹んだ穴に、片足を突っ込むという不自然な体勢で固まったアロンは、ドヤ顔で俺を見る。
「どうですか」
「つまんない」
正直な感想を吐けば、アロンが困ったように肩をすくめる。ユリスも、期待外れだと再び木陰に戻ってしまう。
「それで? どういう反応が正解だったんですか」
「もういいよ」
ふるふると首を振れば、アロンが「そんなこと言わずに」と食い下がってくる。
「引っかかるところが見たかった」
「引っかかってあげたじゃないですか」
「今のは違う」
忖度するなら、俺にバレないようにしっかり忖度しろ。
頭を掻いたアロンは「わかりました」と、大きく頷く。
「じゃあ、引っかかりそうな人を連れてきますよ」
「マジで!?」
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