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12歳
285 立ち聞き
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久しぶりに帰宅した我が家は、やっぱり落ち着く。
馬車をおりて、真っ先に噴水へと駆け寄る俺の後ろを、ロニーとジャンが慌てて追いかけてくる。勢いで手を突っ込もうとしたのだが、追いついたロニーに止められてしまった。
「まずは、お部屋に戻りましょうね」
「はーい」
ロニーに言われて、頷いておく。王宮に長期滞在したからな。荷物の片付けとか色々やることがある。それに猫も部屋に戻さないと。
ジャンから猫を受け取って、部屋へと向かう。
ロニーとジャンは、そのまま荷物を運ぶらしい。ひとりで先に部屋行っとくと告げて、屋敷に入る。
まずは猫を部屋に戻して、俺も荷物運びを手伝おうと再び廊下に飛び出す。けれども、ふと思いついて階段へと足をかけた。ブルース兄様がだいぶお疲れだったから、ちょっとだけ様子を見に行こうと思う。馬車でゆっくり帰ってきた俺たちとは違い、ブルース兄様は馬を走らせて、ひと足先に帰宅しているはずである。
疲労のあまり、倒れこんでいたらどうしよう。アロンは面倒くさがってブルース兄様の面倒みないから。
そうして二階へと駆け上がった俺だが、兄様の部屋のドアが半開きになっているのを見て、足を止める。なにやら話し声が聞こえてくる。
なんとなく耳をすませば、どうやら中にいるのはブルース兄様とクレイグ団長らしいことがわかった。そういや、団長も兄様と一緒に先に帰っていたな。
「……考え直してくれないか」
いつになく真剣なブルース兄様の声に、伸ばしかけていた手をぴたりと止める。
そろそろとドアの隙間から様子を窺えば、中にはやはりブルース兄様とクレイグ団長がいた。
「そうは言われましても。私ももう歳ですし」
「何言ってんだ。まだまだ現役だろ」
「しかし」
突っぱねるブルース兄様に、クレイグ団長が食い下がっているらしい。
一体なんの話だろう。
「とにかく。私も領地を放っておくわけにはいきません。長年お世話になった恩はありますが、こればかりは」
「ちょっと待った! そんなこと言われても。今、団長が不在になっても困るんだが。後任はどうする」
「後任であればセドリックがおります」
「あいつは団長の器か? 言われたことしかやらねぇぞ。指揮をとる側には向いていない」
言い争いの内容を理解して、なんとも言えない気分になる。居ても立っても居られなくて、勢いよく兄様の部屋に飛び込んだ。
「団長辞めるの?」
「ルイス」
目を見張ったブルース兄様は、すぐに眉間に皺を寄せると「子供が首を突っ込むことじゃない」と、俺を追い返そうとしてくる。
「団長? 辞めちゃうの?」
そういえば、クレイグ団長って何歳なんだろうか。でもティアンの父親である。結構いい歳だよな。それに騎士は体が資本である。もしかしたら割と若いうちに引退するのが普通だったりするのか?
「流石に今すぐにというわけでは。国境沿いの巡回には私も参加します」
「それが終われば引退ってか? 冗談はやめてくれ。ただでさえ色々とごたついてんのに。せめてもう少し待ってくれ」
「そうは言われましても」
困ったように顔を歪める団長を、ブルース兄様が必死に説得している。兄様がここまで粘るのは珍しい。
「五年! いや三年でいい。せめてティアンが戻ってくるまでは待ってくれ」
「……」
黙り込む団長は、迷っているらしい。しかし、結局はブルース兄様相手に強めの主張ができなかったのだろう。わかりました、と小さく応じた団長は、不服そうな顔をしていた。
ブルース兄様は、ひとまず団長を引き留められて満足らしい。けれども、団長は嫌そうな顔をしていた。
仕事に戻る団長を見送って、頭を抱える兄様へと視線を移す。
「無理強いは、ダメだよ」
「うるさい。子供は引っ込んでおけ。こっちにもこっちの事情があるんだ。部下の言うこと全部聞いていたら成り立たない」
苦々しく吐き捨てるブルース兄様は、ちょっと苛々しているようだった。
団長が辞めたいと言っていた件は、くれぐれも口外するな。ブルース兄様に念押しされた俺は、このもやもやをどうするべきか悩んでいた。
ひとりで廊下を歩くが、気になって仕方がない。
団長が辞めるのは、俺も寂しい。でも辞めたいと言っている団長を無理やり引き留めるのはどうなんだろう。兄様は、だいたいいつも正しいことをしているけれども、たまにこれはどうなんだろうということをする。
でもユリスにそれを言っても、あいつは別になにも気にしていない。むしろ「綺麗事ばかり言ってどうする。綺麗事で国は成り立つのか」と、俺を責めてくる始末である。
国がどうなるか。そんな判断基準を持っていることが驚きだ。俺は今まで、なんとなくで物事を判断してきた。もちろん、そこに色々と判断の基準となるものはあったが、楽しそうだからとか、なんとなく良さそうだからとか適当な理由がほとんどだ。国の行末なんて気にしたことはない。
国のためになるのか、なんていうのが大真面目に議論される立場というのが、すごく新鮮である。こういう時、うちって貴族なんだなぁと実感したりするのだ。
馬車をおりて、真っ先に噴水へと駆け寄る俺の後ろを、ロニーとジャンが慌てて追いかけてくる。勢いで手を突っ込もうとしたのだが、追いついたロニーに止められてしまった。
「まずは、お部屋に戻りましょうね」
「はーい」
ロニーに言われて、頷いておく。王宮に長期滞在したからな。荷物の片付けとか色々やることがある。それに猫も部屋に戻さないと。
ジャンから猫を受け取って、部屋へと向かう。
ロニーとジャンは、そのまま荷物を運ぶらしい。ひとりで先に部屋行っとくと告げて、屋敷に入る。
まずは猫を部屋に戻して、俺も荷物運びを手伝おうと再び廊下に飛び出す。けれども、ふと思いついて階段へと足をかけた。ブルース兄様がだいぶお疲れだったから、ちょっとだけ様子を見に行こうと思う。馬車でゆっくり帰ってきた俺たちとは違い、ブルース兄様は馬を走らせて、ひと足先に帰宅しているはずである。
疲労のあまり、倒れこんでいたらどうしよう。アロンは面倒くさがってブルース兄様の面倒みないから。
そうして二階へと駆け上がった俺だが、兄様の部屋のドアが半開きになっているのを見て、足を止める。なにやら話し声が聞こえてくる。
なんとなく耳をすませば、どうやら中にいるのはブルース兄様とクレイグ団長らしいことがわかった。そういや、団長も兄様と一緒に先に帰っていたな。
「……考え直してくれないか」
いつになく真剣なブルース兄様の声に、伸ばしかけていた手をぴたりと止める。
そろそろとドアの隙間から様子を窺えば、中にはやはりブルース兄様とクレイグ団長がいた。
「そうは言われましても。私ももう歳ですし」
「何言ってんだ。まだまだ現役だろ」
「しかし」
突っぱねるブルース兄様に、クレイグ団長が食い下がっているらしい。
一体なんの話だろう。
「とにかく。私も領地を放っておくわけにはいきません。長年お世話になった恩はありますが、こればかりは」
「ちょっと待った! そんなこと言われても。今、団長が不在になっても困るんだが。後任はどうする」
「後任であればセドリックがおります」
「あいつは団長の器か? 言われたことしかやらねぇぞ。指揮をとる側には向いていない」
言い争いの内容を理解して、なんとも言えない気分になる。居ても立っても居られなくて、勢いよく兄様の部屋に飛び込んだ。
「団長辞めるの?」
「ルイス」
目を見張ったブルース兄様は、すぐに眉間に皺を寄せると「子供が首を突っ込むことじゃない」と、俺を追い返そうとしてくる。
「団長? 辞めちゃうの?」
そういえば、クレイグ団長って何歳なんだろうか。でもティアンの父親である。結構いい歳だよな。それに騎士は体が資本である。もしかしたら割と若いうちに引退するのが普通だったりするのか?
「流石に今すぐにというわけでは。国境沿いの巡回には私も参加します」
「それが終われば引退ってか? 冗談はやめてくれ。ただでさえ色々とごたついてんのに。せめてもう少し待ってくれ」
「そうは言われましても」
困ったように顔を歪める団長を、ブルース兄様が必死に説得している。兄様がここまで粘るのは珍しい。
「五年! いや三年でいい。せめてティアンが戻ってくるまでは待ってくれ」
「……」
黙り込む団長は、迷っているらしい。しかし、結局はブルース兄様相手に強めの主張ができなかったのだろう。わかりました、と小さく応じた団長は、不服そうな顔をしていた。
ブルース兄様は、ひとまず団長を引き留められて満足らしい。けれども、団長は嫌そうな顔をしていた。
仕事に戻る団長を見送って、頭を抱える兄様へと視線を移す。
「無理強いは、ダメだよ」
「うるさい。子供は引っ込んでおけ。こっちにもこっちの事情があるんだ。部下の言うこと全部聞いていたら成り立たない」
苦々しく吐き捨てるブルース兄様は、ちょっと苛々しているようだった。
団長が辞めたいと言っていた件は、くれぐれも口外するな。ブルース兄様に念押しされた俺は、このもやもやをどうするべきか悩んでいた。
ひとりで廊下を歩くが、気になって仕方がない。
団長が辞めるのは、俺も寂しい。でも辞めたいと言っている団長を無理やり引き留めるのはどうなんだろう。兄様は、だいたいいつも正しいことをしているけれども、たまにこれはどうなんだろうということをする。
でもユリスにそれを言っても、あいつは別になにも気にしていない。むしろ「綺麗事ばかり言ってどうする。綺麗事で国は成り立つのか」と、俺を責めてくる始末である。
国がどうなるか。そんな判断基準を持っていることが驚きだ。俺は今まで、なんとなくで物事を判断してきた。もちろん、そこに色々と判断の基準となるものはあったが、楽しそうだからとか、なんとなく良さそうだからとか適当な理由がほとんどだ。国の行末なんて気にしたことはない。
国のためになるのか、なんていうのが大真面目に議論される立場というのが、すごく新鮮である。こういう時、うちって貴族なんだなぁと実感したりするのだ。
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