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12歳
293 サボりたい
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午後。
そういえば、今日はカル先生が来る日だった。
すっかり失念していた俺は、昼食後、ロニーに指摘されて思い出した。
ユリス不在のため、今日の授業は俺ひとり。
「おや? ユリス様は」
「お出かけ行った。デニスのとこにお泊まり行ったの。俺を置いて」
「そうですか」
ユリスお出かけの件は、カル先生も初耳だったらしい。部屋でぽつんと座って待機していた俺を見るなり、不思議そうに首を傾げていた。
足元を彷徨いていた白猫を抱き上げて、膝にのせる。もふもふを撫でて、足をぷらぷらさせておく。
「ねぇ、カル先生」
「はい?」
授業中、ロニーたちは部屋で待機だから、今は先生とふたりきりだ。
猫を持ち上げて、テーブルの上に乗せてあげる。普段は俺が猫をテーブルに置くと、ジャンが慌てて降ろしにくる。彼のいない今がチャンスだった。
猫を枕がわりに突っ伏して、足をぶらぶらさせる。「お行儀悪いですよ」と、カル先生が苦言を呈してくるが、聞こえないふりをしておく。
「先生は、なんで先生やってるの」
俺の問いかけに、先生は驚いたように目を見張る。そうして少し考えた彼は、「楽しいから、でしょうか」と控えめに教えてくれた。
「嘘だ」
「嘘ではありませんよ」
「勉強は楽しくない」
断言すれば、カル先生は面白そうに眼鏡の奥で目を細めた。
「新しい知識を身につけることは、世界が広がるということです。それに、楽しいのは勉強だけではありません」
首を捻る俺に、先生は微笑みを向けてくる。
「こうしてルイス様やユリス様とお話をする時間も、私は楽しくて好きですよ」
「ふーん?」
人と接することが、好きなのだと言う。俺も、お喋りは好きだ。勉強は好きにはなれないけど。
「猫、触る?」
「いえ」
遠慮せずに、と猫を先生の方へと押しやる。されるがままのエリスちゃんであったが、俺がぐいぐい押していると、無言で立ち上がって逃げてしまった。
テーブルから飛び降りて、音もなく着地する。
さっと部屋の隅に走って行ってしまった猫を見送って、ぽかんと口を開ける。
「ルイス様?」
カル先生の呼びかけに、ハッと我に返る。
「猫を捕まえて遊ぼう!」
「あとにしましょうね」
俺の提案をあっさり却下した先生は、はやくも教科書を開いてしまう。
考えたのだが、ユリスが遊んでいるのに、俺だけ勉強はおかしい気がする。俺もお休みにするべきだと主張するが、カル先生は取り合ってくれない。
「先に授業を進めて、帰ってきた時にユリスがついていけなくなったらどうするの!?」
「……」
ユリスが可哀想と大声で繰り返しておく。遠い目をした先生は、「では、今日は前回までの復習をしましょうか」と嫌なことを言い始める。
「嫌だ。なんでわかってくれないのか。俺はサボりたいの!」
「ついに直球で来ましたか」
頭を抱えるカル先生。だって真正面から言わないと、なんか理解してもらえそうになかったから。
将来のためにも、勉強しておかないとダメですよ。困ったように諭してくる先生に、むむっと眉を寄せる。
将来と言われても。いまいちピンとこないのだ。
「嫌だ、今日は遊びたい」
「今日も、でしょう」
だめもとでお願いしても、先生は折れてくれない。そのまま勝手に授業を始めてしまう。
「……憂うつだ」
「はいはい。頑張りましょうね」
すごく適当に返事をした先生は、結局授業を先に進めてしまう。置いていかれるユリスが可哀想だとは思わないのか。
「ユリス様は、ここら辺はご存知のようですので」
「じゃあ、俺もご存知」
「ルイス様は勉強しましょうね」
酷い。
というか、ブルース兄様は以前、ユリスが家庭教師を解任しまくって勉強しないと嘆いていたはずである。だが、カル先生の反応を見ている限り、ユリスは俺よりも勉強できるらしい。これは一体どういうことだ。とはいえ、ユリスが暴走して解任しまくっていたのは十歳の時の話である。成長したってことなのか?
「ユリス様は物覚えがよろしいですからね」
「俺は?」
「……」
「なんで黙るの」
曖昧に笑って誤魔化したカル先生に、俺はふんっとそっぽを向いた。
そういえば、今日はカル先生が来る日だった。
すっかり失念していた俺は、昼食後、ロニーに指摘されて思い出した。
ユリス不在のため、今日の授業は俺ひとり。
「おや? ユリス様は」
「お出かけ行った。デニスのとこにお泊まり行ったの。俺を置いて」
「そうですか」
ユリスお出かけの件は、カル先生も初耳だったらしい。部屋でぽつんと座って待機していた俺を見るなり、不思議そうに首を傾げていた。
足元を彷徨いていた白猫を抱き上げて、膝にのせる。もふもふを撫でて、足をぷらぷらさせておく。
「ねぇ、カル先生」
「はい?」
授業中、ロニーたちは部屋で待機だから、今は先生とふたりきりだ。
猫を持ち上げて、テーブルの上に乗せてあげる。普段は俺が猫をテーブルに置くと、ジャンが慌てて降ろしにくる。彼のいない今がチャンスだった。
猫を枕がわりに突っ伏して、足をぶらぶらさせる。「お行儀悪いですよ」と、カル先生が苦言を呈してくるが、聞こえないふりをしておく。
「先生は、なんで先生やってるの」
俺の問いかけに、先生は驚いたように目を見張る。そうして少し考えた彼は、「楽しいから、でしょうか」と控えめに教えてくれた。
「嘘だ」
「嘘ではありませんよ」
「勉強は楽しくない」
断言すれば、カル先生は面白そうに眼鏡の奥で目を細めた。
「新しい知識を身につけることは、世界が広がるということです。それに、楽しいのは勉強だけではありません」
首を捻る俺に、先生は微笑みを向けてくる。
「こうしてルイス様やユリス様とお話をする時間も、私は楽しくて好きですよ」
「ふーん?」
人と接することが、好きなのだと言う。俺も、お喋りは好きだ。勉強は好きにはなれないけど。
「猫、触る?」
「いえ」
遠慮せずに、と猫を先生の方へと押しやる。されるがままのエリスちゃんであったが、俺がぐいぐい押していると、無言で立ち上がって逃げてしまった。
テーブルから飛び降りて、音もなく着地する。
さっと部屋の隅に走って行ってしまった猫を見送って、ぽかんと口を開ける。
「ルイス様?」
カル先生の呼びかけに、ハッと我に返る。
「猫を捕まえて遊ぼう!」
「あとにしましょうね」
俺の提案をあっさり却下した先生は、はやくも教科書を開いてしまう。
考えたのだが、ユリスが遊んでいるのに、俺だけ勉強はおかしい気がする。俺もお休みにするべきだと主張するが、カル先生は取り合ってくれない。
「先に授業を進めて、帰ってきた時にユリスがついていけなくなったらどうするの!?」
「……」
ユリスが可哀想と大声で繰り返しておく。遠い目をした先生は、「では、今日は前回までの復習をしましょうか」と嫌なことを言い始める。
「嫌だ。なんでわかってくれないのか。俺はサボりたいの!」
「ついに直球で来ましたか」
頭を抱えるカル先生。だって真正面から言わないと、なんか理解してもらえそうになかったから。
将来のためにも、勉強しておかないとダメですよ。困ったように諭してくる先生に、むむっと眉を寄せる。
将来と言われても。いまいちピンとこないのだ。
「嫌だ、今日は遊びたい」
「今日も、でしょう」
だめもとでお願いしても、先生は折れてくれない。そのまま勝手に授業を始めてしまう。
「……憂うつだ」
「はいはい。頑張りましょうね」
すごく適当に返事をした先生は、結局授業を先に進めてしまう。置いていかれるユリスが可哀想だとは思わないのか。
「ユリス様は、ここら辺はご存知のようですので」
「じゃあ、俺もご存知」
「ルイス様は勉強しましょうね」
酷い。
というか、ブルース兄様は以前、ユリスが家庭教師を解任しまくって勉強しないと嘆いていたはずである。だが、カル先生の反応を見ている限り、ユリスは俺よりも勉強できるらしい。これは一体どういうことだ。とはいえ、ユリスが暴走して解任しまくっていたのは十歳の時の話である。成長したってことなのか?
「ユリス様は物覚えがよろしいですからね」
「俺は?」
「……」
「なんで黙るの」
曖昧に笑って誤魔化したカル先生に、俺はふんっとそっぽを向いた。
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