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12歳
314 おかえりなさい
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数日後。
昼過ぎくらいに、兄様たちは帰ってきた。
正門が開いて、ぞろぞろと隊列が入ってくる。先頭にいたクレイグ団長に手を振れば、小さく一礼が返ってきた。
「疲れた。おい、大人しくしていたか」
馬をおりたブルース兄様は、言葉通りに疲れた顔をしていた。久しぶりに顔を見る兄様は、相変わらず眉間に皺が寄っている。もうちょい楽しそうな顔できないのか? せっかく出迎えてやったのに。
「おかえり」
「あぁ、ただいま」
まじまじと俺の顔を見てくるブルース兄様は、「大人しくしていたのか」と、再度確認してくる。それに頷きを返せば、疑うように半眼となる兄様。
だが、俺の背後に立つオーガス兄様に気が付いたらしく、そちらへと足を向けている。そのまま、長男に挨拶をするブルース兄様。報告を兼ねた立ち話を始めてしまう。
ちなみに、ユリスは部屋に引きこもっている。兄様たちを出迎えるのは面倒だと言っていた。薄情な奴である。タイラーも、ユリスの側についている。
ジャンの抱えている綿毛ちゃんに目をやって、兄様たちを見る。ブルース兄様が、綿毛ちゃんに気が付いた様子はない。このまま、黙っておけばバレないかも。緊張しているらしい綿毛ちゃんは、珍しく口を閉じて大人しくしている。
いや、そんなことよりも。
そわそわと周囲を見回す。お目当ての人物が、見当たらない。ちょっと不安になって、足元で寝そべっている猫の背中を撫でた。
「アロンは?」
横にいるロニーを窺えば、彼もアロンを探して視線を彷徨わせる。
アロンが怪我したと報告を受けてから、俺はずっと落ち着けなかった。出発前の、アロンのフラグっぽい言動が、頭をよぎってざわざわする。
そうして、しばらく周囲を観察していれば、ちょっと離れたところにお目当ての長身を見つけた。
「アロン!」
呼びかければ、すぐさま振り返ってくれる。俺を視界に入れるなり、へらっと笑ったアロン。案外、元気そうで胸を撫で下ろす。
だが、その首から下がる三角巾に、俺の頬がピシッと引き攣る。
「……どうしたの、それ」
「ルイス様。いや、ちょっと骨折して」
こちらに寄ってきたアロンは、そう言って気まずそうに右手を後頭部へと持っていく。布で固定された左手が、なんだか痛々しい。
負傷したという話は、本当だった。元気そうなのが、不幸中の幸いだろう。
「大丈夫?」
おそるおそる尋ねれば、「大丈夫ですよ」と軽い調子で応じてくる。「完治目前です」と笑うアロン。
今回の巡回は、そんなに危険ではないと言っていた。なんで、こんなことに。なんて声をかければいいのかわからなくて、そのまま無言の時間が流れる。
微妙に視線を逸らしてくるアロンは、なにかを探すように俺の手元あたりを凝視している。つられて自分の手を確認してみるが、特になにもない。
目を瞬いていれば、ブルース兄様が近付いてきた。
「おい、アロン。俺の荷物はどこだ」
「それなら向こうに」
顎で遠くを示すアロンに、ブルース兄様が舌打ちする。険悪な雰囲気だ。部屋に運んでおけと指示する兄様に、アロンが無言で左腕が使えないアピールをする。
ブルース兄様が、苛ついたように息を吐く。
そのあんまりな態度に、俺はモヤッとしてしまう。アロンは、仕事中に怪我を負ったのだ。労わるべきであって、兄様の偉そうな態度には賛同できなかった。
「ブルース兄様!」
「なんだ」
「アロンに謝れ!」
「はぁ?」
眉を吊り上げる兄様は、「なんで俺が」と吐き捨てる。なにがあったのかは知らないが、アロンとブルース兄様の仲が、ギスギスしていることは間違いなかった。
「アロンは頑張ったのに。なんだその冷たい態度は! 怪我したのも兄様のせいじゃないの!?」
「なんだと」
ブルース兄様が、無茶な命令したのかもしれない。そうでなくても、仕事中に怪我をしたアロンに対して、冷た過ぎる。彼が怪我を負うほど頑張ったことは事実なのだから、もうちょい感謝するべきだ。
そういうことを主張すれば、アロンが悲しそうに眉尻を下げる。
「いいですよ、ルイス様。俺は気にしないので」
「でも!」
アロンの諦めたような表情を見て、黙ってなんていられない。謝れ! とブルース兄様に詰め寄れば、兄様は変な顔をした。
「おい。おまえは、こいつがなぜ怪我をしたのか知らないのか?」
「? 仕事中に怪我したんでしょ」
巡回中に負傷者が出たと、先に報告が来ている。
だが、俺の言葉を聞いたブルース兄様は、大きくため息をついた。
「おい」
アロンの肩を小突いた兄様は、「自分で説明しろ」と、冷たく言い放つ。
じっとアロンを見上げていれば、彼はぎゅっと眉間に皺を寄せた。珍しくなにかを堪えるような態度に、知らず知らずのうちに息を呑む。
「あのですね、ルイス様」
静かに口を開いたアロンは、骨折したという左腕をゆっくり撫でながら、思い出すように遠くを見つめている。
「あれは、国境付近に到着してすぐの頃です」
その日、適当な宿を確保した一行は、翌朝までの自由時間が与えられた。暇を持て余したアロンは、ブルース兄様の面倒をみるのが嫌だったらしい。早々に宿を抜け出して、夜の街をぶらついていたそうだ。
「そんな時。すんげぇ好みの女の子を見かけたんです」
「……ん?」
なんだか雲行きが怪しくなった語り口に、けれども俺は真剣に耳を傾ける。
アロンいわく。街で見かけたすんげぇ好みの女の子とやらに、声をかけたらしい。
「これを逃すと、次はないと思ったので」
真剣な顔で語るアロンに、俺は適当に相槌を打つ。ちらりとブルース兄様の様子を窺うが、兄様は不機嫌そうに眉間に皺を刻んでいる。
「それで、せっかくだから。どこかへ連れ込もうと思っていたんですけど。そこへ、その子の恋人を名乗る男が現れまして」
そこからの展開はもう、なんか想像通りであった。
てめぇ、人の女に手を出しやがって! と激昂した男が、アロンに殴りかかってきたらしい。それを避けたアロンであったが、ついうっかりバランスを崩した。
「それで転んで、運悪く。骨折しました」
「……くだらな」
ついうっかり、ポロッと口からこぼれた本音に、アロンが悲痛な顔をする。
なんか、思ってたんと違う。
なんだこのクソ野郎は。心配して損した。というか、国境付近に到着してからすぐに骨折したのか? え、こいつはなにをしに行ったの? まさか、今回の巡回中、こいつはろくに仕事していなかったのか?
ジトッと半眼になるブルース兄様を見て、確信した。クソ野郎のことである。その後、骨折を理由にほとんど仕事をサボったのだろう。
それで、ブルース兄様がこんなにも不機嫌なのだ。
「……お土産はどうした」
ブルース兄様がぴりぴりしている。雰囲気を変えようと、頼んでいたお土産を催促すれば、アロンが不満そうに唇を尖らせる。
「もうちょい心配してくれてもよくないですか?」
「お土産はどうした」
「あぁ、はいはい。ありますよ。ちゃんとありますよ」
小さく舌打ちしたアロンは、投げやりな返答をよこす。なんだその態度は。
ん、と右手を差し出すが、アロンがお土産を渡してくれる気配はない。今は持っていないとふざけたことを言い始める。
「そんなことより、ルイス様」
「そんなこと!? お土産ってそんなこと扱いなの!?」
「いや、そういうわけでは」
緩く頭を振ったアロンは、俺の左手をとってくる。
「なに」
「俺が預けた指輪。どうしたんですか」
指輪。
そっと、足元でうーんと伸びをしている白猫を視界に入れた。すんっと真顔になったアロンが、片膝をついて、猫を確認する。遠慮ない手つきで猫を触っていた彼だが、やがて首輪に通された指輪を発見するなり、「マジかよ」と口を開ける。
「……これは、どういう意図で?」
「オシャレ猫になった」
「いや、あの。えぇ?」
嘘だろ、と右手で顔を覆ったアロンは、なんだか絶望していた。
「俺は、ルイス様につけておいてほしかったんですけど」
「サイズ合わないもん」
「サイズ……?」
首を傾げたアロンは、「そこまでは考えてなかったな」と、神妙な様子で黙り込んでしまう。
「で? お土産は?」
再び手を差し出すが、当然のように無視されてしまった。
昼過ぎくらいに、兄様たちは帰ってきた。
正門が開いて、ぞろぞろと隊列が入ってくる。先頭にいたクレイグ団長に手を振れば、小さく一礼が返ってきた。
「疲れた。おい、大人しくしていたか」
馬をおりたブルース兄様は、言葉通りに疲れた顔をしていた。久しぶりに顔を見る兄様は、相変わらず眉間に皺が寄っている。もうちょい楽しそうな顔できないのか? せっかく出迎えてやったのに。
「おかえり」
「あぁ、ただいま」
まじまじと俺の顔を見てくるブルース兄様は、「大人しくしていたのか」と、再度確認してくる。それに頷きを返せば、疑うように半眼となる兄様。
だが、俺の背後に立つオーガス兄様に気が付いたらしく、そちらへと足を向けている。そのまま、長男に挨拶をするブルース兄様。報告を兼ねた立ち話を始めてしまう。
ちなみに、ユリスは部屋に引きこもっている。兄様たちを出迎えるのは面倒だと言っていた。薄情な奴である。タイラーも、ユリスの側についている。
ジャンの抱えている綿毛ちゃんに目をやって、兄様たちを見る。ブルース兄様が、綿毛ちゃんに気が付いた様子はない。このまま、黙っておけばバレないかも。緊張しているらしい綿毛ちゃんは、珍しく口を閉じて大人しくしている。
いや、そんなことよりも。
そわそわと周囲を見回す。お目当ての人物が、見当たらない。ちょっと不安になって、足元で寝そべっている猫の背中を撫でた。
「アロンは?」
横にいるロニーを窺えば、彼もアロンを探して視線を彷徨わせる。
アロンが怪我したと報告を受けてから、俺はずっと落ち着けなかった。出発前の、アロンのフラグっぽい言動が、頭をよぎってざわざわする。
そうして、しばらく周囲を観察していれば、ちょっと離れたところにお目当ての長身を見つけた。
「アロン!」
呼びかければ、すぐさま振り返ってくれる。俺を視界に入れるなり、へらっと笑ったアロン。案外、元気そうで胸を撫で下ろす。
だが、その首から下がる三角巾に、俺の頬がピシッと引き攣る。
「……どうしたの、それ」
「ルイス様。いや、ちょっと骨折して」
こちらに寄ってきたアロンは、そう言って気まずそうに右手を後頭部へと持っていく。布で固定された左手が、なんだか痛々しい。
負傷したという話は、本当だった。元気そうなのが、不幸中の幸いだろう。
「大丈夫?」
おそるおそる尋ねれば、「大丈夫ですよ」と軽い調子で応じてくる。「完治目前です」と笑うアロン。
今回の巡回は、そんなに危険ではないと言っていた。なんで、こんなことに。なんて声をかければいいのかわからなくて、そのまま無言の時間が流れる。
微妙に視線を逸らしてくるアロンは、なにかを探すように俺の手元あたりを凝視している。つられて自分の手を確認してみるが、特になにもない。
目を瞬いていれば、ブルース兄様が近付いてきた。
「おい、アロン。俺の荷物はどこだ」
「それなら向こうに」
顎で遠くを示すアロンに、ブルース兄様が舌打ちする。険悪な雰囲気だ。部屋に運んでおけと指示する兄様に、アロンが無言で左腕が使えないアピールをする。
ブルース兄様が、苛ついたように息を吐く。
そのあんまりな態度に、俺はモヤッとしてしまう。アロンは、仕事中に怪我を負ったのだ。労わるべきであって、兄様の偉そうな態度には賛同できなかった。
「ブルース兄様!」
「なんだ」
「アロンに謝れ!」
「はぁ?」
眉を吊り上げる兄様は、「なんで俺が」と吐き捨てる。なにがあったのかは知らないが、アロンとブルース兄様の仲が、ギスギスしていることは間違いなかった。
「アロンは頑張ったのに。なんだその冷たい態度は! 怪我したのも兄様のせいじゃないの!?」
「なんだと」
ブルース兄様が、無茶な命令したのかもしれない。そうでなくても、仕事中に怪我をしたアロンに対して、冷た過ぎる。彼が怪我を負うほど頑張ったことは事実なのだから、もうちょい感謝するべきだ。
そういうことを主張すれば、アロンが悲しそうに眉尻を下げる。
「いいですよ、ルイス様。俺は気にしないので」
「でも!」
アロンの諦めたような表情を見て、黙ってなんていられない。謝れ! とブルース兄様に詰め寄れば、兄様は変な顔をした。
「おい。おまえは、こいつがなぜ怪我をしたのか知らないのか?」
「? 仕事中に怪我したんでしょ」
巡回中に負傷者が出たと、先に報告が来ている。
だが、俺の言葉を聞いたブルース兄様は、大きくため息をついた。
「おい」
アロンの肩を小突いた兄様は、「自分で説明しろ」と、冷たく言い放つ。
じっとアロンを見上げていれば、彼はぎゅっと眉間に皺を寄せた。珍しくなにかを堪えるような態度に、知らず知らずのうちに息を呑む。
「あのですね、ルイス様」
静かに口を開いたアロンは、骨折したという左腕をゆっくり撫でながら、思い出すように遠くを見つめている。
「あれは、国境付近に到着してすぐの頃です」
その日、適当な宿を確保した一行は、翌朝までの自由時間が与えられた。暇を持て余したアロンは、ブルース兄様の面倒をみるのが嫌だったらしい。早々に宿を抜け出して、夜の街をぶらついていたそうだ。
「そんな時。すんげぇ好みの女の子を見かけたんです」
「……ん?」
なんだか雲行きが怪しくなった語り口に、けれども俺は真剣に耳を傾ける。
アロンいわく。街で見かけたすんげぇ好みの女の子とやらに、声をかけたらしい。
「これを逃すと、次はないと思ったので」
真剣な顔で語るアロンに、俺は適当に相槌を打つ。ちらりとブルース兄様の様子を窺うが、兄様は不機嫌そうに眉間に皺を刻んでいる。
「それで、せっかくだから。どこかへ連れ込もうと思っていたんですけど。そこへ、その子の恋人を名乗る男が現れまして」
そこからの展開はもう、なんか想像通りであった。
てめぇ、人の女に手を出しやがって! と激昂した男が、アロンに殴りかかってきたらしい。それを避けたアロンであったが、ついうっかりバランスを崩した。
「それで転んで、運悪く。骨折しました」
「……くだらな」
ついうっかり、ポロッと口からこぼれた本音に、アロンが悲痛な顔をする。
なんか、思ってたんと違う。
なんだこのクソ野郎は。心配して損した。というか、国境付近に到着してからすぐに骨折したのか? え、こいつはなにをしに行ったの? まさか、今回の巡回中、こいつはろくに仕事していなかったのか?
ジトッと半眼になるブルース兄様を見て、確信した。クソ野郎のことである。その後、骨折を理由にほとんど仕事をサボったのだろう。
それで、ブルース兄様がこんなにも不機嫌なのだ。
「……お土産はどうした」
ブルース兄様がぴりぴりしている。雰囲気を変えようと、頼んでいたお土産を催促すれば、アロンが不満そうに唇を尖らせる。
「もうちょい心配してくれてもよくないですか?」
「お土産はどうした」
「あぁ、はいはい。ありますよ。ちゃんとありますよ」
小さく舌打ちしたアロンは、投げやりな返答をよこす。なんだその態度は。
ん、と右手を差し出すが、アロンがお土産を渡してくれる気配はない。今は持っていないとふざけたことを言い始める。
「そんなことより、ルイス様」
「そんなこと!? お土産ってそんなこと扱いなの!?」
「いや、そういうわけでは」
緩く頭を振ったアロンは、俺の左手をとってくる。
「なに」
「俺が預けた指輪。どうしたんですか」
指輪。
そっと、足元でうーんと伸びをしている白猫を視界に入れた。すんっと真顔になったアロンが、片膝をついて、猫を確認する。遠慮ない手つきで猫を触っていた彼だが、やがて首輪に通された指輪を発見するなり、「マジかよ」と口を開ける。
「……これは、どういう意図で?」
「オシャレ猫になった」
「いや、あの。えぇ?」
嘘だろ、と右手で顔を覆ったアロンは、なんだか絶望していた。
「俺は、ルイス様につけておいてほしかったんですけど」
「サイズ合わないもん」
「サイズ……?」
首を傾げたアロンは、「そこまでは考えてなかったな」と、神妙な様子で黙り込んでしまう。
「で? お土産は?」
再び手を差し出すが、当然のように無視されてしまった。
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