上 下
326 / 586
12歳

閑話13 入り替わり作戦

しおりを挟む
「ちょっとさ、入れ替わってみない?」
「……は?」

 暇を持て余した俺の、ふとした思い付きである。

 せっかく同じ顔をしているのに、これを利用しない手はない。ここは、双子定番の入れ替わりでもやってみようではないか。

 嬉々として提案するが、ユリスは興味なさそうに鼻で笑うだけ。

 なんで? 絶対に楽しいと思うけどな。

「楽しそうだと思わない?」
「思わない」

 ノリの悪いお子様め。即答するユリスは、「僕の邪魔をするなら出て行け」と、冷たく言い放つ。

 嫌だ、やりたい! と全力で騒いでやれば、ユリスが小さく舌打ちする。ちなみに今は、部屋に俺とユリス。それにジャンがいる。ジャンは少しお願いすれば口止めできるので、話を聞かれても問題はない。

 ロニーとタイラーが、揃って席を外している今がチャンスだ。お願いと顔の前で手を合わせて頭を下げれば、ユリスが嫌々顔を上げる。

「簡単に言うが、それだと僕が大変だろ」
「なんで?」
「おまえのフリなんて。僕には到底できない。そこまでプライドを捨てるなんて、屈辱だ」
「どういう意味だよ」

 よくわからんが、ディスられていることは理解した。「謝れ!」と指を突きつけるが、まるっと無視されてしまう。

 しかし、ここで揉めていても仕方がない。はやくしないと、タイラーたちが戻ってきてしまう。

「じゃあ俺がユリスのフリするから。ユリスは俺のフリしてね」
「いや、だから」

 渋るユリスを強引に椅子から立たせて。
 入れ替わり作戦、開始である。


※※※


 ユリスのフリをするのは、意外と簡単だった。

 椅子に座って、じっと本を睨みつけておけば完璧である。むむっと難しい顔を作って大人しく座る俺をみて、「僕はそんな変な顔はしない」と、ユリスがぶつぶつ言ってくる。そうか? おまえはだいたいこんな顔だろ。無愛想で、なんかちょっと不機嫌顔なのだ。

 顔を突き合わせて、一生懸命に作戦会議する俺らを、ジャンが目を細めて見守っている。口止めしなくても、黙っていてくれそうな雰囲気で安心だ。

 問題は、ユリスである。俺のやり方がわからないと立ち尽くすユリスは、やる気がなかった。

「俺っぽいことして!」
「ルイスっぽいこと?」

 首を捻ったユリスは、床の上で丸くなっていた白猫を捕まえると、突然、勢いよく振りまわし始めた。びっくりして目を丸くする俺。

「なにするんだ! 猫が可哀想!」

 慌てて猫を奪い取れば、ユリスは「は?」と怪訝な顔になる。なにその被害者面。どう見たって、猫の方が被害者だろ。

「おまえは、いつもこんな感じだろ」
「違うけど? 猫いじめるな!」
「いつもおまえがやっていることだろ」
「やってない!」
「やってる。僕が猫だった時にも、あんな感じで振りまわしていただろう。忘れたとは言わせないぞ」
「なにそれ。いつの話だよ」

 可哀想にと、猫をぎゅっと抱きしめれば、「ほら。扱い方が雑じゃないか」と、なぜかユリスが得意な顔をする。なにを言っているのだ、こいつは。

 そうして揉めながらも、準備は整った。

 そろそろ席を外していたタイラーとロニーが戻ってくる頃だ。わくわくと待ち構えていれば、軽いノックの音が響いて、しゃきっと背筋を伸ばす。

 ユリスは面倒になったらしく、ドアに背を向けるように床にしゃがんで、ひたすら猫を撫でている。どうやらこれでやり過ごすつもりらしい。

「おとなしくしてました?」

 入室してくるなり部屋を見まわすタイラーは、失礼だと思う。ロニーの姿はない。

 俺とユリスがいらんことをしていないか確認したらしいタイラーは、小さく頷くと、背中を向けて床にしゃがむユリスと、椅子に座って本を読む俺をちらりと見比べる。

 よしよし。入れ替わり順調であると思ったのも束の間。

「……本を読むなんて、珍しいですね」

 こちらに寄ってきたタイラーが、そんなことを言う。これに、俺は愕然とする。

 ユリスが読書するのはいつものことである。珍しくもなんともない。これは間違いなく、俺がルイスだとバレている。一体なぜ。

「……なんでわかったの」

 じっとタイラーを見上げれば、彼は「え? なにがですか」と、なんにもわかっていない発言をする。

「俺とユリス。入れ替わってたのに」

 簡潔に説明すれば、タイラーは「あぁ、なるほど」と、ようやく頷いてみせた。

「だったら服も整えないと」
「服……?」

 予想外のアドバイスに、目を瞬く。そこまでは、考えていなかった。確かに、動きやすさ重視の俺に対して、ユリスはいつもきっちりしている。夏だというのに、ボタンも一番上までとめる徹底ぶりである。

 鬱陶しくて着崩すと、いつもはロニーが無言で整えにくるのだが、そもそもユリスは服を着崩さない。

 俺のシャツのボタンをきっちりとめたタイラーは、その後も色々と手を加えてくる。髪をとかして、襟を整える。その後、ユリスの服を崩しにかかったタイラーは、なんだか楽しんでいるようであった。どうやらロニーが入れ替わりに気がつくか、試してみたいらしい。

「よし、こんなもんですかね」

 タイラーが満足そうに頷いたその時。

 ちょうどロニーが戻ってきた。再び姿勢を正して、真顔で本に視線を落とす。ユリスはユリスで、やる気なさそうに猫を撫でている。

 静かに入室してきたロニーは、迷いなくユリスの方へと足を向ける。

 これは! ユリスのことを俺だと勘違いしているのでは!

 内心でにやにやしながら見守っていれば、ユリスの横に屈んだロニーが「あれ?」と、首を捻った。

「ユリス様でしたか。てっきりルイス様かと」

 あれ? 割とあっさり気がついたな?

 拍子抜けする俺。タイラーも「えぇ! なんでわかるんですか!」と悔しがっている。

「いえ。朝と服が違ったので」

 頬を掻いたロニーは、そう言って苦笑する。慌ててユリスに駆け寄って確認すれば、なるほど、確かにちょっと違う。お揃いだと思っていたのだが、細部に違いがある。シャツの胸元のフリルの形が、微妙に違う。

 なんだか上手くいかない入れ替わりに、悔しくなってくる。

「もういいか? 疲れたんだが」

 飽きてしまったユリスが、さっさと読書に戻ってしまう。

 誰ひとり騙されてくれない現状に、ムスッと頬を膨らませた。
しおりを挟む
感想 424

あなたにおすすめの小説

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

妹を侮辱した馬鹿の兄を嫁に貰います

ひづき
BL
妹のべルティシアが馬鹿王子ラグナルに婚約破棄を言い渡された。 フェルベードが怒りを露わにすると、馬鹿王子の兄アンセルが命を持って償うと言う。 「よし。お前が俺に嫁げ」

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

処理中です...