冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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12歳

308 俺の犬なのに

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「これはなんだ」
「犬だよ。喋る犬。庭で拾ったの」

 突然現れた犬を、ユリスが凝視している。正確には、お兄さんが犬に姿を変えたのだ。

 もっふもふの体を小さく揺らす犬を、抱き上げる。

「はい。ちょっとなら触ってもいいよ」

 ユリスに差し出せば、彼はおずおずと手を伸ばしてくる。

『どう? これで怪しい者ではないと理解してくれたかい?』
「怪しいことには変わりないだろ」

 眉を寄せるユリスは、遠慮なく犬を撫で始める。されるがままの犬は、『ふわふわだろ。もっと撫でてもいいぞ』と、ずっとお喋りしている。

「ん?」

 そんな中、頭に生える角に気が付いたらしいユリスが、身を乗り出す。

「なんだこれ」
「角。なんかね、角生えてるんだよ、この犬」
「へー」

 興味津々。角を掴むユリスは、そのまま勢いよく引っ張り始める。

『いてててて、ちょ、おいこら!』
「これ抜けないのか?」
『抜けないよ!? 抜けたら大惨事だよ!?』

 頑張るユリスを、こっそり応援する。その角は、俺もとってみたいと思っていた。

「頑張れ、ユリス。引っ張ったら抜けそう?」
「いや。無理かもしれない」
『止めてよ! 坊ちゃん!』

 酷いよぉ、と涙を流す犬。ユリスと囲んで、じっと観察していれば、『もうペットやめたい』と泣き言が聞こえてくる。

「名前はね、綿毛」
「相変わらずネーミングセンスが終わっているな」
「なんだと!」

 すかさずユリスに掴みかかれば、彼も応戦してくる。枕でぶん殴ってくるという暴挙に出たユリスに、俺は拳を握りしめる。

「謝れよ! もう犬貸さないぞ!」
「その犬、僕が面倒みてやる。おまえには猫がいるだろう」
「横どりなんて許さないからな!」
『ちょ、ちょい。落ち着けよ、坊ちゃんたち』

 オロオロする犬を挟んで、ユリスと言い合いになる。俺のペットを奪おうとしてくる彼に、見せなければよかったと後悔する。

 むぎゅっと犬を抱きしめて、ユリスから守ってやる。犬が『やめて。ちょ、苦しい』と呻いているが、それどころではない。いま手を離せば、ユリスに奪われてしまう。

「ちょっと見せろ」
「嫌だ! 俺の犬だもん」
「見るくらいいいだろ」

 手を伸ばしてくるユリスは、俺から犬を奪おうと躍起になる。負けじと、俺も腕に力を込める。

『勘弁してくれ。もう嫌なんだけど』

 弱々しく呟く犬に、ハッとする。

「やめろユリス! 犬が可哀想だろ」

 ユリスを振り払えば、彼はそのまま不機嫌になってしまう。俺の犬なのに。なんだその顔は。

「大丈夫か、犬」
『う、うん。あんまり大丈夫ではないかな』

 疲れた顔をする犬の毛を、わしゃわしゃ撫でて角を隠しておく。見た目、ただの犬になった綿毛ちゃんは『もう嫌だぁ。ガキの相手がこんなに大変だとは思わなかった』と、シクシク泣いている。

「それでなんの用だ。まさかこんな時間に、わざわざペットを自慢しに来たのか?」
「……なにしに来たんだっけ?」
『魔導書、魔導書! ユリス坊ちゃんが持ってるんだって?』

 急に元気を取り戻す綿毛ちゃんが、ユリスに問いかける。そうだよ。魔導書を見に来たんだった。

 けれども、ユリスは予想外の反応をした。

「そんなものは知らない」

 突然、しらを切り始めるユリスに唖然とする。どうやら、魔導書を独り占めにしたいらしい。綿毛ちゃんの話を聞くこともなく突っぱねるユリスは、「用はそれだけか? さっさと戻れ」と、冷たく言い放つ。

「そんなこと言うなよ。綿毛ちゃんが可哀想だろ」
『綿毛ちゃん……。なんか、すんげぇ可愛い呼び方されてる』

 ちょっと不本意そうな綿毛ちゃんは、『頼むよぉ。あの魔導書、オレのなんだよ。返してよぉ』と、ユリスに愛想よく擦り寄っている。

 俺の犬なのに。

 ちょっとだけイラッとした俺は、綿毛ちゃんを引き寄せる。『やめてぇ』との悲痛な声を無視して、ユリスから隠すように、犬に覆い被さる。

『……こんなのいじめでは?』

 ぼそぼそ呟く綿毛ちゃんは、すんごいもふもふしていた。
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