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13歳

334 至福の時

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 なんかオレンジっぽい味のジュースを飲んで、お菓子を食べる。ベッドサイドの明かりだけをつけた薄暗い空間での真夜中パーティーは楽しかった。

 にやにやする俺とは対照的に、ユリスは退屈そうにジュースを飲んでいる。綿毛ちゃんは、クッキーをもぐもぐしている。

「で? なんだこれは。目的はなんだ」
「夜中にお菓子食べたら楽しい」
「ふざけるな。くだらないことで僕を起こすな」

 ふいっとそっぽを向く不機嫌ユリス。この楽しさがわからないとか正気か?

 だが、別にお菓子だけが目的なわけでもない。
 綿毛ちゃんに目をやれば、夢中でクッキーを頬張っている。食いしん坊め。

「あのね、綿毛ちゃんが訊きたいことあるんだって」

 なかなか口を開かない毛玉に代わって説明すれば、ユリスがピクリと眉を動かす。ちらりと本棚を確認したユリス。どうやら綿毛ちゃんに魔導書返せと言われることを心配しているらしい。

『魔導書も返してほしいよ? でもそれよりもさ、どういう使い方したの』

 ようやく顔を上げた綿毛ちゃんは、興味津々といった様子で問いかけてくる。

「どうって。普通に」

 それを適当にあしらうユリスは、俺の手からクッキーを奪って口に放り込む。突然、消えたクッキー。ちょっとショックを受けていると、綿毛ちゃんが新しいクッキーを鼻で示してくれる。

 一枚とって、口に入れる。もぐもぐ咀嚼していれば、ユリスが「もういいだろ」と話を切り上げようとしてくる。いいわけないだろ。まだなにも話が進んでいないじゃないか。

『あの魔導書さ。結構な魔力を使うはずなんだよね。魔力切れで大変なことになる可能性だってあるわけでさ。どういう使い方したのか教えてくれない?』

 あくまでユリスの心配をしているらしい綿毛ちゃん。だが、魔力切れという言葉で、俺は思い出す。以前、ユリスが黒猫姿になったのは、魔力がなくなったことが理由だとユリスが予想していた。

「ユリスね、猫になったんだよ。黒い猫」
『え』
「俺は元々別世界の人間で、ユリスが魔法でね、えっと。俺がユリスになったの。わかる?」

 絶句する綿毛ちゃんは、俺とユリスの顔を交互に見比べる。ムスッとご機嫌ななめなユリスは、無言でクッキーを齧っている。先程から食べ過ぎでは? 俺の分がなくなってしまう。急いでクッキーを頬張ると、綿毛ちゃんが『それは大丈夫なの?』とオロオロし始める。

「なんで?」
『いやいや。それって魔力不足ってことだよね。あれ、でもなんで人間姿に戻ってんの?』

 首を傾げる綿毛ちゃんに、俺はここまでの経緯を説明してあげる。長い話だが、途中でユリスが補足してくれるから、思い出すままに言葉を並べる。最後まで黙って聞いていた綿毛ちゃんは、『そっか』とひと言口にした。

『大変だったねぇ。あとものすごく運が良かったねぇ』
「そうなの?」

 俺たちの大冒険を運が良いでまとめた綿毛ちゃんは、ゆったりと尻尾を動かしている。

『そりゃあもう。超ラッキーだったね。聞く限りだと魔力不足でそのまま消滅していてもおかしくなかったよぉ。無茶なことするねぇ』

 ベッドに座り込むユリスの膝をちょいちょい叩いて、綿毛ちゃんは『よかったねぇ』と繰り返す。

「綿毛ちゃんは、なんで魔法に詳しいの? 犬のくせに」
『犬じゃないってば』

 お決まりのように抗議してきた綿毛ちゃんであったが、肝心の俺の問いかけには答える気配がない。綿毛ちゃんは、結構不思議な存在だ。犬なのにお喋りするし、変な角も生えている。たまに人間姿にもなる。

 しかし、本人は犬じゃないと言うだけで、正しい情報は何ひとつ教えてくれない。

「ねぇ、綿毛ちゃんってなんなの」
『可愛い毛玉だよぉ』

 へらっと笑う綿毛ちゃんの前からクッキーを奪い取って、俺の口に放り込む。もぐもぐしていれば『オレのクッキー』と、ショックを受けたように耳がペタッとなる。

「教えろ! 綿毛ちゃんはなんだ!」
『だから毛玉だよって』
「毛玉おばけって呼ぶぞ!?」
『それはやめて』

 手強い毛玉は、なかなか口を割らない。こっそりユリスと視線を交わせば、どうやらユリスも綿毛ちゃんの正体が気になるらしい。得意気に頷いたユリスは、なんだかとても頼りになるように見えた。

 少し待っていろと言い置いて、ユリスがベッドをおりる。

 戸棚をあさる彼は、やがてゆったりとした足取りで戻ってきた。その顔は、にやにやと悪そうに歪んでいた。

 顎でくいっと綿毛ちゃんを示すユリス。俺は、なんだかよくわからないが、とりあえず綿毛ちゃんを掴んで押さえておく。どうやらこの対応で正解だったらしい。

 ベッドにのぼったユリスは、隠していた右手を前に出した。その手には、ベッドサイドの明かりを受けて鈍く光るハサミが握られていた。

『ちょっと待った!』

 ジタバタ暴れる綿毛ちゃんを、頑張って押さえつける。悪い顔でハサミをちょきちょき動かすユリスは、「おい、犬」と、偉そうに綿毛ちゃんを見下ろしている。

「おまえは何者だ。正直に答えないと、その角切るぞ」
『あ、そっち!? てっきり毛を刈られるのかと。無理だと思うよ? オレの角硬いよ? ハサミで切るのは無理があるよ!?』
「おい、ルイス。ちゃんと押さえておけよ」
「わかった!」
『やめてぇ』

 ジタバタする綿毛ちゃんの角に、ユリスがハサミをあてる。だが、思いのほか硬いようで、苦戦している。

「切れないな」
『だろうね!』

 声を張り上げる綿毛ちゃんに、俺はびっくりして思わず頭を叩いてしまった。『いたい!』と、呻くもふもふは、泣いていた。

『酷いよぉ。これだから子供は嫌いなんだよぉ』

 えーん、えーんと顔を伏せるもふもふの背中に手を置いてみる。呼吸のたびに上下に動く毛玉は、あったかい。

 ジュースを飲みながら、ハサミを持つユリスと綿毛ちゃんを見比べる。角を切るのは失敗してしまった。

『オレが何をしたって言うんだよぉ』

 悲しみアピールする綿毛ちゃん。なんだか可哀想になってきた。

「やめなよ、ユリス」

 ユリスからハサミを取り上げれば、彼は途端に不機嫌になってしまう。ハサミの代わりに、クッキーを一枚渡しておいた。

 小さく震える綿毛ちゃんは、どうやら色々と諦めたらしい。ぺたんとベッドに寝そべった毛玉は、『大人には内緒にしてね』と前置きしてから口を開いた。

『まずね、オレは犬じゃないから』
「ふむふむ」
『とある人が作った摩訶不思議な生き物なのです』
「とある人って誰? 俺の知ってる人?」
『坊ちゃんたちは知らない人だよ。とっくの昔に死んじゃってるから』
「ふーん?」

 よくわからない昔話を始めた綿毛ちゃんに、ユリスが興味津々となる。身を乗り出して「それで?」と続きを促すユリスとは反対に、俺はちょっと飽きてきた。なんか小難しい話が始まりそうである。

 ジュース片手にだらだらと聞いてみる。どうやら綿毛ちゃんは、昔ある人が魔法で作り出した生き物らしい。ファンタジーだ。

 そのある人とやらが、己で研究した魔法を書き記したものが、あの魔導書というわけだ。

 そんな貴重な物が、なんでうちの湖に。

 ボケッとジュースを飲む俺は、足を投げ出して、ついでに綿毛ちゃんを片手でなでなでする。至福の時である。

『それでぇ、ご主人様亡き後、オレは健気に魔導書を守っていたってわけですよ』
「守って? 普通に放置されていたが?」
『それはちょっと。うっかり寝ていた間に君らが持っていっちゃったんだよ』

 どうやら綿毛ちゃんは、すんごく長生きらしい。そのせいで時間感覚が狂っているのだろう。ついうっかり数年単位で眠ってしまったらしい。おとぼけワンコだな。

 その間に、ユリスとオーガス兄様が湖に潜って魔導書を持ち出した、というわけだ。

「ふざけた犬だな」
『ユリス坊ちゃんって、口悪いよね。前から思っていたんだけど』
「は?」

 ユリスに喧嘩を売る綿毛ちゃんは、呆気なく返り討ちにされている。頭を叩かれて『やめてよぉ』と泣いている。

 綿毛ちゃんの話は難しくて理解できないが、ユリスは興味津々だ。俺に理解できたのは、綿毛ちゃんが結構お年寄りということくらい。

「毛玉じじい」

 ぼそっと呟けば、綿毛ちゃんがすごい顔をした。
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