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12歳

295 全肯定ニック

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 ふわぁっと、大きな欠伸をもらす。

「どうしたの? 寝不足?」

 夜更かししたらダメだよ、とお兄さんっぽく注意してくるオーガス兄様は、俺につられたのか小さく欠伸をしてみせる。気まずそうにさっと視線を俯ける兄様は、なんとも情けない。

 あの後、ロニーとふたりで、内緒のお茶会をした。いつも真面目で変なことをしないはずのロニーが、こっそりと厨房に忍び込んでミルクを取りに行ったのはすごく意外だった。そんでもって美味しいホットミルクを作ってくれた。

 ロニーでも、こういうことするんだな。

 なんだか嬉しくなる俺は、すっかり怖い気持ちをどこかへやってしまった。

「オーガス兄様はさ、なんで長男なの?」
「なんでってなに。そんなこと僕に言われても」

 午前中、暇で仕方のなかった俺は、オーガス兄様の部屋にお邪魔していた。夏場は暑さのため、自然と外遊びの時間が減ってしまう。今はユリスもいないし、俺の足は自然とオーガス兄様の部屋へと吸い寄せられるのだ。

 昨夜は、いつの間にか寝落ちしていたらしい。きちんとベッドの上で目が覚めたから、ロニーが運んでくれたのだろう。

 俺の質問を受けて、困ったように首を捻るオーガス兄様は、「ごめんね。頼りのない長男で」とネガティブ発言をしてしまう。ちょっと気になったことを訊いただけなのに。そんなに落ち込まなくても。

「ルイス様。なんでそんなこと言うんですか」
「じゃあニックは、オーガス兄様が長男っぽいと思うのか」
「……それとこれとは、話が別ですよ」

 露骨に逃げたニックに、オーガス兄様が恨めしそうな視線を送っている。ニックは基本的にオーガス兄様の味方だが、たびたびこうやって失礼な発言をする。どんまい、兄様。

「あのさ、兄様」
「ん?」

 ソファーでごろごろする俺のことを、ニックが冷たい目で見下ろしてくるが、気にしない。ニックが俺に対して冷たいのは、いつものことだ。

「クレイグ団長が辞めたらさ、誰が団長やるの?」
「あー、その話ね」

 この話題には、ニックも興味があるようで、オーガス兄様へと視線を移している。ロニーとジャンも、口を挟むことはないが、興味ありそうな感じではあった。みんな次の団長が誰か、気になって仕方がないのだろう。

 だが、みんなの注目を集めたにも関わらず、オーガス兄様は「僕にきかれてもね」と眉尻を下げてしまう。

「ブルースに聞きなよ。騎士団のことは全部ブルースに任せているから」
「オーガス兄様は、ブルース兄様に任せてばっかりだね」
「う、うん。ごめんね」

 再び謎の謝罪をしてくる兄様は、少々卑屈だと思う。

「ブルースは、なにか言ってた?」
「セドリックは団長には向いてないって」

 その件で、クレイグ団長と揉めていた。だがこの事実に、わけがわからない程食いついた人物がいる。オーガス兄様の横で、ぼけっと話を聞いていたニックである。

「副団長のどこがダメだって言うんですか!」

 なぜか急に大きな声を出したニックに、オーガス兄様がなんとも言えない顔をしている。びっくりして肩を揺らす俺に構わず、ニックは拳を握りしめる。

「副団長はとても仕事のできる人です。次期団長ということであれば、彼の他に適任はいないでしょう」
「……どうしたの? ニック」

 いつも否定ばかりのニックが、珍しく前のめりだ。どうしたんだよ、突然。

 戸惑う俺を放置して、ニックはオーガス兄様の執務机にドンッと両手をついた。気の弱い兄様は、ビクビクと首をすくめている。

「オーガス様! ブルース様に伝えておいてくださいよ。どう考えても次期団長に相応しいのは副団長です!」
「う、うん。そうだね」

 できれば自分で言ってくれると嬉しいな、と頬を掻く兄様は、全力でニックから視線を逸らしていた。

 そういえば、ニックは、セドリックの信者だったな。

 今まで信者っぽい一面をあまり見せることのなかったニック。ここにきて、突然本性を現したな。

 だが、以前タイラーから聞いた話によると、セドリックが副団長解任された際に、こいつは全否定ニックになったはずである。だが、セドリックが副団長に戻ってもう一年以上が経過している。おそらく、再び全肯定ニックに戻ったのだろう。忙しい奴だな。

「ルイス様も! いいですか。ブルース様になにか訊かれたら、次期団長は副団長が相応しいと答えておいてくださいね」
「根回しがすごいな」

 さすが信者。セドリックは、このニックによる暴走を知っているのだろうか。面倒くさがりセドリックのことだ。知っていても放置していそうではある。
 多分、セドリックのことになると、ニックはいつもこんなテンションなのだろう。オーガス兄様の目が死んでいる。

「じゃあ、俺は忙しいから。またね」
「ルイス!? 見捨てないでよ!」

 こちらに縋るように手を伸ばしてくるオーガス兄様には悪いが、セドリックが絡む時のニックの相手は面倒くさい。ここは早々に退散するとしよう。


※※※


「ニックは、なんであんなにセドリックのことが好きなんだろう」
「好きというか、なんでしょうね。尊敬しているんですかね?」

 首を捻るロニーは、きっちり髪を結んでいた。思えば、昨日の髪を下ろしていたロニーは、なかなかにレアだったな。

「……髪、結んでないのも似合ってたよ」
「え、ありがとうございます」

 お恥ずかしいところを、と苦笑するロニー。そんなに照れなくても。

 ジャンだけが、俺らの会話についていけずに不思議そうな顔をしていた。ロニーと夜中にお茶したのは内緒だから。教えてあげられないのだ。

「ユリス、はやく帰ってこないかな」

 正直、ユリスがいないとつまらない。あてもなく、庭に出てみる。ロニーとジャンがついてきていることを確認して、走り出す。そのまま噴水へと駆け寄っていく。

 ブルース兄様とクレイグ団長がいない現在、噴水で遊ぶ滅多にないチャンスなのだ。

 俺が噴水に近づくと、ロニーとジャンは良い顔をしないが、危ないことをしなければ積極的に止めもしない。

 そうして手を突っ込んで、バシャバシャと遊んでみる。両手で水をすくって、びゃっとそこら辺に撒いてみる。べちゃっと地面に小さく染みを作ったが、たいして面白くもない。

 ちらりと、ロニーを窺う。視線がバッチリあって、にこっと微笑んでくれる。うーん。

 本当は中に入りたいのだが、そうするとロニーがすごく困った顔をするだろう。ロニーに迷惑をかけるわけにはいかない。

 なんかもう、毎日同じような日々の繰り返しで飽きてきた。おまけに今は、みんな留守にしているから遊び相手が全然いない。

「ロニーはさ、友達いる?」
「友達ですか? はい、それなりに」

 それなりに。どれくらいいるんだろう。こんなに優しくて素敵な長髪男子くんである。友達たくさんいるかもしれない。

「ジャンは?」
「は、はい!」

 なにその返答。いるかいないのかどっちだよ。
 俺にも友達いるんだけど、なかなか気軽に会えない。

「……そういえば、フランシスに最近会ってないね」
「あぁ。そうですね」

 フランシスは、ちょっと年上のお兄さんだ。侯爵家のお坊ちゃんらしい。とはいえ、精神年齢的には俺と同い年なんだけど。彼は今、いくつだろうか。

 フランシスの顔を思い出して、次に彼の従者であるベネットを思い出す。ベネットは、俺の理想の長髪男子さんである。綺麗な黒髪なのだ。

「……フランシスに会いたい」

 正確には、ベネットに会いたい。

 ちらりとロニーに目をやれば、彼は考えるように少しだけ眉を寄せた。

「オーガス様に、お尋ねになってみては?」
「オーガス兄様に」

 屋敷の方に目を向ける。もうニックの暴走はおさまった頃かな。庭遊びにも、飽きてきた。あと暑い。そろそろ屋敷に戻ろう。そうしてオーガス兄様に、フランシスと遊んでいいか訊いてみよう。兄様のことだ。多分、ダメとは言わないはずである。
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