冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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13歳

325 謝ってほしいわけでは

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「食べるか?」
「食べる!」

 帰ってきたユリスは、お土産だと言って俺にお菓子をくれた。気の利くお子様だ。早速受け取ってもぐもぐしていれば、綿毛ちゃんも寄ってくる。焼き菓子をちょっとだけちぎって分けてあげれば、『これだけ?』と不満そうな顔で見つめてくる。

「犬はお菓子食べたらダメなんだよ」
『だから犬じゃないってば』

 猫は俺の部屋に置いてきた。

「なにしてきたの?」
「なんでもいいだろ」

 まったく教えてくれないユリスは、上着を放って椅子に座る。皺になると小言をこぼすタイラーのことをガン無視して、ユリスは大袈裟にため息をつく。こいつは少し出歩いただけで、ものすごく疲れた顔をする。今もやれやれと肩をまわしている。

「そういえばさ、オーガス兄様が結婚するって言ってたよ」
「なぜ!」

 追い出すような形になってしまった兄様の困ったような顔を思い浮かべながら話せば、ユリスが異常なくらいに食いついてくる。

 身を乗り出して「相手は誰だ? キャンベルか?」と真顔で確認してくる。そういえば、相手を訊くのを忘れた。だが兄様のことだ。きっとキャンベルのことだろう。

 適当に頷けば、ユリスが心底悔しそうに歯がみする。どうやら自分のところにオーガス兄様が報告に来ないことが不満らしい。以前から、理由はよくわからないのだが、ユリスは家族の情報を真っ先に知りたがる。なにかあった際、自分のところに一番に報告が来ないと拗ねてしまうのだ。気難しいお子様である。

「なんで僕じゃなくてルイスに」

 八つ当たりのように俺を睨み付けてくるユリス。このままオーガス兄様の元へ殴り込みに行きそうな勢いである。そしてその予想は的中した。

 慌ただしく立ち上がったユリスは、荒々しい動作で部屋を出て行ってしまう。それに、タイラーが続く。

 部屋に残された俺は、一瞬だけついて行こうか迷ってしまうが、やめておいた。

 先程、オーガス兄様相手に声を荒げたばかりである。顔を合わせるのは、ちょっと気まずい。いつもであれば、なにも考えずにユリスの後に続く俺が動かないことを不思議に思ったのだろう。ロニーが「いいんですか?」と静かに問いかけてくる。

「うん。兄様にはさっき会ったし」
「そうですか」

 なんとなく、ロニーには俺がオーガス兄様と意味もなく険悪な空気になったことは知られたくない。そういう明らかに子供っぽい一面は、ロニー相手には隠しておきたいと思うのだ。

「ロニーも食べる?」

 残っていた焼き菓子を勧めるが、ロニーは手をつけない。ジャンも同様だ。仕方がないので、ひとりで頬張る。

「ロニーはさ。お兄さんと喧嘩することある?」

 え、と小さく目を見開いたロニーは、けれどもすぐに柔和な笑みを浮かべると、頷いた。

「ありますよ。喧嘩なんてしょっちゅうですよ」

 ロニーが誰かと喧嘩する場面なんて想像できない。たとえそれが、家族相手だとしても。

 少しだけ疑いの目を向ければ、苦笑が返ってくる。

「些細なことで喧嘩しますよ。たとえば、声の掛け方が気に入らないとか、勝手に物を借りたとか。内緒でお菓子を食べたとか」

 懐かしむように笑うロニー。
 それを見て、ふと思う。俺、オーガス兄様と喧嘩したことあるっけ?

 ムムッと考え込む。ブルース兄様とは、いつも言い合いをしている。最終的には俺が大声出して、ブルース兄様もこっちを怒鳴りつけてくる。これは喧嘩のうちに入ると思う。

 一方のオーガス兄様は、いつも弱気だ。俺が一方的に大声出すことはあっても、それだけのような気がする。俺がなにかを主張すれば、兄様は困ったように苦笑して、最終的には受け入れてくれる。

 先程だってそうだ。俺が勝手に不機嫌になったのに、オーガス兄様は苦笑して、さらには「ごめんね」と言って退出してしまった。あれがブルース兄様なら、多分応戦してきたと思う。

 あのなんともいえない困り顔を思い出して、またもや意味もなく心がざわざわしてくる。
 先程の件は、どう考えても勝手にキレた俺の方が悪いはずなのに。なぜか最終的には謝罪してきた兄様に、腹が立ってしまう。別に謝ってほしかった訳ではない。ああいう顔をしてほしかった訳でもない。

 だからといって、こうしてほしかったという明確な希望があるわけでもない。

 ムスッと黙り込む俺。考えても考えても、気分は晴れない。むしろどんどん悪化していくような気さえする。

 そんな時である。横からそっと紅茶を差し出されて、顔を上げる。

 はにかむジャンが視界に入って、少し気持ちが落ち着いた。オーガス兄様には、今度会った時にでも謝ろうかな。
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