冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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13歳

336 大人だけずるい

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 やっぱり猫は可愛い。
 白猫エリスちゃんを抱っこして、顔を覗き込む。やっぱり可愛い。何度見ても可愛い。

「見て、キャンベル。すごく可愛い」
「可愛いですね」

 にこにこと応じてくれるキャンベルは、本日も俺と遊んでくれる。無愛想ユリスとは大違いだ。

「オーガス兄様と喧嘩とかしてない?」
「しないですよ。オーガス様はお優しいので」
「ふーん」

 オーガス兄様は、優しいというより気が弱いだけだと思う。きっと、キャンベル相手にも色々と遠慮しているのだろう。そして、キャンベルの方も遠慮しているに違いない。夫婦揃って、遠慮する毎日なのだろう。大変そうだな。

「オーガス兄様は、なに言っても怒らないから大丈夫だよ」

 ユリスが、面と向かって「馬鹿」と吐き捨てた時にも怒らなかった。代わりに、隣でそれを聞いていたブルース兄様がキレていたけれども。

 だが、ブルース兄様もキャンベル相手にはブチ切れたりはしないと思う。あの人は、目上の人を敬うのが好きだ。兄の結婚相手のことも、当然のように敬っている。それに対して、キャンベルがよく青い顔をしている。気持ちはわかる。ブルース兄様は顔が怖いから。

 猫を抱えて散歩していた俺は、廊下でばったり顔を合わせたキャンベルと立ち話をしていた。

 綿毛ちゃんのことは怖がっていた彼女だが、白猫は平気らしい。こいつはお喋りしない普通の猫だからだろう。

「キャンベルは、なにしてたの」

 お供も連れないで、ひとりぼっちで歩いていた。俺はロニーとジャンを連れているのに。どうやら俺から目を離すと、余計なことをすると心配しているらしく、ふたりはずっと俺につきまとってくる。そんなに心配しなくても。俺はもう十三歳である。そんなに危ないことはしない。

 俺の問いかけに、キャンベルは困ったように苦笑する。その笑い方は、ユリスに無茶を言われた時のオーガス兄様のひきつり笑いに少し似ていた。

「えっと。屋敷を見て回ろうかと」
「探検?」
「はい。そんな感じです」

 キャンベルは、仕事を覚えようと必死である。最近知ったのだが、屋敷のことはお母様に権限があるらしい。お父様は主に政治関連の仕事をして、家のことはお母様任せなのだそうだ。

 キャンベルは、そのお母様の仕事を引き継ぐ予定なのだとか。それで、最近の彼女は屋敷内のいろんなところに顔を出している。

 騎士棟は、騎士の管轄なので、もっぱらお父様やブルース兄様が管理している。一方の厨房や使用人たちの管理は、今後キャンベルの仕事になるらしい。大変そうだ。

「頑張ってね」
「が、頑張ります」

 労いの言葉を投げておく。力強く頷くキャンベルは、ちょっとだけ声が震えていた。

 キャンベルと別れて、再び廊下を歩く。最近、外が暑い。夏だから仕方ないのだが、とにかく暑い。綿毛ちゃんであれば、暑さにお構いなく外に引っ張り出して遊ぶことができるのだが、猫はダメだ。

 うちの猫は、暑さに弱いらしい。だから俺は、こうして猫と一緒に比較的涼しい屋敷内をお散歩しているのだ。綿毛ちゃんは、今頃ユリスに捕まっていると思う。綿毛ちゃんが、魔法で生み出された変な生き物だと知って以来、ユリスはなにかと綿毛ちゃんに話しかけている。だが綿毛ちゃんと友達になったというわけではない。ユリスは、おそらく綿毛ちゃんのことを観察対象くらいにしか思っていない。魔法に興味津々な彼のことだ。綿毛ちゃんのことも研究したいのだろう。

 休憩したくなって、ちょうどよく目の前にあった階段に腰掛ける。ロニーが嫌そうな顔をする。そんなところに座るなと言いたいらしい。

 気がつかないふりをして、猫をおろす。階段の真ん中あたりで丸くなる猫は、ゆらゆらと尻尾を振っている。

 そうして階段の真ん中で猫と戯れていれば、二階から誰かがおりてきた。

「邪魔だ。そんなところに座り込むんじゃない」

 眉間に皺を寄せたブルース兄様だった。階段は遊ぶ場所じゃない、とつまらないことを言う兄様は、猫を避けるように端を歩いてくる。

「あと、夜中に騒ぐな」

 思い出したかのように付け加える兄様。どうやら、俺とユリスの真夜中パーティーを、タイラーが告げ口したらしい。自分の部屋で寝ろと、またもやつまらないことを言い始める。

「でもブルース兄様だって、夜中に遊んでるじゃん」
「遊んでない」
「嘘だな。オーガス兄様とお酒飲んでるの知ってるんだからな」

 これは、オーガス兄様に直接聞いた。兄ふたりで、こっそり飲み会をやっているのだ。なんでそれは良くて、俺らはダメなのか。納得いかない。

 自分たちだけずるいと主張すれば、ブルース兄様が舌打ちする。

「子供は夜更かしするんじゃない。俺らは大人だからいいんだ」

 しまいには、そんな横暴なことを言う。

「俺も大人ですが?」
「この国では十八が成人だ」
「精神年齢的には、もうとっくに十八歳」
「どこが」

 なぜか否定してくる兄様は、暑さのために苛々しているのだろう。そう結論づけて、俺は頷いた。ここは、俺が大人の対応をして話を切り上げよう。なんせ俺は大人なので。

 はいはいと相槌を打てば、ブルース兄様が偉そうに腕を組む。その目が、ジトッと半眼になる。

「そういえば。俺、馬に乗れるようになったよ」

 なんだか小言が始まりそうな雰囲気を察知して、慌てて話題を逸らす。

 兄様は、乗馬できるようになれば湖で泳いでいいと言っていた。その件はどうなったと尋ねると、途端に兄様が苦い顔をする。

「もう少し上手くなったらな」
「なんで!」

 実は兄様、俺を湖で泳がせる気がないのではないか。前々から感じていた疑念が、色濃くなる。

 何度訊いても、ブルース兄様はこんな感じではぐらかす。俺の乗馬を見たこともないくせに、いちゃもんつけて湖はまだダメと言ってくる。

「嘘をついたのか!?」
「そういうわけでは」

 じゃあどういうわけなんだ。
 加勢を求めてロニーを振り返れば、彼は小さく苦笑していた。どうやら湖で泳げるのは、まだまだ先になりそうであった。
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