冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび

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12歳

287 なにか言ってた?

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「遊ぶぞ! 外で!」
「ひとりで遊べよ」

 季節は夏である。連日暇していた俺は、気合い十分に拳を突き上げる。こんな天気のいい日に、外で遊ばないという選択肢はないだろう。

 面倒くさいと眉を寄せるユリスは、手元の本に視線を落としてしまう。動く気配のないユリスのまわりを、しばらくぐるぐる歩きまわってみるが、無視されてしまう。

 なぜ、遊んでくれないのか。

「タイラー!」
「俺はユリス様のお世話がありますので」
「俺のお世話もして」
「それは先輩の仕事なんで」

 ちらりとロニーを見たタイラーは、だから遊べませんと嫌な結論を出した。

 ロニーは、タイラーの先輩である。こんな心優しい素敵長髪男子くんが先輩とか羨ましい。タイラーは恵まれている。

「ロニー、遊ぶ?」
「いいですよ。なにをしましょうか」

 にこにこしているロニーにつられて、俺もにこにこする。冷たいユリスとは大違いである。

 ユリスのことは諦めよう。愛想の悪いお子様と遊んでも楽しくない。白猫と一緒に噴水でも見に行こうかな。ユリスの足元で丸くなる猫に、そっと近寄っていく。

 ピクリと耳を動かした白猫エリスちゃんは、俺に気がつくとすっと音もなく立ち上がった。そのままひらりと逃げてしまう気配を察知した俺は、逃してたまるかと一気に飛びかかった。

「にゃ」

 短く鳴いた白猫は、俺の手をかい潜って走り去ってしまう。標的を失った俺は、悔しさに地団駄を踏む。そんな俺を、ユリスが冷ややかな目で見つめていた。

「ユリスも一緒に遊ぶか?」
「その話はさっき終わっただろ」

 蒸し返すな、と吐き捨てるユリスは読書に戻ってしまう。

 暇すぎる。ロニーと遊ぶのは平和で楽しいけれど、流石に毎日だと飽きてくる。

「暇なら少しは勉強でもしたらどうだ。ただでさえ馬鹿なんだから。少しは努力しろ」

 ブルース兄様みたいなことを言い出すユリスは、俺と遊ぶのが面倒くさいだけだろう。勉強しろと言えば俺が逃げ出すと思っているらしい。

 その手には乗るものか! と、再びユリスに絡みに行こうとしたところで、ふと彼が顔を上げた。

 そのまま俺の顔をじっと凝視してくるユリスに、つられて動きを止める俺。なんかよくわからない緊張が走る。

 睨み合いか? だったら負けてたまるかと目元に力を込めれば、ユリスが手元の本を閉じて「なんか、顔赤くないか?」と唐突に言ってくる。

 顔?

 その呟きに、真っ先にタイラーが動いた。俺をとっ捕まえて、おでこに手を当ててくる。俺は別になんともないけどな。

「熱、ありますね」

 ぼそっと呟いたタイラーに、俺は首を左右に振る。

「ない!」
「ありますよ。熱いですって。自分で気が付かないんですか?」
「俺めっちゃ元気!」
「はいはい。今日は大人しくしておきましょうね」

 俺のことをロニーに預けようとするタイラーに腹が立つ。勝手に決めつけるな。俺が大丈夫と言うのだから、大丈夫なのだ。

「俺はすごく元気。問題ない」

 もう一度繰り返しておくが、タイラーは「元気じゃないです」と決めつけてくる。横暴さに拳を握りしめるが、今度は、隣にしゃがんだロニーが、おでこに触ってくる。されるがままにしておけば、ロニーが「あらら」と眉を寄せた。

「ルイス様。今日はお部屋に居ましょうね」
「俺、元気だよ?」
「お熱ありますよ」

 そうなの?
 まったくいつも通りなのだが、言われてみれば? 体調悪いような気がしないこともない。

「ロニーが言うなら、そうなのかもしれない」

 ロニーは嘘つかないし。

「なんで先輩の言うことだけ素直にきくんですか」

 なにやらタイラーが文句を言ってくるが、無視である。ロニーに迷惑はかけられないし、外遊びは諦めるしかないのか。夏なのに。遊べないなんて。

 ショックでぼんやりしていると、ユリスが鼻で笑う。

「最近、珍しく色々考えていたからな。あれだろ。知恵熱」
「馬鹿にするなぁ!」

 反射的にユリスに向かって行こうとするが、ロニーに肩を掴まれて止められてしまう。

 くそ、お子様ユリスめ。馬鹿にしやがって。


※※※


「風邪ひいたの?」
「なにしに来たの、オーガス兄様。野次馬?」
「言い方。心配で様子見に来たんでしょ」

 部屋でごろごろしていれば、オーガス兄様がやって来た。兄様が俺の部屋まで足を運ぶなんて珍しい。ニックの姿は見えないから、さてはサボりだな。

「お仕事サボったらダメだよ」
「違うよ。心配だから見に来たんだって」

 ほほう。
 俺のお見舞いに来たというオーガス兄様は、手ぶらであった。「お見舞いの品はどうした!」と声を上げれば、「え、ごめん」とシンプルな謝罪が返ってくる。

「気の利かない兄だな」
「思ったよりも元気そうで安心したよ」

 苦笑する兄様は、勝手に椅子に座ると、やる気なさそうに頬杖をつく。そんな兄様に、ジャンがおずおずとお茶を出している。オーガス兄様相手に、そんなビビらなくても。ジャンの気弱な性格は、相変わらずである。

「ジャン! お菓子も食べよう!」
「え、はい!」

 ついでだからお茶菓子を要求すれば、ジャンが小走りに用意を始める。よしよし。どさくさに紛れておやつをゲットである。

 なんだかロニーが困ったようにしていたが、止められはしなかった。

「ルイスでも風邪ひくんだね」
「どういう意味?」

 前触れなく、たぶん失礼なことを口走ったオーガス兄様。マジでどういう意味だよ。俺だって人間ですが? 風邪くらい普通にひく。

「いつも元気だからさ。風邪とかひくんだって、ちょっとびっくり」
「うん」

 確かに。俺もびっくりではある。いまだに風邪だという自覚はない。すごく元気。なんならいつもよりテンション高いぞ。

「よし! 遊ぶぞ!」
「大人しくしていなさいって」

 ほら、お菓子食べようと誤魔化してくるオーガス兄様。

 お菓子は大事。早速手を伸ばして、焼き菓子を頬張っておく。夢中で食べていると、オーガス兄様が「ところで」と困った顔をした。

「この前、王宮行ったでしょ。あの時さ、エリックになにか言われた?」
「エリック?」

 この前といえば、エリックの結婚式の時である。なんか言われたっけ。そういえば、寝る前にエリックが俺の部屋に押しかけてきたな。

「なんか、猫を? たくさん集めようぜみたいな話はした」
「どんな話だよ」

 意味わかんないと首を傾げるオーガス兄様。どうやらエリックが、夜に俺の部屋を訪れたと聞いて、なんか心配しているらしい。そんなに心配せずとも。エリックは変なことなんてしない。

「あーあ、いいなエリックは」
「なんで?」
「なんでって、結婚決まって。あとなんかマジで新婚旅行行くとかふざけたこと言ってるし」
「ダメなの?」

 お祝いくらいしてやれよと呆れるが、オーガス兄様は不満たらたらで天を仰いでしまう。

「ダメではないけどさ。その間のエリックの仕事、誰がやるんだよ」
「誰がやるの?」
「僕だよ!!」

 突然、大声出した兄様に、ちょっとだけびっくりした。

 エリック不在の間、仕事を放置するわけにもいかない。その仕事は、オーガス兄様にまわってくるらしい。

 本当ならマーティーがやるべき立場だが、マーティーはまだお子様だ。任せられないのだろう。

「なんであいつが楽しく遊んでいる間に、僕があいつの仕事やらなきゃいけないんだよ! こんなのってあんまりだろ!」
「どんまい、兄様。俺も手伝うよ」
「その気持ちだけもらっておくね」

 しかし、エリックは別に王女様と仲良くない的なことを言っていた。それなのに行くんだ。新婚旅行。仲良しアピール?

 考え込んでいると、オーガス兄様が怪訝な顔をする。

「どうしたの? そんな考え込むと、熱上がるよ?」

 なんだか俺を小馬鹿にしたオーガス兄様に、一応訊ねておく。

「あのさ。エリックって、王女様と仲良くないのに結婚したの?」
「ん? あのふたりは仲良いでしょ」
「オーガス兄様、騙されてるよ。あれは仲良しのふりなんだって」

 純粋だと評判のオーガス兄様に、真実を教えてあげれば、兄様は「はぁ?」と眉を寄せた。

「あのふたりは結構仲良いよ。もともと婚約してたし。小さい頃からしょっちゅう一緒に遊んでいたよ」

 なんて?

 え、でもエリックは仲良しじゃないって言って、言って、ないな? あれ?

 あの夜の会話を思い出す。

 そういえば、仲良しのふりをしているのかと訊いた俺に対して、エリックはなにも答えなかった。つまり、不仲だと彼が断言したわけではない。なんてひどい罠だ。

「……俺、エリックに騙されたのかもしれない」
「そうなの?」

 よくわからないけど大変だね、と適当な励ましをしてくるオーガス兄様。エリックは、なんかあの日すごく悲しそうな雰囲気であった。

「……」

 まぁ、でも。エリックが俺に失恋? したのは事実か。

「俺、エリックのこと振った」
「え、なに突然」

 面食らうオーガス兄様は、どう反応しようか迷っているみたいに視線を彷徨わせた後、唐突に「マジで!?」と大声をあげた。

「……てかあいつ。式の時にルイスに告白したの? どういう神経してんだよ」

 半眼になるオーガス兄様は、そういえばエリックのことが嫌いだったな。そういうところがダメなんだよ、とぶつぶつ言っているオーガス兄様の背後では、ジャンとロニーが信じられないと目を見開いていた。

 そういえば、エリックとの一件は誰にも言っていなかった。別に秘密にしていたわけではない。エリックにも、内緒にしろとは言われなかったし。ただ、伝えるタイミングがなかっただけだ。

 オーガス兄様の手前、俺に声をかけてこないロニーだが、その表情はとても困惑していた。すごくなにか言いたそうな顔をしている。

 ジャンは恋愛関係の話が好きだから、俺をちらちらと見てくるのもわかるけど。もしかして、ロニーも恋愛話に興味あるのかな。あとでこっそり教えてあげよう。
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