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12歳

317 おサボりお兄さん

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「綿毛ちゃん。うるさいよ」
『なんでよぉ。いいじゃん、お話しようよ』

 おらおらとふわふわ毛玉がアタックしてくるが、これっぽっちも痛くはない。

 結局、ブルース兄様は綿毛ちゃんを捨てろとは言わなかった。変な犬だが、俺の側にはロニーもジャンもいるから大丈夫だと判断したらしい。多分、考えることが面倒になったのだと思う。

 アロンにもらった指輪は、戸棚の奥に隠しておいた。使い道がないからね。

 そして肝心のお土産は、見たことないお菓子だった。美味しくて、俺は満足。一方、ユリスは変な本をもらっていたが、「これは別に珍しくもないだろ」と拗ねていた。

 魔法に興味のないブルース兄様は、「なにが珍しいのかもわからない。悪いがそれで我慢してくれ」と、疲れた様子で額を押さえていた。

 そうしてブルース兄様たちも戻ってきて、屋敷はまた騒がしくなった。主に、アロンがうるさかった。

 骨折を理由に、今まで以上に仕事をサボろうとするアロン。そんな彼に対して、クレイグ団長がキレた。

「いい加減にしてくれ! 仕事が進まないだろ」
「なんで俺が。副団長に言えばいいじゃないですか。あの人、しれっとサボってますよ」
「それは、後でどうにかする」
「後で? 後でって具体的にはいつですか」

 クレイグ団長が怒っていたはずなのに、いつの間にかアロンが優勢になっていた。それにしてもセドリック。相変わらず仕事に対してやる気がないらしい。この調子だと、おそらくクレイグ団長はもうしばらくヴィアン家で働くことになるだろう。団長は責任感が強いから。

 そしてアロンといえば。

 なぜか以前にも増して、俺のところへやって来るようになった。これまでも、たまに仕事の合間に顔を出しにくることはあった。たいてい意味もないような雑談をしてすぐに去っていたのだが、最近では暇さえあれば俺の元へやって来ているようだった。

 だが、これといって用事があるわけでもないらしく、本当にただ俺の側に居るという感じ。たまに思い出したように口を挟んでくるが、基本的にはこちらを見守るだけ。元々ブルース兄様の近くでも、ボケッとおサボりしていることが多かった。サボり場所がブルース兄様の側から、俺の側へと変わったらしい。意味はわからないけれども。

「この間から、なんですか? どういうつもりなんですか」
「なにが?」

 見兼ねたタイラーが、アロンを問いただすが、答えは返ってこない。あまりにも仕事を抜け出すものだから、ブルース兄様が連れ戻しにくること数回。

 最終的には、ブルース兄様がブチ切れていた。クビにしてもいいんだぞ、と凄む兄様に対して、アロンは「そんなこと。できないでしょ。俺を野放しにするとなにをするかわかりませんよ」と、挑発的に笑っていた。さすがクソ野郎である。

 そんなこんなで懲りないアロンは、ブルース兄様の目を盗んでは、俺のところへとやってくる。マジでなにをしにきているのか。そろそろ俺にまでブルース兄様の怒りが飛び火しそうだから勘弁してほしい。

「指輪は? どこに?」
「隠してある」
「ふーん」

 なぜかしきりに指輪の在処を確認するアロン。もしかして、返せと言うつもりか。別にいいけど。

 だが、「返す? 持っていっていいよ」と伝えるたびに、アロンは「なんでですか」と不機嫌になってしまう。気難しい奴だな。

 一応、アロンはブルース兄様の護衛役のはずなのだが。最近ではブルース兄様を放置している。だが兄様は脳筋だし。なにかあっても自力でどうにかするだろう。

「散歩に行くぞ。犬、猫」
『またぁ? 朝も行ったような気がするけどねぇ』

 ぐちぐち文句ばかりの綿毛ちゃんを抱っこして、庭に出る。猫は、ジャンが抱えている。

 季節は秋。

 そろそろ本格的に寒くなってしまう。その前に、噴水で遊んでおかなければならない。

 噴水の前に犬と猫を並べて、一緒に遊ぶ。アロンが持ってきてくれたバケツに水を汲んで、適当に撒く。クレイグ団長に見つかる前に、と急いで遊ぶ。

『坊ちゃん、水遊び好きだねぇ』

 遠い目をする綿毛ちゃんは、水に濡れるのが嫌みたいだ。びしょ濡れになると、毛がもふもふじゃなくなるもんね。猫も同様に、あまり水には寄ってこない。だから上から水を撒くのだが、犬と猫は素早く逃げてしまう。

「アロン! 仕事サボり?」

 なかなか俺の側から離れないおサボりお兄さんに視線を投げれば、「まぁ、そんなところです」と素直な答えが返ってくる。ブルース兄様に怒られるぞ?

「仕事しないとダメだよ。ブルース兄様が可哀想」

 今だって、ひとり寂しく書類仕事をしているであろう兄様を憐れんでいれば、ロニーが静かにアロンを睨みつけていることに気が付いた。なんか、珍しいな。

 ロニーは優しいお兄さんである。基本的にいつも笑顔で、誰に対しても物腰が柔らかい。だが、アロンを前にすると少々それが崩れる。

 なんでだろうと考えるが、二年ほど前のことか。俺がエリックによって強引に王宮へと連れ去られた際、アロンはロニーに対してあんまりな態度をとっていた。俺は確かその一件で、アロンが実はクソ野郎だと知ったのだ。だから、ロニーがアロンを嫌うのもわかる。

 ちらりとジャンを窺えば、彼は逃げ出す猫を追いかけるのに必死で、アロンとロニーの静かな争いに気が付いていない。

「ルイス様。そろそろお部屋に戻りましょうか」

 にこやかに声をかけてくるロニーは、なんだかアロンを引き離す口実を無理矢理に作っているようにも見えた。

 実際、アロンに視線を投げたロニーは、「あなたも仕事に戻った方がよろしいのでは?」と、心なしか冷たい声色で、俺とアロンの間にさりげなく割り込んでくる。

 ため息ついて肩をすくめるアロンは、隠すこともなくロニーを睨みつける。

 バチバチし始めたふたりを横目に、俺はひたすら綿毛ちゃんを撫でまわす。

『やめてぇ』
「アロンをさ。どうにかしないと」
『どうにかって?』

 こそこそ耳打ちすれば、綿毛ちゃんは不思議そうな顔をする。

「仕事サボっちゃダメって言わないと。ブルース兄様がすんごい怒ると思う」

 多分、そろそろブルース兄様の限界がくる。大事になる前に、穏便に解決せねばならなかった。

 だが、アロンはいくら注意しても聞く耳持たない。大丈夫ですよ、と軽く流してしまう。大丈夫ではないと思うのだけど。

「綿毛ちゃん。どうにかして」
『すんげぇ無茶振り。ただの毛玉になにを期待してんだよぉ』

 無理と首を振る綿毛ちゃんは、実際役に立ちそうになかった。

 ここは、俺がどうにかするしかないのか。だが、名案は思いつかない。うんうん唸りながら、綿毛ちゃんをもふもふする。猫を捕獲したジャンが、ちょっと疲れた顔して戻ってくる。

「ジャン」
「はい。なんでしょうか」
「アロンをどうにかして」
「え」

 露骨に固まってしまったジャンは、動き出す気配がない。うむ。ジャンには荷が重かったか。

 はぁっと、思わずため息が溢れる。

『アロンさんのこと嫌いなの?』
「そういうわけでは」

 アロンと遊ぶのは楽しい。後で怒られるのが難点だが、概ね楽しい。気は合うと思う。だが、アロンのおサボりのせいで、屋敷の空気がピリピリするのが嫌なのだ。

 ここ最近、ブルース兄様は眉間に皺が寄っているし、ロニーも心なしかピリピリしている。それがちょっと、嫌なのだ。

 そういうことを説明すれば、綿毛ちゃんは大きく頷いてくれる。犬のくせに、俺の気持ちがわかるのか。

「綿毛ちゃんは賢いね」
『どうも』
「犬のくせに」
『坊ちゃん。ひと言余計ってよく言われない?』

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