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12歳

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 結局、ティアンには会えなかった。

 とぼとぼと部屋に戻れば、なんかカオスな光景が繰り広げられていた。先程まで、ブルース兄様を労っていたはずのオーガス兄様が、咽び泣いている。

 それを見て、エリックとユリスが大笑いする横では、マーティーが露骨にドン引きしていた。

「なんで、僕がこんなに苦労しないといけないんだ!」
「わはは! いいぞ、オーガス!」

 手を叩いて喜ぶエリックは、到底この国の王子様には見えなかった。先程までのキリッとした表情は、所詮作り物だったらしい。エリックと一緒になってオーガス兄様をいじるユリスは、実に楽しそうであった。

 ちょっと目を話した隙に、とんでもないことになっている。

「……置いて帰りたい」

 苦々しく絞り出された声につられて顔を上げれば、ブルース兄様が盛大に頭を抱えていた。

 先程まで、座り込んで寝ていたのに。

「もう帰るの?」
「いや、あと数日は泊まるが」

 今度は後片付けがあるらしい。大変だな。どうせエリックやオーガス兄様はたいして働かないのだろう。ブルース兄様はいつも苦労している。

「ティアン。もう帰ったって」
「あぁ、そうらしいな」

 短く答えたブルース兄様は、なんだか変な顔をしていた。

「なに?」
「ティアンに会いたかったのか?」
「うん。なんでそんなこと訊くの」
「いや、特に意味はないが」

 それきり会話を打ち切ってしまったブルース兄様。そのままなんだか気まずい沈黙が続く。ちらりと兄様を見上げると、オーガス兄様の痴態に遠い目をしていた。どうやらオーガス兄様は酒に酔ってしまったらしい。

「オーガス兄様がみっともないのは、いつものことだよ」
「そろそろ落ち着いて欲しいんだがな」

 はぁっとため息をつくブルース兄様は、マジで苦労していそうであった。


※※※


 その日の就寝時間のことである。

 ここ最近ですっかり見慣れてしまった王宮内の一室。ふかふかのベッドにダイブして、寝ようと思っていた時である。

 突然、ドアが開け放たれた。ジャンが驚きのあまり固まっている。俺もびっくりした。

「ルイス!」
「エリック。なにしにきたの」
「そんな冷たいことを言うな!」

 相変わらず声がでかい。部屋にいたジャンを確認したエリックは、彼に出て行くよう指示している。

「ルイスを寝かしつけるんだろ。あとは私がやっておくから心配いらない」
「俺はひとりで寝れますが?」

 そうして恐縮するジャンを無理矢理追い出したエリックは、俺の寝転ぶベッドへと近寄ると、なんの断りもなく腰掛けた。

「なんの用?」
「なに。少し話でもしようかと」
「俺は別に話すことない」
「私があるんだ。おまえは黙って聞いておけ」

 なんだか偉そうに言い放ったエリックに、適当にはいはいと返事をしておく。話を聞けと言った割には、話し出す様子がない。白猫を抱え込んで、ベッドでごろごろしておく。

「なに! なんでなにも言わないの!」

 我慢ができなくなって声をあげるが、それでもエリックは口を開かない。お喋りしないなら帰れよ。こっちは猫と遊ぶのに忙しいんだけど。

「ダメだなぁ」

 そんな中、やっと声を発したエリックは、そう嘆いて俯いてしまう。

 なにがダメなんだ。

 だが、なんだか落ち込みモードらしいことはわかった。結婚式が終わって、先程まで宴会もあって、楽しそうにはしゃいでいたはずなのに。

 とりあえず、猫の肉球を触らせてあげようと思う。そしたらハッピーになれる。ぺたっと猫の肉球をエリックの背中に押し付ければ、エリックが肩を揺らした。

「肉球触れて楽しいか?」
「背中にあてられてもな。よくわからない」

 そうか。確かに服の上からではわからないな。

 けれども、エリックはこちらに背を向けたまま、顔を見せてはくれない。

 触らないのか? 肉球。

「……私は、結構本気だったんだぞ」
「なにが?」
「おまえを正室にしてやるという話」
「……」

 うーん。そんなこと言われてもな。てか、そっちが勝手に他の人との結婚決めたんだろ。俺のせいにされてもなぁ。

「でも俺、エリックのことはそんなに好きではない」
「はっきり言ってくれる」

 低く唸って足を組んだエリックは、相変わらず顔が見えない。意外と広い背中を見つめていれば、彼は深く息を吐いた。

 なにこの重苦しい雰囲気。エリックはいつもうるさい。なんせ声がでかいし。オーガス兄様がいつも文句を言っているくらいだ。

 そんなエリックが、特にでかい声も出さないで、淡々と静かに語るのは珍しい。空気を読んで黙っていれば、再びエリックが口を開く。

「どうしたら、おまえのことを手に入れられる?」

 猫を抱え込んで、ぎゅっとしておく。

「……猫。猫をたくさん持ってこい」
「ねこ」

 ようやくこちらを振り返ったエリックは、なんだか変な顔だった。眉間に皺を寄せて、怒っているようにも見えるけど。なんだか泣きそうにも見えた。

 しばらく固まっていたエリックだが、ついには天井を仰いでしまう。そうして目線を合わせてくれたエリックは、普段通りの飄々とした顔に戻っていた。

「どれ。国中の猫でも集めてくるかな」
「マジで!?」
「冗談だ」

 なんだと。ぬか喜びさせやがって。仕返しに猫パンチをお見舞いしておく。されるがままの猫は、なんだか眠そうであった。

「でもエリックって、俺のこと嫌いになったんでしょ」
「そんなわけ」
「だって、俺が増えてからさ。なんか怒ってたじゃん」
「怒っていたわけでは。いや、あれは怒っていたのかもしれないな」

 どっちだよ。

 エリック(というより王宮)は、俺がルイスとしてヴィアン家に身を置くと決まった時、なんだか怒っているような感じだった。

 そりゃあ、親戚の子が突然増えたら驚くよね。おまけに魔法のせいで増えたとか、意味のわからない主張をするヴィアン家に対して、不信感を持ってもおかしくはない。

 オーガス兄様やお父様が何度か説明に行ったらしいが、結局は王宮側の反応は有耶無耶なままであった。俺とユリスは王宮に足を運ぶことはなくなったし、エリックはおろか、マーティーにも会うことはなくなった。

 だからエリックの結婚が決まった時、正直言って俺らが王宮に行ってもいいのか迷った。けれどもエリックやマーティーは、なにも言わずに出迎えてくれて、ちょっとびっくりした。

 なんとなく、俺が増えた件については触れてはいけないみたいな空気を感じて、その件には誰も深入りすることなくここまで来てしまった。

 だから今まで訊けなかったことを質問してみれば、エリックは困ったように眉を寄せてしまう。

「確かに混乱したのは事実だ。だが、おまえを邪険に扱うつもりはなかった。ただちょっと、なんで相談してくれなかったのかとは思ったが」
「相談とかできるわけないだろ。俺は偽ユリスで、本物ユリスは黒猫になったとか言っても信じてくれないだろ」
「でもマーティーには相談した。それがすごく腹立たしい」

 真面目な顔で言ってくるエリック。

「だって、マーティーはベイビーだったもん。お子様だから、こっちが変なこと言っても信じてくれそうだったし」

 まさか本当に信じるとは思わなかったけど。

 でもエリックは、納得いかないらしい。不満たらたらの様子で、「私に相談した方が、よかったはずだ」と言っている。そんなの今だから言えることだろ。

 あの時、俺がエリックに相談しても、多分彼は真面目に取り合ってくれなかったと思う。

 だから俺は悪くないと主張しておくが、エリックはムスッとしている。

「……王女様のこと。放っておいていいの?」

 結婚式の後だろ。俺ではなく、奥さんの部屋に行くべきだろ。話を逸らそうと、はよ行ってやれと伝えるが、エリックは動かない。

「ねぇ」
「構うな。どうせ政略結婚だ」
「……そうなの? でも仲良さそうだったじゃん」

 式の最中も、割とべたべたしていた。仲良し夫婦に見えたけどな。

「だから政略結婚だと言っている。不仲な様子を見せつけてどうする」
「仲良しのフリしてたってこと?」

 俺の問いかけには答えず、エリックは立ち上がる。

 ちらりとこちらを見下ろしたエリックは、ちょっとだけ近寄り難い雰囲気であった。静かにドアへと歩いていくエリックは、一度だけ振り返ると、泣き笑いのような顔を見せた。

「おやすみ」

 ひと言残した彼は、ドアの向こうへと消えていった。
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